第67話 敬語

「吸血鬼の特性についてはどのくらい知っていますか?」


「えっと……日光に対して皮膚が少し弱い、目が赤い、吸血時には犬歯が大きくなる、とかですかね」


「割と知っていますね。ですが、それらはあくまで外見的な物。吸血鬼の性質について少し話しましょう」


「……」


「吸血鬼の特性について私も詳しく知っているわけでは無いので、私の経験も含んで話します」


「はい」


「私たちの世代はもはや吸血鬼と呼べるのか怪しいくらいにその性質が薄くなっています。本来であれば、一日に一回など高頻度に吸血することはありません。多くても1か月に1度吸血すれば、吸血衝動は十分抑えられます。しかし、月は何故か他の吸血鬼よりも吸血衝動が強い」


「単純に月がそういう体質なだけじゃないんですか?」


「私たちも最初はそう思いました。しかし、月は中学生までほとんど吸血をしようとしませんでした。普段、私が服用している血液のサプリメントもあまり受け付けませんでした。そこで私はある結論に至りました。月の吸血衝動は彼女の恋愛感情と紐づいていると」


「恋愛感情?」


「えぇ……これは私の経験談ですが、ある日まで誰の血液でも普通に摂取できていたのにも関わらず、好意を寄せる人間が出来るとその人以外の血液を受け付けなくなるんです。何故かその人物以外の血液が……その……まずく感じてしまうんです」


「……?」


 上手くイメージが出来ないので少しばかり首を傾げていると、月の父親はわずかに言い淀むかのように数秒だけ沈黙した後で再び口を開いた。


「私は大学で妻と出会うまでは誰の血液でも吸血することに関しては何の違いも感じませんでした。しかし、妻と出会い、彼女と関わっていくうちに彼女の血液しか受け付けられなくなりました」


「それってどんな感覚なんですか?」


「例えるなら、蛇口から出てくる水道水にはほとんど差は無いですが、ある時から特定の1か所の蛇口から出てくる水以外マズく感じてしまうような感じです」


「でも、その事と彼女の吸血衝動の強さって関係あるんですか?」


「おそらく精神が未発達の頃、幼少の頃に強烈な恋愛感情と吸血衝動が同時に起きてしまった。それ以降、恋愛感情が吸血衝動のトリガーになってしまっていると考えています。貴方の事を月が好きだと感じるたびに吸血衝動が湧いてくるという事です」


「そんなこと……」


「藤原 真君。君は月と幼いころにどこかで会ったことがありますか?」


 月と出会った……俺の記憶では高校に入学してすぐ、あの教室で初めて血を吸われたのが出会いだ。しかし、俺の記憶にはあまり信ぴょう性がない。


「実は……俺、中学校以前の記憶が曖昧なんです」


「それは……記憶喪失ですか?」


「記憶喪失とはちょっと違います。昔の記憶を思い出そうとすると靄がかかったような感じで詳細に思い出せないんです」


「原因は何ですか?」


「おそらく中学校時代に頭を強く打つ場面が何回かあって……そのせいで脳みそ自体は治っているんですけど、何故か記憶障害が出てしまっていて」


 屋上から落ちて頭を打った。おそらくあれがきっかけだ。そこから田中を守るために喧嘩をした時に石で殴られてから時間が経つごとにひどくなっている。一度、病院にも行ったが、当然のことながら俺の脳みそに異常は見られなかった。


「そうですか」


「もしかしたらどこかで会ったことがあるのかもしれませんが……」


「では、その話は一旦置いておきましょう」


「はい」


「では、これまでと同じように吸血行為を継続した場合、どんなことが起こるか分かりますか?」


「いや……」


「まず、月がこのまま君の血を吸い続けると過剰吸血になります」


「過剰吸血?」


「えぇ……似たもので言うと過剰摂取オーバードーズですね。いくら吸血鬼でも適量を超えた血を吸い過ぎると、凶暴性が増加したり、免疫力が低下して体に何かしらの異常が現れます」


 過剰摂取オーバードーズは聞いたことがある。市販されている薬などを用法・用量を守らず、一度に大量に摂取することだ。テレビでも危険性はたびたび報道している。月は……そんな危ない状態にあるのか?


「現に今、月は混血病という病気を患っています」


「……混血病。聞いたことないです」


「これは稀な病気だそうです。自分自身の血液型とは違う血液型の血が体内で生成されてしまうようです。現在、治療法はないとされています」


「月は……どうなるんですか?」


「体内で違う血液型の抗体が赤血球を破壊して、最悪の場合……死に至ります」


「は?」


「そのうえで君の体質の話ですが、おそらく君は度重なる吸血によって体質が変異しているのだと思います。君の再生する力が弱まっているのもおそらくその影響でしょう」


 最近、再生する力が弱くなっていたのは、体が吸血鬼るなの性質と不死者おれの性質の両方が存在していたためなのか。いや……今はそんなことよりも。


「吸血を止めさせるにはどうしたらいいんですか?こちらが吸血を拒めば収まりますか?」


「娘の吸血衝動は君への感情に起因しています。吸血鬼にとって吸血衝動を我慢し続けることは人間の飢餓とは比べ物にならないくらいストレスがかかります。そのため、吸血衝動を正常に戻すには君との関りを断つ必要があるかもしれません」


「……」


「幼少期に君と娘が接触していたかどうかまだ分からないので、娘の吸血衝動と君に関係性があるとは……まだ断言できません。ですが、もしその仮説が正しければ……月が君への恋愛感情を忘れるようにしたい」


「!?」


 月の父親は真っすぐと伸びた背筋を腰から曲げた。向かいに居る俺に対して頭を下げている状態だ。


「勝手な話だが、娘と……月と関係を断つ覚悟を持っておいてほしい」


 敬語が消えた。

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