(6)

 日曜日、一年生四人で集まりました。

 市の中心街ターミナル駅で乗り換え、三つ目の駅。

「ここは昔よく来たけど、駅を利用したのははじめてだ」

 新鮮な気持ちで直司が言うと、

「いつもはどうやって来てたの? 車?」

「うん。車か、自転車」

「自転車じゃ遠すぎるだろう」

 ショーが指摘します。

「うん遠かったよ。たしか、家から三時間近くかかってたんじゃないかな。妹と二人乗りしながらだったから、もっとかかってたかも」

 三人が顔を見あわせます。

「なんでこんな所まで自転車で?」

 リョウジが問いかけます。

「荷物運び。父さんがあの通りの人だったから、配達費をけずってでも生地を買いこんでたんだよ。だから帰りは歩き。荷台とカゴに、荷物わんさかつめこんでた。節約した分、帰りは奮発して2号線沿いのレストランに寄ってハンバーグを食べるんだ。ぼくと妹で、大盛り一人分を半分こして」

 どう考えても悪夢の思い出なのですが、直司は楽しそうに語ります。

「妹さんがいるの?」

 ユキがぱっと顔を明るくしてききました。

「うん。姉と兄と、妹が一人ずつ。ぼく以外はみんな、母さんについていった。母さんは父さんにもましてたよりない人だけど、ほかのみんなはしっかり者だから。そういえば、みんなと連絡とっていないなあ」

 直司が上きげんに語る内容に、ほかの三人は妙に重たい気持ちになりました。

 もしかしてこの部活メイトは、ものすごくかわいそうな境遇きょうぐうと頭の中身をしているんじゃないだろうか、と。



 駅を東進してしなびたアーケードの中ほどを右手に折れると、一区画全体が衣料関係の店という小路にたどりつきます。

 衣料関係といっても既製服を売っているわけではなく、そのほとんどは素材や生地、糸、服飾物、アクセサリー素材などのお店。

 ここ《センイストリート》は、市内のアパレル業者がつどう問屋街なのです。

「自分と明星は生地をあたる。糸とボタンはユキとショーの担当だ。いいな、かならず領収書はもらうんだ。でないと予算がもどってこないぞ」

「まっかしといてー。じゃあ明星君あとでー。ささショーちゃんいっくよー」

 ユキがショーをずいずい押して行ってしまいました。

 もしかして、沖浦ショーと二人っきりになれるのがうれしいのでしょうか。

 は、初恋の人……う、うあああー! と言ってましたし。

 ああ叫び声は直司の心の絶叫ですのでお気になさらず。

「さあ僕たちはこっちだ。……明星、前世のイモムシの記憶がよみがえったように身もだえしてどうした」

 直司ははっと我にかえります。

「ごめん、ちょっといろいろとショックな出来事が頭をよぎりよぎりして……」

「……そうか、おまえも大変なんだな、とにかく、行こう」

 なにやら忖度そんたくした顔のリョウジにくっついて、アウトレットの生地屋にはいります。

「前から知りたかったんだけど、アウトレットってなに」

「B級品、つまりなんアリの品物をあつかう店だ。正規で買うよりも安いし、古い生地なんかも手に入ったりする。品ぞろえのかたよりはいなめないが、使いようによっては非常に便利なんだ」

 話を聞きながら、手渡されたサンプルと似た生地をさがします。

 そのサンプルは、例の古着を刻んだもの。

 すでに分解して型紙は作ってあり、細部も撮影して画像でのこしてあります。

 ボール紙に丸めた生地を、一つ一つ吟味してゆく二人。

 当然ながらまったく同じ物は見つからないが、大体近いものなら見つけました。

 内約は、地の色が違う、ストライプの色が違う、線のはばや密度、間隔かんかくがちがう、などなど。

「ふむ、さすがいい目をしている。子供のころからここを知っているだけはあるな」

 リョウジは感心して、生地の番号をメモに記入。

「今買わないの?」

「決めるのはユキだ。生地の色風合いは、あいつの専門だ」

 直司たちはいったん外へもどります。

 そして軒先から店をのぞきながらユキとショーをさがしました。

 二人はボタンの専門店にいました。

 それぞれがおなじ店のあっちとこっちで、棚を凝視ぎょうししています。

「やっぱりこうなっていたか」

 リョウジがため息をひとつついて、おもむろに店にはいります。

「ボタンは見つかったか?」

「やあリョウちゃん。えっへん! おまかせあれですよ。入店五分でほぼ同じものを見つけましたよ。すでに購入済ですよ。糸もばっちりですよ」

「ならさっさと合流しろ。ショー、お前もだ」

 ショーはなにも答えません。

 というかリョウジの声が聞こえていません。

「こんな店に来て、ショーちゃんまっしぐらにならないわけないよ。三人がかりで引っぺがさなきゃ、絶対に動かないよ」

「……そのようだ」

 ユキの言葉は冗談ではありませんでした。

「待て。待ってくれ。本物の真珠貝を使ったとおぼしき品を格安で発見したんだ。リョウジ頼む、ユキ後生だ、明星てめえ痛い目みたいのか」

 きいたこともないような情けない声を出すショーを、三人がかりで店からひっぱり出しました。

「ふう、明星君がいてくれて、本当によかったよ。最高にやくだったよ。今日一番はたらいた!」

「そ、そう、よかったよ……」

「明星てめえ、いつか沖浦式ジャイアントスイングのえじきにしてやるからな」

「……」

 自分のあつかいがひどくぞんざいに思えて、直司はかなしい気持ちになりました。

 先ほどのアウトレット店にもどり、ユキの見立てで布地をたしかめます。

「うーん、どれもテイストがちょっとちがうなあ。糸が目立っちゃうし」

「染め直しでは無理か?」

「地色を合わせると、ボーダーの色も変わっちゃうよ。それならB級品じゃなくて正規のものを買ったほうが安くなるし。大きい生地は染めるのむずかしいし」

 大きな生地をムラなく染めるのには、大きなタンクがいるのです。

 そしてそんなものは、彼ら学生の手のとどくものではありません。

 という訳で、別の店で生地を探しなおすことになりました。

 ユキの勝手知ったる店らしく、数分でそっくりの生地を見つけてきました。

「これで材料はそろったね! どう? 見直した?」

 そういって胸をはるユキ。かわいい。

「がんばっても胸は零細れいさいだな」

「ショーちゃんでも、そういうこと言うとゆるさぬよ?」

「ユキ、領収書をわたせ」

 リョウジが割ってはいります。

「あ、もらうの忘れた」

 ばかめ、とつぶやいてリョウジは生地とボタンの店にそれぞれもどって、領収書を発行してもらいました。

 彼は大人だな。

 手ぎわよく段取るリョウジに、直司は感服しないではいられませんでした。



 よく月曜日から、手芸部はフル回転で復刻ユニフォームの製作をはじめました。

 型紙はすでに男女とも各サイズが起こされていて、エンピツ線や裁断ていどの作業なら、直司も手伝えるぐらいに準備はできていました。

「リョウジとゆっきーはバイトかい?」

 佐藤アンバーも、裁断さいだん要員として稼働かどうしています。

「はい。明日はぼくと沖浦君が出勤して、二人がこっちに回ります」

「ほほうスマートなリョウジとふわふわのユキか。制服でも軽く着こなすあの二人だ、お似あいだと思わないか?」

 考えただけでめちゃめちゃお似あいだったので、直司はイモムシのように身もだえしました。

「で、シフトはどうなっているんだい?」

「イベントまでもう時間がないので、手があいている人はできるかぎりこっちをやらないといけないので。土日祝の三連休は社員さんパートアルバイト、店舗メンバーフル稼働かどうするそうです」

「ふむ、週末がイベント初日だったっけ。当日は君ら全員かりだされてるんだって? おい明星、そこはいしろじゃないか?」

 佐藤アンバーに指摘してきされて直司が手元をみると、

「ああそうだ。ごめん沖浦君、ミスっちゃった」

 しかられるかと思いきや、ショーは返事もしません。

 ミシン作業に熱中して聞こえなかったようです。

「それはLサイズだから、MかSにサイズダウンして線を引きなおせばいいさ。そら、型紙を取ってやろう」

 直司はいわれるままにやり直しました。

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