(6)

 アンバーと三人とのつきあいは、そんなふうにはじまって、季節きせつが変わるころには毎週のように会っていました。

 とくにおもしろかったのは、はじめて手芸部の部室につれてきたときで、

「おいおいおい! Unionユニオンスペシャルだぞ! みろよリョウジ、ユキ! これが使えんのかこの部!」

「まじか……おい本物じゃないか。美品とは言いがたいが、これさえあればショップに直しにださなくてもサイジングできる!」

部屋のすみの古いミシンにとりついて、男子二人が大興奮だいこうふんしたのです。

「どうしたんだい? あの二人。そんなにめずらしいミシンなのかな?」

「デニムパンツのビンテージのすそ上げに使われてたミシンなんです。クロスステッチとかにクセがあってー、当時風にしあげたいならー、絶対にこのUnionスペシャルじゃなきゃっていう。わたしはどっちかっていうと、そっちの足ふみの白いSINGERシンガーミシンちゃんに興味しんしんなんですけどねー」

「そうか。しかしざんねん。そのユニオンなんとか、壊れてるんだよ。油さしても動かないんだ」

 アンバーがもうしわけなさそうにに言いました。

「こんなもん! おれらでヨユーで直しますよ!」

駆動系くどうけいとかチェックしたいんで、バラしてもいいですか?」

 キラキラした少年の目で、シュウとリョウジが顔をあげます。

「本気かい? うーん、私は副部長なんだけど、一応部長に聞いてからにしてもらいたいな」

「……そうですか。なら触診しょくしんで分かるところだけ、さぐっていいですか?」

「それなら」

 どうぞとゼスチャーすると、男子はまたミシンにとりつきました。

 そのようすが自分のあしにくいついたときにソックリだったので、アンバーはまた笑います。

「——男子はこのとおりだから、女子はカフェとしゃれこもう。いい茶葉があるんだよ。ユキが紅茶好きならうれしい」

「紅茶だい好きですよーお手伝いしますー」

 ユキがふわふわついてゆき、

「おっとーリプトンの青缶あおかんだすごーい! うほほーかわいいよーわたしはじめて見ましたーやったー」

キッチンでふしぎなよろこびの声をあげたのでした。



 その後アンバーが部長の許可をとり、業者に格安で依頼いらいしたというていで、男の子たちはミシンを持ちかえって修理をしたのでした。

 どこからかもってきたハンドリフトで、えっちらおっちら運ぶのは少々手間ではありましたけれど。

 ちなみにそのとき軽トラを出してくれたのが、ユキのお父さんだったそうです。

「ユキはお母さん似なのかな?」

 アンバーが遠まわしにききますと、

「運動神経はおとーさん似なんですよー」

といってシュッシュと両手のグーをつきだします。

「おいやめろ! アンバー先輩はなれて!」

「ユキ。おまえ先輩になにをするつもりだ」

 二人が本気であわてるので、アンバーが目を白黒させます。

「ユキ、君は思ったよりも乱暴な少女なのかい?」

「まさかー。でもまだまだショーちゃんにはまけませーん」

 本気がどうだかわからない、かるいわらい声をたてるユキ。

「ユキおまえ、男をなめてるようだな。おれもそろそろ本気でおまえをシメなきゃならんようだ」

「ボクシングをねー、足とめてつつきあうものってかかんちがいしてるショーちゃんにはー、まだまけないかなー」

「君たちここは校内だぜ? ぶっそうなやりとりはやめたまえ。教師の気をひいたらどうするんだ」

 工務店こうむてんの手伝いとしてやってきたものの、彼らはただの中学生です。

 社会活動という申請しんせいもしてはあるのですが、見つかって説明するのもめんどうなのでしょうね。



 部外者をそうそう校内に入れるのもよくないというので、4人は毎週のように外で会い、近隣きんりんのアパレルショップをめぐったのでした。

付近ふきんを荒らしまわったおかげで、私たちは県内の一部アパレル業者で名前を知られるようにもなったものさ」

 アンバーは窓のそとのどこか遠くを見つめ、楽しそうに言いました。

 そういえば、直司の父親靖重せいじゅうも、そんな彼らを知っているふうでしたね。



 夏の雲が空にちらほら見えはじめ、そろそろ進路相談がはじまるというシーズンでした。

「おはよー。あついねー。そろそろブラウスださなきゃだねー」

 朝、いつものようにユキがふわふわと、服飾研部室という肩がきのPCルームに入りますと、リョウジとシュウはすでにきておりました。

「おう」

「おはよう」

 いつもどおりのあいさつ。

 ですが、この日の二人はどうも元気がありません。

 いいえ、元気というよりも、なにか他のことに気をとられているのが、ユキにはわかりました。

「どうしたの? 部活しないの?」

「ユキ、おまえは進路表、だしたか?」

 リョウジがたずねます。

「うん。さっき担任せんせーに書いたのわたしてきたよー」

「そうか」

 ユキが小首をかしげます。

「どうしたの? 二人ともへんな空気」

 ショーがため息をついて、それから話しました。

「実はな、おれもリョウジも、進学しないことにした」

「え? 高校いかないの?」

「いや、高校には行くがな……」

「ショー、その言いかただと誤解ごかいのもとだ。つまりな、僕らは付属には上がらない、と言いたかったんだ」

「ああそうなんだ。なにごとかと思ったよー。思わずちいかちゃんと杏奈アンナちゃんににLINEしそうになっちゃったよー」

 ちいかと杏奈は、それぞれ二人の妹さんです。

「おいまてユキてめえなにをやらかそうと……」

「ユキ……せめて僕らに確認をとってから送れ」

 ユキ経由けいゆで妹に情報がつつぬけになりそうで、シスコン二人の背中にぞわわと汗がにじみます。

「えーなに? ふたりはエスカレーターじゃないの?」

「どおしてー? 内部進学のがラクじゃん!」

 おなじPCルームを部室にする、料理研の女子たちが話にまざります。

 人数の少ない文化系活動団体は、管理しやすいようにと、だいたいこのPCルームを活動拠点きょてんに指定されているのですね。

「ああ。付属高校だと、服飾系ふくしょくけい設備せつび貧弱ひんじゃくすぎる」

「部室も高校棟のウェブルームだ。クローゼットもミシンもないんじゃ、いく意味がない」

「ええーだってそのまま大学いけるのに。二人ともかしこいから、そりゃ進学校でもいけるんだろうけど」

「いや、偏差値へんさちはうちとかわらない」

「ただ設備がいい。それだけだ」

「ええー、部活で進路決めちゃうんだ。文化系なのに」

 二人はひそかに女子ウケがいい男子コンビなので、 女の子たちはざんねんそうです。

 東輝付属中学の生徒はたいてい、エスカレーターであがれる高校への進学するものと、ぼんやり決めておりました。

 三人もそのつもりでいたのですが、三年生の進路指導直前で、ショーとリョウジがそれを変えると言いだしたのです。

「そんなこと言って、どうせアンバーさんのところでしょう?」

 ユキがにっこり笑って言います。

「アンバーさん? だれそれ?」

 女の子たちが色めきたちます。

「おいユキ」

「おまえちょっとだまれ」

 男子たちはあわてますが、

「わー、男子二人がかりでわたしをだまらせようとしてくるよーしゅぱしゅぱしゅぱ……送信」

 血もナミダもないユキの高速入力からのテキスト一斉送信。

 プコ、と音がして、彼らのスマホの画面に通知があらわれました。


『リョウちゃんとシューちゃん、付属高進学しないんだってよ』


 これとおなじ文面のものが、妹たちのスマホにも……。

「くそ、おまえ、ふざけるなよ」

「帰ったら家族会議だぞこれ……」

 ショーとリョウジがくらい顔をします。

「やっぱり二人とも家族にちゃんと言ってなかったんだ。それは自業自得じごうじとくじゃないかなー」

 ユキに言われてしまいます。

「じゃあ高校も三年間またいっしょなんだー。またまたよろしくだね。学校説明会いっしょにいこうね。体験入学も、アンバーさんにも連絡して、ごうかにやっちゃおう。あ、二人は予備校きめた?」

「は……? おいちょっとまて」

「ユキ、まさかおまえも……」

「うん。今日から受験勉強はじめなきゃだーたいへんだー」

「おまえこそ相談なんかしてないじゃねえか……」

「リョウちゃんもシューちゃんも、自分できめてからおたがいに話したんでしょう? わたしだってそうするよー」

「——それで、なんで僕らに一言もなかったんだ? こっちはさんざん気をもんだというのに」

「だって、わたしがいくって言ったら、二人とも心配してついてきちゃうかもしれないじゃない。進路だいじだし、そんなふうに決めてもらいたくないなーっておもって」

 ショーとリョウジは顔を見あわせ、

「そんなわけあるか。園児じゃないんだぞ」

「おまえ、自分を買いかぶりすぎだろ」

「わたしに価値があるからそうおもうんじゃないよー」

 二人が不敵ふてきに笑って言うので、ユキもふわふわと笑いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る