UnionスペシャルとSINGERとリプトンの青缶
アンバーと三人とのつきあいは、そんなふうにはじまって、
とくにおもしろかったのは、はじめて手芸部の部室につれてきたときで、
「おいおいおい!
「まじか……おい本物じゃないか。美品とは言いがたいが、これさえあればショップに直しにださなくてもサイジングできる!」
部屋のすみの古いミシンにとりついて、男子二人が
「どうしたんだい? あの二人。そんなにめずらしいミシンなのかな?」
「デニムパンツのビンテージのすそ上げに使われてたミシンなんです。クロスステッチとかにクセがあってー、当時風にしあげたいならー、絶対にこのUnionスペシャルじゃなきゃっていう。わたしはどっちかっていうと、そっちの足ふみの白い
「そうか。しかしざんねん。そのユニオンなんとか、壊れてるんだよ。油さしても動かないんだ」
アンバーがもうしわけなさそうにに言いました。
「こんなもん! おれらでヨユーで直しますよ!」
「
キラキラした少年の目で、シュウとリョウジが顔をあげます。
「本気かい? うーん、私は副部長なんだけど、一応部長に聞いてからにしてもらいたいな」
「……そうですか。なら
「それなら」
どうぞとゼスチャーすると、男子はまたミシンにとりつきました。
そのようすが自分の
「——男子はこのとおりだから、女子はカフェとしゃれこもう。いい茶葉があるんだよ。ユキが紅茶好きならうれしい」
「紅茶だい好きですよーお手伝いしますー」
ユキがふわふわついてゆき、
「おっとーリプトンの
キッチンでふしぎなよろこびの声をあげたのでした。
その後アンバーが部長の許可をとり、業者に格安で
どこからかもってきたハンドリフトで、えっちらおっちら運ぶのは少々手間ではありましたけれど。
ちなみにそのとき軽トラを出してくれたのが、ユキのお父さんだったそうです。
「ユキはお母さん似なのかな?」
アンバーが遠まわしにききますと、
「運動神経はおとーさん似なんですよー」
といってシュッシュと両手のグーをつきだします。
「おいやめろ! アンバー先輩はなれて!」
「ユキ。おまえ先輩になにをするつもりだ」
二人が本気であわてるので、アンバーが目を白黒させます。
「ユキ、君は思ったよりも乱暴な少女なのかい?」
「まさかー。でもまだまだショーちゃんにはまけませーん」
本気がどうだかわからない、かるいわらい声をたてるユキ。
「ユキおまえ、男をなめてるようだな。おれもそろそろ本気でおまえをシメなきゃならんようだ」
「ボクシングをねー、足とめてつつきあうものってかかんちがいしてるショーちゃんにはー、まだまけないかなー」
「君たちここは校内だぜ? ぶっそうなやりとりはやめたまえ。教師の気をひいたらどうするんだ」
職業体験という
部外者をそうそう校内に入れるのもよくないというので、4人は毎週のように外で会い、
「
アンバーは窓のそとのどこか遠くを見つめ、楽しそうに言いました。
そういえば、直司の父親
夏の雲が空にちらほら見えはじめ、そろそろ進路相談がはじまるというシーズンでした。
「おはよー。あついねー。そろそろブラウスださなきゃだねー」
朝、いつものようにユキがふわふわと、服飾研部室という肩がきのPCルームに入りますと、リョウジとシュウはすでにきておりました。
「おう」
「おはよう」
いつもどおりのあいさつ。
ですが、この日の二人はどうも元気がありません。
いいえ、元気というよりも、なにか他のことに気をとられているのが、ユキにはわかりました。
「どうしたの? 部活しないの?」
「ユキ、おまえは進路表、だしたか?」
リョウジがたずねます。
「うん。さっき担任せんせーに書いたのわたしてきたよー」
「そうか」
ユキが小首をかしげます。
「どうしたの? 二人ともへんな空気」
ショーがため息をついて、それから話しました。
「実はな、おれもリョウジも、進学しないことにした」
「え? 高校いかないの?」
「いや、高校には行くがな……」
「ショー、その言いかただと
「ああそうなんだ。なにごとかと思ったよー。思わずちいかちゃんと
ちいかと杏奈は、それぞれ二人の妹さんです。
「おいまてユキてめえなにをやらかそうと……」
「ユキ……せめて僕らに確認をとってから送れ」
ユキ
「えーなに? ふたりはエスカレーターじゃないの?」
「どおしてー? 内部進学のがラクじゃん!」
おなじPCルームを部室にする、料理研の女子たちが話にまざります。
人数の少ない文化系活動団体は、管理しやすいようにと、だいたいこのPCルームを活動
「ああ。付属高校だと、
「部室も高校棟のウェブルームだ。クローゼットもミシンもないんじゃ、いく意味がない」
「ええーだってそのまま大学いけるのに。二人とも
「いや、
「ただ設備がいい。それだけだ」
「ええー、部活で進路決めちゃうんだ。文化系なのに」
二人はひそかに女子ウケがいい男子コンビなので、 女の子たちはざんねんそうです。
東輝付属中学の生徒はたいてい、エスカレーターであがれる高校への進学するものと、ぼんやり決めておりました。
三人もそのつもりでいたのですが、三年生の進路指導直前で、ショーとリョウジがそれを変えると言いだしたのです。
「そんなこと言って、どうせアンバーさんのところでしょう?」
ユキがにっこり笑って言います。
「アンバーさん? だれそれ?」
女の子たちが色めきたちます。
「おいユキ」
「おまえちょっとだまれ」
男子たちはあわてますが、
「わー、男子二人がかりでわたしをだまらせようとしてくるよーしゅぱしゅぱしゅぱ……送信」
血もナミダもないユキの高速入力からのテキスト一斉送信。
プコ、と音がして、彼らのスマホの画面に通知があらわれました。
『リョウちゃんとシューちゃん、付属高進学しないんだってよ』
これとおなじ文面のものが、妹たちのスマホにも……。
「くそ、おまえ、ふざけるなよ」
「帰ったら家族会議だぞこれ……」
ショーとリョウジがくらい顔をします。
「やっぱり二人とも家族にちゃんと言ってなかったんだ。それは
ユキに言われてしまいます。
「じゃあ高校も三年間またいっしょなんだー。またまたよろしくだね。学校説明会いっしょにいこうね。体験入学も、アンバーさんにも連絡して、ごうかにやっちゃおう。あ、二人は予備校きめた?」
「は……? おいちょっとまて」
「ユキ、まさかおまえも……」
「うん。今日から受験勉強はじめなきゃだーたいへんだー」
「おまえこそ相談なんかしてないじゃねえか……」
「リョウちゃんもシューちゃんも、自分できめてからおたがいに話したんでしょう? わたしだってそうするよー」
「——それで、なんで僕らに一言もなかったんだ? こっちはさんざん気をもんだというのに」
「だって、わたしがいくって言ったら、二人とも心配してついてきちゃうかもしれないじゃない。進路だいじだし、そんなふうに決めてもらいたくないなーっておもって」
ショーとリョウジは顔を見あわせ、
「そんなわけあるか。園児じゃないんだぞ」
「おまえ、自分を買いかぶりすぎだろ」
「わたしに価値があるからそうおもうんじゃないよー」
二人が
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