TURN.03「コールド・フィンガー(Part,1)」


 昨日の今日とで、約束通りただいま参上----

 マイルームを出てから実に三十秒近くの事だった。

 こんなにも早くエンカウントするものなのか。向こうが徹底的にサーチを入れていたのかそれとも偶然か。後者であるのならその底無き不運を嘆きたくなる。

「……一位だったのはあのレースイベントだけだ」

 無視はさすがに無礼だろう。

 このタイプの相手はスルーした方がもっと面倒な事になるとヒヨっての行動だった。いつもらしくクールなキャラを演じながらヴィヴィッドは振り返る。

「そこを間違えるな、二位の魔剣ライダー少女」

「はァ~……」

 少女は頭を掻きながら深く溜息を漏らす。二位という単語が不愉快だったか。

「あのさァ? 私、昨日自己紹介したよね? もう忘れたわけ? それとも私の名前なんて覚えなくていいくらいどうでもいいわけ~?」

 実際、この少女との関係はレースイベントで戦ったくらいでほとんど赤の他人だ。どうでもいいかどうかと言われたらぶっちゃけどうでもいい。というか関わりたくないのがヴィヴィッドの本音だ。

「名前、何だったっけか」

「ふんっ」

 少女は自身の頭上を指さし始める。

 プレイヤーの頭上にはプレイヤーネームやレベル、所属ギルドやジョブなど諸々を表示できるシステムがある。どれを表示するかは個人で表示可能。少なくとも、名前だけはデフォルトで表示され消す事は出来ない。


 表示されている名前は。

「Vi0【ヴィオ】、だったな」

「そう、そのヴィオよ。忘れるなっつの」

 わざとだ。しらばっくれてやっただけである。

 ようやく名前を呼ばれたことでヴィオは態度を改めてくれた。正直言うと面倒くささ極まりない。

「そのVi0が俺に何の用だ?」

「そこも忘れたってか! 昨日言ったでしょ? アンタの首を貰いに行くって。約束を守りに……決着を付けに来たのよ」

「ずっと俺を待っていたのか? マイルームの場所まで探ったりして」

「ううん。アンタを探そうって気合入れてたら偶然いきなり見つけたってわけ。へぇ、アンタのマイルームこの近くにあるんだ?」

 どうやら出会いは偶然だったようだ。とんだアンラッキーだったというわけである。しかも悲しい事にマイルームの場所まである程度特定されてしまった。ヴィヴィッドの自爆だったとはいえ重なるアンラッキーに頭痛がする。

「というわけで決着をつけるわよ。そらそらっ」

 鞘に納めたままの刀を杖代わりにして、つついて来る。

「なにが? というわけで? だ?」

「はァ~ッ?」

 ヴィヴィッドは思わず本音が口に漏れた。Vi0もそれを聞き逃さない。

(この人……本気で戦闘狂なのか? そこまでして僕とバトリたい理由は何?)

 このV.i.P.s。アニメ好きならたまらない設定の世界観。しかも見た目を現実世界とは全く異なる姿に出来るともあって……この世界限定で理想のキャラを演じて活動する者も少なくない。実際ヴィヴィッドもその一人である。

 だが中には面倒なほどにキャラ設定をブチこんで、こだわりを拗らせるユーザーも数多くいる。彼女の場合も何かキャラを演じているのか、それと素で喋っているのか分からないから正直面倒くさい。

「決着をつけようにも次のレースイベントは来月だ。他のメトロポリスでも今日はレースイベントが予定されていない。勝負をつけるなど不可能だ」

「何レース限定で絞ってるんだか。脳味噌思ったよりも狭いのね? 普通に考えたらあるじゃないのよ。こういうゲームだからこそ決着をつける方法が」

 メニュー画面を開いたVi0は何やらメール画面を開いている。ボクシンググローブの描かれたボタンをタッチすると、ヴィヴィッドのメール画面に『新規』と表示される。彼女から彼へメールが送られたのだ。

「……プレイヤーバトル、か」

 MMORPGゲーム。多くの仲間達と手を組み、巨大なモンスターや広大なダンジョンに挑み攻略するのが醍醐味のジャンル。

 それ以外の醍醐味……それはプレイヤーバトルだ。プレイヤー同士で腕を競い合い、プライドと時にポイントをかけて真剣勝負を行うのだ。

 Vi0から強引に決闘状をつきつけられたのである。

「断る、と言ったら?」

「地獄の果てまで追いかけ回して首を縦に振らしてあげる」

 逃がすつもりはないようだ。その発言は立派なストーカー行為。現実世界だったら通報案件も辞さない発言だ。

「……わかった。面倒極まりないが相手になってやる」

 今後も見つかり次第、変に絡まれ続けるのも面倒である。ヴィヴィッドは承認のボタンを押し、Vi0とのプレイヤーバトルに挑む。決着をつけるために。

「そうこなくっちゃ!」

 その返事に満足したのかVi0は腰に手をやり、笑みを浮かべている。

「バトルステージはどうする?」

「ハイウェイ跡地エリアとかどうかしら? あそこなら他のプレイヤーが横槍を入れづらい良い場所あるし」

 このゲームにはプレイヤーバトル専用のエリアが存在する。メトロポリス内での戦闘は御法度とされており、確認され次第アカウント凍結の処置がおかれるほどの罪となる。

 一度バトルステージに移動することにする。決闘の場に相応しい真剣勝負の舞台へ。

「私はバイクで移動するけど、アンタは専用のバイク持ってる? なかったら乗せていくけど? サイドカー課金して買ってるし、」

「その必要はない」

 ヴィヴィッドは自身の手の中にカードキーを出現させる。

「俺も専用のバイクは持ってる」

 レースステージで使用するモノとは違う“自分専用のバイク”。

 バイクを起動するためのカードキーでどのような車種を使っているかが分かる。ヴィヴィッドが所持するバイクは……結構な高級品だ。

「……あの腕なら当然か。このダークホースめっ」

 余計なお世話だった、と。Vi0は不敵に笑った。

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