なあなあの兄とガンコ妹
直司にとって莢音のゆきさきは、さがすまでもありませんでした。
自宅から少しはなれた公園で、莢音はいつものブランコにすわっていました。
いやなことがあると、莢音はいつもここにくるのです。
「わすれ物」
直司は莢音に荷物をさしだします。
学校指定のカバンと小さめのスポーツバッグ。
もち手のつけねに流行おくれのキーホルダーがいくつもついていました。
莢音はカバンをうけとりません。
ただ地面をにらみつけています。
「手芸部に入部したことも、バイトをはじめたこともかくしてたわけじゃないんだ。ただ自分の中で
「どう、して、なの」
どうしていっしょに古西の家にきてくれなかったのか。
あんな、家族をかえりみない父の元にのこったのか。
そう言いたかったんですけれど、声になりません。
かわりに涙がこぼれおちました。
「父さんは一人じゃなにもできない人だから。母さんにはみんながついているし、莢音は、ぼくがいなくてもへいきだろ?」
莢音がはげしく首をふります。
休むことなくなんども首をふります。
ツインに
「……そうか、ごめん。もう莢音をほっておいたりはしないから。それでいい?」
莢音は言葉を発しませんでした。
「あとでいいから、藤野さんにあやまりにいこう。いいね?」
莢音は答えません。
直司もそれ以上は言いません。
だって家族ですもの。
それがイエスの
二人が肩をならべて自宅にむかうのをリョウジが見かけたのは日ぐれ前。
「ええ、公園を
『わかった。ありがとう。——ところでショーは?』
「無事そうだというメールだけ打っておきました。あいつには駅方面をさがしてもらいましたから。ショーのことだから、相当かけずり回ったはずです。きっと思ってもない文句をいっぱい言うでしょうね、あいつはユキにもおとらないバカなので」
リョウジはいじわるそうに笑いました。
「明星は無事妹を見つけたようだ。私たちも帰ろう。今日はバイトの予定、ないんだろう?」
完全に自失しているユキを、アンバーがやさしくうながしします。
ユキは
夜、直司のもとにリョウジから電話がありました。
バイトのシフトを代わってもらった礼をして、それから大まかな説明をします。
「うん。莢音ならもう寝てる。どうも母親とケンカして、とびだしてきちゃったらしいんだ。今うちで一泊させてる」
『そうか、無事ならいいんだ。自分たちの野次馬根性のせいで
「そんなふうにわるく思わないでよ。それよりも、その、藤野さんなんだけど……」
『そっちはアンバー先輩にまかせた。そつなくやってくれているだろう。勝手かもしれないが、できればユキに
「ああ、そうだね。莢音もきちんとあやまりたいだろうし……。明日はちょうど休みだから、どこかで会おうか」
『
「え? ウチ? うーん、③は悪いような……」
『意外といい案だと思うぞ。妹さんもリラックスできるだろうし』
「それはどうかなあ……妹はこの家が好きじゃないんだよ。それに部室だとアウェー感がつよい気がするし……」
『なら①だな。ついでに昼食もとろう。店のチョイスはまかせてくれるか?』
「ありがとう、お願いするよ」
『礼をいうのはこっちのほうだ』
直司が通話を切りました。
さて、この話を妹にどう切りだそう。
人知れずため息をつく兄なのでした。
暦の上では夏のさかりだというのに、梅雨前線が長く列島にとどまっております。
そんなわけで、朝からしめりけの多いはじまりとなりました。
「………………ねえ、どうしてもいかなきゃダメ?」
しのつく雨の中あんのじょう、莢音はしぶります。
「ダメ」
直司にしてはつよく言い、ぐずる莢音を強引に引っぱります。
手と手をしっかりにぎり、ぐんぐんぐんぐん。
それにあわせて、莢音のツインテールがぼんぼんゆれます。
——昔っからそうなんだよ、お兄ちゃんは。
莢音はふくれながら思いました。
普段ぼーっとしているくせに、なにか問題がおこると解決めがけてまっすぐに動きだすのです。
目的ができるとまわりおかまいなしになるのは父に似たのだ、とこっそり耳打ちしたのは母でした。
かつて、明星一家は仲のよい家族でした。
父親のたびかさなる商売の
おかずの少ない、時には米すらまともにない
兄、姉たちのお下がりのランドセル、体操服、習字道具。
いったいいつの時代の話でしょう。
そんな生活にあって、家族の普段着だけは
高級な素材やブランドのもの、というわけではなく、トレーナー、シャツ、パンツ、シューズ、アクセサリ類、そういったものの種類だけはやたら
どれも最新トレンドのものではなく、つまるところそれらは、父の店にならべてあるようなものばかり。
「幼少のうちに感性は生まれる。良いものには早くから
「そんなことよりももっともっとお金をかけるべき場所があるじゃない! 家とか、車とか! こんな服ばっかりあって朝ごはん食パンの耳とか意味わかんないっ!」
しごくもっともなご意見です。
ですがほかの家族はその意見には
そういった
さんざん主張したあげく、父の
ただ一つちがったのは、莢音の反抗が徹底して父にのみむけられたところです。
末っ子の強みかそれとも持ってうまれた
父に似て。
っていうと超おこるけど。
「莢音がいやがる気持ちはわかるよ」
ちかごろやけにものわかりいい顔をするようになった兄が、その手を引きながら言いました。
「ぼくもいっしょにあやまってあげるから。それに、藤野さんたちもきっと莢音にあやまりたいと思ってる」
莢音はまだむくれてます。
あやまりたくないわけじゃない、ばつが悪いだけなのです。
まだ中学生なんですもの。
それに、ユキがうっかり口をすべらせた言葉は、思いかえしてもやっぱりゆるせません。
「イタリアンのお店だってさ。好きなデザートを食べていいよ。ぼくのおごりだから」
「……ジェラート」
「うん?」
「桃のジェラート、食べたい」
「うん。じゃあ、一緒に食べよう」
莢音はこくりとうなずきました。
これは、おいしいジェラートを食べるための
それをいただくために、いったんはあの女に頭をさげてやるのです。
兄の顔を立てるために、恥をこうむってあげるだけ。
ですが
この怒りはちょっと頭をさげられただけでおさまるものでは、ないのです。
どれだけ自分を曲げようが、腹の中では最大級のあかんべをしてやるつもりです。
思いっきり、ベーっとかいーっとかしてやるのです。
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