お宝は魅惑の安来節画像
後日、直司が部室でシュウとリョウジと三人で顔をあわせたときに、
「そうだ、藤野さんのあの画像、ぼくにもくれないかな」
とたのんだのですが、
「おまえ、本気でユキをおどす気か? けっこうヤバいやつなんだな」
「アイツをそこいらのか弱い女子だと思わないほうがいいぞ明星。痛い目にあう。文字どおりの意味で」
「いや、ふつうにかわいかったからほしいだけだけど、ぼくから藤野さん本人には言いだしにくくて」
ショーとリョウジが顔を見あわせ、
「わかった。一応ユキに許可をとってやる。期待はすんなよ」
「ありがとう」
LINEできいたところ、当番の教室掃除の最中に大きくバッテンをするユキの画像が送られてきました。
『不許可!』
とのフキダシが、その下にポコっとでます。
「ダメだってよ。まあアイツにとってもふつうに黒歴史だろ」
そういって見せてきた画像を食いいるように見る直司。
——はあ、この画像もかわいいな。
安来節でもかわいいのですから、もうユキがなにをしてもかわいくしか見えない直司なのです。
そのときふと思いつきました。
——部活でLINEグループをつくって、それでやりとりすれば見ほうだいにならないかな。
悪だくみです。
どれだけユキの画像がほしいのでしょう。
それでなにをするつもりなのか、胸ぐらつかんで問いただしてみたいものです。
「そ、そうだ、ここの手芸部のサイトってないのかな。みんなは中学の部活で、画像掲示板をやってたんでしょ?」
そこからなにか掘りだせないか、ともくろむのです。
「ああ、アンバー先輩がイヤがってたから、そういうのはやめにしたんだ。あの人が表に出ればたちまち人気者になる。それは面倒なんだろう」
「おれたちが言えた口じゃないが、読モ時代もあっという間に話題になってたからな。男性むけのストリートファッション誌にまで
「そうなんだ」
「まあ、Unionスペシャルさえ
そういう二人ですが、
「そういやユキの画像、中学のサイトにあげてなかったか?」
「ああ、いちおう活動報告として、掲示板にアップロードはしたはずだ。コメントもついていたっけ」
二人が直司を見ずに言います。
「今ならまだ見られる可能性は高い。なにせ下の学年は、研究会活動に消極的だった」
「そうだな、だれかが気まぐれでのぞいて、もの珍しさに画像保存しても、おれたちには止める手だてがない」
男の友情です。
直司がそのとおりの作業をしようと検索をはじめたら、すぐにユキの足音が近づいてきました。
ターンターンと女子らしからぬ大きな一歩また一歩が、グングンこっちにやってきます。
がらっとととなりの被服室の引き戸がつよくあけられ、ダダとはしってきてザーッと上ばきがすべる音がして、カパッとこちら準備室のドアが開きました。
「今思い出したんだけどリョウちゃんシューちゃんあの画像中学のブログにあげてたよね! まさかそのこと明星くんに言ったりしてないよね!」
入ってくるなりユキが一気に言いました。
「ああ、ちょうどその話をしていた所だ。それよりもユキ、廊下を走るな」
「明星が学校の活動を知りたいってんで、思いだして口にしたような気もするな」
「おおいっ! そこの二人! なんてことするんだいっ!」
二人ともウソはついていません。
ユキはふだん見せないすばやさで、直司にズバッとせまります。
「あ……」
直司の手のスマホには、当の画像が長押しされて、あとは保存ボタンをタップするだけという最後の手順まできていました。
「明星くん、その画像をどうするつもりなのかしら?」
「いや、いい民謡だなって、や、安来節、だっけ……?」
見たこともないユキの圧に、直司はおびえています。
ユキはそっと手をふれ、直司のスマホから、東輝付属中の服飾研サイトのタブをとじました。
それから
「ああ、たどりつくのにけっこう手間かかったのに……」
直司はちょっと泣きそうです。
「アレやると、パスワードも消えるんだよな。コイツ悪魔だ」
「ユキは
外野二人が直司をあわれみます。
「みんな、晴れわたるこんなステキな空のもと、民謡の画像をどうこうと準備室ですごすのは若者らしくないとおもうの」
「おまえの民芸にたいする意識は理解した」
「やっぱアレ、黒歴史だったんだな」
ちょっと風むきのあやしいユキですが、そんなことはおかまいなしに、どこかへ通話します。
「もしもーしルイトくん? ハイっわたくしでございまーす。藤野先輩ですよーわードンドン。あのねー、学校のサイトから、わたしに関するとある画像を消去してほしいの。うん、うんありがとー。あのねー、去年の6月のー」
「アイツ、元サイトからも消去をはかってやがる」
「どこまでやる気だよ。まあアレは将来デジタルタトゥー化しそうではあったが」
「うんそうそうー、あれあれ? 今ルイトくん笑った? ううん、怒ってないよ? どうして怒ったっておもったの?」
ユキ、ちょっとおこのごようす。
直司は窓のそと、緑をつよめた山の上、ペールブルーの空を見あげながら、昨日テレビで、俳人・正岡子規にこき下ろされていた松尾芭蕉の句を想いうかべました。
五月雨を 集めて早し 最上川
意味はわかりませんが、リズミカルでいい句と思っていたので、ざんねんに感じながら見た番組でした。
それだけユキ画像を集めて、心を早したかったのでしょう。すけべいめ。
そしてそんな直司の心にも、一つの句がおりてきたのです。
最上川 なくして明日は わが身かも
「もがみがわ」と「わがみかも」をかけて、ただ間をうめただけのつまらない句、
——藤野さんには、逆らわないで生きてゆこう。
そういえば、ユキの暴走をおさえるときにはショーとリョウジの二人がかりが決まりみたいになってます。
それはこの三人で、ある意味ユキが一番強いからかもしれません。生命の根源的ななにかが。
後輩に
「あ、アモちゃんおはようこんにちはー、ユキ先輩ですよー。んーそうそうルイトくんに指示だしたんだけど、ちょっとだけたよりないから、アモちゃんにお願いしてたいかなーって。え? あははーいやいやー新部長にせっかんなんていらないから、あのねー、たぶんだけとールイトくん、うちのアンバー先輩の画像、勝手にあげてるんじゃないかなって。え? あれれ? あれはアモちゃん犯人かー。うん削除して。だめー交渉の余地はございません! あのね、コンテンポラリーの問題でね、そーゆーの、あとからネット入れ墨になっちゃって、
「コンプライアンスだユキ。
「デジタルタトゥーだ。ネット入れ墨ってなんだよ。あと坂本に、勧誘するにしろ画像はテメーで
リョウジがツッコミ、ショーは伝言をあずけます。
やりとりから
——佐藤先輩のいなくなった来年は、新入部員ゼロなんてことも、あるのかなあ。
部活にもファッションにも熱心でない直司は、他人ごとのように一年先の未来に想いをはせます。
——でも藤野さんたちがいれば、それもなんとかしそうだなあ。
「あれ? 明星くんわらってる。なんでなんでー?」
通話をおえたユキが、フワフワ近よってきました。
画像はもらえませんでしたけれど、目の前のユキはやっぱりかわいらしくて、直司はほっこりしたのでした。
つづく
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