第8話 作戦決行

 慌ただしい準備を終えて、時刻は既に夕方。

 街の外、門の前ではアスラと勇者が並んでいた。

 予定通り、二人は森から目標が出てくるのを待っている。

 だが少し様子が違っていた。


「なんで引き寄せ役の冒険者を下がらせたのだアスラ嬢?」

「下手に火力高いの浴びせて注目をそっちに取られたくなかったのよ。

 あと普通に名前で呼んでくれる?ムズムズする」


 本来なら離れたところにスカルドラゴンを追い立てる役を配置する予定ではあったが、それらは別の所で頑張ってもらうようアスラは進言していた。

 それを言われた彼らは首を全力で縦に振りながらすたこらっさっさと行ってしまったのは少々癪だったが、変なことになるよりはいいかと思い直すことにした。


「しかしそれではどう注意を引かせる?」

「それは」

『出るぞ!』


 魔道具からリーエッジの声がする。

 アスラと勇者は瞬時に剣を構えた。

 視線の先、離れた森からその巨体が表れる。

 血に汚れ、白かった骨は所々黒ずんでおり、無いはずの瞳が赤くギラギラとしていた。

 開けた場所にでて不思議なのか、その大きな頭蓋を動かして周りを見渡した。

 そして正面を見据える。

 目が合った。


「っ!!」


 奴は捕食者だ。

 本能がそう告げた。

 アスラは自分たちだけで迎えたのは正解だったと少し安堵する。

 顔の前で指でわっかが作るとそこにスカルドラゴンがすっぽりハマってしまうほど離れた距離でこれだ。

 仮に他の冒険者や兵士がいたとしても耐えられなかっただろう。

 怯えて立ちすくむか、最悪失神してしまったかもしれない。

 空気を吸って力を入れる。


「いくわよ、リーエッジはできるだけ離れてなさい」

『えっ?』

「えっ?」


 脚を盾に開き、剣を水平に持ち上げて肘を後ろに曲げる。

 魔力を剣に通し、詠唱を始めた。


「【答えよ炎。欲するはその力】」


「【狙い定めるは我が強敵】」


 練られた魔力が詠唱とに剣身けんしんに炎が渦となって纏い始め、やがて浸透するように剣身に吸い込まれて赤く輝く。

 圧縮されたその熱量は段々と上がっていくのに対して、アスラは涼しい顔をしていた。

 やがて剣の輝きは赤から白へと変わる。


「【灼熱なりて刺し穿て!】——【フレイム・ランス!】」


 唱え終わると同時に引いていた剣を突き出す。

 衝撃と共にその剣から光線が放たれた。

 一直線に進む炎の槍はその先にいる怪物に衝突。

 光が収束し、大爆発が起きてその衝撃が門の前まで届く。

 スカルドラゴンがいた位置には煙が立ち込め、その姿は確認できない。

 あれではあの場所も木々や地面が吹き飛んでいることだろう。

 アスラの魔法に勇者は仮面の下にある目を丸くする。


「何だい今のは?」

「何って【フレイム・ランス】だけど?」

「僕の知ってるやつと違う……」


 少なくともあんな光線を出すような魔法ではなかったはずだと勇者はぼやく。

 普通ならあの一撃で並のモンスターは消し飛んでいるだろう。

 だが、相手は並ではない。


「GIaaaaaaaaa!!!」


 ガラスを削る音を何倍も増幅したような咆哮と共に煙の中からスカルドラゴンが飛び出す。

 高威力の魔法を受けたというのに衰えている様子はない。だが、その頭蓋には少しひび割れていた。

 巨体からは考えられないスピードで真っ直ぐにこちらに迫る。

 膜の無い翼を羽ばたかせながら四本の脚で己に攻撃を与えた強い獲物アスラを狩るために。


「釣れたわ、街に入るわよ」

『おい!今の爆発音は何だ!!』

「釣り餌よ、釣り餌」

「あまりにもド派手な餌だな」


 勇者とアスラは振り返って門をくぐる。

 ギルドマスターのほかにリーエッジが何かギャーギャーと喚いているが無視して通信を切る。

 門をくぐると建物の屋根から魔法が二人に掛かる。

 いくつかの身体能力を上げる魔法だ。

 魔法の持続時間を延ばすために最初から使わずににこのタイミングでかけることになっていた。

 身体が軽くなり、剣を握る力も強くなる。

 さてもう一歩踏み込もうとした時、門が破壊された。

 走りながら後ろを見るとスカルドラゴンが迫ってきていた。

 脚に入れる力をさらに強くする。


「気合い入れるわよ!」

「了解!」


 勇者はポーチから小さなオレンジ色の石を取り出してスカルドラゴンに二つ投げる。


「【ファイア・ボール】!」


 魔法名による簡易詠唱。

 通常の詠唱より安定性をかけ、威力が下がったり射程が短くなるデメリットがあるが、この時はそれでもよかった。

 狙ったのはスカルドラゴンではなく勇者が投げた石。

 炎の球が石に触れた瞬間、大爆発を起こした。


「爆破鉱石にはご注意を」


 ある鉱山から取れる自然の爆発物である爆破鉱石。

 採掘場などでは重宝される代物だが、火に触れると爆発を起こすので保管する時は火気厳禁、火を通さない箱に厳重に保管されている。

 普通はそんな代物を持ち歩くなんて危険にもほどがあるが、採掘場へと持っていく予定があった業者から今回の作戦の為に買い取った。

 勇者が所持していたのは、アスラが持っているとふとした時に引火する可能性もあったからだ。


「GIaaaa!!」

「まぁ倒れないのはわかってるけどね」

「注意を引くには十分」


 傷すらつかないその頭蓋。

 走りの勢いは止まらない。

 あっという間に距離は近づき、その鋭い爪を振り下ろした。

 二人は開くように跳んで躱す。

 狙いを分散してかく乱されるかと思いきや、迷いなくアスラに顔を向ける。

 先程の魔法のせいだろう。森を出るまで自分に攻撃をする生き物はいなかったのだ。

 尋常じゃない程の警戒心が向けられている。

 翼の骨をまるで手の様に扱い、空中にいる獲物を叩こうとするが、寸前のところで雷が落とされてその動きは阻害される。

 続けて炎、水、岩石と様々なものがぶつけられた。

 待機していた冒険者たちの魔法だ。

 突然のことに一瞬だけスカルドラゴンは動きを止め、その身を跳躍させた。

 赤い瞳が右の建物に向けられ、邪魔をしようとした雑魚をその爪で引き裂きにかかる。

 だが強い衝撃を受けて建物に衝突し、阻まれた。


「勇者の一撃は重いんだよね!」


 阻んだのは勇者だ。

 壁を蹴り、そのロングソードでスカルドラゴンの背骨を叩いた。

 叩いた勢いをそのままに着地し、その先に進む。

 地面にずり落ちたスカルドラゴンは身体を引きずりながら体勢を立て直し、狙う獲物を一人増やす。

 あぎとを開き、声を荒げながら僅かに近い勇者を街灯ごと噛み砕こうと首を突き出すが、次はアスラが炎を纏わせた剣を空中から振り下ろして強制的に閉じさせる。

 しかし動きを止めることはかなわず、鋭く尖った尻尾を前に突き出した。

 アスラは身体を回転させることで受け流し、ファイアボールを背中に放って爆破させる。爆破鉱石を使った時ほどの大きい爆発ではないが、後ろに飛びのくのに使うにはそれで充分だった。

 建物の壁を蹴り、そのまま先に跳躍する。


「なんだよ、結構戦えてるじゃねぇか」


 屋根でその攻防を見ていた冒険者の一人が呟く。

 二人と一匹の速度はとてつもないもので遠く離れてしまったが、あの調子ならば行けると確信していた。

 周りの仲間たちもこれならと既に勝利した空気でいる。

 というものの、まだ終わったわけではない。間に合うかわからないがゴールである中央広場に向かって屋根を走りだした。


 □


 そんな冒険者たちの気持ちとは裏腹にアスラは冷や汗をかいていた。

 その骨だけの細い四肢から信じられないほどの膂力で動き回り、死神の鎌のような爪を振り下ろしてくる。

 寸前のところで躱すが、その度に心臓が跳ねて仕方がない。

 スカルドラゴンはだんたんと市街地で戦うのに慣れて来たのか、動きのキレが良くなってくる。

 時折魔法による援護があるが、スカルドラゴンは進行するついでと言わんばかりに羽や尻尾で建物を破壊してその上に冒険者たちを潰す。

 勇者が助けに入ろうとするがその巨体の猛攻がそれを許さない。

 先程アスラが行ったように壁を使った跳躍を使って突撃。

 ロングソードで防御するが勇者を捕らえたまま建物に突進する。強い勢いに自力で離れられない状態の勇者は息を飲むが、横からの爆発で吹き飛んだ。

 スカルドラゴンは建物に身体を埋め、勇者はその身を捻って着地してた。


「めちゃくちゃ痛い」

「あのままぺしゃんこになりたかった?」


 勇者を助けたのはアスラのファイアボール。

 威力を抑えてくれたのか、身体に痛みはあっても動くには支障はない。

 さっさと立ち上がるとスカルドラゴンも飛び出し、周りを破壊しながらその咆哮をとどろかせる。

 アスラは残りの体力や魔力を考えるに二人で協力すればまだ捌けると考えていた。

 一歩間違えれば死に繋がるが、逆にいえば間違えなければ死に繋がらない。

 口には出さないが勇者を称賛していた。

 自分が理想としていた戦い方を実現させていたからだ。

 路地に身を隠して死角から攻撃を与え、時には建物の中に窓から飛び込んで攻撃を誘い、その骨だらけの身体を引っかからせてこちらの攻撃の隙を作る。

 強力な攻撃は狙われてないもう一人が攻撃を弾いて防ぐ。

 勢いが止まらないのはそちらスカルドラゴンだけではない。

 地形を使い、能力を補い、意識を共有する。

 傍から見ればであって数日、二度目の共闘の連携に見えないだろう。

 激しい攻防の末、目的地の中央広場へとたどり着いた。

 二人は立ち止まりって武器を構える。

 スカルドラゴンが中央広場に入り込むと同時に結界が周囲を包み、建物や大きく空いている道に土魔法で物理的にも塞いでいく。

 スカルドラゴンが異常に気が付き、抜け出そうと上に跳躍するが結界にぶつかり地面に戻される。

 完全に袋小路の状態になった。

 通路ではない広い場所に戦場が移されたことで互いの動きが変わる。

 勇者は地についている足を攻撃し、跳躍して羽を叩く。

 アスラは炎の剣でダメ押し、そこから更に魔法を叩き込んだ。

 足を止めず、攻撃を止めず、思考を止めない。

 温存していた魔力や体力をフル活用し、心臓の鼓動を加速させて動き続ける。

 それに加えて待機していた部隊からも魔法を浴びせられていた。

 ダメージは薄いが動きを止めるには十分。

 やがて神官たちの詠唱が完了する。


「【セイクリッド・シャイン】!」


 多くの浄化魔法が発動し、スカルドラゴンに浴びせられた。


「GIAAAAAAAAAAAAAAA!!!??」


 何が起きているのか理解できていないのか、突然の強力なダメージに苦しみ悶え、暴れ始める。

 身体からは煙が立ち込める様子から浄化魔法の効果が目に見えていた。

 あとは倒れるまでの時間稼ぎだ。


「【答えよ炎。欲するはその力】」


「【求めるは消えること無きその炎熱】」


 剣を上に掲げ、詠唱を紡ぐ。

 炎の剣は膨れ上がり、やがて柱の様に巨大化していた

 その剣は周囲の温度を上げていき、建物の上にいる者たちまで暑さを感じさせる。


「【灼熱となりて破壊せよ!】」


 そして高く跳躍し、剣を振り下ろした。


「——【フレイム・イグニッション】!」


 炎の柱が振り下ろされる。

 スカルドラゴンは叫びをあげ、やがてそれは消えていった。

 両方の魔法が途切れ、動きを止めたスカルドラゴンはゆっくりと倒れる。

 静寂。

 誰もが互いの顔を見る。


「やったのか……?」

「あぁ、やった

 やったんだ!!」


 誰かがそういうと同時に歓喜の声が沸き上がった。

 肩を組み、笑い合い、安堵の声を上げる。

 中には腰を抜かしてへたり込んでいる者いた。

 司祭やギルドマスターもホッと息をつき、握手をする。

 強敵を倒したことで騒ぎは止まらない。

 実際に戦っていたアスラも声には出さないものの、よかったという気持ちでいっぱいだった。

 棒立ちしている勇者へと歩み寄る。


「お疲れ勇者様。

 これって結構な大金星よね?

 剣も防具もボロボロだし、報酬弾んでもらわなきゃ」


 そう言ってアスラは自分の剣を見る。

 先程の魔法で刀身ほとんどが溶けて消滅していた。

 それほどに強力な魔法だったのだ。

 おかげで魔力も半分以下、へとへとでたまらない。


「まぁ今回の功労者は私たちだし、ちょっとぐらいわがままを」

「まだ」

「えっ?」


 勇者はポツリと呟いた。

 上手く聞き取れず、アスラは聞き返す。


「なに?なんか」

「まだ終わってない!!みんな早くにげ」


 勇者が言い切る前に視界が暗転する。

 厄災は、まだ終わらない。



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