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「そんなふうにして、この県立常盤高校の手芸部は彼らという精鋭せいえいが私のもとに集ったのさ! 水滸伝すいこでん桃園とうえんちかいのようにね!」

 アンバーが得意とくいまんめんで、すわって紅茶をすする直司に言いました。

「桃園の誓いは三国志演義えんぎです。水滸伝は梁山泊りょうざんぱく

 すかさずリョウジが訂正します。

「そうそうそんな感じのえらそうな名前の場所なのさ! つまりここにいるのは運命にみちびかれし者たちなのだ!」

「そうなんですね。みんなさすがだなあ」

 てきとうに返事をする直司。

 アンバーのオーバーなアクションと比べると、リアクションうすすぎです。

「四人で会うたびに、そんなゲームをしていたんですか?」

「モデルは私以外という事もあったけどね。もちろん若者らしくただ集まって駄弁だべることもあったさ! 今のようにこんなふうに貴重きちょうな青春タイムを、むやみやたらに浪費ろうひしてね!」

 なんだか今日のアンバーは、いつもよりテンションお高めです。

「モデルっていうと、辻くんとか沖浦くんとか、ふっ、藤野さんも?」

 最後が聞きたすぎてどもってしまった直司です。

「ああ、明星が期待きたいするようなユキの姿も、もちろんあったさ」

「そ、それはどんな……?」

 直司が期待するユキの姿、それはきっとあんな服やこんな服で、そんなポーズと笑顔のユキ。

「ああ、アレな」

「アレはさすがにな」

 シュウとリョウジがさもおかしそうにふくみ笑います。

「おおい二人っ、そんなリアクションは失礼でしょーっ。なんだって言うんだいまったくっ」

 ユキがぷっくりふくれます。

「明星、見るか?」

 シューがイタズラっぽい顔でスマホを操作そうさし、ユキの画像を見せました。

「えっ、まさか。あ、ちょっとまって明星くん、まってまって、あっあっ」

 なにやら身におぼえがあったことに気づいたユキが、あわててやめさせようとしますが、

「そうだ学校の池の金魚にエサをやらないと」

わざとらしく立ちあがったリョウジがユキのとおり道をブロックしてしまいます。

「ちょっ、ちょっとどいてよリョーちゃん! 金魚なんてどこにもいないよ! うちの学校に池ないよ!」

 左右から割りこもうとするユキを、リョウジがたくみなムーンウォークで前後にうごいてふせぎます。

 アンバーがチェシャ猫みたいにニヤニヤしながら

「ゆっきーお茶の時間にさわぐのははしたないぜ?」

なんてイジワルを言います。

「だってだって、あっああー……」

 直司は見てしまっていました。

 ユキの、上から下まで完全にそろえた安来節やすきぶし衣装姿いしょうすがたを。

 それはいわゆるドジョウすくいと言われるおどりで、あたまにはおかめのお面とほっかむり、鼻のしたに黒いポッチリをつけ、紺のかすりをはおりビクを腰につけて小脇にザルをかまえた、あまりにも本気のユキでした。

「ちがうんだよ聞いて明星くん、それはアンバー先輩が見てみたいっていうから」

「うちの幼稚舎ようちしゃでは文化教育として、ソーラン節と安来節を教わるんだ。年に2回の発表会の見せものとしてね」

「その安来節にユキがハマって、一人だけやたらと踊りこみやがった。休み時間にもずっと練習して、県の大会に出て賞までもらってな。島根の物産展ぶっさんてんをやってたイベントスペースの民芸品みんげんひんのコーナーでセット売ってるのみつけてそんな話したら、アンバー先輩が食いついたんだよ」

「だから、ちょっとやって見せただけで、いつでもそんなことしてるわけじゃないんだから、そこん所をね、わたしは主張したいんですっ、明星くんにっ!」

 まわりから矢をあび、そこが最後のとりでとばかりに、ユキが直司にすがりつきます。

「あ、うんかわいいね」

 全員が止まりました。

「鼻の下の黒いのは、ボタンなの?」

「あ、一文銭。口をね、タコみたいにちゅーってして」

「かわいいね」

 直司がまたほめました。

 みなしばらく直司をみつめ、

「ほら、ほらー! この明星くんの反応がふつうなんだよっ、みんなの方がおかしいのさ!

「ふつうなわけないだろ。明星はたぶん……そうか、そういうことか」

「だろうな」

「なに? 言ってごらんよ二人とも」

 アンバーがしたり顔の男子たちをうながす。

「つまり、ユキに取りいりたい事情が明星にある、と考えるのが自然ですね。自分たちもそれで苦労してますから」

「そうだな、なんせコイツは妹たちとの間にホットラインもってやがるから、明星も姉妹がいるなら気をつけろよ」

 このやっかい者め、といわんばかりの二人。

「え? いや、かわいいよ? ほっぺたも赤くて」

 直司がとまどいつつも言いました。

「だよね? ほおら! ほおら!」

「ユキ。顔が赤いぞ」

「いやーしょーじきほめてくれるとは思ってなくてテンパってるよっ。おーおでこがあつい」

 そういってユキはしきりにほてるおでこをさすったのでした。



 水曜日は用事があるとアンバーがいうので、その日ははやばやと部室をしめてみんな帰ることになりました。

「大切な男性と会わなきゃならなくてね。どうだい明星、気になるかい?」

「なります」

「なる。だれだ」

「なりまーす」

 なぜか直司以外の三人がこたえます。

「服を選ばなきゃならなくて、毎回頭がいたいよ。外見にうるさいやつなのさ。まいるよ」

 アンバーはため息をつき、それからあの笑顔で直司をむいて、

「そうだ、こんど明星にも服をえらんでもらおうか。この私にどんな服をもってきてくれるのか、興味しんしんだね」

「似あわない服を選ぶんですか?」

「おお、この私とまっこう勝負するつもりかい? 面白いじゃないか受けてたつよ!」

 直司はすこし考え、

「似あわない服は思いつきませんが、似あわなくはできますよ」

「どういう事だい?」

 直司はこまったように笑います。

「ぼくとならんで画像をとれば、わかると思います」


 直司の言葉どおりにして、その画像をみんなで見ました。

「これは、なるほど……ただならんでるだけなのに、すごい違和感いわかんだ」

 リョウジがまゆをよせてうなります。

「なんつーか、すごく安っぽくみえるな。アンバー先輩だけ」

 ショウもまなじりをつりあげて画像をにらみます。

「二人でならぶとアンバー先輩、ゲームのキャラクターみたいだねー」

 ユキはおもしろそうに言います。

 直司のやった画像の撮りかたは、廊下の無地のコンクリート壁を背景に、二人ならんで撮るだけというもの。

 ですが効果はてきめん、ただそれだけで、CG合成画像みたいなチグハグさが生まれてしまったのです。

 どこにでもいそうなどうでもいい顔の直司の棒立ぼうだちと、ハリウッドスターのような容姿ようしのアンバーのキメキメのポーズには、悪い意味でギャップがきわだちました。

「なるほど、日常性の権化ごんげみたいな明星とならぶと、私の突出とっしゅつした容姿がこんなにもウソくさくなるんだな。そんな見せかたをどこでおぼえたんだい?」

「父が、二人で写真に写るときのコツを語るんです。雑誌の素人カップルのファッションのコーナーとかながめながら」

 この過去語りの冒頭ぼうとうで声をかけていた雑誌編集者のやっていたのがそれです。

 一般むけのファッション雑誌のおおくには、ストリートスナップで町ゆくおしゃれさんたちの写真が掲載けいさいされているのですが、中には恋人や友だちどうしの複数ふくすう人で撮るものもあります。

 それを見て、直司の父の靖重はいつも言うのです。

『写真というのは良くも悪くも外界と切りはなし、画面内で世界観を完結してしまう。つまり二人の空気感を合わせないと、コーディネートに力を入れている方が、たいていおかしく見えてしまうのだ』

 つねからそんな発言を聞かされていた直司が、そのとおりのやり方を実践じっせんしてみただけ。

「ほかの部員とならんでも、ぼくとの感じにはならないと思います。辻くんや沖浦くんとならカップルに見えるし、藤野さんとなら友だちに見えますから」

 はあ、と四人がふしぎそうに直司を見ます。

 そんな視点してんでファッションを見ることを、高校生の彼らはまだしてこなかったのです。

——要するに、ぼくと佐藤先輩がいっしょにいても、だれもつきあってるとは思わないってだけなんだけど。

 つきあってないよね、なんて、きかれすらしないでしょうね。

 口にするとアンバーにまたからかわれそうなので、直司はだまっておきました。

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