第2話 冒険者アスラ
翌日。
陽気な日差しがカーテンの隙間から差し込み、アスラの顔を照らす。
深い眠りについていたはずだが、頭が「起きろ」と言わんばかりに意識を少しずつ浮上させていく。
自分の身体が重いのを感じながら、その身を起こして瞼を擦った。
前日の疲れが溜まっているのだろう。少しダルさが二度寝を誘う。
だが、再び眠ってしまうと次に起きるのはきっと夕方になってしまうだろうと思い、身体を伸ばしながら立ち上がる。
大きな欠伸をしながら、身支度を整える。
「……よしっ」
両手で顔をペチンと叩いて本格的に目を覚ます。
今日は足りなくなってきた物を買い足すつもりだ。
日は高く上り、街も活気を出している時間帯。
食品を扱う店や冒険者向けの商店も開いているだろう。
胸当てや膝当てなど、冒険するにしては少し軽装と思われるような装備を身に着け、腰のベルトには一本の剣を携える。
特にクエストや決闘をするわけでもないのに武器を携帯するのは防犯の意味もある。
「狙ったら斬るぞ」というアピールだ。アスラは女性である為、なおのこと装備していた方が安全である。
無論、それでも狙ってくる愚図やその美貌に釣られて絡んでくる阿呆がいるわけだが……。
その者たちの末路は、言わぬが花だ。
強いて言えば、その命は奪っていないとだけ。
「あ、朝ごはんどうしよ」
アスラが宿泊している宿はチェックインの時に頼まなければ朝食を用意してくれない。
昨日疲れていた上に、満員の宿を渡り歩きつかれたアスラは休みたいという気持ちが抑えきれずに、空き部屋があると聞いたときに投げるように料金を渡して鍵を受け取ってさっさと眠ってしまったのだ。
「まぁ買いながら食べるとしますか」
ポツリと呟きながら宿を出る。
今いる街は都会とまでは言えないが、歩道や馬車の通る車道などの整備が行き届くほどには発展しており、子供が明るい表情を浮かべて道を駆けている様子からここの豊かさと穏やかさを感じさせられる。
街の中を歩く兵士の姿もちらほらと見受けられるのでおいそれと犯罪行為に手を出す輩もいないのだろう。
アスラは両手では数え切れないぐらいにはこの街を訪れており、冒険者をやめて永住するランキング上位に入る。
そんな街の中でもお気に入りのパン屋に顔を出すことにした。
「アスラちゃんじゃないか。久しぶり」
「こんにちは店主さん。
いつ来てもいい匂いですね」
「そういってもらえると嬉しいよ!
んで今日は何をお買い求めで?」
「えーっと、じゃあ……」
顔なじみと言ってもいいぐらいには通っており、おすすめのミルクパンやメロンパン、他にもいくつか種類を購入する。
パンは冒険者の中でも非常に人気のある食糧だ。
日持ちもし、手軽に食すこともできる。スープもあればなお良し。
以前の時代ではパンと言えば固い黒パンというのが常識だったと言われているが、『食堂勇者』の様に食事に対しての異様な熱量を持っていた
勿論日持ちしないものもあるし、柔らかすぎていざ食べる時にペシャンコになっていることもあるが、それはそのパンを選んだ当人たちの自己責任である。
閑話休題。
パンの入った紙袋を片腕で抱え、空いている手でパンを口に運ぶ。
アスラはメロンパンを食べながら次の予定を考えていると、妙なものが目に入る。
ふらふらと歩く黒髪の少年。
おぼつかない足取りではあるが、少年から歩く人をするりと避け、また後ろから自身を抜かそうとする人に自然な足取りで道を譲る。
偶然、だとは思うが何故かアスラは目を離せなかった。
その少年は路地の入り口に差し掛かると倒れ込むようにそこに入る。
アスラは食べているパンを急いで食べ終わし、早歩きでその路地を覗き込んだ。
するとそこには
「オロロロロロ」
「うわぁぁぁあ!?」
とても勢いよく。
急いで駆け寄り、少年の背中を擦る。
「君大丈夫!?」
「うぇ?はいその、うっぷ」
少年はもう一回、その胃の中のものをぶちまけた。
幸いと言っていいのか、堀のような空間があったのでアスラや少年の足元に飛び散るということはなく、そこに吐瀉物が貯まる。
めいいっぱい出したのか、少年は深いため息をつきながらとしゃがみ込んだ。
「すいません、背中擦ってもらって」
「いえ、それはいいのだけれど……悪いものでも食べた?」
「あぁいや、その……。
ちょっと人に酔ってしまって」
少年はゆっくりと立ち上がり、頭を掻きながら申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。
美少年だ。
アスラが少年に対する第一印象はそれだった。
少し女性のような顔立ちで、その白い肌は他の女性が見たら羨むだろう。
体つきも、細すぎるとは言わないがせいぜいアスラと同じくらい。
着ている服は中の中レベルの仕立てで、貧困しているようには見えない。
人酔い、肌、服。
この少年は『あまり外に出ない富裕層のご子息』といったところだろう。
「誰かと一緒に来ていないの?」
「連れが一人。
ですが用事があるそうなので別行動しているんです」
「大丈夫?」
「あはははは……」
遠い目をしながら
こいつ放っておいたらどこかで倒れてしまうんじゃないか?
そう考えるアスラは一つ、少年に問う。
「この街は初めて?」
「えっ?
えぇ、はい。そうですよ」
「じゃあ案内してあげようか?」
「えっ?」
少年は目を丸くして驚く。
「私は人通りの少ない道を知ってるし、一人でふらふら歩くよりはいろんなお店を歩き回る方が楽しいでしょ?」
「それはそうかもしれないですけども……。
いいんですか?」
「いいのいいの。
私も特に急ぎの用事はないしさ。
あ、でもちょこちょこ買い物に寄るかもしれないんだけど」
「それは、大丈夫です。
僕も時間ならいくらでもあるんで」
「そう?じゃあそう言うことで。
私は冒険者のアスラ。君は?」
アスラは片手を出す。
少年は一拍の間をおいてからその手を握った。
「ライ。
ただのライです」
「……ライ?」
アスラは、少年があの勇者と同じ名前だということに驚き、改めて少年を上から下まで見た。
そしてあの勇者のことを思い出す。
確かに同じ黒髪で、顔は隠してはいたが……。
「アスラさん?
どうかしましたか?」
「んっ?
いやっ、なんでもないわ」
「そうですか?」
コテンと少年は首をかしげる。
あの勇者の奇行やハチャメチャなテンション。
一方、こちらは礼儀正しさとどこか弱弱しい雰囲気。
(まぁ、別人よね)
アスラはそう思い、少年、ライを見つめ直す。
そして紙袋に入っているパンを一つ差し出しながらニコリと笑う。
「とりあえず、これ一緒に食べながら移動しましょ」
「えっ、いいんですか?」
「いいの。
それにお腹のモノ全部出して空っぽでしょ?
何か入れておかないと」
「……じゃあいただきます」
ライにパンを渡すとアスラは頭の中で街のマップを開きながら自分の予定と照らし合わせる。
できるだけ人通りが少ないとなると、治安のいい街と言えど後ろ暗い輩がいないわけではない。
今回は帯剣しているから手を出すような阿呆はいないとはずではあるが。
「ここらで近いのはあそことあそこで……うん、こうするか」
うんうんと唸りながら鼻筋に人差し指をトントンと軽く突く。
それはアスラの癖だった。ルーティンと言ってもいい。
父親の真似しているうちに、いつの間にかのアスラもやるようになってしまっていた。
レイが渡されたパンを食べ終わると同じくらいに考えがまとまり、指をパチンと鳴らした。
「じゃあ行きましょうか」
「あっ、はい。
最初はどこ行くんですか?」
「まずは道具屋さん」
□
「あら、アスラちゃんじゃない。
いらっしゃい」
「こんにちは。
今日はライフポーションとマナポーションありますか?」
「あるわよ。いつもウチを贔屓してくれてありがとね。
いくついるんだい?」
「両方5本ずつで」
「了解、今持ってくるからちょっと待っててね」
店主の女性はそう言って店の奥に引っ込んでしまった。
その間にアスラは他にも必要そうなものが無いか店の棚を眺める。
隣でレイが店内をキョロキョロと物珍しそうにあたりを見回していた。
「入ったことない?」
「えっ?あぁはい。
ここって冒険者向けのお店ですよね」
「えぇそうよ」
「えっと、あまりこういう言うと失礼かもしれないですけど……。
大通りとかに商会が経営しているお店とかありますよね?
そこ行かないんですか?」
レイは少し不思議そうに聞く。
確かに店の人に聞かれたら失礼極まりないことだが、知ろうとすることは悪いことではない。
だからアスラは特に怒るわけでもなく、理由を教えた。
「確かに商会が扱っている商品は品質もしっかりしているわね。
信用の問題もあるから、効果が保証されてるところと取引してるし、中では商会の中にポーションを作る専用の部門もあるわ」
ただとアスラは付け加える。
「ほとんどが安定した供給を目的としていて、効果も一律なの」
「それはいいことなのでは?」
「そうね。そうすることで値段そこまで高くないし、初級冒険者には助かっているわ」
「じゃあアスラさんはどうしてこちらに?」
「私は初級の冒険者じゃないから」
そう言って首から下げている認定証をライに見せる。
色は白金。プラチナランクと呼ばれる上級冒険者だ。
アスラは17歳という若さで冒険者として上から二番目の実力者と名を馳せている。
同じ年齢でプラチナランクはいないわけではないのだが、それでも片手で数えるほどしかいないと言えば、アスラがどれだけ優秀で力のある冒険者であることがわかるだろう。
「上級冒険者は装備もアイテムもいいものを選ぶの。
あそこに飾られてる紋章あるでしょ?」
「えっ、あぁはい」
「あれは上級魔法薬剤師の資格を得ている証明なの。
あれがあるだけで腕は保証されてるし、ただのポーションでも商会で取り扱ってるものより効果が高いの」
「そうなんですか?」
「えぇ、私みたいな上級冒険者のほとんどはこういったお店を探して懇意にさせてもらってるわ。
ランクに見合った危険なクエストもよく受けるから、効果が高ければ高いほどいいのよ。
この店のポーションには何度もお世話になっているけど、効果はピカイチね」
「あらそう言ってくれると私もうれしいね」
レイに解説をしていると店主が戻ってきた。
その手にはポーションが入った木箱を持っている。
「そんなにウチを評価してくれてるなんて思ってもいなかったね」
「あらそう?じゃあ褒められついでに値段も安くしてくれてもいいのだけれど?」
「それはダメ」
「ケチね……あれ?ライフポーション2本多くない?」
「あぁ、それもうすぐ期限が来てダメになりそうだから持ってておくれ。
プラチナ様ならどうせすぐに使うだろう?」
値引きはしてくれないがおまけはしてくれるらしい。
顔上げると店主がニコニコした笑みを浮かべていた。
「どうも、助かるわ」
「それでお連れさんは将来のフィアンセかい?」
「じょーだん!そんなわけないでしょ。
社会見学の付き添いをしているだけ」
「何だつまらない」
「つまらなくて結構。
はい、お代。ありがとうね」
「いーえ、今後ともご贔屓に」
□
次に訪れたのは武具店だ。
現在帯剣しているものは古いモノではないが
アスラの持っているのは両刃のショートソード。片手で振るえるような軽量さと、刃の薄さと斬れ味を持っている一品だ。
ただ少し特殊な加工が施されており、魔法が通しやすい素材で作られている。
「魔法剣の類ではないんですよね?」
「そう。
ただ自前の魔力や魔法を通しやすいだけでそれ以外はただの剣」
「どんな魔法使うんですか?」
「炎の魔法よ。
ただ使う威力が高すぎて火が燃え移りそうなところだとあまり使えないんだけどね」
受付に剣を渡して、店の中を物色する。
武器は片手剣以外にも大型のナイフを一本持ち合わせているのだが投擲用にあと3本購入することを考えていた。
魔法による遠距離攻撃はできるのだが、詠唱による隙ができてしまう。
取り出す、投げる。
その二工程なら魔法を放つよりも早く行えるので、手段としてはアリだった。
周りが燃え広がらないというのもいい。
「別の魔法も覚えようかしら」
「魔法ってそんなポンっと覚えられるものじゃないんじゃ……」
「それはそうなのよねぇ。
一つを極めるなんて聞こえはいいけれど偏りすぎるのもあんまよくないって身をもって知ったわ」
「威力を抑えられないんですか?」
「ある程度魔法が上達すると威力の最低値が上がっちゃうのよ。
抑えられないわけじゃないけれど、私の場合は結構意識しながらじゃないと燃え広がらない程の威力は出せないわ。
野宿する時の焚火とか、じっとしている時ぐらいじゃないと」
「そう、ですか」
「まぁ貴方も魔法を学ぶことがあればわかるわよ、そのうちにね」
そういってアスラはよさげな両刃のナイフを3本手に取って受付に持っていく。
選んだものは少し値が張るが、それに見合うように粗雑な作りはしていない。使い捨てる前提ではあるが、粗悪品を使って危ない目を見るよりは何倍もいいだろう。
「パーティーとかは組まないんですか?」
「んっ?あぁ、私は基本ソロだよ。
この前はこの街に来るついでに組んだけど」
「装備が軽装なのも?」
「えぇ。
一人だから身動きが軽いほうが楽だし、いざとなったら全力で逃げられるようにね。
大物と戦う場合はもうちょっと色々身に着けるけど」
ナイフの料金を出そうとすると、渡した剣が戻ってくる。
「少し脂が付いていましたが軽く研いでおきました」
「んあ、そういや振り払うだけで拭うの忘れてたわ」
「それでも全然斬れる代物でしたから大丈夫だと思いますけれどね。
念のため、鞘の方も洗浄しておきましたよ」
「いたせりつくせりありがと。
これ点検料とナイフの代金。足りてる?」
「はい、大丈夫です。
毎度ありがとうございます」
アスラは剣を受け取ると装備し直し、ナイフを右側に着けているポーチに入れた。
いろんな武具を眺めていたレイの肩を軽く叩き、一緒に店を出る。
後行く予定の店は一件だが、そろそろ時刻は昼頃だ。
「少し早いけどお昼食べちゃおうっか
どこがいい?奢るよ」
「えっ、そんな。朝だってパン頂いたのに」
「気にしないで、おねぇさん風吹かせたいだけだから」
「そ、そうですか」
アスラの提案にライは少し申し訳なさそうにするが、了承した。
じゃあどこに行こうかと歩き出そうとしてふと気づく。
「私がおねぇさんであってるよね?」
アスラが17歳。
レイが15歳。
アスラの方が無事おねぇさんであった。
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