セカンドラブとモディリアニ
「今日は大変だったね……」
「うん、しばらく動きたくないよ……」
「しかし、フリーターや社員はまだ働くらしいぞ……」
控え室でイスに腰をおろし、三人共ぐったりとうなだれています。
前日までユニフォームづくりにいそしみ、朝からぶっつづけではたらいて、いろいろ限界でみな口をきくのもおっくう。
ショーは明け方まで徹夜で作業をしていたとかで、この日はお休み。
きっと今もまだ、泥のように眠りこけているのでしょう。
「高校生は、残業できないんだって。よかったね」
「うん、これ以上は学校活動に
「労働基準法さまさまだな」
高校生、つまり18歳未満のアルバイトの労働は、一日8時間まで、週40時間までと
「やあ、おつかれさん。飲み物をもらってきたよ」
佐藤アンバーがなぜか三人と同じユニフォームでバックヤードに顔をだします。
「どうされたんですか? そのかっこう……」
「入り口前で
直司とユキが、ぽかんと佐藤アンバーを見ました。
リョウジがメガネをすりあげ、
「自分は気づいてましたよ。このいそがしいのに、店長が
「いやあ、彼はいい人だね。私もこのユニフォームを着てみたいといったら、
はははと
どう見ても手玉にとっています。
「そうだ、明星君、クロック姉妹って何?」
ユキがふと思いだしました。
「ああ、ぼくも後で思いだしたんだけど、ここのチェーンの元になったお店で、三人の姉妹でやっていたんだよね。ううんと、サンタ……なんて街だっけ」
「サンディエゴ。店の名は、クロック・シスターズ・ダイナーズ」
リョウジが直司のあとをひきついで説明しました。
その後さらに彼らのことを調べたのでしょう、靖重に聞いたよりも詳細に、レイチェルが十七人の子や孫、ひ孫に囲まれ大往生し、先立ったレイモンドの下に召されたところまで、その後の二人の人生を物語ったのです。
「すてきなお話。いつか私もそんな恋がしたいなあ」
「ゆっきーは案外うつり気だからね。そんなに一途でいられるかな?」
「うつり気だとしても、
「たしかに、ゆっきーは
「そうですよ。きっとレイチェルみたいに、ずっと一人に恋をしちゃうんです」
佐藤アンバーとユキが、楽しそうに笑いあう。
その相手が自分でなくとも、彼女を幸せにしてくれる人であってほしいと直司はねがいました。うそだ自分がいいぜったいにほかのだれかとかいやだ。
「明星は心配しなくともいいさ。ゴミまみれで道ばたに落っこちていても、私がひろいあげてあげるよ」
「そんな風にならないように、がんばります」
直司が
「そういえば、明星君のお父さんが、このユニフォームに思い出があるって言ってたけど?」
直司はユキをちらりと見、
「うん。ぼくが小さい頃、問屋街まで家族総出で自転車こいでいってたって、言ったよね」
「妹さんと、だよね」
「兄と姉もいると聞いた」
うん。直司はうなずきます。
「その帰りに、いつも家族でよったお店が、これと同じユニフォームだったんだ。そこはハンバーガーショップじゃなくて、レストランだったけど」
「どうしてこの服が?」
目を丸くするユキに、説明したのはリョウジ。
「ここの日本法人と同系列のファミリーレストランだ。たしかに2号線ぞいにもあった。五年前に事業を縮小し、今は完全に事業を
くわしい
ただ、それがこのハンバーガーチェーンの古いユニフォームだということはわかっていたのです。
家族だんらんの食事の席で、母親が楽しそうに語っていたのを、
「母が父と新婚旅行でアメリカに行ったって話をしてて、そのときはいったレイクロックのユニフォームだから、ここに来るとそれを思いだすって言ってた。母さん、うれしそうだった。そのころが一番楽しかったな」
その数年後には店の経営が悪化、直司の高校受験の終わったあとに、両親は別居したのです。
「それをおぼえてたから、このユニフォームの復刻を思いついたんだね」
「うん。だから評判がよくてほっとした。ひとりよがりな思いいれだったから、失敗したらみんなにあやまらなきゃって思ってた」
直司がさびしそうに笑います。
「そういう顔、ちょっといいな」
佐藤アンバーが、直司を見つめて言いました。
「え?」
「いつか、三姉妹の店におとずれてみたいもんだ。旅の目的地に、そこも追加しよう」
「いいですね。そのときは、ぜひチーズバーガーを注文してください」
「そのお店の、一番の人気メニューなんですって」
直司とユキがかさねてすすめます。
「ああ。きっといただこう。そこで絵葉書を書いて送るよ。
「すてき! きっとですよ?」
「ああ。約束する。リョウジと明星にも送ろう。もちろんショーにも」
「楽しみにしてます」
リョウジの返事に、直司も視線だけで同意したのです。。
「辻君、本社の人が、君に話を聞きたいって。新聞社の人も来てるんだけど、すこしいいかな?」
店長が顔をだし、佐藤アンバーにふにゃけた
「わかりました」
辻リョウジはしゃきっと立ちあがりました。
つかれはみじんも見せません。
「辻君はすごいね。ぼくらと同じ年なのに、もう大人と対等の立場に立てるんだ」
「あれで努力家なんだ。人の見てないところで、実力をつみ重ねるタイプなのさ」
佐藤アンバーが笑って見送ります。
「クールぶってるときはどうとも思わないけど、がんばってるの見えちゃったときとか、かっこいーって思うもん。私、ショーちゃんの次に好きになったの、リョウちゃんなんだ」
直司がものすごいモディリアニ女性顔になりました。
「ほう、それはいつの話だい?」
「ショーちゃんが四歳の頃だからあ、五歳、かな?」
ショーの次に好きになったのが、あのリョウジ?
直司の鼻のてっぺんが、テラテラと脂っぽくかがやきだしました。
「リョウちゃんはずっとモテてたから、そういう子たちの後ろで、カゲからこっそりと好きになるの、楽しかったなあ」
しかも陰からこっそり、ですって?
直司の顔のモディリアニが加速します。のっぺり。もうのっぺりの高速走行です。
「それもすぐにあきちゃったけど。一緒に遊んでるうちに、けっきょくいつも通りになっちゃって」
「それで? 今、好きな人はいるのかい?」
「いますよお、もちろん!」
いるのですね。
「それはだれ?」
「アントニオ・バンデラス! インタビュー・ウィズ・バンパイアの時の! すっごいセクシーなんですよ! 目力すごいし! 濃いぃし!」
直司は
勝てません。
顔の濃さも目力も胸毛も経済力も年齢も、強力すぎるライバルを前に、直司にはなにひとつ立ちむかえる部分がありません。
「おかわりもらってきまーす。二人とも、ほしいよね?」
ユキがドリンクをもらいに、キッチンへと行きました。
「まあそう気をおとすな。お前の恋は絶望的だが、意外と当たればくだけるかもしれんぞ」
直司がユキに当たってくだけるのは意外でもなんでもないですね。
「それに、お前には私がいるじゃないか!」
佐藤アンバーが両手をひろげ、ほがらかに笑いました。
なぐさめかたがわざとらしい。
それは小動物ををいたぶる猫の顔です。
直司は聞いてませんでした。
ただ心の部屋にとじこもり、モディリアニっぽい顔で固まっておりました。
つづく
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