(4)


 その店は、閑静かんせいな住宅街の辻にありました。

 まあたらしいて売りの一角、大きなガラスの明るい雰囲気ふんいき

 金属のアルファベットがちいさく埋めこまれ、本当にここでいいのかと軒先でためらっていると、リョウジからスマホに連絡がはいります。

『こっちは一足先に入店している。お前の名前で予約を取ってあるから、そのまま中に入るといい』

 店内にはすでに四人ともが顔をそろえていました。

 一礼して、直司と莢音も席につく。

 内装ないそう煉瓦レンガタイルを散らした壁と、ブラウン系色の落ちついた調度品ちょうどひんでそろえられています。

 かべにはダ・ヴィンチの素描そびょうがかけられ、ライトアップもこっていて、やわらかな空気の中に軽やかなたかぶりを生みだしています。

「すごく、おしゃれなお店だね」

 あまりに普通な感想の直司。

「ああ。ここのオーナーはやり手でな。こんな場所なのに、週末のディナータイムは予約でうまるんだ。デザインにも統一感とういつかんがあり、全体が非常にセンスよくまとめられていると思わないか?」

 わけしり顔で解説するリョウジ。

 どんな育ち方をすればこんな高校一年生ができあがるのでしょう。

「うん、そうだね……こういうお店って、高いんじゃない?」

 そこはかとない高級感に、そこはかとなくなくおよびごしの直司。

「そうでもない。ここは知人の店でな。いろいろゆうずうもきく」

 うすい笑いを浮かべるリョウジ。

 その横で、ショーが思いっきり渋面じゅうめんをつくっています。

 よほどこの集まりが不本意なのか、かつてなくふきげんそう。

「そうなんだ……ははは」

 なんとなくつっこみづらいものを感じて、直司は笑ってお茶をにごします。

「さて、まずは注文をすませてしまおう。ランチタイムのセットは三種類。お勧めはBセット。季節の野菜のカポナータとアジとマスタードのタルタル、パンはおかわり自由だ。いずれのコースもパスタとリゾットが選べる。今ならそうだな、ショー、なにかおすすめはあるか?」

「あん? ああ、そうだな」

 話をふられたショーが、おっくうそうにメニューをとりました。

 高級な和紙をもちいた、まあたらしいメニュー表。

 そこにはイタリア語の料理名と日本語が併記へいきしてあるだけで、説明も写真も一切ありません。

「今日のロングパスタは五種類か、アスタコやグロンゴは、姿をいやがる奴も多いからな……。おい、貝は平気か? 辛いのはどうだ?」

「え、わ、私? うん、別に……辛いのは、そんなに好きじゃない、かも」

 ぶっきらぼうに話しかけられてまごつく莢音を意にかいさず、ショーがすらすらとならべたてます。

「じゃあヴォンゴレがいいだろう。タカの爪がないと味がつまらなくなるから、香りだけつけといて外してもらおう。パスタの種類は……女がよろこびそうなもんっつったら……カッペリーニでいいんじゃねえか?」

「女がよろこぶとかすごい引っかかるんだけど」

「はぁ?」

 今にもかみつきそうな顔でにらみかえされ、ショーが気のぬけた顔をします。

 それから困惑こんわくしたように、

「ああ、そうか、別に、そういうつもりで言ったんじゃねえんだが……」

「つれが言葉たらずで申しわけない。この無愛想は地顔だ。悪気があるわけじゃない。ゆるしてやってくれるとありがたい」

「……べつに」

 リョウジのいんぎんなフォローで、莢音もひとまずひきさがります。

「あの、沖浦君は料理にくわしいの? それともここの常連さんなのかな?」

 場をなごませようと話題をふった直司ですが、

「ああ、ここはこいつの母親の店だ。さっき言ったオーナーっていうのが、ショーのお母様なのさ」

「え!」

「ほう! それは興味ぶかい!」

おどろいたのは直司と佐藤アンバー。

 ショーが最大にふきげん顔になりました。



「まず最初に、明星の妹に謝罪しておこう。先日は失礼をした」

 注文がすむと、やおら佐藤アンバーが立ちあがって神妙に頭をさげました。

 リョウジとショーもそれにならいます。

「ほら、ゆっきーも」

 ユキがのろのろと立ち、緩慢かんまんにおじぎしました。

「きのうは、ごめんな、さい、うかつなこと、言いました」

 心ここにあらずといったてい。

「あ、いえ、いや、こっちも……」

 莢音はおろおろと腰のさだまらぬ礼をかえす。

「すまないな。ユキをゆるしてやってくれ。機転のきくほうじゃないから、つい失言なんかをしてしまう。さしでがましいとは思うが、こちらも長いつきあいなんだ」

 リョウジがもう一度頭をさげます。

 しんきくさいいたたまれなさがテーブルに満ちます。

「あの……」

「私は別に……」

 莢音とユキが同時に話しをはじめ、そしてまた気まずげにだまりこむ。

「ええと、ちょっとぼくからいいかな」

 直司がおそるおそる言いました。

「たのむ」

 リョウジもうながします。

「莢音は、ちょっと父とうまくいっていないんです。莢音だけじゃなくって、兄と姉、そしてぼく自身も、父の仕事に、家族は多かれ少なかれ不満を持ってました。先月みんなで生地を買いに行ったときも話したと思うけど、月に一度あるかないかのファミレスでの食事だけが唯一のぜいたく、そんな時期もありました」

 莢音は身をちぢめています。

 これはいわば恥辱ちじょく記憶きおく、みしらぬ人には知られたくない話なのです。

「莢音が父をゆるせないのも当然で、ぼく自身もいまだわだかまりを持ってる。だけど、最近になってそれが、少し軽くなった」

 黙考もっこうしていたみなの顔があがります。

「入学式当日に、ここのみんなが手芸部にさそってくれた。実はあの日父の店に行ったのって、5年ぶりだったんだ」

「もしかして、迷惑めいわくだった……?」

 ユキが気よわげに直司をみます。

 直司はユキをにっこりと見かえしました。

 ふと花吹雪の桜並木の香りが、ユキの脳裏のうりにひらめきます。

「ううん、ちっとも。それどころか、新鮮だった。みんながあんなに父さんを尊敬そんけいしてて、父をほこらしく感じたのなんて、いつぶりだったんだろうって思ったぐらい」

 直司はたんたんと話します。

 それだけにそこにいたるまでの苦悩くのうがよけいにうかがえるのです。

「みんな、服が好きなんだなあって思った。服にそこまでの意味や価値を見だすことが、ぼくや莢音にはできなかったけれど、みんなを見て、父が裸の王様じゃないってことを、やっと確信かくしんできたんだ」

「上手いことを言う」

 佐藤アンバーがあいの手を入れて、みんなの顔にほっくり笑みがわきました。

「莢音にも知ってほしい。佐藤先輩や辻君、沖浦君、それに藤野さん。みんなの服に対する思いは、ぼくら他人がそうないがしろにしていいものじゃないってことを」

 莢音はまだ不満そうにしていたものの、さすがにこれ以上むくれているのは子どもじみているとわかったので、

「……わかった、努力は、する……」

 一応、と口の中でつけたします。

 ほっぺまでまっ赤な、ふくれっつらのまんまでしたけれど。

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