第3話 初夏、過去と未来のコーディネート

(1)

 人はそれぞれ、その人だけの空気をまとっていますよね。

 身にそなわる能力のうりょく、見た目、性格、いろんなものから生まれる、その人だけがかもしだす風の香り。

 今回はそんなお話です。



「ねえねふじっちー、これ、手芸部のみんなだよねえー。このまんなかの美人てさーあ」

 午後いちばんめの授業のまえに、女子バレー部の川口さんが、ユキに話しかけてきました。

 運動部らしく手足のすらりとのびた、活発かっぱつな女の子です。

「うん? あーそだね、アンバー先輩だねー。どこで見つけたの?」

 直司の席に向かいあいにすわり、ファッション雑誌をひろげていたユキが顔をあげ、さしだされたスマホをのぞいてうなずきます。

 それは沖浦おきうらショウ、つじリョウジ、藤野ふじのユキの三人と、先輩である佐藤さとうアンバーとの仲よさそうな自撮りセルフィーでした。

 三人の制服はまだ中学のころのもののようで、そう思ってみると、三人のおもざしにはまだ中学生なりの幼さが見えるような気もします。

「アンバーっていうん? 学校で見かけたらすっごめだつじゃん? インスタとかやってないのかなーてさがしたら、なんか中学の部活のSNSで? あったし保存した。何回みてもやっば。めっちゃ美人くない? 三年生なんしょ? 藤っちらのせーふく東輝附属とうきふぞくだよね。一年の三人てやぱし同中おなちゅうなんだ。あの美人先輩とむかしから知りあいなんだねー」

 直司の机に腰をあずけ、川口さんはフムフムと一人でうなずきます。

「あー服飾研ふくしょくけんのサイトだねー。部活じゃないから活動費なくてー、あれだからぜんぶ自前なんだよー」

「ふーん。服ほんと好きなんだね。三人、はなあるもんねー。男子二人、すでに女子人気あっし」

「そーそーショーちゃんもリョウちゃんももてたからー、よく紹介しょうかいしてとか、カラオケさそってとか言われて、大変だったよー、私の前だとへーきでイヤな顔するし」

「あーそなんだー」

 なにやらあてがはずれたような顔で気のない返事をして、それから直司をチラリ。

「でさてかさ、なんでここに明星くんさそってんの?」

 それは直司が一番知りたい問いかけでした。

 三人はそれぞれ独特の力強さがあって、あのアンバーとならんで立っていても、空気負けしないのです。

 芸能人となにかのアーティストがならんでしゃべっていても、対等なあのかんじです。

「ふふふ明星くんにはかくされた魅力があるのさ」

「へえ! そうなんだ! どんなどんな?」

——ぼくにそんな、藤野さんをきつけるなにかが?

 直司もあつい視線でユキをみます。

「それはまだかくされたままなのさ!」

 ユキがほがらかに言いますと、

「へえー……」

川口さん、不満げなごようす。

 そんなものはないんじゃない? と、その顔は言っていました。

 直司自身もガッカリして、そんなものはないのだと思いました。

「てかさふたり、つきあってないよね」

「えっ」

 直司がドキッとします。

 つきあって見えるのでしょうか。

 いえ、だとしたらつきあってるの? ときくはずです。

「ないよー、明星くんには、アンバー先輩がいるからね」

「えまじ無謀すぎん。あんたどんな勇者よ」

「えーとねー、ね?」

 最初のえーとねーは川口さんに、あとのね? は直司にむけたものです。

「でも明星くっさあ、けっこーいーポジションとったよねー」

 直司がくさい、と言っているのではありません。

 〜くんとさあをくっつけると、そんなふうになる話しかたを川口さんはするのです。

 直司はあいまいに笑ってごまかしました。

 川口さんが自分の席にもどったあと、直司はききました。

「まえから知りたかったんだけど、藤野さんたち三人はどんなツテで佐藤先輩と知りあいになったの?」

「んふふそれはねーえ、ききたいききたい?」

 なんだか得意げなユキです。

「あれはちょうど今ぐらいの季節でした」

 話しはじめたちょうどそのとき、授業のチャイムが鳴って日本史教師が入ってきたのでした。



 季節はまだ、空気にあさい緑をのこした春のおわりごろ。

 肌をなでる風がここちいい、今日のようなお天気のいい、とある祝日の水曜日。

 その日も、佐藤アンバーが街をあるくと、いろんな人たちに声をかけられました。

「ごめんなさい、ちょっと時間ある? わたし、ファッション誌の編集してるんだけど、いま街のおしゃれな女の子のスナップ撮ってるんだけど、プライマリーティーンって、知ってるでしょ? あれの、あら、あなたどこかで会ったことない? あっちょっとまって、本当にまって! これキッカケで芸能人になった子もいるから! だからねえ!」

「そこのブライダル会場のカメラマンなんだけど、一般からモデル写真募集してるんだけど、君ならまちがいなく選ぶんだけど、どう?」

「あ、今ひま? かせげるんだけど、そこの店なんだけど、はたらいてみん? いやまじまじふつうに万とか稼げるからほんと来てよ。君めっちゃ美人だから一晩で20万とかいけるっていやマジで!」

「ハンバーガーのレイクロックでーす。キャンペーンやってますよー」

 名刺を見せてきた女性を「興味あったらこっちからいきますよ~」とひらりとかわし、

 骨董物こっとうもの銀版ぎんばんカメラをかかえた男性を「いま散歩中~」と優雅ゆうがにふりきり、

 なれなれしく肩をさわろうとしてきたホストきどりの金髪青年を「私がお金にこまっているように見えるのかい?」と笑顔でたじろがせ、

 ハンバーガーショップの割引券は「おおありがとう。割引券がすずなりだ! すてきだね!」ときっちりうけとって、佐藤アンバーは通りをわがもの顔で闊歩かっぽしていました。

 ワンピースにちょっとだけのお化粧、とくべつな日のよそおいで、観賞魚かんしょうぎょのようにひらひらすすむその姿は、町におしのびでおりてきたお姫さまのよう。

 美をもとめるものたちがこぞって声をかけるのもさもありなん、道ゆく人々からもいずこの芸能人だろうと衆目しゅうもくをあつめておりました。

「ふむふむマフィンが50円引きか……レイクロはコーラがペプシではないのが悩みどころであるなあ」

 あるきながらチラシをぎんみし、そろそろへってきた小腹をいかに満たそうかぎんみしておりますと、

「そこの方、少しよろしいですか?」

「あー、俺たち、モデルやってくれる人間さがしてるんだが」

「いっちょういかがですか? 最高のコーデ、あつらえちゃいますよっ」

またも声をかけられました。

 おもわず足をとめてしまったのは、彼らがどうみても中高生だったから。

「われわれは東輝付属とうきふぞく中学、服飾ふくしょく同好会のものです。あなたをさがしていたんです」

「あんた、佐藤アンバーだろ。この本にのってる」

「これみて私たち、あなたに会いたくなったんです! 最高の素材だなーって!」

 彼らは三人組。

 ピシッとした男子とノッポでダラ系の男子、そして最後の一人は女子です。

「——ああ、つまり君たちは私のファンなのかな? いま活動はしてないんだ。サインやスナップがほしいならよそを当たってくれないか」

 すげない態度たいどで、ギッと歯をみせて笑います。

 すらりとした美人のアンバーがそうすると、そこらのホストでも気おされてしまうような迫力はくりょくがあるのです。

「知りあいでもない君たちに、さける時間はないんだ。見てのとおり今日はとくべつな日でね!」

 じゃあと手をふってウインクでもそえて立ち去ろうと思ったアンバーがそうしなかったのは、女の子が意外なことを口にしたからでした。

「あなたがキャッチやナンパにきょうみないのは知ってます」

「おいユキ」

「だってわたしたち、ずっとあなたのうしろをあるいてたんですもん」

 春の空気が、うすら寒くなりました。

「つまり君らはストーカーなのかい?」

「おお!」

 女の子は自分の発言の意味をようやく理解りかいしたよう。

「バカユキ……」

「お前はすこしだまっていろ」

 男の子たちがにがい顔をします。

「ストーカーっぽいけど、いたいことやこわいことはしません。むしろ楽しいことをします」

 女の子は口調をあらためて言いました。

 あらたまっても、この場にそぐわないことはおなじです。

「それで、君たちはこの私になにがしたいんだい?」

 お、と三人がアンバーをみます。

「どうしたんだいそんな顔をして。私と楽しいことをしたいんだろう?」

 アンバーがウィンクしてみせます。

 さっきまでとはちがい、やわらかな空気。

「そうなんです! わたしたちと、着せかえめぐりをしませんか!」

 女の子が目をかがやかせて言いました。

「まて、それでは彼女にはわかるまい。つまり、ぼくらは試着ツアーをしてるんです。この界隈かいわいで」

「顔みしりの店で、フルコーディネートして画像にのこしてるんだ。そのモデルをさがしてた。あんた有名だから、ショップ店員らいつこのあたりを歩くかだいたい知ってた」

「そうっ! それでストーカーしようってなったんです!」

「ストーカーじゃない」

「ユキはだまってろ」

「きゃ! ひどいよ二人とも!」

 三人の空気はふしぎでした。

 気心はしれているけれど、ベタベタしすぎてはいない。

 三人とも中学生とはおもえないほど堂々どうどうとしていて、オドオドと目くばせしたり身内みうちだけでヒソヒソしたりしないのが、アンバーの気持ちをひいたのです。

「よかろう。楽しそうだ。君たちに私の時間を提供ていきょうしようじゃないか! ——ただし、」

「ただし?」

「私に似合わなさそうな服をもってきてくれたまえ! それを見事に着こなしてみせようじゃないか! それが参加の条件さ!」

「いや、それは」

「目的があべこべになってるじゃないか」

 男子から、物言いがつきます。

「だが君ら、見れば服のセンスは相当にいい。メガネくんはサイジングが完璧かんぺきだし」

「辻です。辻リョウジ。服の直しは自前でしてます」

「ノッポくんはラフにみえて古着をきれいに着こなしている」

「ショウだ。沖浦ショウ。古着ってもつぎやかけはぎいれて修復はしてる」

「女の子ちゃんはとにかく色のあわせがいい。エナメルのクツを自然にきこなせるローティーンなんてそうそういるもんじゃない」

「わかります? オクでみつけて即買いでした! あ、ユキですユキ! 藤野ユキ! ユキってよんでください!」

 そう、三人はすすんでアンバーにからんでくるだけあって、おのおの自分の個性をいかしたコーディネートで身を固めていたのです。


近況ノートにイメージイラストがあります↓

https://kakuyomu.jp/users/kaaki_iro/news/16817330654157400718

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