嘘つき勇者はゲロを吐く

projectPOTETO

第一章

第1話 新米勇者

「ハァ……ハァ……」

「くそっ、逃した!」

「大丈夫!」


 アスラはそう言って自分に迫るフォレストウルフに向かって剣を薙ぐ。

 開けていた口から身体を斬り裂き、二つに分かれたその体は血をまき散らしながら転がる。

 それと同時にアスラの背から小さな悲鳴が聞こえた。

 だがそんなことを気にしている暇はない。

 周りの木々を見渡せばフォレストウルフを始めとした多くのモンスターが自分たちを取り囲んでいる。

 こちらの人員は冒険者が四名、非戦闘員の商人とその家族で合計五名。馬車を引いていた馬は既にどこかに逃げ去っている。

 アスラたち冒険者だけならば適当にモンスターをあしらってこの場を切り抜けることができただろう。しかしながら現在受けているクエストは商人の護衛。

 ここで見捨てれば冒険者ギルドに罰金を払わなければいけなくなるうえに、冒険者としての評価もガタ落ちだ。

 なにより、命を見捨てるなんてことはもってのほか。


「なんでこんなにいるんだよ!

 いつもここら辺はモンスター少ないだろ!」

「喋ってるなら手を動かすっす!」


 同じ依頼を受けた冒険者が嘆き、別の冒険者が叱咤する。

 アスラはそれを聞きながら馬車に走り寄るモンスターを一匹二匹と斬り捨てた。

 魔法の一つでも使えればもっと楽に対応できるが、あいにく使える魔法は全て火に由来する。そんなものを使ってしまえばたちまちこの場が大炎上だ。

 せめてもう少し先に行けば森を抜けて街の傍まで逃げられたというもの。


「おかあさん……!」

「大丈夫よ、大丈夫!」

「チッ」


 緊張と焦りで思わず舌打ちを溢す。

 積極的にモンスターを倒しているのが二人、商人たちを守っているのが二人。

 モンスター、多数。

 数の差がじわじわと戦況を悪くする。

 埒が明かないこの状況、アスラは一呼吸をして、覚悟を決める。


「爆炎よ」

「エビバディ!セーイ!!!」


 魔法の詠唱を始めようとしたその直後、異様に明るい声がその場に乱入してきた。

 モンスターが派手に吹っ飛んだと思いきや、続けて他のモンスターも斬られる。

 その場にいたもの、人やモンスター関係なく。何事だとそちらを見た。

 そこにいるのは白いローブを纏い、右手には一本の剣を携えてる人間がいた。

 特徴的なのはその顔には黒い面。目元を隠すマスカレードマスクに似たものだったが、そこには視界を確保するための穴が無く、それでは前が見えないのではないのかと思ってしまう。

 しかしながらその人間は正確にモンスターを視認して、すぐさま斬り倒す。


「『新米勇者』ライ。ただいま参上!」


 そして決めポーズをとりながら高らかに声を上げて自己紹介をした。

 アスラたちは戦闘中だというのに呆気にとらわれて動きを止めてしまう。


「へいへいへーい。

 冒険者たち、手が止まってるよ~?

 いまファイティング中って忘れてない~?」


 勇者はホーンラビットを蹴り、エテルモンキーにぶつけ、そのまままとめて刺す。

 剣を握っていなければ拍手をしてしまうような手際の良さ。

 その様子に目を奪われていると、馬車の周りに光の膜のようなものが広がる。


「馬車の方は私が結界で守ります。

 お二人も前に出てください」


 振り向くと、そこには金髪の少女がその身の丈ほどの杖を両手に握って立っていた。

 身に着けているのは教会の神官服。

 それを見たアスラは、すぐに状況を理解して前に向かって走り出した。

 彼女の使った魔法の効力を己が知っていたからだ。

 これなら商人たちは安全だと、守りに使っていた剣を攻めに転じる。


「さっさと片付けるわよ!」


 空いている手で固まっていた仲間の背を叩いて前に進む。

 そこからは早かった。

 ただ倒すことだけを考えればこの森のモンスターたちは脅威ではない。

 勇者の協力を得ながら、アスラたちは襲い掛かるモンスターたちを退くことができた。

 流石に多くのモンスターを相手にしたことで、仲間は気を抜くと同時にその場に座り込んでしまう。

 アスラも同じようにしたいが、助けに来た勇者の事が気になり、そちらの方に歩み寄った。


「とても助かった。今回のクエストのリーダーを務めているリーエッジだ」

「先ほども名乗ったけど、『新米勇者』のライだ。

 お礼?ノーセンキュー。僕は勇者だからね!」

「お、おう……」

「その、『新米勇者』?

 聞いたことないのだけれども」


 勇者のノリについていけなさそうなリーエッジの隣に立ち、勇者に聞く。

 現在、協会より公表されている勇者の数は七人。

一撃でどんなものでも粉砕する『剛力勇者』

光の速さで敵を打ち倒す『閃光勇者』

その声を聞いた相手はこの世を去っていると言われる『沈黙勇者』

魔導を極め、あらゆる魔法を操る『魔道勇者』

多くの者に信仰を広める『聖騎士勇者』

遺跡や秘境を探索する『探索勇者』

何者にも料理を振舞う『食堂勇者』

 アスラは一般的なこと以外でも協会の事情について詳しいつもりだが、それでも『新米勇者』なんて記憶になかった。


「イエッス!いい質問だねガール!」

「ガール」

「活動自体はそこそこ前からやってるだけど、教会に認められたのは割と最近なのさっ!近々公表される予定みたいだから楽しみにしていたまえ!」


 いちいちポーズを決めながら、なにかきらきらとした光を纏って説明する。

 ちょっとうざったい。


「でもなんで『新米勇者』なんだ?もっといいのあったろうに」

「フッ……教会も僕に着ける二つ名を決めあぐねているようでね。

 それで僕に相応しい二つ名が決まるまで『新米勇者』で通してもらってるっ!」

「そ、そうか……。

 っとそうだ少し仲間の様子を見てくる」

「むっ?構わない。

 周りの警戒は任せておきたまえ」

「助かる。

 アスラ、ちょっと」

「えっ、ちょっ」


 勇者の言葉にリーエッジは感謝を述べて、アスラの肩を掴んで後ろに下がる。


「何よ急に」

「なぁ……あれ本物か?

 あんないかにも胡散臭い感じのやつが勇者とは到底……」


 アスラはちらりと目だけを勇者を見る。

 いちいち謎のポーズをとっていてとても周りを警戒しているようには見えない。

 正直、あれだけ見れば彼を勇者と呼びたくはない。


「そう思うのは、まぁわかるけど……彼の実力を見たでしょ?」

「それはそうだが」

「それに彼の一緒に来た神官の女の子。

 彼女は間違いなく協会から派遣されているはず」

「勇者をサポートする支援神官様か。

 それで本物かわかるのか?」

「昔に会ったことがある。

 着ている服は同じものだし、聖属性の魔法を使えるのは協会で修練を積んだ人だけ」


 アスラは馬車で子供に笑顔を見せる神官の少女に目を向ける。

 その佇まいは以前に見た神官の女性を彷彿とさせるが、今は横に置いておくべきことだと思い、首を振る。


「とにかく、今は勇者の真偽よりこの状況をどうにかしないとね」

「魔石回収は……諦めるか。

 またモンスターに群がれても困るしな」

「移動するのに私達は歩くとしても馬車はどうするのよ」

「…………人力」

「ねぇそれ本気?」

「しょーがないだろ馬いないんだから」


 〇


「いやぁ神官さんが強化魔法使えて助かった」

「勇者のあんちゃんも馬車引くの手伝ってくれて助かったぜ」

「ハァ、きに、ハァ、しな、ハァ、いでくれ……」

「ヘロヘロじゃねぇか」


 森を抜け、街の門までついた一行は笑顔を見せる。

 馬車は壁の外に駐車しており、現在依頼人の商人が代わりの馬を手配している最中だ。


「それで勇者様は颯爽とモンスターの前に立ちふさがり、バッタバッタと倒していったのです」

「すっげー!」

「ゆうしゃさまかっこいいー!」


 その間に神官の少女が傷ついたリーエッジ達の傷を癒し、商人の子供たちと触れ合ったり、勇者の武勇伝を聞かせていた。

 子供たちのはしゃぎようを見てアスラは肩で息をする勇者に話しかける。


「人気者ね勇者様は」

「……」

「勇者?」

「えっ?

 あぁ、もちろん!勇者はみんなの人気ものさ!」

「?」

「みなさーん!」


 雑談をしている中、門の方から商人の男性が走り寄ってきた。


「旦那、手配はすんだのかい?」

「えぇ、商会の者が馬を連れてこちらに来るように連絡しました。

 ですので護衛はここまでで大丈夫です」

「そうか、じゃあこちらに署名を」


 クエスト完了を証明するための書類をリーエッジは取り出し、男性はそれに名前を書き込む。


「勇者様もお助けいただいて誠にありがとうございました。

 こちら、あまり多くないのですが……」


 そう言って男性は硬貨の入った袋を取り出すが、勇者は首を横に振って受け取るのを拒否した。


「助けた時にも言ったが、お礼はノーセンキューだ」

「しかし」

「いいかい?僕は勇者。

 人を助けるのが当たり前なのさ!

 まぁもし、それでもお礼がしたいのなら協会にお布施をしてくれ」

「勇者様……」

「あぁ、それでは僕達はここでお暇するとしよう。

 それではごきげんよう!」


 勇者がそういうと神官と共に街の中に入っていった。


「なんかすごい奴だったな」

「まぁ、おかげでクエスト終えたから万々歳っすよ」

「そうだな。俺たちも中に入って報告するか」

「流石に疲れたわ」


 アスラたちはその背中を見送った後、商人とその家族に挨拶をすませて街に入る。

 時刻としては夕方。

 太陽が西に動き、空が橙色に染まり始めたころだ。

 本来の予定ならもっと早く着くはずだったが、とんだハプニングがあったものだと頭を掻く。

 街の中はそこそこの賑わいを見せ、冒険者ギルドの周りにある飲食店からは大きな声が漏れている。

 冒険者ギルドに入るとそれとは比べ物にならないくらい騒ぎ声が聞こえた。

 ここのギルドの中には酒場も併設されている。

 外の飲食店とは違い、油たっぷりのジャンクフードやでかくて食べ応えのある肉料理、それと安くて冒険者に人気の発泡酒エールが主なメニューだ。

 リーエッジが受付に行き、報告を済ますとアスラ達へ報酬を分配する。


「今回の報酬だ」

「おう。よし酒と飯だ!」

「何食うっすかねぇ~。 

 アスラっちも一緒になんか食おうぜ!」

「ごめん、私はパス。

 食い気より眠気なの」

「え~!」

「無理に引き止めんなよ。

 今回は助かったぜ。ありがとな」

「えぇ、また一緒にクエスト受けることあったらよろしくね」

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