(4)


「じゃーん……ああ、うわあ!」

 カーテンをあけたユキが、感嘆かんたんの声をあげました。

 アンバーが試着室をでると、店内でどよめきがあがります。

「おお……!」

「わあ、すっごいきれい……!」

「はあ~……!」

 通りがかった店員さんまで息をのんだのですから、それはすごいインパクトでした。

 その姿は髪をあげてまとめ、着物のえりもとをうしろに大きくひっぱったように背中をあけ、むすびは前がわ胸のしたにまとめて、帯ののこりを流水のようにたらしています。

 足もとはスニーカーパンプスのまんまですが、床につくギリギリにすそをおろしてつま先だけのぞかせています。

 全体の印象はひとことで豪奢ごうしゃ

花魁おいらん風か、こいつはやられたなユキ」

「追加アイテムでエリと帯にボリュームをもたせたんだな。しかしあのエリどうやってかたちをたもってるんだ?」

「ええーと、わかんない。わかんないけどすごい。きれい。こんなの文句つけようないよー」

 アンバーがその場で一回転してきゅっとシナをつくると、パチパチと拍手があがりました。

「わわ、アンバーさんブラ! 衣紋えもんぬいてるからブラみえてる!」

「えりぐりを見せればブラぐらい見られるさ。なあにサービスだよ。だろう? 男子」

 花魁の着付けは和服でも独特で、首のうしろから背中を衣紋と言いますけれど、前はぴったりとしめてましても背筋のラインを大きく見せるのが特徴なのです。

 これは京都の芸妓舞妓げいこまいこさんにもつうずる着付です。

 ちなみに男子たちは下着がチラ見えしたさい、すかさず背中をむけて、自分たちが紳士であることを再度証明しています。

「ちょっとエリ見えてもらってもいいでさか? わあ、なんだか固い。みてみて二人とも、さわったらパリパリだよ!」

「見るか!」

「ユキ。言葉で説明しろ」

 誘惑ゆうわくに負けないよう、男子はかたくなに背中をむけています。

 ふりかえったら塩の柱になると信じているにちがいありません。

「もー二人ともちゃんと見なよ。アンバーさん襟の分解ぶんかいしていいですかー?」

「脱ぐからユッキーもいっしょに試着室にお入りよ」

「おおーやった! 背中見ちゃおう!」

 ひきつづきウキウキのユキがカーテンの中にきえます。

「ああー! ルーズリーフを折ってエリにいれてるんですねーそれで型にしたんだーかしこい! あ、お腹に1枚マフラー巻いてるの、胸大きいの隠すためだー、おー、わー胸もお肌もきれーい」

「ぐっ……」

「ユキめ……」

 二人ははち切れそうなうらやましさに、歯がみしたということです。



「さて、三番勝負の大トリ、ショーくんいってみようか!」

「うす。これです」

 ショーがさしだした服を見て、アンバーはウヒャヒャと笑います。

「なんというかこれは、なかなかの難物なんぶつだねえ!」

 ショウのセレクトは上から黒地のキャップ、超オーバーサイズのこれも黒字に蛍光グリーンの発泡ペイントのドクロ柄シャツ、そして足もとはライン入りのジャージでした。

 さらにチェーンの長い、ベンツのエンブレムまで。

「ヒップホップスタイルか。これはそんなにむずかしくないんじゃないか?」

 リョウジが言いました。

「うーん、でもアンバーさんの個性を出させないって点で、いいところをついてると思う」

「そうか、そうだな。誰が着ても、似たような仕上がりになる」

「わたしヒップホップってよくわかんないな。体のライン無視するじゃない? なんでだろ。あと片足だけスソあげたり」

 ショウが解説します。

「黒人のストリート文化だ。銃とか武器を隠しやすい服にするって説がある。あと、片足のスソあげはそこに銃隠してないって意思表示いしひょうじだって聞いた」

「わー……男子だね」

「あとダンスもあるぞ。ブレイキンでも動きやすいから好まれる。それに女子はウエストのラインだすだろ」

「ああヘソだしよね、あれはかわいい。運動神経よくみえるし」

「だからオーバーサイズだ。あの人に体のライン出させたらなんでも自分の世界にしちまう。モデルってのは服着るマジシャンだって思い知らされた」

「よねー。まさか浴衣であんなに本格的な花魁風やっちゃうとは思わなかったもん」

「ショールを肩から流して袖のボリュームに見せてたぞ。あんなやり方どこで習うんだ」

「あれだよ、絵本の七夕たなばた天女てんにょ。天に帰るための羽衣はごろも。おぼえてない? 幼稚園でよく読んだじゃない」

「ああ。初山滋はつやましげるの絵か。ならルーツは水墨画や日本画だ。平安時代の十二単じゅうにひとえや花魁衣装も、そのあたりの幽玄からイメージをふくらませたのだろうし、相性もいいだろう」

 なかばあきれながらも、三人三様に感動していました。

 だってこんなにあざやかに服を着こなす人なんて、おしゃれな彼らでも見たことがないのですから。

「ふむ、ふむふむ」

 アンバーは今までとはちがい、試着室にはまだ入らず姿見に自分と服を写してじっくりとぎんみして、それからユキに指示しました。

「ユッキー、シールを持ってないかい?」

「シール? どんなのをご所望しょもうですかー?」

「うーんおもちゃっぽいのかな」

「メモ帳に買ったシールですけど、こんなのどうですか?」

「ああいいね! ビニール素材なのがまたいい。それと、黒のマスカラはあるかい?」

「うーん、わたしまだ中学生だからベースメイクしかしないんです」

「なら、おつかいをたのんでいいかな?」

「どうぞ!」

 ユキがさっきの手帳にそのままおつかいのアイテムを書きつけます。

「あとはほかのアイテムだけど」

「そっちは俺たちで集める」

 グイッとわりこんだのはショウです。

「ネタバレすると、サプライズにならないよ?」

「おどろかされるのは好きじゃない。言ってくれ」

「なら赤のキャミソールとレザーのロングブーツ。キャミソールはSかM、ブーツはセンチ、できればイギリス製で、UK8.5がのぞましい」

「EUサイズじゃなくUKだな、わかった。リョウジ、いくぞ」

「ああ」

 三人がためらいなくそれぞれ目的のコーナーへ散るのを、アンバーは楽しげに見つめていました。

——いいチームワークだ。遊びなのにおふざけの入る余地よちがないのがまたこのましい。

 思いだすと、撮影ではまわりの大人たちはみな目的をもって動いていました。

 モデルは主役でしたけれど、完成図は大人の頭の中にあり、表現は彼らまかせになることが多かったのです。

 面白がって彼らにいろんな提案をしてみると、だいたいは却下されたものの、ときに採用され、そんなやりとりが楽しかったことを思いだしました。

 ただ雑誌を送られてきても、一度も開いたことがなく、なんなら郵送の封もそのままにしているほど、アンバーはモデルとしての自分に興味がなかったのです。

——もしも彼らみたいなスタッフが、撮影現場にいたら、私は完成図を楽しみにしたのかもしれないな。

 そう思うと、なぜか痛快つうかいな気持ちになります。

「なあショー、あの人どんな仕上がりにするつもりなのかな。僕は70'sヒッピースタイルねらってると思うんだ」

「プロフィールおぼえてるか? フランス人の血が入ってると書いてあったのに、ブーツのサイズをUKで求めてきた」

「——そっちか」



 そうしてお披露目ひろめタイム。

 なぜかどんどんふえる、試着室のまえの人だかりに、アンバーが姿をあらわしました。

「ワーオ!」

 店員の男性が芝居がかった声をあげました。

「うわっ」

「すっご!」

 お客たちも口々におどろきを声にします。

「どうだい? 格好いいだろう!」

 アンバーが選んだのはパンクファッション。

 シャツはすそをキャミソールに折りたたんでいれて優美ゆうびなラインのウエストをだし、髪はラフにアップして、なんとベンツのエンブレムのチェーンでまいてとめています。

 メイクは黒のリップと青のアイシャドウ、エンブレムをたらした側のほっぺたにシールを2枚貼り、パンキッシュを強調。

 足元には厚底クレープソールを貼りつけた安全靴に、ルーズなジャージをたくしこんでいます。

「めちゃくちゃカッコいいですけど……」

 ユキがためらいがちに言いました。

「やっぱりオーバーサイズはダメだよシュウちゃん。これはズルいと思う」

「そう言うがけっして悪くはない。このままロンドンの街を歩かせても彼女なら人気者になる」

「いや、俺も不満だ。俺のコーディネートが一番つまらなかった」

 三人がしずんだ顔をするのをみて、アンバーはおや、と残念ざんねんそう。

「おや、君たちのご期待きたいにはこたえられなかったかい?」

「そうじゃないんです。アンバーさんの問題ではなく、これは僕らのがわの課題かだいなんです」

 うーんと考える三人。

「すみません。これ買い取るので、手をくわえていいですか?」

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