(8)

「今日は大変だったね……」

「うん、しばらく動きたくないよ……」

「しかし、フリーターや社員はまだ働くらしいぞ……」

 控え室でイスに腰をおろし、三人共ぐったりとうなだれています。

 前日までユニフォームづくりにいそしみ、朝からぶっつづけではたらいて、いろいろ限界でみな口をきくのもおっくう。

 ショーは明け方まで徹夜で作業をしていたとかで、この日はお休み。

 きっと今もまだ、泥のように眠りこけているのでしょう。

「高校生は、残業できないんだって。よかったね」

「うん、これ以上は学校活動に支障ししょうでるだろうしね」

「労働基準法さまさまだな」

 高校生、つまり18歳未満のアルバイトの労働は、一日8時間まで、週40時間までと法律ほうりつできめられているのです。

「やあ、おつかれさん。飲み物をもらってきたよ」

 佐藤アンバーがなぜか三人と同じユニフォームでバックヤードに顔をだします。

「どうされたんですか? そのかっこう……」

「入り口前で臨時りんじのテイクアウト窓口を作ってただろう。そこで手伝っていたのさ。君らのいたレジの内側からだと、ちょうど死角になってしまうけど、もしかして気づいていなかったのかい?」

 直司とユキが、ぽかんと佐藤アンバーを見ました。

 リョウジがメガネをすりあげ、

「自分は気づいてましたよ。このいそがしいのに、店長が頻繁ひんぱんにそちらに顔を出していたのをチェックしています」

「いやあ、彼はいい人だね。私もこのユニフォームを着てみたいといったら、快諾かいだくしてくれたよ。時給つきで」

 はははと快活かいかつに笑う佐藤アンバー。

 どう見ても手玉にとっています。

「そうだ、明星君、クロック姉妹って何?」

 ユキがふと思いだしました。

「ああ、ぼくも後で思いだしたんだけど、ここのチェーンの元になったお店で、三人の姉妹でやっていたんだよね。ううんと、サンタ……なんて街だっけ」

「サンディエゴ。店の名は、クロック・シスターズ・ダイナーズ」

 リョウジが直司のあとをひきついで説明しました。

 その後さらに彼らのことを調べたのでしょう、靖重に聞いたよりも詳細に、レイチェルが十七人の子や孫、ひ孫に囲まれ大往生し、先立ったレイモンドの下に召されたところまで、その後の二人の人生を物語ったのです。

「すてきなお話。いつか私もそんな恋がしたいなあ」

「ゆっきーは案外うつり気だからね。そんなに一途でいられるかな?」

「うつり気だとしても、浮気性うわきしょうじゃないですよーだ。好きな人とむすばれたら、絶対その人ひとすじです。自分でわかりますもん。その人で心の中がいっぱいになるって」

「たしかに、ゆっきーは盲目もうもくってタイプかもね」

「そうですよ。きっとレイチェルみたいに、ずっと一人に恋をしちゃうんです」

 佐藤アンバーとユキが、楽しそうに笑いあう。

 その相手が自分でなくとも、彼女を幸せにしてくれる人であってほしいと直司はねがいました。うそだ自分がいいぜったいにほかのだれかとかいやだ。

「明星は心配しなくともいいさ。ゴミまみれで道ばたに落っこちていても、私がひろいあげてあげるよ」

「そんな風にならないように、がんばります」

 直司が即答そくとうしました。

「そういえば、明星君のお父さんが、このユニフォームに思い出があるって言ってたけど?」

 直司はユキをちらりと見、

「うん。ぼくが小さい頃、問屋街まで家族総出で自転車こいでいってたって、言ったよね」

「妹さんと、だよね」

「兄と姉もいると聞いた」

 うん。直司はうなずきます。

「その帰りに、いつも家族でよったお店が、これと同じユニフォームだったんだ。そこはハンバーガーショップじゃなくて、レストランだったけど」

「どうしてこの服が?」

 目を丸くするユキに、説明したのはリョウジ。

「ここの日本法人と同系列のファミリーレストランだ。たしかに2号線ぞいにもあった。五年前に事業を縮小し、今は完全に事業を撤退てったいしてなくなっているはずだ。予算の削減かなにかで、利用後のそれらを流用したのかもしれない。そのフランチャイズは店舗数も少なく、存在したことを知る人間もほとんどいないだろう」

 くわしい経緯いきさつはわかりません。

 ただ、それがこのハンバーガーチェーンの古いユニフォームだということはわかっていたのです。

 家族だんらんの食事の席で、母親が楽しそうに語っていたのを、鮮明せんめいにおぼえていましたから。

「母が父と新婚旅行でアメリカに行ったって話をしてて、そのときはいったレイクロックのユニフォームだから、ここに来るとそれを思いだすって言ってた。母さん、うれしそうだった。そのころが一番楽しかったな」

 その数年後には店の経営が悪化、直司の高校受験の終わったあとに、両親は別居したのです。

「それをおぼえてたから、このユニフォームの復刻を思いついたんだね」

「うん。だから評判がよくてほっとした。ひとりよがりな思いいれだったから、失敗したらみんなにあやまらなきゃって思ってた」

 直司がさびしそうに笑います。

「そういう顔、ちょっといいな」

 佐藤アンバーが、直司を見つめて言いました。

「え?」

「いつか、三姉妹の店におとずれてみたいもんだ。旅の目的地に、そこも追加しよう」

「いいですね。そのときは、ぜひチーズバーガーを注文してください」

「そのお店の、一番の人気メニューなんですって」

 直司とユキがかさねてすすめます。

「ああ。きっといただこう。そこで絵葉書を書いて送るよ。最寄もよりのポストから」

「すてき! きっとですよ?」

「ああ。約束する。リョウジと明星にも送ろう。もちろんショーにも」

「楽しみにしてます」

 リョウジの返事に、直司も視線だけで同意したのです。。

「辻君、本社の人が、君に話を聞きたいって。新聞社の人も来てるんだけど、すこしいいかな?」

 店長が顔をだし、佐藤アンバーにふにゃけた会釈えしゃくをします。

「わかりました」

 辻リョウジはしゃきっと立ちあがりました。

 つかれはみじんも見せません。

「辻君はすごいね。ぼくらと同じ年なのに、もう大人と対等の立場に立てるんだ」

「あれで努力家なんだ。人の見てないところで、実力をつみ重ねるタイプなのさ」

 佐藤アンバーが笑って見送ります。

「クールぶってるときはどうとも思わないけど、がんばってるの見えちゃったときとか、かっこいーって思うもん。私、ショーちゃんの次に好きになったの、リョウちゃんなんだ」

 直司がものすごいモディリアニ女性顔になりました。

「ほう、それはいつの話だい?」

「ショーちゃんが四歳の頃だからあ、五歳、かな?」

 ショーの次に好きになったのが、あのリョウジ?

 直司の鼻のてっぺんが、テラテラと脂っぽくかがやきだしました。

「リョウちゃんはずっとモテてたから、そういう子たちの後ろで、カゲからこっそりと好きになるの、楽しかったなあ」

 しかも陰からこっそり、ですって?

 直司の顔のモディリアニが加速します。のっぺり。もうのっぺりの高速走行です。

「それもすぐにあきちゃったけど。一緒に遊んでるうちに、けっきょくいつも通りになっちゃって」

「それで? 今、好きな人はいるのかい?」

「いますよお、もちろん!」

 いるのですね。

「それはだれ?」

「アントニオ・バンデラス! インタビュー・ウィズ・バンパイアの時の! すっごいセクシーなんですよ! 目力すごいし! 濃いぃし!」

 直司は愕然がくぜんとしました。

 勝てません。

 顔の濃さも目力も胸毛も経済力も年齢も、強力すぎるライバルを前に、直司にはなにひとつ立ちむかえる部分がありません。

「おかわりもらってきまーす。二人とも、ほしいよね?」

 ユキがドリンクをもらいに、キッチンへと行きました。

「まあそう気をおとすな。お前の恋は絶望的だが、意外と当たればくだけるかもしれんぞ」

 直司がユキに当たってくだけるのは意外でもなんでもないですね。

「それに、お前には私がいるじゃないか!」

 佐藤アンバーが両手をひろげ、ほがらかに笑いました。

 なぐさめかたがわざとらしい。

 それは小動物ををいたぶる猫の顔です。

 直司は聞いてませんでした。

 ただ心の部屋にとじこもり、モディリアニっぽい顔で固まっておりました。


つづく

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