第4話 爆炎
あらかた必要なものを購入したアスラは冒険者ギルドに顔を出していた。
特にクエストを受けるわけでもないのだが、最近の街にある依頼はどんなものか事前に確認しておこうと思ったからだ。
ギルドの中を見ると多種多様な冒険者の姿がそこにあった。
酒におぼれて机に突っ伏している男。
ずっとクエストが張り出されている掲示板を唸りながら眺めている女獣人。
いかにも金がかかっている装備を身に着け、受付を口説いている剣士。
何処にでも見慣れたような光景だ。
「おはよう。
調子はどう?」
「んっ?おはよう。
ボチボチかな」
冒険者にとって挨拶は大事だ。
挨拶ができないやつは信用されない。
パーティーを組むにしても、依頼を受けるにしても、商品を売買するにしても。
全ては信用が無ければ全て断られる。
だから冒険者は挨拶を欠かさない。自ら信用してもらうための歩み寄りだからだ。
例え相手の階級が違っていても、冒険者は挨拶をする。
ちなみにその日の初めて挨拶する時はどの時間でも「おはよう」というのが業界の習わしだ。
「この街に来るときに結構なモンスターに襲われたんだけどなんか知ってる?」
「えっ?あんたもか?」
女獣人が驚き、掲示板を指差す。
「アンタみたいにモンスターの被害にあったって話が最近来てるんだ」
「……モンスターの討伐依頼も多いわね」
「まぁおかげで稼ぎ時っていう奴らも多いけどな。
いつもはもっと暇してるアホどもがここにいるんだぜ」
「ふ~ん……」
「今日はなんか目当てがあんのか?」
「いや、今日は休日。
様子見に来ただけよ」
「そっか、まぁ何があってもアンタがいるなら大丈夫だろ『爆炎』のアスラさん」
女獣人が手を振って一枚の依頼書をちぎり、受付に向かった。
どうやら自分のことを知っていたことに少し気恥ずかしさを感じながらアスラはここを後にしようとした時、ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
そこに転がり込んできたのは血まみれの冒険者だった。
頭から血を流して気を失っている仲間を背負い、息を荒げながら倒れ込む。
「ちょっとどうしたの!?」
「も、モンスターが、バカみてぇに……!」
「場所は!?」
「森の、中の」
そこまで聞いてその冒険者は意識を失った。
森から門、門からギルドまでボロボロの身体で走ってきたのだろう。
アスラは急いでライフポーションを2本開けてぶっかける。
パッと見で見える分の傷は癒えるがそれ以外はわからない。
「そこの獣人!頼める!?」
「アンタは!?」
「ちょっと行ってくる!」
アスラは女獣人に倒れた冒険者たちを任せて脱兎の如く走り出す。
モンスターを倒し、経験を重ねて成長したその身体能力は通常の人間よりも上だ。
それもプラチナ級まで上り詰めたアスラの足は犬や馬にだって負けない瞬発力を持っている。
あっという間に門までたどり着くとそこには森から逃げて来たであろう冒険者たちが座り込んでいた。
「状況を聞かせて!!これで全員!?」
「あ、あんたは?」
「いいから早く!!」
アスラは座り込んでいる冒険者の胸倉を掴み上げて、鬼のような顔で迫る。
冒険者はその気迫に震えながら、周りに座る他の冒険者の姿を見た。
「朝、討伐依頼を受けたやつらの何人かの顔が見えねぇ」
「正確な数は?」
「4人、かな」
「わかった」
「おい、ちょっと!!」
アスラが手を離し、脚に力を入れる。
魔力を足に込めて強化すると地面にひびが入った。
飛び出すと衝撃が放ち、砂埃が舞う。
その場にいた人たちは衝撃に倒れ、むせながらかなりの速度で離れていくアスラの背中を見つめていた。
□
混乱していた。
いつも通り装備の点検をし、余裕のある討伐依頼を選んだつもりだった。
最近モンスターの数が増えていると聞いていたが、それでもパーティーを組んでいるのだからきっと何とかなると思っていた。
この街で冒険者を始め、気の合った仲間たちで作ったパーティー。
同じ冒険をし、同じ鍋をつつき、同じことで笑い合う。
互いの長所短所を話し合い、補い合っていた。
攻撃力が少しだけ欠けているが、安定した戦術で着実に経験を培ってきた。
油断はしていないつもりだったのだ。
順調だったはずなのに。
「くそったれぇぇぇ!!」
彼は吠える。
襲い来るモンスターを押しのけ、剣で叩く。
既に刃は血や脂で斬れるものではない。
魔導士が息をぜぇぜぇと吐きながら詠唱するが、疲れのせいかいつもよりずっと遅い。
魔導士の魔力も既に限界が来ているのだ。
応戦しているシーフも武器がもう限界だ。彼と同じように血や脂でダメになっている。
「リーダー!そいつを抱えられるか!?」
「抱えてどうする!!」
「俺が笛を鳴らして囮になる!」
「なっ!?何を言ってんだ!!」
「じゃねぇと誰も生き残れねぇだろうが!」
「ふざけんな!こんな、こんなところで!」
この状況で言い争う。
いや言い争っているからこそ、彼らはまだ踏ん張りが効いているのだろう。
だが、それにも終わりが迫ってきていた。
モンスターの絶えなく襲ってくる中、ズシンという重い足音が聞こえる。
木々や草むらをかき分けて、重量のある生き物が動いている。
やがてゆっくりとその姿を現してきたのは、巨大な人型。
彼らはそれを見て、呼吸が止まる。
「トロール、だと?」
トロール。
成人男性を二人足したほどの身長、恰幅のいい肉体。容姿は醜悪で、肌は燻んだ緑。
己の身体の半分もある棍棒を軽々と振り回し、その余りあるパワーで敵を粉砕するモンスター。
普通ならトロール1体程度、このパーティーで倒せる相手だろう。
勿論、万全な状態でならという前置きが付くが。
限界に近い、いやもう既に限界を超えている状態で相手をすることなどできるわけがなかった。
彼は、彼らは上げていた腕を下ろしてしまう。
下ろす理由ができてしまったのだ。諦める理由が、できてしまったのだ。
「すまん」
トロールはその手に持つ棍棒を振り上げ、彼に向って振り下ろそうとする。
だが、そうなることはなかった。
突如トロールが炎に包まれる。
続けてその後ろから火の球が飛来し、周りのモンスターにぶつかって爆発する。
「な、なにが……」
彼が混乱しているとそこには美しい赤毛の少女が飛び込んでくる。
流れるように剣を振るい、焼けていないモンスターを斬り、突き、絶命させる。
続けて腰につけているポーチからナイフを取り出して飛び掛かってくるモンスターに投擲。
結果を確認せず、すぐに前に走って目に見えるモンスターを狩る。
「すげぇ」
「誰なんだいったい……」
シーフと一緒に赤毛の少女の動きを彼は見る。
一騎当千とはまさにこのことだろう。
「っ!?まずい!!避けろ!」
彼の声に反応して赤毛の少女は気づく。
丸焦げにされたはずのトロールが少女にその拳を振り下ろしていたのだ。
「アレじゃだめか」
トロールの最も恐ろしいのはその再生能力だ。
ある程度の傷なら難なく塞がり、すぐに動き出す。
その再生能力で持ち直したのだろう。
完璧には治らなかったのか火傷の跡が残っている。
「そこの魔導士!すぐに防御の魔法使って!」
「えっ?」
「早く!」
「わ、わかりました!」
「そこの二人もそっちと固まって!」
赤毛の少女の指示に彼らは頷き、魔導士の元へ駆け寄る。
魔導士は残りの魔力を絞るようにして使い、防御の魔法を発動させた。
それを見た赤毛の少女はボソリと呟く。
「【炎よ】」
赤毛の少女が叫ぶと目の前に炎が球状になって現れる。
そこに剣を差し込むとその炎は剣に沿うように流れ、刃の巨大化させた。
まるで両手剣の様に長く大きくなった剣を握りしめ、トロールに飛び込み、剣を薙ぐ。
トロールはそれを棍棒で受け止めようとしたが、スッパリと両断され、その身を切り裂かれた。
周辺にいたモンスターもその余波の巻き添えを食らい、炎に焼かれて苦しみ悶える。
「とんでもねぇ威力だ」
「炎に赤毛……もしかして『爆炎』?」
「えっ、それって」
「そこ、ちんたら喋ってない!」
彼らが自分たちを助けてくれた相手に戸惑っていると、アスラが倒れている仲間を抱き上げていた。
「さっさと逃げるわよ!」
「逃げるつったってモンスターはあらかた倒したんじゃ」
「モンスターじゃなくて」
アスラはビッと指差した。
彼らが見るとそこはモンスターの死体が燃えていた。
その炎は木や草に伝わり、炎上する。
「ここは今から火の海よ」
「「「な、なにぃぃぃ!!!???」」」
アスラは護衛依頼で使わなくて正解だったなと思いながら走る。
「もうちょっと威力抑えられなかったんか!」
「助かったんだから文句は言わないの!」
「これ森全焼しないだろうな……」
「そん時はそん時よ」
「大雑把だなアンタ!」
んなこと言われてもやってしまったものは仕方ないのだからしょうがない。
巻き込まれている人がいないことを願いながら、森の中を走る。
幸いにも森の浅い部分だったからか、すぐに外に出ることができた。
脱出した先には武装した冒険者たちが集まっている。
アスラが飛び出した後を追いかけてきたのだろう。
その中には共にこの街にきたリーエッジの姿があった。
「回復魔法使える人はいる!?」
「私、使えます!」
出てきたのは女性の魔道士だった。
その魔道士に抱えた冒険者を渡して後ろを見る。
追いかけてくるモンスターはいない様だった。
「ごめん、水の魔法を使える人もいるかしら?」
「なんでだ?」
「ちょっと派手に燃やしちゃって……」
リーエッジの不思議そうな顔に申し訳なさそうに言うのと同時に森から黒煙が昇るのが見えてくる。
それを見たリーエッジたちは真っ青にしながら森に向かっていった。
「ちょっとは加減しろよな『爆炎』さんよ!?」
「初級でもなんでも水出せる奴は護衛するからついて来い!
このままじゃ森が焼けてなくなるぞ!!」
「あははは〜……ごめんね?」
「ほんとにな!!」
その後、迅速な消火によって火が燃え広がることは回避された。
ヘキヘキとした顔ででてきた冒険者たちに謝りつつ、冒険者ギルドに戻ったアスラは会議室に通される。
今回の緊急事態について話し合うそうだ。
集まる面子はギルドマスターとリーエッジをはじめとしたゴールド級の冒険者が幾人。
ギルドマスターは眉間に皺を寄せながら唸り声を上げる。
他のギルド員が事情聴取をしているので今はそれを待っていた。
やがて扉がノックされて、数枚の紙を手に持った若いギルド員が入ってきた。ギルドマスターはそれを受け取ってギルド員を下がらせた後、内容を見る。
より皺が濃くなった。
「ちっ」
「どうだったんです?」
「モンスターの数が増えている。
トロールもそうだが、それ以外にもこの周辺でいるはずのないヤツがちらほらと見かけたって話だ」
ギルドマスターが紙をテーブルに投げる。
各々がそれを見るとそこには目撃情報のあったモンスターの名前が書き連ねてあった。
このまちで活動している冒険者たちはそれを見て怪訝な顔になる。
確かに周辺では見かけないようなモンスターたちだ。
「こいつらはもっと奥の方にいるはず」
「そいつらが移動してきたってわけか?」
「でもなんで?」
「モンスターの棲家の移動は珍しい話ではないが、コイツらの飯とかここらじゃ取れねぇだろ」
冒険者たちは話し合う。
今までなかった異常な出来事に戸惑いを隠せない中、アスラは沈黙していた。
それに気がついたリーエッジはアスラに声を掛ける。
「なぁ、お前なら何か知ってるんじゃないか?
俺らとは違って世界中渡り歩いてんだろ?」
「んっ?
んー、ちょっと心当たりはあるにはあるけれど」
「ほんとかっ!?」
アスラの言葉にギルドマスターは大声を上げながら立ち上がる。
周りはそれにびっくりしてその身を固めてしまうが、ギルドマスターがコホンと咳払いして座り、話を促した。
「前にある街のダンジョンに潜ってた時の話なんだけど、そのダンジョンには時折、普通の通路に階層主みたいに恐ろしく強いのが産み落とされることがあるの」
「それがどうしたんだ?
繋がりがある様には聞こえないが」
「そのモンスターは入ってくる冒険者だけじゃなくて別のモンスターも襲うのよ。そうなるとモンスターたちはそれから逃げようとするわけね。
ひどい時は階層を超えて集団で。
その時は大量のモンスターを相手にしたからちょっと面倒だったわね」
「つまり……どういうことだ?」
つまり、と続ける。
「モンスターは何かから逃げてきたんじゃないかって話よ。
自分より強大な、それこそ住処を捨ててまで逃げ出したい程に遥かに強い敵から」
「……スタンピードってやつか」
「スタンピード?」
ギルドマスターの言葉に冒険者たちは首を傾げた。
「興奮したり、ビビったりすると集団で同じ方向へ移動することだよ。それくらい勉強しとけスカタン。
それで今回起きたのは奥の方に何かヤベェのがいるかもしれないってことだよな?」
「推測だけど」
「何もないよりはマシだ」
「それでどうするの?」
「まず調査だろうな。
ここにいるやつらのパーティで調べてもらう」
「じゃあ私も」
「まちなプラチナ。
お前は街に残ってもしもの時の剣になってもらいたい。
それに」
「それに?」
「また森を燃やされて火事にされても困るからな」
ギルドマスターの顔から全力で目を逸らした。
周りからの視線もチクチクと刺さって居心地がすこぶる悪い
仕方ないじゃないかあれしか魔法使えないのだもの。
そう反論したいが、そんなことを言える雰囲気じゃないためアスラは再び沈黙の海に沈む事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます