(2)

 佐藤アンバーは、三月みつきほどのあいだ読モをしていました。

 きっかけは今日のような街でのスカウト。

 読者モデル、といいますけれど内実は普通のプロモデルで、事務所に所属しょぞくし天気まちなどで長時間拘束こうそくされ、なのに報酬はそこらのバイトと変わらなかったりで、芸能界などに興味のないアンバーにとってただわりにあわない退屈たいくつなものでした。

 それならコンビニでバイトした方が、スケジュールが把握はあくできるだけまだ気楽です。

 やめてもしばらく雑誌や事務所からしつこくおさそいの電話がきたり、散歩中に雑誌をもった女の子たちからスナップ撮影さつえいをもとめられたり、ひどくなるとかくしりされてそれをネットにアップされたりしました。

承認欲求しょうにんよっきゅうのうすい人間が、有名になんかなるものじゃないよ。いい事ないから」

 というのが彼女なりの結論でした。


 きまったあそび友達もおらず、一人でもへっちゃらな人なので、注目はのぞまぬ報酬ほうしゅうなのです。

 そんなアンバーが、この三人組の相手をしているのは、彼らに興味がわいたから。

 まず空気感がいい。

 彼らはなんらかの共通の目的があって集まり、そのライン上に自分がいるだけのようです。

 気のおけぬあいだがらに異物いぶつとしてまざりながら、心地いいのはそのせいでしょう。

「で、君たちは私を着かざらせたいわけだ。君たちにとってそれはたやすいことだろう。だが、私も他人に服を押しつけられるのは少々あきていてね、趣向しゅこうがほしいのだよ。それで思いついたんだ」

 アンバーが芝居しばいがかったしぐさで彼ら一人ずつに指をさします。

「センスのいい君たちに、この私にはぜったいに似あわないものを選んでほしいのさ! そして私はそれを、見事に着こなしてみせよう! どうだいワクワクしないかい?」

「なんか、おれらケンカうられてんのか?」

「ああ、それもとびっきり面白いやつだ」

「こんなの、受けるしかないでしょ!」

 シュウ、リョウジ、ユキが三人いっぺんに言いました。

「「「その勝負のった!」」」



 校外活動のはじまりは、リョウジの提案ていあんでした。

「わが同好会のサイトをもう少しなんとかしたい。服飾を名乗っておいてこのダサさは容認ようにんできるものではない」

 そういって部活中にみせてきたサイトは、彼らオシャレニスタにとってがまんできないものでした。

 ブラック単色の背景に、原色のゴシック体文字がギラギラまたたく、レトロなゲーム画面みたいなサイトだったのです。

「わあー……ホームページだあ。企業の広告って、こんなのだったんだねー」

「うわっ、『東輝中のホメパゲ』……HTMLじゃんか。今どきこんなの高齢芸能人でもやってねえぞ。直すやついなかったのかよ」

「あること自体知られてなかったからな。こっちで活動の内約をネット検索しなければ、ずっとこのままギラギラしていただろう。僕らもその歴史の一部と喧伝けんでんしながら」

「わー、それはたいへんなことだねー」

「最悪だ。この画面だけでも今すぐ消しさりたい」

 リョウジの話をききながらユキは半笑い、ショーは白目で天井をあおぎます。

「最初は全削除して閉じようかとも思ったが、存在してしまっているのならいっそ同好会活動を発信しておくのもいいかと考えなおした。おまえたち、なにかやりたいことはあるか?」

「カラーコーデのパターンいっぱいのせたい! ブルベとかイエベとかはやってるじゃない? でもそれだけでカバーできるのかぎられてるもん」

 ブルベはブルーベース、イエベはイエローベースの略語です。

 どんな色があう個性なのかの基準として使われる言葉です。

「だったら悩み相談ふうにすりゃいい。たいていのやつは自分になに着ればいいのか知らねえからな。アドバイス必要なやつはおおい」

「あーいーかも。画像送ってもらってー、わたしたちでカラーとかシルエットのー、似あう服の傾向けいこう教えてあげるの」

「まあそんな感じになるかな」

 リョウジはしばらく二人の意見に耳をかたむけていましたが、やおら立ちあがって廊下側にたててあるホワイトボードにそれぞれ意見を書きつけ、トントンたたきながら言いました。

「そのどちらもむずかしい」

「どうして?」

「掲示板あるじゃねえか。ここに悩みと画像はったらいいだけだろ」

「まずユキの提案。色合わせ自体はいいアイデアだが、それをどうやって見せるかとなると、もうひとアイデア必要だ」

「着てそのまま画像撮ればいいんじゃない?」

「男子はぼくとショウが、女子はユキが担当するとして、カバーできる体型が一般的じゃない」

「ええー、わたし身長も体重も普通だよー」

「ああ、ユキ胸ねえもんな」

「ショーちゃんいまなにか口ばしった?」

「……いやなんも」

 ショーが二人をみる。

「たしかに、おれはデカいしリョウジもユキも細くて手足が長い。なに着てもだいたい似合うんじゃ参考にならんな」

「だったらさ、ほかの部員よんじゃおう」

「……あいつらが参加するかな」

 現在服飾同好会には、登録されてる会員が6名いますが、うち3名がいわゆる幽霊会員で、うち1人が引きこもり、2人は強豪運動部とのかけもち。

 とてもではありませんが、研究会の課外活動に協力してくれそうなメンバーではありません。

「サッカー部には頭数そろえるだけでも世話になってる。これ以上迷惑はかけづらい。それにあいつらだと、僕らと体格がさほどかわらない」

「引きこもりの幽霊部員なら、太ったやつ向けのコーデもおさえられるんだがな」

 そもそも学校にきてくれないので、論外ろんがいです。

「お友だちにたのもうよ。わたし、何人かあたってみる」

「まてまてまだ話はつづいてる。よしんばそれをアップするとして、中学生だぞ。個人情報を守るために顔はかくさなきゃならん」

「……それか。やっかいだな。顔がだせないんじゃ、似あってるかどうかもわかりづらい」

「あー……じゃあコーデ相談なんかもむりだねー。顔とヘアスタイルは重要だもん」

 顔がわからなければ似あう髪型もわからず、服装を選ぶこともできないのです。

「そう。ついでに人生経験なくコンプライアンス意識もゆるいであろう中学生の部活動に、ファッションのみならず、アドバイスをもとめる人間がいると思うか?」

「えーわたしたちけっこういい意見言うよー?」

「アドバイスの良し悪しじゃないんだな。そこはわからんでもない」

「ほとんどだれも見ないサイトだが、唯一の書き込みは当時の部長の親だった。子どもの活動を知りたい保護者が見てると考えると、そこからのアドバイスやクレームも考えなきゃならない」

「ぜーんぶアウトだあー」

 ユキがお手あげだと天井を見あげます。



「それで、私を人身御供ひとみごくうに?」

 下着小物からコスプレ、はては着ぐるみまでそろった、巨大な倉庫をまるまるつかった大型店舗のチェーン系古着ショップで、服をあさる彼らをながめながら、アンバーがたずねます。

「人身御供とは人聞きの悪い。あくまでモデルです」

「顔出しがいやなら、ちゃんとフォトショで身元をかくす」

「ヒトミゴクウってなんかかわいいですね。なんか西遊記で」

「孫悟空のヒトミ?」

「そーそー!」

 アンバーとユキがわらう。

「で、着こなし実演のアイデアは採用して、僕ら自身でアップはしたんです。毎週三人分アップすれば、見にくるユーザーもじわじわと増えてきました」

「そうしたらこんどは着こなしにアドバイスもとめてくるやつもいて、意外にも当初のアイデアが少しずつできるようになった」

「なにが実績あるとちがうなーって。そゆことではリョウちゃんの言うことも正しかったなーって。でもですよ、モデルがわたしたちだけじゃ、やっぱりカバーしきれない体型とかありますしー」

「それで私ってのは、一般的ではない容姿という意味あいにおいては、同じ方向性なんじゃないのかい?」

 アンバーはごぞんじのとおり、顔だちととのっておりお肌も陶器とうきのようにツルツル、そのうえ背が高く姿勢しせいよく手足の長いスーパーモデルもびっくりの機能美体型きのうびたいけいなのです。

 さらに独特どくとくのトークができるキャラクターがありますから、雑誌や芸能事務所がほうっておかないのも当然でしょう。

「話はまだつづきますが、ぼくのセレクトが決まりました。まずこれをご試着ねがいたい」

 リョウジがえらんだのは、貴族きぞくをおもわせる深窓しんそうのお嬢様風コスプレ衣装でした。

「ほほう」

 アンバーが自信まんまんにほほえみます。

 さあ最初の勝負です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る