第6話 嵐の前の静けさ

「ってことがあってね」

「……それ僕が聞いていい話なんですか?」

「いいのいいの。

 言いふらしたりしないだろうし」

「言えないですよそんなこと」


 ひと騒ぎがあった翌日。

 朝に調査隊が街を出るのを見送った後、中央広場の噴水前のベンチでおもいにふけっているとライと再び出会い、そこで昨日の出来事を話していた。

 ライは聞きたくなかったという顔で奢られたジュースをストローで啜る。


「それでどうするんですか?」

「どうするも私は街の中で待機。

 何かあったら警鐘が鳴らすことになっているし、このイヤリングの魔道具で通信が入ってくる予定だから」

「街の方の護りは?」

「領主様には話は通っているはずよ。

 今日は兵士の数多いと思わない?」


 アスラは顎をクイッと前に動かし、ライが見る。だが、ライは首を傾げた。


「いや、わかんないです」

「そう?

 まぁ露骨に増えたら街の人も怖がっちゃうからその方がいいのかしらね」

「避難先は?」

「冒険者ギルドと教会、あと人が多くは入れる建物のいくつか」

「手を回すのが速いですね」

「そうね、この街の偉い人たちが仲が良くて助かってるわ」


 とは言ってもこのまま何もないことが一番だ。

 仮に他のモンスターを追い立てているとんでもない怪物がいたとして、そのままこちらではなく別の場所に移動していることを願う。


「君も街を出る予定とかあったらしばらく延期した方が良いよ。

 まだ襲ってくるモンスターがいるかもしれないし、最悪この事態の元凶と鉢合わせしちゃったら元も子もないしね」

「あー……そうします」

「さてっと」


 アスラは自分のジュースを飲み終えて立ち上がる。


「どこか行くのですか?」

「んっ?うん。

 ちょっと勇者に会いに行こうかと」

「え゛っ」

「今回は最悪『勇者案件』になる可能性があるし、念のため声をかけておいた方がいいって話も上がって、なら接点がある私が頼みに行こうって」


 リーエッジのパーティーもいたのだが、今回は彼らも探索隊に加わっている。

 今、直接会いに行けるのはアスラだけだったのだ。


「で、でも勇者がどこにいるのかわからないんじゃ……」

「それが勇者のサポートをしてくれている神官さんが泊まっている宿屋の場所を教えてくれたのよ」

「へっ!?」

「だから居場所はわかるし、大丈夫よ」

「いやっ、そのっ、今はお昼だし、いなんじゃないかな~って」

「いなければいないで待つわよ。

 どうせ待ってるだけでやることないし」

「そっ、そっすか……」

「ちょっと、汗すごくない?

 顔も真っ青だし」

「へ、平気です!

 あっ、そうだ!!行かなきゃいけないところあったんだった!

 じゃっ、これで失礼します!!!」


 ライは急いでジュースを飲み干し、近場のゴミ箱に入れて走り去ってしまった。


「昨日もこんなことがあったわね……」


 アスラはアーディからもらったメモをポケットから出す。

 改めて宿の名前を確認し、歩き出した。

『勇者案件』

 言葉の通り、勇者に任せる案件だ。

 兵士や冒険者では太刀打ちできない強大な災厄や災害が起きた場合、この世界の守護者である勇者に依頼する。

 過去の文献や市販されている絵本、各地を巡る吟遊詩人の詩にも強大な敵に立ち向かい、打ち砕く勇者の英雄譚が紡ぎ語られている。

 アスラも幼いころに勇者の話を聞いたものだ。

 実際に力の方は見たことは無いが、今も新たな英雄譚が増えているのを聞くに全て事実だろう。些か誇張されている部分はあるとは思うが。


「『新米勇者』でも勇者は勇者。

 頼れる力は頼らないとね」


 目的の宿の前に着く。

 目的の勇者がいてくれば話ははやいのだが。


「アスラさん?」


 さていざゆかんと入ろうとすると横から声をかけられた。

 そちらを向くと紙袋を持っていたアーディがいた。

 もぐもぐとパンを二口程で食べつくし、新たにまたぱくりと食べる。

 この神官はいつも何か食べているのだろうか?


「こんにちはアーディ」

「はい、こんにちは。

 いかがなされました?」

「えぇ、さっそく頼らせてもらおうと思って」

「そうなのですか?

 では立ち話はなんですし、私が泊まっている部屋に」


 アーディは宿の部屋にアスラを案内した。

 部屋の中は質素というか、ほとんどものが置かれていなかった。

 ベッドは綺麗に使われており、丸いテーブルには大きめのバッグが置かれている。

 他の私物は見当たらない。


「そんなに部屋を見られると少し恥ずかしいのですが」

「あっ、ごめん。

 そんなつもりはなかったんだけど」

「私物のほとんどは手に持てる物だけにしてるんです。

 足らなかったら教会経由で支給していただいているので」

「この宿の料金も?」

「はい。あの方さまさまですね」

「勇者様だけに?」

「そうですね」


 クスクスと笑いながら紙袋を置いて椅子に座り、もう一つの椅子に座るようアーディはアスラを促す。

 それに従い、アスラは椅子に座った。


「それでご用件は?」

「もしかしたら聞いているかもしれないけれど」


 ライに話したようにアーディにも同じ話をした。

 アーディもその話を今朝その話を聞いていたらしい。


「詳しい話は聞き及んでいませんでしたが……なるほど、承知しました」

「それで勇者に協力をお願いしたいの」

「そうですね、協力したいのは山々ですが私の一存では」

「とりあえず勇者に取り次いでもらいたいんだけれど今は?」


 アスラの問いにアーディは首を横に振る。

 今はどこかに出かけているのだろう。

 何をやっているんだと言いたいが、仕方がないことだと気持ちを落ち着かせる。

 自分もプラチナ級。力がある者が頼られる大変さは理解しているつもりだ。

 こちらが頼っているのに、イラだったり怒ったりするのは論外。


「じゃあここで待たせてもらってもいいかしら?」

「構わないですが、その」

「もしかして何か予定ある?」

「はい、すいません」

「あー……じゃあ部屋にいるのはよくないか。

 外で待つよ。話を聞いてくれてありがとうね」

「いえ、勇者様に会ったらお伝えしときますね」


 二人で部屋を出た後、そのまま別れて宿の前にある柵に寄りかかる。

 それから数分してアスラはあることに気が付いた。

 勇者の素顔を知らないのだ。

 流石に四六時中あんな仮面をつけてたり、トンチキなポーズをとっていないだろう。


「いやどうかな、割としてそう」


 森で出会った時の勇者を思い返しながら、少し笑う。

 今活動してる七人の勇者には会ったことないが、みんなあんな感じなのだろうか?

 それはそれで面白いが、理想の勇者像が崩れてしまう。

 いや、それは横に置いておくとして『新米勇者』の方だと首を振った。

 素顔を知らなくてもここで待っていればそれらしい人物が宿に音ずれるだろう。

 アスラは気長に待つことにした。

 したのだが……。


「来ない」


 時刻は既に夜。

 柵に寄りかかるのをやめ、地面に胡坐をかいて座り込んでいた。

 今晩の夕食である串焼きを齧りながら不満をにじみだした表情を露わにしていた。

 どこかに出かけているのはいいだろう。勇者だって人だし、自由の時間はある。

 が、この時間までに帰ってこないとはいかがなものか。

 なんならアーディも宿に帰ってこない。

 通りを歩く人も無くなってきた。

 ここはいったん引く時だろう。

 アスラはため息をついて立ち上がり、明日は早朝に尋ねようと決めて宿に帰ることに決めた。

 今日は警鐘も魔道具も使用されることなく、静かだ。

 なら急ぐことはないだろう。

 まだ今は。


 □


 冒険者ギルド。

 会議室で調査隊の報告を待っているギルドマスターの姿がそこにはあった。

 好きな酒は控え、代わりにカフェインたっぷりのコーヒーを啜りながらしかめっ面で資料をめくる。

 それは冒険者の証言以外にもここに渡ってきた商人や他のギルドの情報もかき集められたもの。

 他の職員が目を通して関連性のありそうな話がここに持ち込まれたのだ。

 その中で一際目立つ話がある。

 森を抜けた大きな山。そこにドラゴンが住み着いていたという。

 四つの足を持ち、二翼一対の飛竜。

 長い時を生きて力をつけていたドラゴンだったようで、討伐するには困難を極めた。

 それが冒険者に打倒されたという報告が上がっていた。

 しかし冒険者側の被害も甚大、そしてドラゴンは巨大だったためにその場でその亡骸を持ち帰ることはできず、一部だけを討伐証明として持ち帰ったらしい。

 ギルドもその報告を受けて回収隊を編成。すぐに山に登りドラゴンを回収に向かったが……。


か……」


 消え去っていたという。

 戦闘の後はあり、地面には血のシミが残っていたが肝心の亡骸は影の形も残っていなかった。

 確かに報告されてから回収隊が向かうまで2日程の時間は空きはしたが、その巨大な身体を運ぶ荷車などの運搬に必要なものを持ち合わせていないと運ぶことができない。

 誰かが亡骸を横取したという可能性もあるが、流石にドラゴンが持ち込まれたらどんなところでも騒ぎ立てられて話を耳にするはずだ。

 あのドラゴンは死んではいなかったのか。

 例えそうだとしてどこへ消えたのか。

 現在も周辺に身を隠しているのではないのか。

 その街のギルドはドラゴンを探しているという。

 ギルドマスターは「これか?」とあたりを付ける。

 ドラゴンはこの地を生きる生物の中で最強種の一つだ。

 モンスターが恐怖して逃げ出すこともあるだろう。

 自分だってまともな装備をしていたとしても出くわしたら全力で逃げ出したい。


「勘弁してくれ」


 出来ればこれで無いことを願いながら目の前に置かれている水晶を見た。

 通信用魔道具の親機だ。

 一つの親機に付属して子機が四つあり、一つはアスラに、残りは三班に分けた調査隊に渡していた。

 定時連絡を送るよう指示をしており、もうそろそろそろ連絡が入る時間だ。

 ギルドマスターが魔道具を手元に寄せると魔道具が淡く光る。

 子機からの連絡だ。


『こちらA班異常なし』

『B班異常なし』

『C班異常なし』


 三班続けて報告が上がる。

 ギルドマスターは眉間の皺をもっと深くして聞き返した。


「異常なしだぁ?」

『モンスターとは数度見かけたが、すぐどっかいっちまった』

『こっちもだ。

 というかモンスター数、少なくないか?

 これまでのが嘘みたいだぜ』

『こっちは遭遇すらしていないぞ』


 その報告にホッとするがすぐにムッとした表情になる。

 異常が無い。それがではないだろうか?

 昨日まで大量に出てきていたモンスターがいきなり減少した。

 モンスターを狩りつくした?どこか別の場所に流れていった?

 もしそれならそれでいいだろう。いや、そうであってほしいと願う。

 嫌な予感を感じながらギルドマスターは調査隊に伝える。


「今日は撤退しろ。

 何があったかわからない以上、森の中を野宿してもあぶねぇだけだ」

『了解』

『んじゃ撤退するか~』


 各々の返事を聞いて、大きなため息をついて椅子に腰を落とす。

 さて明日はどうしたものかと考え始めようとした時、一つの班から声が返ってこないことに気が付く。

 C班。リーエッジがリーダーのパーティーだ。


「C班?

 ……おい、リーエッジ!」


 返事が無い。

 嫌な汗が背中を流れる。


『……俺らの班が近い。

 様子を』

『来るな』


 B班の言葉をリーエッジが遮る。

 生きてることに安堵するが、紛らわしいことしてきたリーエッジに怒りが湧いてくる。


「まったく何をやって」

『スカルドラゴンだ』

「そうかスカルドラゴンか……」


 そうかそうかと頷いて聞き流そうとして、ダンッと勢いよく机を叩いた。


「スカルドラゴンだぁ!?」

『いま、俺たちの近くを通って行った……!。

 仲間が早く気が付いて隠蔽の魔法使ったから逃れられたが、アレはまずいぞっ……!』

「どこに向かってる!!」

『方角からして街だ。

 今はゆっくり移動してるみたいだが、明日にはついちまう!』


 信じがたい報告にギルドマスターは卒倒しそうになった。

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