計画の最終段階とイベント当日

「例のユニフォーム、順調に進んでるんだって? 辻君にサンプルを見せてもらったけど、いいじゃないか。みんな感心してたよ。特に当時を知ってる上役の方々に好評でねえ。新聞社に問いあわせたら本当に取材に来てくれると言っていたよ。本社の人も視察しさつにくるって。いやあ、がぜん楽しみになってきたなあ、40周年イベント!」

 バイト先に行くと、店長は上きげんでした。

 直司がかるい気持ちで提案したものが、大きなうねりになって動いているのに、少々のこわさもあります。

「辻君はすごいね。彼は、そのうち大きなことをやりそうだ。こんな風にくすぶってる自分とは、器がちがうんだろうね」

「店長は、立派に自分のお仕事をこなしてらっしゃると思うんですが」

 直司はふしぎそうです。

「いやいや。がんばってもだれかに使われる身さ。人に指図さしずをするのだって、そんなに得意じゃないんだ本当のところは」

 それは、直司にもわかる気がしました。

 人の上に立つというのは、心おどると共に、大きな重圧もあるでしょう。

 靖重から聞いたレイクロック創業者たちの物語を思いだします。

「あの子の交渉力こうしょうりょくはすごいよ。辻君がいなかったら、たぶん君たちをやとっていなかったなあ」

 店長がしみじみ言いました。

 このバーガーチェーンをおおきくしたレイモンドという男性は、きっとリョウジのような行動力あふれる人だったのでしょう。



 イベントが近づくにつれ、作業は突貫とっかん様相ようそうをよりつよめました。

 少ない時間をやりくりし、全従業員のユニフォームをしあげにかかります。

 しわ寄せがもっともいくのはミシン担当のショーで、いつものぶあいそな顔に目の下のクマまできざまれて、鬼気ききせまるものになっていました。

 そのいそがしさたるやバイトにも行けないほどで、シフトは直司とユキ、そしてリョウジがかわるがわる穴埋あなうめしました。

「ごめんね、明星君。今日も仕事、代わってもらっちゃって。ありがとうね」

「ううん。沖浦君には、がんばってもらわないと」

 ユキと二人っきりになれて役得感でいっぱいな直司ですが、ショーの代役の感謝を彼女から受けるのには、正直引っかかるものがありました。

「沖浦君って、すごいね」

 控え室で就業時間をまちながら、二人は割引のドリンクをもてあそんでいます。

「なにが?」

 ユキがまっすぐ直司を見ました。

「いやあ、作業してるとき、周りのことが見えなくなるとことか、すごい集中力だなとか、思って」

 どぎまぎしながら、直司が言います。

 正面から見るとユキはとてもかわいいので、平静ではいられなくなるのです。

 もっともななめから見ても横から見てもかわいいと思っているので、いつだって平静ではありませんが。

「そうなの。昔からそうだったんだよねー。手仕事はじめちゃうと、完全にのめりこんじゃう。いっしょに泥ダンゴ作ったときも、日がくれたの気づかないでずーっとやってたんだよ?」

「へえ」

 いっしょに泥ダンゴを作ったらしいですよ。

「ジャングルジムで遊んだときもねえ、一人だけ一番高いところで足だけで立つ練習とかしてるの。足ふるえてて、かわいかった」

「ふうん」

 いっしょにジャングルジムで遊んで、かわいかったらしいですよ。

「おままごとしたときはあ、とちゅうからお母さん役やってた私の料理セットもぎ取って、ずっと砂でオムライス作ってた」

「そうなんだ」

 いっしょにおままごとをして、砂でオムライスを作ってしまったらしいですよ。う、うあああー!

「そういうの見てるの好きだったんだあ。明星君はどうして悪夢の思い出にさいなまれてるみたいに身もだえしているの?」

「こほん。ううん、なんでもないよ。もう仕事の時間だね。いこうか」

 じっさいはものすごくなんでもなくなかったのですが、直司はなんとかとりつくろい、ユキとともにバックヤードから店にでました。

——今、藤野さんは、沖浦君をどう思ってるんだろう。

 よけいなことに気をとられ、直司は最初の一時間で二度もオーダーミスをだしたのです。



 そしてついに40周年記念イベントの日。

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか! こちらでおめしあがりですか? かしこまりました! それではご注文をどうぞ!」

 休日のレジ前は、開店からフル回転。

 店内のモニターには上陸当時に放映されたテレビCMが流れ、当時と同じユニフォームで身を固めた店員は、客席からの好意的な注目をおおいに集めました。

 相乗効果そうじょうこうかで店内はかつてないほどの活気。

「やあ藤野さん、ようすを見にきたよ」

 昼前、靖重も顔をだしました。

 レジ対応はユキ。

「あ、いらっしゃいませー。二階なら空いていますよ。禁煙席ですけど」

「いや、ぼくも店番があるからね。テイクアウトで二人前を。お嬢さんのおすすめはどれかな?」

「セットメニューがお安くなっております」

 靖重はチーズバーガーをたのみ、

「このチーズバーガーが、クロック姉妹のお店で一番の人気商品だったんだよ」

 ウンチクをひろうする靖重に、藤野ユキはきょとんとします。

「クロック姉妹って、なんですか?」

「直司に聞いてごらん」

 そういってみせる靖重のウインクはこなれていて、きっとたくさんの女の子にやってきたのだろうとユキはするどく推察すいさつします。

「チーズバーガーセットツー! ドリンク、ダイエットコーラです!」

「はあい、ただいま!」

 バックヤードでオーダーを受けたのは直司。

 てきぱきと動くうしろすがた。

 直司もいつの日かあの父親のようなすてきなウインクをするのでしょうか。

「明星君、クロック姉妹って、なあに?」

「え?」

 たまりにたまったフライドポテトのオーダーをかたっぱしからやっつけていた直司が、おどろいて手をとめます。

「あ、ごめん。あとでいいや」

 ダイエットコーラを注ぎおえ、ポテトフライのSをふたつ手にレジへともどります。

 支払いをおえた靖重は、

「さあ、失意のカウチポテト生活もこれでおわりだ。そのユニフォームは、ぼくにもいささか思い出があってね。久しぶりにサンディエゴの風を感じられてうれしかったよ。ではまた」

そういって軽い足どりで店をあとにしました。

 父親の来店に気づいていたのでしょう、直司が作業をつづけながらほほ笑んでいるのを、ユキはこっそりみつけたのです。

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