第65話 好きという悩み
「あっ……起きた」
「あれ?」
一番最初に視界に映ったのは艶のある黒髪だった。次に薄橙色の肌。最後にこちらを覗き込む紅い眼光。
「心配したんだよ。血を吸ってたら急に倒れちゃって……」
「あっ……そうだ」
いつも通り月に吸血をさせていたら急に視界が歪んで、そのまま気を失ったんだ。ふと、額に何かが当たった。
「不安だったんだよ?」
「あ……うん」
紅い目から透明な液体が漏れている。そりゃ、さっきまで普通に会話してた人間が急に倒れたら誰だってこんな反応になるな。
俺と同じだ。あの時の。
「悪い、貧血なのかな?とりあえず……離してくんない?」
俺の頭があるのは月の膝の上、そして彼女は俺の身体を両手で押さえつけている。これでは顔を動かすどころか、動くことすら出来ない。
「やだ」
「なんで?」
「真をここまで運んでくるの、大変だった。だから、疲れて動けない」
どの辺りで倒れたのかは覚えていないが、少なくとも高校生の女子が男子を運ぶのはだいぶ重労働だ。ましてや相手が意識を失っているとなると尚更。
「救急車呼べばよかったじゃん」
「……」
「ん?」
「……」
「あの……」
「……まずは?」
「ここまで運んでくれてありがとうございます」
視界の端にある薄水色のカーテンには見覚えがある。どうやらここは月の部屋らしい。いつまでこうしてればいいのか分からないが、しばらくは我慢しよう。
「涙拭かないと……ティッシュは……ほっ……」
「!?」
今、俺の頭は仰向けで月の太ももの上にある。そして彼女がものを取ろうと上半身を傾ける。そうするとどうなるだろうか?
正解はちょうど胸の辺りが視界の真ん中に来るのだ。
「ちょっ……うっ……」
「あ~取れないな~」
シャツに覆われている月の体の中で最も張っている部分が顔に当たる。シャツにテントを張っているくせに驚くくらい柔らかい。シャツの隙間から何か甘い匂いが……
「おま……」
「口動かされると振動して……ムズムズする」
「……」
谷間の間に挟まれること10秒。なるべく息を殺していたため、新鮮な空気が美味しく感じる。
「クソ」
「あれっ?赤くなってる?」
「これは……息できなかったから」
「ホントかな?」
彼女は目を細めて嬉しそうにこちらを見つめてくる。まだ少し頭が痛いような気がするが、それもさっきの柔らかなモノを顔に押し当てられた衝撃のせいかおかげか消えかけている。
「今まで倒れたことなんてなかったんだけどなぁ……」
外傷は当然のこと、試したことはないがおそらく腫瘍やウイルスなどの内側の異常も治ると思っている。実際、病気や風邪に罹ったことは一度もない。
「もしかしたら、ゾンビになってるんじゃない?ほら、映画とかアニメでも吸血鬼に噛まれた人はゾンビになってるじゃん」
「確かに……。ゾンビは嫌だな」
「私はゾンビになっても好きだよ」
「……」
最近、好きという言葉に関して考えることが多い。以前は好きという言葉なんて何とも思っていなかった。
俺の感情は俺自身の
「吸血鬼って……噛んだ人間を好きにさせる能力とか……ある?」
「……無いよ。それじゃ、吸血鬼じゃなくてどっちかと言ったら
「だよなぁ……」
……ぶっちゃけ月は吸血鬼よりも
「まぁ……今日は帰るよ」
「待って……」
「何?」
「そう言えば今日、橘先輩と2人きりの時間あったよね。何してたの?」
「……人生相談かな?」
いつもなら違う女と2人きりで居たと知ったら何されるか分からない恐怖があるが、今回はなんだか許してもらえそうな感じがした。
「何か……悩んでるの?」
「……くだらない悩みだよ。他の人が知ったらなんで悩んでいるのか分からないと思うくらいの」
「私は……真の味方だよ。何でも聞く」
「……」
しばしの沈黙、お互いの呼吸音、時計の秒針が動く音、玄関先から聞こえる足音。それらを聞きながら悩んだ後、口を開く。
「実は……」
「月!……また、鍵かけるの忘れて……?」
「え?」
玄関の扉が開き、そこから謎の女性が現れた。若干カールのかかった茶色いロングヘアが印象の美人だった。
この部屋は玄関から丸見えであり、部屋には俺と月が二人きりで見つめ合っている。ちなみに割と至近距離。
「あら……彼氏?」
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