追放されました。お金を貸してくれと泣いて頼まれました。

青猫

追放されました。お金を貸してくれと頼まれました。

俺はアレク。

SSランクパーティ「掃き溜めの鶴」の荷物持ち兼サポーターだ。

俺のスキルは「臥薪嘗胆」。

なんだかよくわからない名前のスキルで、どんな効果があるのかも分からない、所謂死にスキルだ。

でも、俺は俺なりにパーティの中での役割を果たしてきた。



今日も、皆の役に立つことができたと思っている。

それなのに……。


「アレク。今日を持ってお前を俺のパーティから追放する!!」


うちのパーティのリーダー、カイトは冷たい目でそう言い放つ。

俺は突然の宣言に気が動転しながらも何とか言葉を紡ぐ。


「追放って、いったいなんでだよ?」

「分からないか?役立たずはこのパーティに要らない」

「はぁ、役に立ってない?そんなわけないだろう!?」


そう俺が言い返すと、カイトは首を横に振る。


「いや、お前は戦闘中、逃げてばかりじゃないか。碌な装備を持たず、敵にはまともな傷一つ付けられない。今日だって、お前がいなければもっと早く敵を殲滅できていた!」

「いや、俺は……」

「黙れ。それにスキルもまともに使えない。俺のスキル『剣聖』とは大違いだ。これじゃ、いるだけ金の無駄だ。もう新しい前衛を雇った。さっさと荷物を置いて出ていけ!」

「そうよ、役立たずの自覚が無いの?」


そう言ってアーチャーのエミルは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「うちのパーティに弱者はいらん!」


剣士のアーカイルは全く気にするそぶりも無く、そう言い放つ。


「……さっさと出ていけば?それがあなたの為よ?」


そう鼻で笑って言ったのは、魔法使いのルーラだった。


「いや、俺は!」


俺が反論しようと口を開いたその時。

カイトは納めていた剣を抜き取り、俺の腕を切り落とした。

まさに地獄と言っても過言ではない激痛が走る。


「あぁぁああぁぁ!!?」

「……ゴミが。まだ何かあるか?」


そう言って、カイトは剣をしまい、そのまま行こうとしたが、ふと気づいたように、


「あぁ、すまないな。金だが……これだけ恵んでやろう。せいぜい頑張るんだな。……あぁ、まずは腕から治さないとな。治るといいなぁその腕」


そう言ってカイトは懐から金貨数枚を取り出すと、パラパラと落とした。


「さぁ、犬のように卑しく拾うんだな」


パーティメンバーも、ギルドの連中も笑っているだけで助けようともしない。

俺は、激痛がはしる腕を抑えながら、荷物を全て置いてギルドを後にした。



家に戻った俺は、痛みと悔しさでいっぱいだった。

——俺は役立たずにしか見えなかったのか?

——俺のしてきたことなんて無駄だったのか?

——うまく冒険できるように準備をしたり、ご飯を作ったり、荷物持ちをやったり。



——いったい何時間立ったのだろう。

元仲間にされたことへの怒りと、これからどうすればいいのか見当もつかない不安とで

途方に暮れていたその時。


扉がノックされた。


俺は、正直無視したかった。

今は誰とも会いたくなかったからだ。

しかし、扉の向こうの人物はそうではなかったらしく、どんどんと扉を叩く勢いは強くなっていく。


「……あぁ!もう!うっとおしい!」


俺はその音に耐え切れず、扉を開ける。

そこには、先ほど追放してきた「掃き溜めの鶴」の魔法使い、ルーラが立っていた。

ルーラは、開口一番、こう叫んだ。


「お金貸して!」

「はぁ?何言ってるんだ?帰れ!」


しかし、ルーラは、無視してずかずかと進んでくる。

俺は、ルーラを家の中に入れてしまった。

……この選択が大間違いだったと数十秒後に気づいた。


家に入ってきたルーラは、扉が閉まり、外から誰も見えない状態になった瞬間に動いた。


「!?」


ルーラは、俺の腰を掴むと、俺の体を前後にゆすりながら泣き叫ぶ。


「お金貸して~!今月もうカツカツなの~!」

「おい、やめろよ!」

「いやだ!お金貸すって言うまで絶対にこの手を離さない!」


今のルーラは絶対に人に見せられない顔をしている。

しかも手を離させようにも、俺は片手だし、そもそも両手使っても引きはがせる気がしないほどに力が強い。


「おい、身体強化魔法使ってんだろ、お前!」

「そうよ!金貸すって言うまで絶対に離さないんだから!」

「わかった!わかったから!貸す!貸すよ!」

「本当!?」


ルーラはそう言うと、すっくと立ちあがり、服の埃をはたき落とす。

そして、ガッツポーズをとった。


「よっしゃ!」


……やっぱりウソ泣きか。

俺は仕方なく、なけなしの金を持ってくる為に、奥の部屋に行く。

——銀貨二枚ぐらいでいいか。


そう思いながら、自身の財布を確認していると、ルーラが、


「ねぇ、この家では客人にお茶も出さないのー!?」


なんてほざいてたから、


「飲みたいんだったら自分でやれ!」


と言っておいた。

少しすると、紅茶のいい香りがしてくる。


俺は財布を持ってルーラのいるリビングに戻る。


「ご苦労、ご苦労。いくら出せる?」

「銀貨二枚」

「えーケチ―」

「……お前なぁ」

「もうちょい、金貨一枚!」

「お前、もうちょっと遠慮を知れよ!ていうか、俺じゃなくて他のやつ当たれよ」

「いやー、一番貸してくれそうなのがアレクじゃん」

「もうパーティメンバーじゃないんだから遠慮しろよ……しかも俺、追放されたんだぞ、つ・い・ほ・う!」

「別にいいじゃん。それが何かしら私たちの関係性に影響を及ぼすの?」

「いや、及ぼすだろ。今の俺達、パーティメンバーじゃなくて、ただの他人だぞ?」

「いやいやいや、それだけじゃないじゃん。ほら、債権者と、債務者」


ルーラは、俺と自分自身を指さして言う。


「お前が言うか……、てか、この前貸した金貨三枚、いい加減に返せよ!」

「それはまた今度」


俺は手を頭につけてため息を吐く。


「ていうか、あんな追放の仕方しといて、その日に俺を頼りに来る精神が分からん。プライドは無いのか?プライドは?」

「プライドがあってもお金は出てこない!……というかさ、抜けて正解だと思うよ」

「はぁ?どういうことだ?」


俺がそう言うと、ルーラは紅茶を一口飲む。


「だってさ、あれ、絶対アレクが嫌いだからやってるじゃん。抜けて正解」

「……そうか、俺が嫌い?」

「そうそう、絶対カイト、アレク恨んでるよ、何か恨み買う事やった?」

「いや、思い当たることは何も……」

「ほら、無自覚のうちにヘイト集めちゃってさ。あれがダンジョン内で爆発しなかっただけ良かったわ。仲の悪い人とパーティ組んでていい事なんて一個も無いよ」

「まぁ、確かにな」


俺も一口紅茶を飲む。

……うん、気が落ち付く。

……あ!


「お前も俺の腕切り落とされたとき、笑ってたじゃんか!」

「あぁ、アレ?あれはもう、内心ドン引きよ。『えぇ、そこまでやるか普通』って。正気の沙汰とは思えない。しかも、アレクが帰った後でカイト、アレクの腕、踏み潰してたからね。

ホントマジ、どこで恨み買ったの?『あれ、俺、またなんかやっちゃいました?』じゃすまないよあれは」

「俺も知らんわ!いや、でもまぁ、確かにそれだったらさっさと抜けて、正解だったかもな……」


俺はダンジョン内に一人、取り残されるという想像をしてぞっとした。

……そこまで恨みを買うようなこと、ホントにした覚えないんだけどなぁ……


「だから、私に金貨一枚、貸―して!」

「それとこれとは話が別。ていうか、結局俺の事裏切ってるじゃんか」

「だってほらー、アレクより、カイトの方が将来性あるじゃん」

「お前なぁ……だったらあいつに借りれよ。あいつだったら金貨数十枚一括で貸してくれるぞ、きっと」

「いやあ、カイトはね……生理的に無理」

「言い切ったな、お前」


ルーラはすごく嫌そうな顔をしている。


「なんか、カイトと話していると、背筋がぞわぞわ~ってするのよ。なんか、お金借りたら、取り返しのつかないことになりそう。『ぐへへ、返済はお前の体だ~』とか」

「流石にカイトでもそんなことは言わんだろ。じゃあ俺は?」

「人畜無害。多分裸の女が目の前にいても何もしないヘタレでしょ」

「ヘタレで何が悪い!?」

「まぁ、だから絶対にカイトから借りるのは嫌。……そう言えば、ほら」


そう言ってルーラは懐から金貨数枚を取り出した。


「ほら、さっき拾わなかった金貨」

「それは……いらない」

「なーに言ってんの!貰えるもんは貰っときなさい。これからも冒険するんでしょ?そのための装備資金に使いなさい」

「でも、腕がもうないし……」

「……」


俺がそう言うと、ルーラは下を向く。

なにやらぶつぶつとつぶやいた後、

何かを決めたように立ち上がった。


「あぁ、もう!流石にこのままは寝覚めが悪いから!」

「はぁ?」


ルーラはすたすたと俺の横に歩いてきた。


「いい!?今からやることは絶対に秘密よ!もし漏らしたら……」

「漏らしたら?」

「殺す」


ギロッとにらみつけるルーラに少したじろぐ。

しかし、「わかった」と俺は返事をした。

ルーラは、俺の切り落とされた方の腕の根元に手をかざしている。

そして、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。


「夜輝く光も、朝照らす光も、すべて纏まりてこの世を癒す一筋の光となれ!『アルティメットヒール!』」


彼女が呪文を言い切った時、存在しない右腕の部分が光り輝き、やがて光が収まると、俺の右手は元通りになっていた。


「……お、おぉ!?」


腕が生えた!?

こんなとんでもない回復魔法をルーラが!?でも……


「回復魔法の使い手って聖女だろ!?聖女って教会で管理されているよな、ってことはお前……!?」

「申告してないけど何か!?」

「いや申告しろよ、聖女様だろ?……金返さないけど」

「いやよ、絶対いや!聖女って清貧な暮らしを徹底しなきゃいけないんでしょ!?そんな生活、私が耐えられると思う?」

「……五分で音を上げるな」

「よくわかってるじゃない」


ふふんと胸を張るルーラ。

そこは自慢できるとこじゃないから。


「で、報酬の件だけど……」

「は?」



その後、ルーラとの協議の結果、借金の金貨十枚分と今回金貨二枚貸すことで手を打った。

正直、腕を直すって言ったらそれぐらい必要になるためその費用が浮いて助かった。



その次の日。

俺は、色々あって、とりあえず臨時でパーティを組むことになったのだが。


その時に、初めて俺のスキルの効果が判明した。

どうやら、「臥薪嘗胆」は常時カウンター型の支援スキルだったらしい。

味方がダメージを食らった分だけ、味方にバフがかかる。

多分、知らず知らずのうちに、前のパーティでも支援をしていたことに気づいた。


「はぇ~。なんかすごいスキルだったんだなぁ……」


家に戻ると、手元にあるお金に唖然とする。

金貨五百枚。なんか、依頼を受けて行った場所で、なんかSランクモンスターとかいうはぁ、何それ、やばいやん、的なモンスターが出てきたのを剣使って切ったら手に入った。

昨日、金貨が一枚や二枚の話で言い争ったのが嘘のような手持ちである。

……ケチケチせずに貸してやればよかったのかもしれない、と一瞬よぎった考えを俺はかき消す。

そもそもルーラには金貨数百枚レベルの借金がある。

もうすでに返してもらうのを若干諦めているのだ。

本当、なんで今のいままで縁が続いていたのか分からなくなるレベルだ。


……まぁ、クズいけど、悪いやつではない。きっと。

俺はルーラとの思い出を振り返る。

——開口一番に金の無心をされたこともあった。


『ねぇ、ちょっと金を貸してくれない?』


死に掛けの時に、勝手に約束させられたこともあった。


『ねぇ!絶対に死なないでよ!死ぬときはあんたの遺産全部私に譲るってみんなの前で宣言してから死んで!』


——思い返せば、初めて会った時も、お金をせがまれた気がする。


『……初対面の人にこういうこと頼むのって、ホント心苦しいんだけど、お金貸してくれない?』


……アレ?本当にいいやつだっけ?

いや、思い出せないだけ多分いいやつなのだ。ホントに。


まぁ、嫌か嫌ではないかと言われたら、嫌ではなかった。

ルーラがいる時は、両親の形見のこの家に、少しは賑やかさが戻る。


俺は、「ふう」と一息つく。


——次にルーラが金の無心に来たときは、絶対に金返してもらおう。




それからの俺の生活はまさに成り上がりと言っても過言ではなかった。

自覚してはいなかったが、スキルは元々発動していたのだ。

それを意識的に制御するとどうなるか。


——まさに無双。

今までは無意識にすべてのステータスを強化するようになっていたのだが、それを一点集中できるようになった。


例えばである。

今まで、攻撃、防御、素早さ、運、体力、魔力が二倍になるように制御されていたバフを一点集中するとどうなるか。

2+2+2+2+2+2=12倍なんて生易しい物じゃない。

2*2*2*2*2*2=64倍となってしまうのだ。

まだこれ以外にもやばい点はあるが、この方法で俺は瞬く間にドラゴンスレイヤーにまで成り上がった。

まさにウハウハである。

一週間前、みじめに追放された人間だとは思うまい。

ルーラが来てやったら大笑いしてやる。


——どうだ、俺の方がカイトより将来性、あっただろう!

なんて。


そんな彼女はもう一週間もうちに来ていない。

まぁ、確かにクエストには一週間や一か月の間拘束されるクエストもあるっちゃある。

でも、同じパーティだったからか、彼女とはほぼほぼ毎日話していた。

毎日話すことと言えば、「金返せ」か「金貸して」の二択しかなかった気がするが。

いや、他にも「飯作れ」とか俺の作った飯にケチつけたりとかやってたな。

「じゃあ、自分で作れ」と言ったとき、夜ご飯に乾パンと干し肉がそのまま出てきたときはどうしてやろうかと思った。


ここまでルーラと話をしないのも久しぶり、というか、彼女と出会ってから初めての出来事だ。


俺は一人家の中でゴロゴロとしつつ、金貨を数えている、

もうすでに数えきれないほどある金貨はその大半をギルドに預け、一千枚ほどを家に置いている。


——いや、別にあいつが金の無心に来たら出してやろうとか考えている訳じゃない。

ただ、自慢がしたいだけ、それだけだ。


次の日。俺はやることも無いのにギルドを訪れた。

お金も十分にあり、しばらくはゆっくりと過ごせるだろう、なんて思ってたのに、気づけば足はギルドに向いていた。


ギルドに入った俺は、ギルドがいつもより騒がしいことに気づく。

どうやら、騒ぎの原因は、受付嬢の持っている依頼書にあるみたいだ。


「すみません、どなたかこの依頼、受けていただけませんでしょうか!?」


受付嬢があんなに叫ぶという事は、おそらくは人命にかかわる依頼なのだろう。

しかし、その声を聞きつけて、依頼書を見た人は皆首を振って依頼を辞退する。


……そんなに難しい依頼なのだろうか?


それならば、と思い、足を進めようとすると、肩を叩かれる。

振り向くと、そこには、この一週間で何回かお世話になった、Sランクパーティ、「悠遠の集い」のリーダーであるジャンソンと副リーダーのリーンがいた。


「アレク。あの依頼は放っておいてもいい依頼さ」

「そうよ。当然の報いともいえるわ」

「報い?」


ジャンソンはフッと笑って言う。


「あれは、『掃き溜めの鶴』の救助依頼なんだ。どうやら、ダンジョンの探索中にイレギュラーが発生したみたいでね。救援を要請してきた」

「なら、助けに行くべきじゃないのか?」

「『掃き溜めの鶴』は、アレクさんを身勝手にも追放して、そして腕まで切り落としたんです。その行為は、ギルド内に知れ渡っていますからね。そんな事をした人たちを救う義理なんて、こっちにはないんです」


リーンは、いかにも怒ってます、と言った感じで話してくれた。


「そうか」

「そうだよ。彼らにしてみれば、当然の報いを受けると言えるね。なんせ、稀代のSSSランク冒険者である、君を追放したんだから。誰かが亡くなったとしても罰が下ったとしか誰も思わないだろうね」

「……そうだ、アレクさん!こんな辛気臭い話はやめにして、そろそろうちのパーティに来てくれる決心はしましたか?アレクさんがいたらきっと私たちは、もっと強くなれると思うんです……アレクさん?」


……そうか。

俺の足は自然と前に進んでいた。


「アレクさん!?助けに行くんですか!?」

「……君に助けに行く義理なんてないだろう?」


俺は二人の方へと振り返り、言う。


「義理は無いけど、まだ返してもらってない金があるんだ」




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(ルーラ視点)


おかしい、と思ったのは、クエストを受注して、およそ半分の三日が過ぎたあたりだろうか。

皆の能力が嫌に低い気がする。


私だって、調子が出ていない。

普段だったら、これの二倍ぐらい体に力がみなぎっているのに、今日は全く感じない。

まぁ、普段よりも体に力が張る時は、その分手加減や調整に使ったりしていたので、そこまで私は問題ないのだが。


それよりも、残りの三人の方が不安になる。

エミルは矢をよく外す。

いつもよりも命中率が悪くなっているみたいだ。


アーカイルは剣速がまるでない。

いつもなら、「ぶおぉ!」と風を切る音が響くのに、今現在「しゅおぉ」と耳を澄まさなきゃ聞き取れないレベルだ。


そしてカイト。

彼はスタミナの少なさがいつもより目立つ。普段、彼がスタミナを切らす前にこういったクエストはクリアしてしまうので、そんなに気にはしていなかったが、今は肩で息をしている。

いつも持っていない荷物を五人で分散しているのも問題なのだろうか?


今回のクエストから初参加となる、前衛のラートは問題なく動けている。


——これじゃ、今回のクエスト、クリアも怪しい。

せっかく稼いだお金で、服とかアクセとか買おうと思ってたのに残念である。

——仕方ない。アレクからまた集ろう。


アレク。お金を貸してくれるいいやつである。

正直、このまま踏み倒して逃げても、彼は結局許してくれそうな気がする。

でも、なんとなく、それをするのは嫌なので、なぁなぁにしつつ、彼と付き合いを続けている。


三日目の野宿。

私は皆に一旦街に戻ることを提案する。

皆、調子が悪いのではないかという事を理由に。


結果。調査続行になった。

理由はいくつかある。

まず、調子が悪いのは一時的な物で、探索中に治るであろうこと。

次に、このクエストをクリアできなければ、私たちのパーティの評判が下がること。

最後に、違約金を払うお金がなく、違約金が発生した時点で、私たちのパーティが、Sランクに下がるだろうということ。


それが四人には許せないらしい。

命の方が何倍も大事であるという私の意見は、私の心の奥にそっとしまった。

なんせ、この状況を維持していれば、このクエストをクリアできる可能性が少しは残っているのだ。

でも、流石にここで何か言ってパーティの雰囲気が悪くなれば、クリアは絶望的になる。

下手すれば誰かが死ぬだろう。


ということで、探索はさらに三日間続いた。

不調は一切治ることなく、ダンジョン最奥地、ボスの部屋へと入った。

幸い、ここのボスは判明している情報の限りでは、私たちでも対処可能なモンスターである。


こいつを倒せば、宿に戻れる。

私は杖を握る力を強める。


そう思った時。

目の前のボスが苦しみだした。

情報に無い、不可解な行動。

ボスは、だんだんとその色を変えていく。


——まさか!


「進化!?皆下がって!」


そう言ったが、皆回避行動が遅れてしまった。

私とラート以外の三人は、無防備なところを突かれて、大きく吹き飛んだ。

私は、急いで荷物の中の救助を要請するための魔道具を起動させる。


——これは、ギルド本部から瞬間移動できる転移魔道具であり、冒険者をこの魔道具を通してこちらに呼ぶことができる。だから強い冒険者が救援依頼を受けてくれればすぐにでも救助が来てくれる。

だから、この場をあと少し、耐えるだけでいい。


「皆!へばってないで行こう!」


そう言うと、吹き飛ばされた三人はのろのろと立ち上がる。

幸い、最初の攻撃をした後、敵はラートに狙いを定めて襲っている。ラートは防御力を高めるスキルを持っているらしく、あの進化した敵を十分に抑え込んでいる。


「皆、いつもより、調子が悪いだろうから、慎重に……」

「うるせえ、行くぞ!」

「おう!」「もちろん!」


そう言うと、三人は思いのままに駆けていく。

その戦い方は、格下相手には有効だし、手っ取り早く殲滅できるが、格上相手には悪手だ。


「待って!?」


私の制止の声もむなしく、三人は突っ込んでいく。

しかも、最悪なことに、ラートが相手の攻撃を避けるための動きをするための空間も、三人に取られてしまっている。


私は魔法を打ちながらなんとか敵の気を引きつつ、四人の動きの補助をする。

しかし、当然そんな無茶な戦い方が長続きするはずもなく……。


「ぎゃぁああ!!」


まず、ラートがやられた。躱そうと思っていたところに、すでにいたカイトがラートの判断を狂わせたようだ。

そして、ラートがヘイトを集めることで成り立っていた均衡も、当然崩壊する。


まずは、エミル。そしてアーカイル。最後にはカイトが敵の一刀の元に切り伏せられた。

私は、四人のダメージが致命傷にならない程度まで魔法で癒し、敵に向かい合う。


いまだに救助は来ない。

——何をやっているんだか、ギルドは!


私は、魔法を捨てて、近接戦で挑むことにする。

流石に近接相手に魔法は分が悪いことこの上ない。


「やぁぁあ!!」


全力で何分持つだろうか。




——何分、いや、何時間か?

時間の感覚を忘れるほど、相手と打ち合った。

しかし、私の魔力ももう限界。


最後の一発を敵にぶち込んだところで魔力が尽きた。

私は、地面に倒れ込む。

しかし、敵はまだ余力が有り余っているみたいだ。

じりじりと倒れた私の元に向かってくる。


そんな時、ふとよぎったのは、アレクの顔だった。

——あぁ、こんな事だったら。


「アレクにもっと金、借りとけばよかった……」

「いや、貸さんよ!?」


閃光、敵の振り下ろした武器は、私の元には届かなかった。


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(アレク視点)


受付嬢から救援依頼を受注し、転移してきた目の前で、魔物が今にもルーラに止めを刺そうとしていた。

俺はそれを全力で阻止する。

その後ろでポツリと聞こえたルーラのつぶやき。


「アレクにもっと金、借りとけばよかった……」


俺は、これ以上貸してたまるかと唸る。


「いや、貸さんよ!?」


魔物の持っていた武器をはじき返してルーラに返答する。


「……あら、アレク、ちょうどよかった。ちょっとお金を貸して?」

「いや、だから貸さんよ」

「ほら、あれよあれ。確か今日あたりから、新しいデザインの服が発売されるらしいから。

たしか、金貨三枚ぐらいの」

「いや、高い高い高い!」


俺は魔物と応戦しながら答える。


「そんなに買って、どうするんだ!?」

「……ほら、服屋への投資。こうして世に良い洋服は出回っていくんだよ?」

「いや、それただの浪費だからな!?」


久しぶりに会って。

ルーラは死にそうな状況で。

でもこんなバカみたいな話ができる。

——なんか、これ、すっごくいいな!


俺は、手に持っていた魔力回復の薬をルーラの方に投げる。

ルーラはかろうじてキャッチする。


「これ、魔力回復薬?」

「そうだ、お前、それ飲んで、俺の腕、再生できるよな?」

「まぁ、ただ、一回金貨十枚だからね」

「今する話じゃないだろ!?……まぁ、いい。それでいいから、今から俺を回復してくれ」

「え?ちょっと、何を——」


ルーラが言い終わる間もなく、俺はわざと、魔物に腕を刈り取らせた。


「ちょ!?何してんの!?」

「今!頼む!!」

「あぁ、わかった!」


そう言って彼女はさっと呪文を唱える。


「『アルティメットヒール』!」


途端、瞬く間に俺の腕はくっつく。

——おし!十分たまった!


「『臥薪嘗胆』腕!攻撃力!」


そう言うと、俺は両手で剣を構える。

今、俺のバフは腕に攻撃力で集中させている。

こうすることで、バフの効果は、何十倍の効果という次元から何百倍の境地へ至るのだ。


「食らえ!」


俺は魔物へと剣を振り下ろす。

得物で防御しようとしたが、それは悪手だ!


振り下ろした剣は、何も止めることはかなわずに、地面に突き刺さる。

そのまま、真っ二つになった魔物は崩れ落ちる。


「あんた、いつの間にそんなに強くなったの?」

「まぁ、棚から牡丹餅的に強くなったからな」


俺は剣をしまいながら答える。


「っていうか、さっさと帰ることが今のお勧め」

「……どうして?」

「そりゃ、起きちゃうからってもう遅かった」

「は?……あぁ」


俺が振り向くと、そこには、気絶から目覚めた四人。

四人は俺とルーラの姿を見つけると、近づいてきた。


「……おい、なんでゴミがここにいる?」

「そりゃ、お前らを助けに来たからに決まってるだろ?」

「お前に何ができる?」

「そりゃ、ほら」


俺が指さした先には、ぶっ倒れた魔物がいた。

すると、俺の横にいたルーラに気づいたのだろう新人が青ざめて言った。


「まさか、救援を呼んだんですか?」

「そりゃ、死にそうだったから」

「何てことしてくれたんですか!?うちには救援の報酬を払える余裕ないんですよ!?」

「でも命あっての物種じゃない」

「でも、ランクだって下がりますし、評価もダダ下がりですよ!?」

「知らないよ、そんなこと」


そのことに気づいた残りの三人も青ざめていたが、やがてハッとしたようにエミルが声を上げる。


「そうよ、アレクがうちのパーティメンバーだったら問題ないわ!ね、戻ってきてくれる?アレク」

「いやだよ、今更」

「はぁ!?戻してやるっつってんの!さっさと頷きなさい!」


そう言って、エミルは上から物を言ってくるが、今更戻る気などサラサラない。

俺はそれを無視して、帰ろうとした。

しかし、その瞬間、後ろから切りかかった来た影が見えた。


「……おい、何のマネだ?」

「今お前を返せば、俺たちの降格や評判の低下は免れない。ならば俺達でお前を殺し、何もなかったとギルドに報告するまで」

「なるほど。でも俺はあいつを倒したんだぞ?」

「そんなまぐれ、どうとでもな……!」


俺は渾身の一撃をカイトの腹に打ち込む。

カイトは一撃で沈んでしまった。


「……これで俺とまだ戦いたい奴はいるか?」


そう睨むと三人とも青ざめている。


「わかった。じゃあ、今度こそ俺は行く」


そう言って立ち去る俺。

しかし、それを追う影があった。


「ちょっと待ってよ!」


ルーラだ。


「なんだ?」


やっぱり俺にパーティに戻ってきてほしいのか?

そう思っていると、ルーラは笑顔で両手を出してきた。


「金貨三枚、貸して?」


いや、ぶれねえな!




それからしばらくして。


俺はルーラに金貨三枚を貸した後、ギルドに戻ってもろもろを報告した。

ボスがおかしな魔物であったこと。

ボスの無事討伐に成功したこと。

その後、カイトが襲い掛かってきたこと。


もろもろだ。


受付嬢は、ぺこりと頭を下げると、


「了解しました。この一件につきましてはギルドマスターたちとの議論の上、しかるべき処置を下させていただきます」


と告げた。



そして、我が家に戻ってくる。


俺は息をはきだした。


——あーー!!すっきりしたーー!!


見事、あいつらにぎゃふん、と言わせてやることに成功したのだ。

一週間で消えるような恨みなら、カイトの腹に拳は思いっきりぶち込んでない。


こう、落ち着いてきたら、少し眠くなってきた。

俺は、夢の世界へと誘われ……。


ドンドンドン!


凄まじく扉の叩かれる音が聞こえる。

せっかく人がゆめうつつでいい眠りにつけそうだったのに。

このまま居留守使ってやろうかとか思ったが、多分相手に予想はついているので扉を開けに向かう。

——ちょうど用事があったのだ。


ガチャっと扉を開けると、そこには綺麗な服を着たルーラがいた。


「それ、さっき、死にかけの時に言ってた服か?」

「そう。どう、似合うでしょ?戻ってきて早速買ったの」

「まぁ、馬子にも衣装だな」

「それってどういう意味よ!?」

「まぁ、ちょうどよかった、話があるんだ、入れ」


そう言って俺は、ルーラを家に招き入れる。

俺は紅茶を準備し、ルーラに出す。


「え、何?やけに丁寧で怖いんですけど」

「そっちだって、いつもは着ないような服着てきやがって」

「「……」」


なかなかに本題に入りづらい。

とりあえず、ルーラの話から聞くことにする。


「……なぁ。ルーラは今日、何しに来たんだ?また金か?」

「うっさいわね。私だってお金以外の用事で来ることぐらいあります~!」


そう言ってルーラは深呼吸する。


「その、この街を出ていこうと思って」

「はぁ!?なんでまた?」

「それは——」


話を聞くと、どうやら、この前のクエストが原因らしい。

この前のクエスト、俺の救助要請費用を払うことができずに、結局ランクが下がったらしい。

しかも、カイトはそれをあろうことか俺のせいにしたことで、さらに評価が下がり、合計二ランク降格。

Aランクになってしまったそうだ。そしてカイトは流石に限度があるということで拘束。牢屋に運ばれた。


で、この街じゃ、まともに稼ぐ手段を失ったルーラは、カイトたちを見限って、他の町でお金を稼ぐことにしたと。


「なるほど。でも、お前なら、踏み倒すと思ってた」

「そうね。私も踏み倒そうと思ったんだけど……」

「思ったのかよ」

「……その、なんか嫌だったのよ」

「……そうか」

「……だから、お金はきちんと返すわ。そのうちにね」

「そうだな。でも俺が許可を降ろさないって言ったら?」

「!?どうして?これぐらいしないと、あなたに借りたお金は返せない……まさか体を?」


ルーラは、自分で自分の体を抱きしめる。


「なわけあるかい」

「でしょうね」

「いや、その、どうせだったら、近場で監視した方がいいということに気づいたんだよな」

「近場で?」

「そう。だから、——俺とパーティを組まないか?」

「アレクと?」

「そう」

「……ほんとはキチンと返済してからお願いしたかったけど、アレクが言うならまぁいいか。組もうか、パーティ」


そう言って、俺とルーラは腕をガシッと組んだ。


「そうだ、見てもらいたいものがあるんだよ」

「何?また新しい紅茶の葉?」

「そうじゃない、ほら」


俺は、部屋の扉を開ける。

そこには金貨千枚が煌々と光を浴びて輝いていた。


ルーラは顎が外れるほどに大口を開けている。


「どうだ、凄いだろ!……」


そう俺が自慢した瞬間、俺の腰をルーラはガシッとつかむ。

——あれ、デジャブ。


「ねぇ、アレク。——お金、貸して?」


fin.

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追放されました。お金を貸してくれと泣いて頼まれました。 青猫 @aoneko903

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