TURN.01「ハイウェイ・トゥ・ヘル(Part,2)」


「死ねッ、死ねェエッ!」

 少女は苛立ち気味に鉄を振るう。乱れた空気を引き裂く。

 刀片手に敵陣に突っ込み、化け物とすれ違ったかと思うと化け物の首が落ちる。宣告通り、まず一体目の首を切り落としてやった。

「また一体……死ね!もう一体も死ね!そこにいる一体もだッ!!」

 敵の数はざっと数えて10体近く。そのうちの一体、また一体、更にもう二体……あっという間に数は片手で数えるまでに減っていく。再生動画のシークバーを進めたかのよう目の前の光景がサッパリと切り替わっていく。

 鞘と柄がぶつかり合う音。次は目にも止まらぬ居合が高速で連続。少女は怒りに身を任せて物の怪を成敗していく。

「とっとと死ねぇえッ!! まとめて死にやがれッ!! 」

 二位のマシンに乗っていた軍服の少女はとにかく不機嫌だった。刀の音と共に舌打ちも鳴り響く。

「最高の楽しみを邪魔された気分が分かるかッ!? 大切にとっておいたデザートを何食わぬ顔で奪われた気分が分かるかッ!? この悪戯をしかけた奴が神様だろうと許さない……楽しみを奪われる苦しみを味わえッ! クソがァアッ!!」

 テンションも最高潮、白熱のバトルもラストスパートといったところで……空気も読めない外野の乱入で水を差された。気が滅入ったどころか、理性が焼けるほどブチギレた。少女は刀を抜くと最後の一体へと突っ込んでいく。

 化け物相手に少女は物怖じしない。

 首を刎ねられた化け物は血を噴き出さない。

 断面こそ晒してはいる。だが、本来生き物ならば誰もが流しているであろう雫を一体たりとも吐き出そうとはしない。ただ力なく倒れるのみだ。

「どいつもこいつも許すものかっての……全員の首、切り落としてやるッ!!」

 化け物は地面に叩きつけられると同時、光の粒子となって消えていく。

「これで最後ぉおおおーーーっ!! 地獄に底に落ちちまえぇッ!!」

 まるでデジタル時計のメモリのよう。粉々になって虚空に解けていく。また一体、また一体と消滅していく。電子の塵となり虚空へ溶けていく。

「ハァ、ハァ……向こうもそろそろ終わるかしら?」

 軍服の少女は化け物を惨殺後、一瞬だけ背後に視線を向ける。


 ---銃声だ。後ろの方で怪物達の悲鳴とソレを貫く重低音がトンネルで反響する。


 もう一人のプレイヤー……一位のマシンに跨っていた人物もヘルメットを脱ぎ捨て化物達と対峙しているようだった。

(二丁拳銃か。片方はガンブレード、もう片方はショットガン。ふーん、アンバランスだけど洒落てんじゃん)

 片手で扱うには反動で手首がイカレそうな武器を軽々と振り回している。一体、また一体と化物達に風穴を開けていく。顔、胸、手首足首を吹き飛ばす。瞬く間に正体も分からぬ化け物を全て瞬殺していた。

「ハハッ、やるじゃん? 流石はこのメトロポリスで話題になり始めたダークホースさんね。化け物退治もスマートにお手の物ってワケかしら~?」

 それぞれ五体ずつ。レースに水を差したマナー知らずはこれにて全滅か。

 そのプレイヤーに見惚れ、感心するかのようにホッと胸を撫でおろし少女は武器を降ろそうとする。気軽にちょっかいでもかけるつもりのようだった。

「……油断するな」

 矢先、少女に向けて、その拳銃は向けられる。

「え?」

 少女が気づいた頃には銃声がトンネルにこだましていた。



 ----背後だ。弾丸は少女の背後に向けて放たれた。

 少女の背後で化け物の悲鳴……どうやらもう一体隠れ潜んでいたらしい。油断していた少女の首を逆に奪ってやろうかと思っていたか。


「油断するなと言ったんだ」

「これは失礼。まぁ私も気づいてたんだけどさ」

 だがそんな不意打ちも失敗に終わる。化け物が首をブチぬかれ、そのまま光の粒子となって消えていった。

「……反応なし。これで本当に全滅?」

 念のため探りを入れる。

 もう敵の反応らしきものは見当たらない。少女は今度こそ安全を確認し、武器をしまう。虚空から現れた謎の電子飾の小さな扉の中に。

「そのようだな。らしい姿は見当たらない」

 一位のレースプレイヤーも二丁拳銃から手を離す。

 拳銃はアスファルトの地面に衝突するよりも先に……光を放ち、消えていった。


「おっ、と----」

 -----戦闘終了と同時。

 少女の視界もまた、真っ白い閃光に包まれた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……んん?」

 目を開くと、そこはレースのスタート地点だった。

 スタート地点には無人のバイクが並んでいる。そこには少女達の乗っていたマシンもあった。さっき大破したはずなのにピンピンとした新品同様の状態で放置されている。さっきまでの惨劇が嘘だったように。

「何が起きてるのかしら……スタート地点に戻され、た……?」

 少女は視線を向ける。少女の視線の先には際どい水着を身にまとったレースクイーンだ。レースクイーンの頭上には『R』の文字が赤くデカデカと表示されている。

「どうなってるのよ! レース自体、なかったことにされてるじゃない!? 何だったのよ今の?ねぇ!? ……おい、何か言えや!NPCだからって黙ってるなよ! 説明しろよ、オイッ!!」

「……」

 少女と同時、一位のプレイヤーも同じくスタート地点に戻されたようだ。

 しかしそのプレイヤーは特に気にすることもなくレースステージから去ろうとする。何も喋らないレースクイーンに一人喧嘩を売ってる彼女を置いて。

「あっ! コラまて待ちなさい!!」

 その進行方向を遮るように少女は立ちふさがる。

「ねぇ。アンタは今の現象、何とも思わないってワケ?」

「……」

 一位のマシンを駆っていたプレイヤーは何も言わず佇んでいる。

 少女よりも身長の高い黒髪の男。髪はショートカットで先端が跳ねている。見た目的には軍服の少女と歳はそう変わらないように見える。

 漆黒のジャケットに長ズボン。その姿は秘密組織のガードマンにも見える。

 目元は一本の赤い線が描かれたバイザーで覆われている。素顔の半分が隠されているため、どのような表情を浮かべているのか若干判別がしづらい。

「驚いたに決まってる」

「でしょう? 多分、何かのバグだと思うんだけど、」

「凄く速いと思ったが……まさか女とは」

「って、驚いたのはそっちかい」

 バイザーの男は違うところに感心しているようだった。

 彼の興味はトンネルの中に現れた謎の怪物よりも、二位を独占していたプレイヤーに向けられていたようだ。

「……あのさ。ここ『V.i.P.sヴィップス』ね?」

 軍服風衣装の少女は呆れたようにバイザー男を見上げる。

「女性アバターを使う男性なんて普通にいると思うけど?」

「それもそう、か」

 バイザーの男は彼女の言い分に納得するかのように頷いた。

「って、そうじゃなくて。気になるっていうのはトンネルの一件の事」

「……このイベント最近出たばかりだからな。そういうバグも多いんだと思う」

「いや、そうかもしれないけどさ……あぁ~、冷静に考えればァ? アンタに言っても仕方ない気がしてきた。こういうのはカスタマセンターに聞くのが当たり前か」

 ガックリ肩を落とす少女。少女はスポーツウォッチ風の時計を開き、時刻を確認している。

「もうすぐメンテの時間ね。ログアウトしたら文句言いまくってやる」

「そうするといい。ただ、やり過ぎるなよ」

「分かってる。変に言い過ぎるとBAN食らうかもだし」

 やっぱり少女は煮え切れない様子だった。この場で愚痴っても仕方のない事なのだが、これを吐き出さずにいられるものか。



「……【Vi0ヴィオ】」

「え?」

「私の名前よ」

 少女は自身の名を突然口にする。

「バグか何か知らないけど今日は変なのに水を差された。決着は必ずつけに行く……アンタの首は私が貰う。この名前を覚え覚悟しといて。それじゃ」

 Vi0。そう名乗った少女の頭上にログアウトの文字。

 同時、少女の姿もまた電子の粉となって消滅していった。


「……俺もログアウトするか」

 あと数分。少し時間が経てばこのメトロポリスは一度消滅する。


 なにせ今日は……


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 -----ログアウト。

 目の前が真っ暗になっていく。

「……ふぅ」

 VRヘッドギア。それを取っ払うと目の前の世界が露わになる。

 目の前には勉強机。ノートパソコンと学校の教材。背後はあまり綺麗とは言えないベッドにテーブル。テレビの前には最近のコンシューマゲーム機がポツン。

「なんか、変なのに絡まれたなぁ~……?」

 バイザー男のアバター使いは肩を落とし、勉強机の上に置いてあった眼鏡をかける。耳を覆い隠すショートカットの髪。少し伸ばしているのか片目が隠れている。


 彼は……平凡を絵にかいたような印象の普通の男子高校生。


「僕、何か悪さしたっけェ~……?」

 【秤李々人はかりりりと】は今日の出来事に不安を覚えているようだった。

 

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