第7話 災厄への備え

「んあっ」


 アスラは机に突っ伏したまま目が覚める。

 昨日は酒を飲んでそのまま寝てしまったようだ。

 深酒はしていないつもりだが、久しぶりの飲酒のせいだろう。

 曲がっていた腰や机の角に当たっていた胸が痛いぐらいで幸い二日酔いはしていない。

 かと言って朝早く起きるつもりだったのに、日差しは昼近くまで寝てしまったのは大失敗だ。


「とりあえず支度して、んっ?」


 なにやら騒がしい気配を感じて外を見る。

 街道では人々や馬車が忙しなく動いていた。

 何かあったのかと考えていると外しておいた魔道具が光り輝いていることに気が付く。

 魔道具が作動しているようだ。

 アスラは魔道具を耳につけて応答する。


「はいもしも」

『やっとでやがったなてめぇ!!』

「うるさっ」


 ギルドマスターの大声が頭に響く。


『何度も夜中から通信かけたんだぞ!

 なのにお前は』

「あぁうん、それは悪かったわよ。

 それで?何があったの?」

『スカルドラゴンがこの街に向かっている』

「スカっ、それほんと!?」

『リーエッジのパーティーが動向を見張っている。

 他のモンスターを食べてゆっくり移動しているようだが、今のままだと夕方にはついちまう』

「じゃあ今の街は」

『あぁ避難の最中だ』


 アスラは急いで装備を身に着けて宿の窓から飛び出し、正面の建物の屋根に着地し、ギルドへの最短の道を行く。


『それより勇者はどうした?』

「会えなかった。

 悪いけど教会の方へ問い合わせてくれる?

 一応神官の子には話はしたから、事情は聞いているかもしれないし」

『わかった』

「いま防衛網作ってるんでしょ?

 そっち向かうわ」

『助かる』


 通信を切って跳躍する。

 下を見ると兵士に誘導されている人々が不安そうな表情を浮かべていた。

 自分の住む街がモンスターに襲われそうなのだ。怯えるのは仕方がない。


「ただのドラゴン相手なら何とかなるけど……」


 帯剣してる鞘に手を当てる。

 相手は肉を持たないスカルドラゴン。

 それも多くのモンスターを喰らって強化されていると推測される存在。

 考えるにその身体の骨は生前以上に強固になっているはずだ。

 それを相手にするには今持っている剣だと軽い。

 炎を纏わせて攻撃しても大きなダメージを与えるのは難しいだろう。


「仕方ない、削っていくしかないか」


 数度の跳躍で目的地に到着した。

 周りには武器や杖を持ち、バリケードを構築している冒険者や指示を受けてどこかへ走り出す兵士たち。

 そこを指揮しているのはギルドマスターとこの領地の騎士長。


「ごめん遅くなった」

「来たか」

「彼女が?」

「あぁ、ドラゴン討伐の経験もある」

「一人でじゃないけどね」

「ついて来てくれ」


 ギルドマスターと騎士長は大型の簡易テントへ入る。

 そこには会議室で見かけた冒険者の姿もあった。

 更には教会の司祭の姿も見えていた。

 どうやらリーエッジのパーティー以外はこちらに戻ってきていたようだ。

 中央に置かれている紙にはこの街の見取り図が描かれている。


「作戦の要が来たところで話を始めようと思う」

「はっ?ちょっとなにそれ」

「まず相手はスカルドラゴンだ」


 困惑するアスラを置いておいてギルドマスターは話を進める。


「モンスターを喰らってることを考えるに、もっと力をつけているだろう。

 一匹二匹とかなら可愛いもんだが……」

「昨日俺たちが調べた限り、目に見える数ほどしかモンスターを見かけなかった。

 移動してきたやつを俺たちが狩ったからというのもあるが、その前に取り逃したモンスターも見かけることないって考えると大量に喰ってるだろうな」


 ゴールド級冒険者の一人が頭をがりがりと掻きながら報告する。

 人々がモンスターの討伐や何か偉業を成し遂げ、経験を得て強くなるように、アンデッドは生命体の魂を取り込むことでその身を強化する。

 素体がドラゴンなら元々の強さに合わせてその力は計り知れない。

 そんなものを相手にしなきゃいけないことに冒険者たちはうめく。

 そこで司祭は「ですが」と口を開いた。


「スカルドラゴンはアンデッドです。

 それなら我々もご協力できます」

「……そうか!浄化魔法!」


 教会の神官たちが使用する聖属性魔法の中にはアンデッドやゴーストを倒すための浄化魔法がある。

 穢れを払い、天に魂を還すための魔法だ。

 葬式や弔いの儀式にも使用される。


「でもスカルドラゴンよ?

 流石にただの浄化魔法じゃ」

「えぇ、だから集団で行使します

 冒険者の方にはその魔法を当てるための誘導と足止めをお願いしたいのです」


 飛んだ無茶ぶりにアスラは口をあんぐりと開けてしまう。

 そもそも奴は森から出てきても、街と森の間にある野原が戦場になるだけだ。

 広い空間で足止めしきれるかどうか怪しい。

 そこまで考えてアスラは広げられている街の見取り図が目に入り、気が付く。


「もしかして街に入れるつもりなの!?」

「はい、大まかな作戦はこうです」


 まずスカルドラゴンを森から街へ入れるために門の前に幾人かの冒険者を配置。

 その巨体で入れる時に門が破壊されることを考えて、そこから離れ、屋根や建物の陰に潜伏して遠距離攻撃を仕掛けて中央広場に誘導する。

 中央広場に到着したら、魔法で中央広場を囲って閉じ込め、教会の司祭たちが浄化魔法を発動させる。

 一度で倒せなかった場合、倒れるまで浄化魔法や魔導士の魔法をぶつけ続ける。

 なんとまぁ力のゴリ押しだと思わなくもないが、確かにそれなら倒せるかもしれない。


「ちなみにお前は誘導する係として囮になってもらう。

 あと広場の足止めも頼む」

「……はあぁぁぁ!?」


 一瞬何を言われているのかわからず呆けるが、すぐに大声を出して机に身を乗り出す。

 確かにドラゴンとの戦闘経験はあるが、スカルドラゴンとは戦ったことはない。

 というかそもそもドラゴンと一人で戦うのも無茶苦茶な話だ。


「ふざけんなっての!!

 さすがに私だってタイマンできるほどの実力は無いわよ!?」

「別に真面目に戦う必要はない。

 ヒットアンドアウェイで奴の前を走ってくれるだけで構わない」

「軽く言ってくれるわね……。

 あのね、ドラゴンって結構素早いのよ?

 しかも今回は肉体の無い骨だけ。筋肉は無いけれど代わりにスカスカの骨で身軽なの。

 その状態で魔力で四肢に力を入れられたらどれだけのスピードが出るかわかったもんじゃないわよ」

「それを加味しても対応できると思っている。

 ギルド内評価や昨日の活躍でもお前の足が速いのはわかっているからな」

「過大評価にも程がある……」


 アスラは頭を抱える。

 色々あれこれ文句を言いたいが全て飲み込んで代わりの言葉を吐き出す。


「せめてあと一人つけられない?

 援護射撃があるとしても近距離でカバーしてくれる相手がいないと流石にきついわよ」


 腕を組んでテントにいる全員に視線を送る。

 暗に「お前らもやれよ」ということだが、それぞれがアスラから視線を外した。


「俺の鎧重いから……」

「オレはヒーラーだから……」

「自分は眼鏡落としたら前が見えなくなるので……」

「ギルドマスターは?」

「現場離れて何年だと思ってる?」

「タマ無し共がっ!」

「罵倒するなら言葉を選べっ!

 あとその指やめろ!」


 怒り心頭になり思わず中指を天に向けてしまう。

 それと同時にテントの入り口が開かれる。

 そこには日光による後光を差し込ませながら謎のポーズをとっている『新米勇者』の姿があった。

 その後ろには杖を持ったアーディもいる。


「すいません、到着しました」

「『新米勇者』ただいま参上!

 遅れてすまないね!」


 キランッと効果音が鳴りそうな笑顔を浮かべて勇者が笑う。

 アスラや司祭を除いた全員が声を失い、「こいつマジ?」という顔になる。

 完璧に冷えた空気の中、勇者のテンションは高い。


「おやおやおや?なんで皆さんだんまり?

 あっ、この『新米勇者』の溢れんばかりの魅力に驚いてしまったか。

 なるほどなるほど」

「勇者様。違うと思います」

「そうかな?」


 うざかった。これ以上なく。

 ギルドマスターがアスラに「こいつが勇者?」とアイコンタクトを送る。

 頷きたくないが、渋々頷いた。

 彼こそが自分たちが頼ろうとしていた勇者であると。

 ギルドマスターが手で顔を覆い、顔を伏せる。

 何かを言いたい気持ちも、疑う気持ちもわからなくもないが貴重な戦力の追加に文句は言えない。


「勇者。

 スカルドラゴンの討伐に手を貸してほしいのだけれど」

「仔細はアーディより聞いてますよお嬢さん

 僕でよければ力をお貸ししましょう」

「そう?じゃあ私と一緒に囮になってね」

「なるほど囮ね……囮?」


 勇者は首を傾げた。


「まぁ、勇者なら適任だな」

「確かに神々の祝福を受けた勇者ならばその力でスカルドラゴンを相手にできる……。

 その昔、ドラゴンを倒すことを主にしていた勇者がいたという話だしな」

「それなら安心して囮を頼めます!」


 囮が決まると意気揚々とし始める冒険者いくじなしに冷ややかな視線を送り、終わったらこいつらに酒や食事を奢らせることを決意する。

 勇者を見ると凍ったように動きを止めた後、話を理解してゆっくりと動き出す。


「あぁうん、わかった。

 引き受けるよ、うん……」

「いきなり元気失ってんじゃない」

「あ、アッハッハッハ!

 そんなことないさ!この『新米勇者』その大役を引き受けよう!

 でもその前に作戦の内容を伺ってもいいかな?」

「私もお聞きしたいです」

「それはまぁそうね」


 勇者たちに先程伝えられた作戦を教える。

 それを聞いた勇者は再びテンションを上げてポーズをとった。


「ふむ、つまり囮になるだけでとどめを刺す必要はないってことだな!」

「それはそうだけど」

「なら大丈夫!

 この『新米勇者』!時間稼ぎには自信がある!」


 バッバッと激しい動きをしながらそう宣言する。

 それでいいのかと思わなくもないが、自身に満ち溢れているのを感じて余計なことは言わない。

 勇者がいてくれるだけでこちらの生存率が上がるのだ。


「では私は浄化魔法の部隊に混ざりますね。

 多少ですが力になれますから」

「何をおっしゃいますかアーディ。

 貴女はその歳で私を超える実力をお持ちではないですか。

 こちらに加わっていただけるだけで何人力になるか」


 それを聞いてアスラは少し驚いた。

 司祭は初老と呼べる歳だ。

 そこまでの年齢で研鑽や信仰を積み上げていけばそこらの神官の力なんて目じゃない。

 そこまでの人物がそれほどの評価するなど、勇者の神官は伊達じゃないということなのだろう。


「いえいえ、私もまだ若輩の身ですよ。

 ですが精一杯務めを果たします」

「うんうん、アーディもそちらでぜひ頑張ってくれ」

「勇者様も頑張ってくださいね」


 両手を二回鳴らす音が鳴る。

 そちらを見るとギルドマスターが手を合わせていた。


「まとまったな。

 じゃあこれからそれぞれ配置に着こう。

 冒険者の指揮は俺、市民たちを守る兵士たちの指揮は騎士長。

 そして結界や浄化魔法の指揮は司祭殿に。

 気を抜くなよ!」


 その言葉に全員が頷いた。

 決戦まであと数時間。

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