第16話 夕日が出ている帰り道に

「…それで、真と先輩はゲームについて話してただけと…」


「そういうこと」


 なぜかこちらが尋問されている。俺と先輩の正面に月が座り、俺と先輩は席を一席分間を開けて座らされている。


「……二人って付き合ってるの?昨日も二人で来てくれたし…」


「いいえ」

「はい」


 ほぼ同じタイミングで答える。先輩は困惑した顔で俺と月の顔を交互に見て、首を傾げた。


「こいつが一方的に言ってるだけです」


「同じベッドで寝たこともあるんだから、もう付き合ってるって言ってのいいでしょ」


「えっ!?そういう仲なの?」


 先輩はなぜか月ではなく俺の方を見てくる。


「先輩…違います。こいつが不法侵入してきただけですから」


「美少女が朝、自分のベッドに起こしに来たの?……羨ましい」


「えっ?」


「な…何でもない」


 なんだか変なことを言ったような気がするが多分聞き間違いだろう。…多分


「ち…血原さんだっけ…藤原君とは本当にゲームの話をしてただけだから…」


「私としてはそれも浮気の範囲に入ってるんですけど…」


「ひぃ!」


 月の目つきが数段鋭くなり、本気で睨みつけている。声もさっきよりも低くなった。影宮先輩は怯えた様子で縮こまってしまっている。


「まぁ…先輩に関しては今回が初犯なので許してあげます」


「あ…ありがとうございます」


 影宮先輩は今のところ誰に対してもオロオロしているところしか見たことないが、月に対しては一層弱くなっている気がする。


「次はないですよ」


「…はい」


 月は俺の方を見てからもう一度影宮先輩の方を向いた。


「さて、今後もこんなことが起きないように私もこの部活に入ります。まだ入部届は提出していないですけど…今決めました」


「え!?」


「何ですか?嫌なんですか?…先輩」


「い…嫌、そういうわけじゃなくて………うれしいです」


 明らかに声のテンションが下がっている。顔がどんどん実写版のピカチュウのしわしわ顔になってきている。


「先輩…文芸部って普段何してるんですか?」


「えっと…本読んだり…ゲームしたり…いろいろ」


「分かりました」


 そういうと月は鞄の中から本を取り出した。今朝、俺が貸した本だ。


「……」


「……」


 テンションの切り替え方が速すぎて、こっちが困惑してくる。俺と影宮先輩は顔を見合わせる。先輩も俺と同じような表情をしていたが、すぐスマホを取り出してゲームをし始めた。







「じゃあ…先輩、俺達帰るんで…」


「うん…また」


 昨日と同じように校内放送が流れ、一年生は下校の時間になった。


「失礼します…先輩」


 月も影宮先輩に一言だけ言って部室を出る。





「…なんで、俺があの部室にいるってわかったんだ?」


 部室を出て廊下を歩き、階段を降りて昇降口で靴を履き替えながら月に質問をする。外はまだ暗くなり始めたころだ。夕日もまだ顔を出している。


「教室に居ないから、もしかしたらって思って…」


「…そうか」


「今思ったんだけど…私、真のLINE持ってないんだけど」


 そういって彼女はスマホ画面を見せつけてくる。画面にはメッセージアプリの友達一覧の画面が表示されている。


「あ…そういえばそうだな」


 今、気づいた。思い返してみれば、そもそも家に帰ってから月とは話すこともないし、学校ではいつもそばにいたのでスマホでやり取りする必要もなかった。


「私も連絡しようとしたのに…」


「はい…これ」


「えっ?」


 スマホの画面に自分のアカウントのQRコードを表示させ、月に向ける。月はなぜかポカーンとした顔をしている。


「どうした?」


「ううん…こんなに素直に教えてくれるとは思わなかったから」


「俺をなんだと思ってんだよ」


 月は俺の画面に表示されたQRコードを自分のスマホで読み取った。こちらからは確認できないが、おそらくあっちのスマホに俺のアカウントが表示されているはず。


「うれしい…これで寝落ち通話できるね」


「さすがに寝落ち通話はやめてくれ」


 いつもより迫真の顔で月に頼み込む。さすがに睡眠くらい自分の好きにしたい。


「しょうがないな~」


 校門を出て、駅の方に向かって行く。前を見ると同じように歩いている三人組の生徒が見える。おそらく一年生だろう。


「ねぇ、聞いてよ…今日さ、告白されちゃった」


「へぇ~、OKしたの?」


「………本気で言ってるの?」


 今までに見たことのない顔だ。あ~やばいやばい、どんどん顔が険しくなっていく。怖い怖い…


「…ごめん」


「冗談でもそういうこと言ったら怒るよ」


「すいませんでした」


 月の顔がいつも通りに戻ったため、胸を撫でおろす。あんな顔するんだ…


「もう…断るに決まってるでしょ。私が好きなのは真だけだよ」


「…なんて断ったの?」


「それはもう…ズバッと言ったよ。いきなり何も知らない人から告白されて気持ち悪いって…」


「えっ?お前それ本気で言ったの?冗談じゃなく?」


「え?…うん」


 彼女の顔を見ると、冗談ではないことが分かった。本当に心のそこから理解していないらしい。


「……お前は一回その男に怒られろ」


「え~なんで?」


 そこからしばらく沈黙が続いた。学校から細い道を通って、交差点を抜けて図書館の前に出る。駅前の大通りを進み、そばにある大型スーパーの前を通り過ぎる。そうすると駅が見えてくる。


「そういえば…お前って中学の時、何部だったの?」


 歩いている間の暇な沈黙を破るように聞く。ふと気になったことを聞く。


「中学校の時は軟式テニスやってたよ」


「へぇ~」


 こいつがスポーツをしている場面が想像できず、意外だと思ってしまう。てっきり吹奏楽とか美術部だと予想していた。


「真は?」


「俺は陸上…」


「へぇ~」


 おそらく意図的に真似をしてきたであろう返事が返ってくる。


「何で陸上部に行かなかったの?」


「なんか……ずるしてる気分になるんだ…陸上やってると」


「何で?」


 特に気にせず、自分の気持ちを吐き出す。


「俺…どんな怪我でもすぐ治るから…ただひたすら走る練習をしてたんだ…」


 中学時代の光景を思い出す。熱いグラウンドに倒れこむ同級生、そこに駆け寄っていく部員たち。当然、俺も走っていった。


「何度も骨折したり…靭帯を切ったりしていたんだけど、気にせず練習してた…でも」


「でも?」


「ある日、友達が足を怪我して走れなくなったんだ。最後の大会の直前で…すげぇ頑張っていたんだ。めちゃくちゃ泣いていたんだよ、そいつ……それを見てから思い切り走れなくなった」


「なんで?」


「自分がずるしてる気がしてくるんだよ…こんな体じゃなきゃ…多分俺は大して速く走れないって…思えてきて」


 なぜだろう?こいつに気持ちをさらけ出せるのは。今までここまで自分の悩みを誰かに打ち明けたことなどなかった。家族にも教師にも友人にも恋人にも…


「でもさ…結局それって真の努力には変わらないよね」


 彼女はこちらを見てくる。励ますでもなく、共感をするわけでもない。ただ自分の意見を述べるかのように


「ずるなんかじゃないよ」


 きっと俺は誰かにこのことを話してスッキリしたかっただけなのかもしれない。そんなこと知らずに月は俺に向かって微笑んでいた。

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