第3話 神官アーディ

 近場の喫茶店。そのテラス席。

 そこで二人はランチセットを頼んで食べていた。

 アスラは好物であるブロッコリーを口に入れながら、レイにこれまであった冒険の話をレイに語っていた。


「最近戦った大物はワイバーンかな」

「ワイバーンってあの亜竜種の?」

「そう、それ。

 ドラゴン系のモンスターは相手するの得意なの」

「そうなんですか?」

「まぁ普通のワイバーンは火を噴くだけだから対処は難しくないわ。

 寒いとこに出るアイスワイバーンとか、属性持ちはちょっとめんどくさいけど」

「それでも一人で相手できるはすごいですよ。

 流石プラチナ級冒険者ですね!」

「ありがと。

 でもワイバーン程度でプラチナ級って褒められてもね。

 せめて純竜種のドラゴンじゃなきゃ」

「戦ったことあるんですか?」

「流石にソロじゃないけれどね」


 あの時は大変だったと激闘を思い出しながら食べる手を進め、チラリと外を見る。

 お昼時になったせいか、飲食店に足を運ぶ人々の姿がちらほらと見える。

 中には露店で購入したであろう串焼きを食べ歩く人もいた。


「……んっ!?」


 レイはいきなりビクリと身体を跳ねさせて、ゆっくり食べていたランチセットを口にかき込むようにして食べ、水と一緒に飲み込んだ。


「すいませんアスラさん、少し用事を思い出したので失礼します!」

「えっ、どうしたの急に?」

「ごめんなさい!ごちそうさまです!

 それと街を案内してくれてありがとうございました!」

「ちょっ」


 レイは何か慌てたようにして立ち上がり、走り去っていった。

 アスラは呆気に取られて口を開けっ放しにしてしまうが、まぁいいかと思い直し、再び周りを見る。

 食休みをしたら残りの用事を片付けてしまおう。

 そんなことを考えていると、ある少女の姿があった。

 それは『新米勇者』の傍にいた神官だ。

 しかも分厚い肉の串焼きを食べながら歩いている。

 アスラは一度は目を外したものの、思わず二度見をしてしまった。


「神官って食べ歩きしていいんだ……」


 教会より礼儀作法を叩き込まれているはずの神官がそんなお行儀がいいとはあまり言えないことをするとは思っていなかったので、アスラは驚いた。

 少女神官は肉を飲み込み、こちらを見るとニコリと笑いながらこちらに歩いてきた。

 こちらにいる誰かに用事があるのかと周りを見るが、このテラス席に座っているのはアスラだけだ。


「どうも、昨日ぶりですね」

「昨日はどうもありがとう。

 それお昼?」

「はい、ちょっとばかし奮発です」


 そう言って神官はアスラの前に座ってパクりと食べる。


「それドラゴンフライでかいトンボの肉でしょ?

 よくまぁ食べるわね」

「おいしいですよ?」

「いやそれはわかるけど、あの見た目を知ってるとどうもね」

「昆虫食の中じゃ上等のお肉なんですけれどね」

「モンスターなんですけどそれ……」


 飽きれながら、アスラは水を飲んでテラス席に備え付けられているメニュー表を手に取り、神官に差し出す。


「これは?」

「お礼。

 昨日勇者はああいってたけれど、私の気持ち的には収まりがつかないからね」

「勇者様がお礼を頂かなかった以上、私も受け取るわけには」

「じゃあお礼じゃなくて私の自己満足でいいや」

「まぁそこまで言われたら……」


 神官は串焼きを残りを食べきり、メニューを手に取る。

 少し悩んだ後、呼び鈴を鳴らしてプリンアラモードを頼んだ。


「そういや勇者の名前は聞いたけれど、貴女の名前をきいてなかったわね」

「あれ?そうでしたか?

 私はアーディと言います。今は『新米勇者』をサポートさせていただいている神官です」

「昨日聞いたかもしれないけれど、私はアスラ。

 プラチナ級の冒険者よ」


 アスラはそう言って認定証を見せた。

 神官、アーディはそれを見て両手をパチンと合わせて驚きの声を上げた。


「プラチナ級!

 お若いというのにすごいですね!」

「貴女だって私とそんなに変わらないそうに見えるのに勇者のサポートなんてすごいじゃない。

 勇者と一緒に動くなんて大変って聞いたわよ」

「もしかして私以外にも?」

「昔にちょっとね。

 というか勇者は一緒じゃないのね?」

「はい。

 この街にある教会で近況報告をすると言ったら『じゃあ別行動で』と言われてしまって」


 アーディは困ったような顔で笑う。

 確か勇者は教会のある街や都市に訪れたらそこを通して神聖国や神に近況を報告する義務があったはず。

 昔は強制ではなかったらしいのだが、ずっと報告をしない勇者も過去にはいたらしく、そのせいで何年も行方が分からないこともあったそうだ。

『新米勇者』は神官が報告をしているだけでまだマシな部類なのだろう。


「お疲れ様」

「ありがとうございます」


 労いの言葉と共に注文した品が運ばれる。

 アーディはスプーンを取り、プリンアラモードを食べると幸せそうな笑みを浮かべた。


「食べるの好きなの?」

「元々孤児だったもので食べられるのは幸せなんです。

 自分の聖属性が使える才能に感謝ですね」


 そう言ってもう一口を口に運ぶ。

 いきなり重そうな部分が突っ込まれたことにアスラはどう反応していいかわからず、とりあえず話題を変えることにする。


「勇者様はいつもあんな感じなの?」

「えぇそうですよ。

 とは言っても流石にプライベートの時間では仮面をつけたり、ハイテンションではないので、多分この街でお見えになってもわからないと思いますよ」

「へぇ~、そうなんだ」

「きっと素顔を見たらギャップでびっくりしますよ?

 全然違うので」

「そう言われると気になってくるわね」

「機会があったら勇者様にお願いしてみては?」


 機会があったらねと笑い合う。

 アーディは神官にしては話しやすい。堅苦しさが無い。

 年齢が近そうだと言うこともあるからだろうか。


「さてそれではそろそろここでお暇しますね」

「もう?」

「えぇ、勇者様もそろそろ宿に戻っている頃でしょうし」

「そっか、お話できて楽しかったわ」

「こちらもご馳走になりました。

 しばらくはこの街に滞在しているので、何かあれば教会かこちらの宿に声をおかけください」


 そう言って一枚の紙きれを受け取る。

 そこにはアーディと勇者が宿泊している宿の名前が書いてあった。

 アスラも以前宿泊したことのある少しお高めの宿だ。


「何かあったら尋ねるわ。

 ありがとう」

「いえ、それでは失礼します」


 アーディは立ち上がり、ぺこりと頭を下げて立ち去って行った。

 アスラは呼び鈴を鳴らし、店員を呼び出して会計を済ます。

 さて次はどこから回ろうかと考えながらその場を離れた。


 □


 アーディはアスラと別れた後、通路の隅に設置してある公共のゴミ箱に串と紙袋を入れる。

 この街は豊かで、清潔だ。

 領主の手腕が見事だと褒め称えられるだろう。

 そんな中でもやはり、よくはない部分はある。

 路地裏を通り、街の外れへと向かう。

 一歩一歩進むたび、周りの汚れが目立ち始める。

 更には匂いも段々と良くないものに変わっていた。

 汚らしい衣服を着ているやせぎすの男はギラギラとした視線をこちらに送り、割れたコップを目の前に置き、壊れた看板を削って『お恵みを』と記入しているものを首から下げている老人。

 物欲しそうに遠くから眺めている子供。

 他にも浮浪者や人相の悪い者がちらほらと。


「まぁこれでも他の所に比べたら全然マシですけどね」


 かつて自分が生まれ育った地はもっとひどかった。

 死体があるのは当たり前、腐った食べ物を確保出来れば腹は満たせる。

 身綺麗な酔っ払いが迷い込んだら格好の標的。

 このような場所を知らなければ、この世の地獄に見えるかもしれない。

 まぁどこにでもあるような地獄なんて天国だ。


「住めば都と言う言葉がありますしね」


 小さく呟きながら歩を進める。

 その先にあるのは風化している小さな廃教会だった。

 以前、この街が発展する前に使われており、現在の教会に引っ越しする際に解体されずに残されたもの。

 扉は無く、中の様子は丸見えである。

 アーディはその中に入って、中を見回す。

 汚れているが、人の出入りがあったのか一部のスペースは整頓されている。

 屋根や壁があるためか、雨風を凌ぐのに使われているのだろう。

 そこに踏み込み、胸元から一本の棒を取り出す。

 魔力を込めると瞬時に巨大化して杖へと変化した。

 杖で床をトントンと叩くと、叩いた周辺の汚れが綺麗に洗浄される。

 すると廃教会の外から小さな声が聞こえた。

 アーディは小さく息をつき。


「怪我している方、病気で苦しんでいる方を治療します!

 お望みの方はこちらに来てください!

 また、動けない方がいる場合は後程のちほど伺いますので教えてください!」


 そう大声をだした。

 ここに来た目的はここに住まう人たちの治療をすることだった。

 朝方、教会に向かったのは勇者の活動報告と言うのもあるが、ここでの医療行為の許可を貰いに行ったのだ。

 通常は神官の治療は寄付をしなければすることはできない。

 だが、アーディは勇者の神官だ。

 ある程度の越権行為は認められている。

 世界を守り、民を救う。

 それこそが勇者の務め。

 ならばそれに付き添う神官もまた同じではないのか。

 アーディは自分の手の届く限り、救いの手を差し伸べるべきだと考えていた。

 恐る恐る廃教会に入る子供が一人。

 その子供に視線を合わせるようにしゃがみ込み、ニコリと微笑む。


「どこか痛いのかな?」

「腕、切っちゃって……」


 子供は腕を見せてくる。

 腕の傷は化膿していた。

 このような環境にいたらこうなってしまうのも仕方がない。

 アーディは杖を片手に持ち、もう一つの手で傷に手を当てて詠唱する。


「【世界を見つめる守護神様。どうか私に癒しの力を分け与えたまえ】」


 ヒール。

 生物の傷を癒す聖魔法の一つ。

 神々に祈り、人に祈り、自分に祈ることで発動できる。

 魔法の効果により子供の腕は癒され、傷の無い腕になる。


「ついでに体の汚れも落としましょうか。

【世界を見つめる守護神様。どうか私に穢れを拭う力を分け与えたまえ】」


 ピフュリケーション。

 汚れを綺麗にする聖魔法をの一つ。

 実力者が使えば、沼地の水を真水に変えることができる。

 先程、床を綺麗にしたのもこの魔法だ。

 詠唱をすることにより効果を増した魔法は子供の肌だけではなく、衣服の汚れも落とす。

 子供は魔法で綺麗になった身体を見ながら目を輝かせた。


「ありがとうおねぇちゃん!」

「うん。

 もし、おなか空いていたらここを真っ直ぐいくとご飯を貰えるから」

「ほんと!?」

「ほんと。

 それと困っている人いたらここに来るよう呼び掛けてもらっていい?」

「わかった!!」


 そういって子供は走って出ていく。

 あの子供に支給される食糧はこの街に来る時に助けた商人に頼んだものだ。

 教会に寄付をしに訪れた商人に声をかけ、その寄付を食糧提供に変えてもらい、足りない料金は自分に支給される活動費を渡すことで補った。

 それを受け取った子供の様子をきっかけに多くの人たちがこの場を訪れることになるだろう。

 気合を入れなければと思い、顔をパチンた叩いて立ち上がる。


「さて、頑張りますか!」

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