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 振原一実は恋愛中毒者だ。


 なぜこんなにも惚れっぽいのか一実本人ですらわかっていない。


 笑顔であいさつをしてくれた。落とし物を拾ってくれた。休講だって何気なく教えてくれた。などなど、一実が恋に落ちたきっかけは腐るほどあるが、思い返せばどれもつまらないほど単純だ。


 これでなぜ恋に落ちるのか誰かに解説してもらいたい。


 恋は理屈ではないとテレビや雑誌で有名な占い師やタレントが言っているが、理屈がなければ理由もないのか。「恋は自然と落ちるもの」「気づいたら好きになっていた」だなんてロマンチックではあるが、夢物語から一向に現実にならない立場である一実は一体何を信じればいいのだろう。


 ふわぁ……と一実は情けないあくびをかます。


 失恋したショックで午後の講義に身が入らない。


 希望が通るなら家に帰って泣いてぐしょぐしょの枕に顔をうずめて寝たいくらいだ。けれど時間も単位も一実を待ってはくれはしない。


 うつらうつらしていた一実が頬杖ついた手から頭をカクッと落としたタイミングで、講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。待ってましたと言わんばかりに、生徒たちは講師の話も聞かずバタバタと片付けを始める。


 今が一番騒がしいとわかっているうえでわざと今度のテストの範囲や休講の知らせをする講師が大学内には何人か存在する。ちょうど今一実が講義を受けていた講師がそうだ。


「~~で、~~~だから~~~……だぞー!」


  話している内容はまったく聞こえないのに最後の「だぞー!」だけ大きく張り上げて危機感だけ残す手口。さっきまで左手に持っていたマイクを使えば全員に伝わるというのに、毎回教壇にきっちり置いてから話を始める。そもそも伝える気がない。わかってやっているんだろう。


 一実はまたあくびをした。


 こんなに眠たいのはさっきちょっと泣いたせいかもしれない。目もとをこすると落ちたマスカラが指に付いた。ハンカチやティッシュを出すのが面倒でお気に入りのスカートで指を拭いた。


 特別な日に着ようとタンスの奥にしまっていたとっておきの洋服だが、告白が上手くいかなきゃこれもただの布だ。役割はとうに終わっている。


 筆記用具を押し込んでいるともうとっくに荷物を片付けた双葉が声をかけてきた。


「さっきの聞こえた?」


「ムリムリ。一番前の席でも聞こえないって」


「だよね~、テスト範囲とかだったらどうしよ」


「あり得るなあ……」


「元カレが言ってたんだけど絶対マイク使わない講師も居るらしいよ。心理学だったかな、経済学部だったかな」


「げぇー最低」


「ねえ、そういや今日もバイト?」


「そう。スーパー寄るからもう行かなきゃ」


「そっかー頑張れー。あたしはこれから合コン」


「えっ、もう別れたの?」


 双葉が「彼氏できた」と自慢げに言って来たのはつい二、三週間前のことだ。


「ん? うん」


「短くない? 一ヶ月経ってなくない?」


「二週間はもったから長いよー」


「どこがっ」


「最短三秒」


「長いな」


 何がどうしたら三秒で別れるか気になるけれども。


 一実の友人である双葉は、世間一般の女子と比べてモテる。


 週が変われば彼氏が変わっていること何かざらで、コンビニに行くような感覚で合コンに参加する。そろそろ行き過ぎて相手がなくなるんじゃないかと思うけれど、双葉曰くそうでもないらしい。「東京に大学も会社もいっぱいあるから~」と双葉は適当に言うが、当たらずも遠からず。一度会った人とまた会ったことはまだないという。


 さすが東京、人口密度が高いだけある。


 双葉の化粧直しに付き合って元カレの愚痴を聞きながら大学の敷地内を歩く。どこが嫌だったとかこういうところが気に入らなかったなど、話す双葉は不満そうに口を動かすが、聞く側の一実からすれば羨ましい限りだ。


 一方は毎日のように告白をされて彼氏を週替わり、ひどい時は分替わりの頻度だというのに、その隣を歩く一実は告白から一歩も進むことができていない。


 同じ人間だというのにこんなにも恋愛の差があるのはどういうことなのだろう。

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