(2)

 直司が校門にいそぐと、はたして莢音さやねはそこでまってました。

 そして、最初っからツンケンプリプリしています。

「しんっじらんない……! ふつう妹からの電話でだれとかきく?」

「ごめん、相手確認せずにボタン押しちゃったから」

 小走りでやってきたので、直司の息はすこしあがっています。

 とにかくどこかに腰をおちつけよう、喫茶店、いやバイト先なら割引きがきいたはず、

みたいなことを思案しあんしていると、

「それよか、この人たち、だれ?」

「へ?」

 妹の視線しせん誘導ゆうどうされてふりむくと、

「やあ、君がサヤネちゃんか!」

「こおんにちはー!」

 ほがらかに会釈えしゃくした佐藤アンバーとユキ、そして無言でたたずむつじリョウジと沖浦おきうらショー。

 つまり手芸部全員の姿が。



 けっきょく、腰のおちつけ先はバイト先のバーガーショップ”レイ・クロック”になりました。

 従業員じゅうぎょういん割引きチケットで人数分のドリンクを買い、まだ夕方のラッシュ前で空いている二階客席の一角を、六人でしめます。

「やあ明星君、もしかして合コンかい? うらやましいね!」

 客席を清掃せいそうに来た店長がのうてんきに声をかけてきました。

 男子三人に女子三人、うん合コンに見えなくもありません。

 そのやり取りをきいて、莢音が直司をにらみつけます。

「あのね、春からここではたらいてるんだ。そうだ、割引券いる? 一応全チェーン店有効なんだけど……」

 莢音は直司をドロ目で見つめます。

 なにかが気にいらないごようす。

「………………………………で?」

 さっさと説明しろ早くしろ今すぐしろと、莢音が目だけで兄を圧してきます。

「えーっと、まずこちら、うちの学校の三年生、佐藤アンバー先輩」

「佐藤アンバーだ。よろしく。明星クンには公私共々お世話になっている。ぜひ君とも仲よくしておきたい」

 佐藤アンバーは愛想あいそよくあいさつし、そしてとびっきり魅力的みりょくてきなウインクをして見せました。

 直司に。

「………………………」

 莢音の中で、なにか熱いものがうずまいております。

 だれ? この女、うざ、とか、そういうどす黒い感情です。

「こちら、クラスメイトの藤野ユキさん」

「こんにちわぁ、あなたがサヤネちゃんだね。お話は聞かせてもらっていまーす」

 直司本人には莢音に関する具体的な話をした記憶がないのですが、ユキは気にしたようすもありません。

「………………………………………………」

 莢音の中でなにかがうずたかくもっています。

 この女性たちはなに者で、どういう関係? おい、兄、返事しろみたいな重量のあるなにかが。

「こっちの二人は、辻リョウジくんと沖浦ショーくん、えーと、同学年なんだ」

「辻です、よろしく」

「沖浦だ」

 二人の仏頂面ぶっちょうづらは毎度のこと。

 が、そのすぐ下に今すぐにでもはち切れそうな笑いの気配を、直司は敏感びんかんにかぎとっていました。

「………………………………………………………………………」

 危険です。

 莢音の中でなにかが決壊けっかいしようとしています。

 早急なる対応が必要な、警報級けいほうきゅうのやばいやつです。

 ただ一人それを察した直司ですが、一体なにをどう対処したものやら見当もつきません。

「で! この人たちはだれ?」

「い、や、だから……」

 顔面あぶら汗まみれの直司。

 なんとか細かい説明をごまかせないものかと、さっきからつながりの悪い脳細胞をフル回転させていたのですが、

「われわれは県立常盤追分ときわおいわけ高校手芸部しゅげいぶのものさ」

 佐藤アンバーがあっさりとばらしました。

「そう! 私たちは彼の手芸部仲間なのさ!」

 外国の青春ドラマで主役をはれそうなすてきな笑顔で、声たからかに言ったもんです。

「手芸、部、って……………………………!」

「放課後みんなで集まって、手芸するの。作りたい服決めてー、型紙作ってー、生地を裁断さいだんしてー」

刺繍ししゅう裁縫さいほうみ物などもおこなう」

「洋服の丈を直したりもするな」

「どぅおーっしてぇ——?!」

 莢音がとうとつに爆発しました。

「パパがあんなだから、服なんてきらいだって言ってたじゃない! なのになんでっ、なんで手芸部なの?! 服と関係ない部活なんてほかにも色々あるのに! 相撲部すもうとか、南京玉なんきんたますだれ同好会とか!」

「南京玉すだれ同好会はねえぞ。少なくともうちの学校には」

「一応補足ほそくしておくと、相撲部もない」

「部外者はだまっててっ!」

 ツッコミを入れたショーとリョウジをぴしゃりとやりこめました。

 昔っからこわいものしらずな妹でした。

 気分を害したようすはありませんけれど、あとで二人には謝っておかねばなりません。

 いちいち苦労性くろうしょうのしみついた直司です。

「こうなったのは、ううん、なんていうか、なりゆき、というか」

「なりゆきだったら今すぐやめてほかの部活にはいればいいじゃない!」

 莢音は完全に怒ってます。

 もうダメです。

 こうなると止まらないのがこの妹なのです。

「パパが服にのめりこむから私たちバラバラになっちゃったのに! ママが体壊しちゃったのもそのせいなのに! 服なんて最低限の量販りょうはんもので十分じゃない着かざる必要なんてないじゃないお兄ちゃんだってそう言ってたじゃないなのになんで服にかかわるのお兄ちゃんも私たちをうらぎるの!」

「莢音、莢音、とにかく座って。ここは大声を出していい場所じゃないよ」

 直司が莢音の肩を両手でつかみ、強引にすわらせます。

 莢音はいったん口をつぐみますが、目はきつく直司をにらんだまま。

「たしかに手芸部に入ったのはなりゆきだけど、その後もつづけているのは自分の意思いしだから。そこは理解してほしいんだ」

「…………………意思、って?」

「うん、それはあのね……アウ!」

 そう、直司が今日まで手芸部にいる理由。

 それは、そこにユキがいるからです。

 本人にとったらうれしはずかしい、しかし他人に、それも激しやすい妹に知られるとなるとまっことはずかしおそろしい理由。

 オンナか。

 とかいわれたら、もう妹の顔をまっすぐに見られません。

 少なくとも活発に活動する妹火山の噴火をしずめられるような理由ではないことだけはたしか。

「どうして、手芸部にはいったままなの?」

「アウ、アウ、」

 今はもう死んじゃった江ノ島水族館えのしますいぞくかんのでっかいアレみたいな顔で、直司はおびえています。

 紫色の肌で目をむいて歯もむいて、まさしく江ノ島水族館のでっかいアレです。

「やるな明星……思いもよらない顔芸力だ」

「ああ、今お前の好感度はものすごい勢いで下降中、大地に激突げきとつ10秒前だぞ」

「ちょっちょっと待って!」

 リョウジとショーの言葉で、直司はわれにかえります。

「ご、ごめんね、サヤネちゃん、明星くんをさそったのわたしたちなんだ、だから、責任は私たちにあるというかなんというかっ」

 ユキがしどろもどろでわりこみます。

「それに、お父さん悪い人じゃないよ、親切にいろいろ教えてくれるし、ほら、なんだろ、私たち、お父さんの作る服、好きだし、」

 莢音がうつむきました。

 下くちびるがきつくかみしめられています。

 いっぱいいっぱいになっている藤野ユキにはその表情が見えていませんでした。

 だから、ふんじゃいけない地雷じらいをふんだのです。

「それにほら、サヤネちゃんの顔、お父さんそっくり! まゆ毛強くって、口元もきりっとしてて」

 瞬間しゅんかん、ユキのほほが鳴りました。

 ものすごいビンタ。

 フルスイングのクリーンヒット、風船が割れたみたいないい音がはじけました。

 ユキが目をみひらいて莢音をむきます。

 莢音は自分のしたことが信じられないといったそぶりで、ユキをみます。

「莢音!」

 直司がしかります。

 莢音はうろたえ、悔しそうにうつむき、それから席をけってかけだしました。

「莢音!」

 呼びとめて止まるものではありません。

 直司も腰をあげ、莢音ののこした荷物をつかんで立ちあがりました。

「申しわけないですけど、ぼく、これで失礼します。藤野さん、ごめんなさい。莢音にはしっかりと言いきかせておきます。のちほどきちんとけじめはつけさせますから、ええと、それじゃあ」

 直司は頭をさげ、莢音を追いかけます。

 ユキは呆然ぼうぜんとしています。

 たたかれた頬がじわじわと赤みをびます。

 痛みはありません。

 にぶいしびれだけ。

 心をマヒさせてしまうタイプのしびれです。

「バッカだな、お前……」

 ショーがため息まじりに言いました。

 ユキは身じろぎもなし。

「まいったな……重い展開だぞこれは……リョウジ、なにか解決案かいけつあんはあるかい?」

 アンバーがいつになく深刻しんこくにこぼします。

「正直思いつきません、が、」

 リョウジが腰をあげました。

「妹さんをさがす手伝いぐらいはしておきましょう。いくぞショー。先輩、ユキはまかせます」

「引きうけた。明星には謝っておいて……いいや、それは自分でしなきゃな。とにかく手をつくしてくれ。たのむ」

 リョウジがメガネをついとあげてそれに答え、ショーも立ちあがります。

 店をでましたが、そこに直司たちの姿はありません。

 そこでひとまず二手に分かれることにしました。

「しかしまいったな、中学生の女が行きそうな場所なんて、思いつかねえぞ」

「あれだけの興奮状態こうふんじょうたいだ、しばらくは人目につくような場所にはよりつかないだろう。だから入退店をチェックするような店舗は考えなくていい。遊興場ゆうきょうじょう、広場、公園あたりに目星をつけてさがそう」

 リョウジは人目を引かないていどに早足で歩きだしました。

「あいつの妹、この辺の土地カンあんのか? やみくもに走りまわられちゃ、追いつけるもんじゃねえぞ」

 ショーが、めんどうそうに一人ごちます。

 それから、猛烈もうれつないきおいで走りだしました。

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