同じ文末で物語を〆る企画 お題:「この後普通に生き残って普通に帰ってきた。」(711文字)

慣れって怖い

 若い頃から一人で世界各国を放浪してきた。

 そろそろどこかに腰を落ち着けようと考えていると、領民の減りが激しくて流れ者でも歓迎する領地があるという噂を聞いた。

 その領地を目指した。噂通り俺でも住むことができた。

 近所の人たちはみんな親切だった。

 俺の食事は、茹でた芋に塩をかける、茹でた豆に塩をかける、肉があれば焼いた肉に塩をかける、そんなものばかりだった。そんな俺の食事に呆れておかずの差し入れをしてくれた。俺は力仕事でそのお返しをした。

 こんな平和な領地なのになぜ領民が減るのかは分からなかった。

 理由が分かったのは数ヶ月後の建国記念日だった。

 領主様から建国記念の食事会の招待状が届いた。料理が趣味の領主が年に一度手料理を振る舞うらしい。選ばれた領民が招待されるらしいが招待状を見て近所の人たちは俺に逃げるように言った。

 何でもその食事会へ行くと毒を盛られて殺されるらしい。なぜ領主が領民を殺すのかは誰も知らないが、みんなその噂を信じているようだった。

 でもただの領民にすぎない俺に食事会を断る選択肢はなかった。

 食事会当日三十人ほどの領民が真っ青な顔をしてテーブルについている。みんなあの噂を信じているようだった。

 食事が運ばれてくる。一口食べるが、ものすごくまずい。材料は良さそうなのになぜここまでまずくできるのか、と思うほどまずい。こんなの食べたら命の保証はないのではと思うほどまずい。しかし料理を残すことはできない。涙を流しながら皆食べている。

 こんな料理を食べれば命は助かっても味覚が死ぬ。

 もう二度と食べ物を味わうことができないくらいに味覚が死ぬ。

 でも俺が作る手料理よりはずっと美味しかった。

 この後普通に生き残って普通に帰ってきた。

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