エイスワンダーの"パッツイ"

「すみません。これ買い取るので、手をくわえていいですか?」

 ショウが店員に言いますと、

「ああ、ええ、買い取りならどうぞ」

それを聞いてすぐに三人がうごきます。

「気になるのは足もとだよね。ややラフなシルエットの辺。仮縫かりぬいしちゃう?」

「パンクだぞ。ユキ、安全ピンあるだけだせ。それとマチ針だ」

「見せてつかうからなるべく大きいのをくれ」

「あーなるほど、それパンクだー」

 まずジャージのボトムをタイトにする相談をはじめます。

 アンバーは目を丸くして自分の太ももにたまる三人を見ています。

 もちろん野次馬たちもおなじ顔。

「ショー、ピンはどこで止める? 後から上にあげてしまうか?」

「いや、前で返し折りを二つ作ってブーツのハネの流れにあわせる」

「だから安全ピンは大きい方がいいんだね。上から止めてくんでアンバーさん、すこしがまんしてくださーい」

 アンバーは肩をすくめて彼らをながめます。

「あわせて髪変えちゃいますね。あわわ、チェーンに髪からんでますよー」

「やっちゃえって思ったんだ。君たちにつられたのかな? まさかこんな——私の足に息がかかるほど顔を近づけられるとは思わなかったけどね」

 そう言っていたずらっぽく脚にとりつく男子をみましたが、リアクションがありません。

「きこえてませんよー。二人とも服バカだから」

「本当に? このありさまでもかい?」

「聞こえてはいます」

「聞こえてはいるぞ」

「でも耳にアンバーさんの言葉はいってないよねー。多分あとで聞いたらわかりますよ」

「聞こえてるって言ってるだろ」

「服バカならユキ、お前が一番だぞ」

「……やっとほどけたー。もうこのチェーンいらないよねー。これは買い取りません。さあ、どんな頭にします?」

「そうだね、エイス・ワンダーのパッツィみたいなショートボブがいい」

 エイス・ワンダーは80年代に活躍した、イギリスのポップスバンドです。

 パッツィは美少女ボーカルとして、日本でも人気になりました。

「切らないでするとなると、フロントとサイド以外はアップにして、髪ピンでまとめまーす」

「ユッキーなら、切っちゃってもいいぜ?」

「ざんねーんハサミがありませーん」

 あははとユキがわらう。

——この子、ハサミあったら本当に切ってたのかな……?

 冗談じょうだんのつもりだったアンバー、ちょっとヒヤっとしました。



「ボトムできたぞ」

「こっちもかんせーい」

 アンバーは姿見すがたみの前にたつと、

「おお! これはいいね! さっきよりも完成度が高い!」

とご満悦まんえつ

「——いや、まだちょっとまってくれ」

 シュウがアンバーがポーズを決めたアンバーのまわりをぐるぐる回って全身チェック、それからおもむろに前にたちます。

「どうしたんだいシュウくん、こわい顔をして」

 少し身をひくアンバーです。

 身長170センチはあるアンバーですが、ならぶとショーは頭半分くらい背が高く、そして中学生とは思えない体のあつみがあるのです。

「ちょっとやぶく」

 言うなりTシャツのエリをつかみました。

「え? ちょっと君!」

 アンバーがあわててその手をつかみますが、ショーはそのままエリをひきいてしまいました。

「あ、やっぱり肩出したいよねー首長くてきれーだもん」

「うむ、タイトなクルーネックが首のラインのジャマではあったな」

 平然と言うのはユキとリョウジ。

「ねえスソもみじかくしようよ。ほそいウエスト見せたいよねー」

「僕も気になった。まてまてショー手でやぶくな。ユキ、ハサミをだせ」

 三人はためらいもなくシャツにハサミをいれました。

「よし、これでいい!」

 満足そうにショーが言います。

 あらためてアンバーを見ますと、全体からボヤッとした部分が消え、とてもスッキリした印象に変わっています。

 そこにいるのは80年代のプロモーションビデオから飛びでてきたような、みごとなパンク少女。

 ただアンバーはすえた目で、

「君たち、服を加工するなら、次からは私の許可をとってからやってくれないか? 公衆こうしゅう面前めんぜんで裸にむかれるかと思ったよ」

とご不満です。

「あ、いや、すみませんでした」

「あっごめんなさい。いつものクセで」

「これは不躾ぶしつけを……」

 さすがにやりすぎたと気づいて、三人がはずかしそうに身をちちめました。

 そうするとさっきまでの大人びたふんいきが消えて、ただの中学生にしか見えなくなります。

 それがあんまりおかしくて、

「君たちは、本当にふしぎなやつらだね」

といって、アンバーは大笑いしたのです。

「ところでお腹が空かないかい? 君たちに声をかけられたとき、どこかで軽く食べたいと思っていたんだよ」

 そういって、ハンバーガーチェーンのチラシをひろげました。

「ああ、それはもうしわけない」

「ここまでつきあわせたからには、おごる」

「それは助かる。実は、家にサイフを忘れてしまってね」

 わるびれずに笑うアンバー。

「お金にはこまってないって、言ってませんでしたっけ?」

「困ってるように見えるかい? と聞きかえしただけで、困ってないとは言ってない。さあ、君たちがえらんでくれたこの服で、いざ町にくりだそうじゃないか!」

 その服で、彼女はまた町の視線をあつめたのでした。



 四人は思い思いのドリンク片手に、バーガーショップのすみでアメリカンサイズのポテトをつまみながら、話をしました。

「それで、どうして私に白羽しらはの矢を?」

 おごりのポテトをパクパク食べながら、アンバーがききました。

「この一年でぼくらはそれなりに実績をつみ重ねたのですが、それでも新入生には十分にアナウンスしたとは言いがたくて」

「てっとりばやく言うと、入部希望者が一人もこなかった」

「さすがにこれはやばいねーってなって、ページの閲覧えつらん数はそれなりにあったから、会議でそっちでがんばろーってきまったんです」

 会議といっても、いまここでやってるダベリと大差ないものでしたけれど。

「なるほど。目玉商品がほしかったと」

 フフフと笑ってポテトをつまむアンバー。

「モチベが安直あんちょくで、そのへんは大人と変わらないね」

「そんなもくろみ、あなたの提案をうけた時点でトラッシュボックスにダンクです」

「まーねー、似あわないものわたして、似あうようにされちゃったら、それで人よべないですよねー」

「こっちにもプライドがある。そんなもん表にだして後輩勧誘こうはいかんゆうなんかするぐらいなら服着るのやめてやる」

 三人は口々に言いますが、それをすごく楽しんだ事は、その顔をみればわかります。

「大げさだな、でもそんな青臭あおくささもたのもしいよ」

 ニヤニヤわらい、

「君たちはとても面白いやつらだね」

 ポテトをえんりょなくパクつき、

「画像、今日の記念きねんに好きに使っていいよ。服をもらったし、コーラとポテトもおごってもらってるし」

「そんな安っぽいことおれたちはしねえ」

 ショーが言うとアンバーはまたいじめる口調で

「そうだね! 君たちには服をはぎ取られたからね!」

 ぐ、と男子たちが動きをとめました。

「そろそろアンバーさんの足にとりついたこと、二人、おもいだしてますよー」

「……だまれよ」

「おまえなんか更衣室にはいったじゃないか」

「やー、いいもの見たよー。まだおっぱいのきれいさがまなこのうらに焼きついてて」

「やめろ」

「その話題は出すんじゃない」

 男の子たちがあんまりじらうので、アンバーはますますわらいました。

「アンバーさん、もうモデルとかはしないんですか?」

 ユキがきいたこの質問の答えこそが、その後の彼らを決定づけたと言えましょう。

「モデルは興味ないけど、服は好きだよ。こう見えても手芸部員さ」

 その言葉に、三人がいっせいにアンバーを見たのです。

「着るせんだけどね!」

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