第4話 雷夏、反抗とプライドのエナメルシューズ

(1)

 人はたくさんの服を着ます。

 冬には厚着し、夏には薄着し、春は萌黄もえぎ、秋は紅葉にあわせ、結婚式ならフォーマルスタイル、友だちと遊ぶならカジュアルに、デートならボーイッシュに、ガーリッシュに、フェミニンに、スタイリッシュに着かざります。

 なぜ?

 それは、心の奥からつきうごかされる、想いのあらわれなのです。



 その日直司なおしは、郵便受けに一通の手紙が入っていることに気がつきました。

『直司さん、お元気にしてますか? こちらはつつがなく過ごしています。』

 そんなあいさつからはじまり、かしこまった文面で自分たちの近況報告、そして本題。

『みんな直司さんに会いたいと、口々に言っています。莢音さやねも、普段どおりをよそおっていますが、あの子の机の引き出しには、靖重さんと直司さんの写真がずっと入ったままです。いずれ時間を見つけて、遊びに来てください。素直になれないあの子ですもの、どんな天邪鬼あまのじゃくをしでかすかわかりませんけれど、お兄ちゃんの役割と思って、我慢してあげてください。それでは、梅雨空つづきますが、なにとぞ御自愛下さいますよう。乱文乱筆失礼しました。古西彩こにしあや

 差出人の古西彩は、旧姓明星あけほし

 直司の母親です。



「明星君、妹さんがいるのよね?」

 昼休み、直司はユキと机をはさんでむかいあっていました。

「うん。それと姉さんと兄さんも」

「ふうん。妹さんってなんて名前? いくつ? どこの学校に行ってるの?」

 どういうわけかユキは、直司の妹に興味きょうみしんしんです。

 妹以外の家族のおぼえがぞんざいなのは、愛嬌あいきょうと言えるかもしれません。

 直司のように欲目で見られれば。

「名前は莢音。13歳。今は母さんの実家でお世話になってるよ」

「ふうん、サヤネちゃんかあ。いいなあー妹さん。私も会ってみたいなあー」

「そういえば、ぼくも長いこと会ってないや。高校に入ってからは忙しかったから」

「そうなの? じゃあ会いに行こう! この週末に行こう! 楽しみだなーんふふ。なに着てこうかしら」

 あっけにとられている直司を尻目に、ユキは一人勝手に盛りあがるのでした。

——……なんで藤野ふじのさんが着るものを考えているんだろう。



「明星とゆっきーは、同じクラスだったっけ?」

 放課後、いつものごとく被服ひふく準備室。

 佐藤さとうアンバーが雑誌に目をとおしつつ話しかけてきます。

「はい、そのう」

「いっつも一緒にご飯を食べてるんですよ。おかずの交換っこしちゃったり。明星君、自分で料理しちゃうんですって! たまご焼きが甘くておいしーんですよー」

 一気呵成かせいのユキ。

 思い出の中の卵焼きを反芻し、ふくふくとその味わいにひたっています。

 一方の直司は、昼食のたびクラスメイトの視線が気になってしかたがありません。

「おいおいけるな。私のダーリンを取らないでおくれよ」

「まさか! 明星君はアンバー先輩一筋ですよ! 浮気の兆候ちょうこうもないですよ! 猫まっしぐらですよ! 悪い虫は私がどーんとおいはらっちゃいますから、ご安心あれ!」

——……どうして藤野さんが、ぼくの潔白けっぱくを保証するんだろう。

 わけしり顔に笑う佐藤アンバーを目の前に、猫まっしぐらとか言われて、たいへん微妙なきもちの直司。

「そういえば、明星には兄弟姉妹が何人かいたな」

「そう! 妹さん! サヤネちゃんって言うんですって!」

「ええ。それと、姉と兄が」

「すっごい可愛いんですよ! 見た事ないけど! でね、今度のお休みに会わせてもらうんでーっすぅ!」

 いつの間にか決定事項にしてしまっているユキです。

 この本気度の高さ、なんとなく押しきられそうなふんいきプンプンです。

 きむずかしい年ごろの妹に、なんと説明すべきか、直司は早くもなやみます。

「なるほど、それなら私も同行せざるをえまい」

「……ぇ?」

「自分の目の黒いうちは、明星とアンバー先輩を二人きりにはできませんね」

「まったくだ。こうなったら俺も行くしかない。そいつは玉子焼きを甘くするようなヤカラだからな」

 え? え?

 直司は顔を『?』だらけにしている。

 自分と妹のプライベートな時間に、なぜ彼らが顔をだすのでしょう。

 のどのかわきをおぼえ、紅茶カップを取りあげると中身は空。

「あ、紅茶入れるね? んっふふー楽しみ楽しみー」

「私もお代わりがほしいな。もうポットに水がなかったはずだ。ゆっきー、いっしょに水くみとしゃれこむのはどうだい?」

「お、ガールズ水くみトーク、いっちゃいますー?」

 二人は仲よく部屋をでました。

 その姿がドアの向こうに消えるまで、直司の目はなごりおしそうに、ユキへむいたままです。

「まさか、と思うが明星。ユキなんかにおもいを寄せているのではあるまいな?」

「え?」

 メガネをきらめかせたリョウジにモロ核心をつかれ、直司は心臓をつらぬかれたような痛みをあじわいます。

「まさか冗談じょうだんだろ? あのユキにほれるバカなんて、この地上にいるはずがない」

「……たしかにそうかもしれない。すまなかったな明星。めちゃくちゃに失礼なことを言った。重ねて謝罪する」

 ショーとリョウジが、どういうわけかなやましげに会話をうちきります。

 遠くで「くちゃん」とくしゃみがしました。

 むろん直司はユキに恋をしていて、二人が言うところのバカそのものなのですが。

——なんで藤野さんを好きになると、バカなんだろう……。

 かわいくてやさしいユキ。

 きらきらしててフワフワしているユキ。

 脳内麻薬のうないまやく補正ほせいが入りまくって、直司の中の藤野ユキ像はまるで美人画か天使画のように神々こうごうしいのです。

 そんな彼女に恋しちまうことは、あまりに自然ななりゆきのはずなのに。

——藤野さんにはなにか、自分の知らない裏の顔があるのだろうか。

 たとえば夜のちょう、たとえばやみの工作員、たとえばジョワって巨大化する遠い星雲せいうんから来たヒーロー、いやヒロイン? 直司の貧弱なる妄想力もうそうりょくがせまい脳内をとびはねます。

「ただいまー。ねえ、今さっきだれか私のことわるく言ってなかった?」

「お前の悪口なんてだれが言うか」

「そうだ、たとえそれがお前にとって不本意でも、それが正しい評価なのだと受けいれろ」

 ひょっこりもどったユキ。

 どこからどう聞いても悪口にしか思えない二人の言葉に、

「おかしいよそんな理屈っ! うううー、明星くんっ、こんな男子くんたちの言うこと耳に入れちゃダメだよっ!」

「う、うん……」

「すごい剣幕けんまくだなゆっきー。それでは明星に悪印象かもだぞ?」

「キャー、アンバー先輩までーっ」

 ショックを受けたユキが、ショックだーショックだーとうめいてミュージカルのようにくるくる回ってスカートを遠心力でふわりとひろげます。

 子供っぽいしぐさに、直司は胸ときめいてしかたがありません。

 なお、佐藤アンバーの一言がユキの自分に対する感情をびみょうにくもらせる類のものと気づいたのは、だいぶ後になってからです。

「ねえねえそれでいついこっか、妹さんに会いに」

「え? い、いや、そんなのまだ具体的に考えてないし」

「それじゃあ今すぐ考えよう、レッツだゴーだ、アポイントメントだ。とにかく連絡れんらくとって、都合つごうのいい日をきいちまえばいいのさ!」

 ゴーゴーレッツゴ−レッツゴー明星!

 グーにした両手をチアガールのボンボンのようにワンツーワンツー、ユキはしきりに直司をせいてきます。

 直司相手のシャドーボクシングに慌てふためいて、スマホをとりだし、それからためらいました。

 妹はただいま花咲ける中学2年生、全方位につんけんしてて、やたらあつかいにくいお年ごろです。

 どうにも気が進まないなあ、と思っていたらスマホに着信。

「うわったっと!」

 あわてて通話ボタンを押し、

「はい明星です」

 つい家電話の対応をしてしまいます。

 個人事業主こじんじぎょうぬしの明星家にはまだ家電があるのです。

 通話は無音。

「あの、もしもし、どなたですか?」

『……………………………私、なんだけど?」

「……あ、莢音?! え? どうしたの? なにかあった?」

 連絡をよこしたのは小西莢音。

 ウワサのウワサの直司の妹。

『……………………………今、来てるんだけど』

「来てるって、どこに?」

『……………………………学校の、前』


近況ノートにイメージイラストがあります↓

https://kakuyomu.jp/users/kaaki_iro/news/16817330654157601644

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