(4)

 次の日学校にゆくと、

「いっしょに帰ろうと思ってたのにー帰るまでまっててくれると思ってたのにー」

 ユキがあまえた声で直司にうったえました。

「ごめん、なさい」

 直司はあやまりました。



 アルバイトも順調に日数をかさね、仕事もだんだん板についてきたころです。

 なんとなくシフトも固定され、直司は水木曜日と連ちゃんでユキと一緒に働くようになりました。

 ほかの店員とも顔みしりになり、四人グループで二人分の時間をきりもりしているのだというと、めずらしがられました。

「40周年のイベントがあるんだよね」

 三週間ほどたったある日、店長が言いました。

「このお店ができて、もうそんなになるんですか?」

 店がまえが新しいので直司がおどろくと、

「店舗じゃなくて、このチェーンが日本に上陸してからの年数で、40年なの」

 説明されてなるほどなっとく。

「全店で期間限定メニューをやったり、特注ののぼりを出したりするんだけど、各店舗で自由にできる予算枠があるんだよ。それで、なにかアイデアを募集してるんだ。君たちも、なにか思いついたら提案してみてよ」

 店長は、期待もしていないふうに言いました。

 ほかの三人も同じような話をされていたらしく、バイト前の時間など、自然に話題にあがったのでした。



「それで、なにか思いついたのかい?」

 部室兼服飾準備室、佐藤アンバーが優雅に紅茶をふくみながらきくと。

「うーん、まあお店に飾りつけするとか、サンダース人形にかわいい服着せるとか」

「レイクロックにサンダース大佐はいない」

「しかもありきたりだ」

 ユキのなんの気なしなおもいつきを、他二名がややつよめに却下します。

「じゃあ二人はあるの? なにかアイデア」

 聞きかえされると、どちらもむずかしい顔をしました。

「あるにはあるんだが、実現はむずかしい」

「ネックは、金なんだよな」

 店長から提示された金額が、充分でないというのが二人の言い分でした。

「それっぽっちじゃ、ろくな広告もうてねえし」

「人目を引きたくとも、店舗を大々的にかざれない」

「手作りでいいじゃない。色紙いろがみのわっかとかーきらきらのリボンとかー、ラメラメのスチロール玉さげたりとかー、チャック・ベリーのモノマネするとかー」

 ユキが、うきうきしながら言います。

「小学生のお誕生会じゃないんだぞ」

「なにトゥ・ザ・フューチャーだよ」

 リョウジとショーがツッコミます。

「いーと思うけどなー手作り。かわいいしー、あったかいしー、わくわくするしー」

 ユキのかざりつけた店内を、直司は見てみたいと思いました。

 きっと,クリスマスのようなフワフワしたものになるでしょう。

「明星、なにかアイデアはあるのかい?」

「ぼくですか? いちおう考えてみたんですけど、予算の範囲内でできそうというと、あれかなって」

「あれ? とは?」

 リョウジがたずねると、直司はもうしわけなさそうに耳のうえをかきつつ言います。

「ただそれをやるには、ぼくじゃなくて、みんなの手を借りなきゃいけなくて」

 全員が直司を見ました。

 その目にこもっていたのは、つよい期待でした。


「ふむ。おもしろいじゃないか! たしかにそれならうちの部活の範疇だし、予算も範囲内に収まりそうだ」

 直司の案に、佐藤アンバーが上きげんでおすみつきをだしました。

「うん。楽しい。それなら私も、お店に行きたくなると思う」

「明星のくせに、やるじゃないか」

 ユキとショーも賛同さんどうし、

「なら、自分の出番だな」

 リョウジのメガネが、きらりと輝きます。



 はやばやと帰りじたくをしたその足で、ゾロゾロと店にむかいます。

 これは見ものと思ったようで、佐藤アンバーの姿もありました。

「やあ、今日は早いね。どうしたの? その、女性は……お友達、かな? ええ、と、担任の方ですか?」

 普段通りに声をかけてきた店長だが、すてきな笑顔の佐藤アンバーに気づいたあたりから、だんだんしどろもどろになってしまいます。

「はじめまして。私、県立常盤追分ときわおいわけ高校、手芸部部長の佐藤アンバーです。以後お見知りおきを」

 そして優雅ゆうがに礼をすると、店長は頭のてっぺんまでまっ赤になり、

「あ、いや、わたくし、クローバーホールディングス外食部門所属、レイクロック常盤台店現場責任者、中西マサヒロです! 独身であります!」

 初めて耳にするうわずった声で、やりすぎな自己紹介をしました。


 がら空きの店内のボックス席を一つ占領し、手芸部員たちと店長はさしむかいにすわります。

 店長が気を利かせて、人数分のコーヒーをだしました。

 もしもし店長、サービスよすぎでは?

「うちの部員たちがお世話になっております」

「いえいえ、みな最近の子とは思えないほどしっかりした子たちで! あは、あは、あは」

 緊張しすぎていつもの鷹揚おうようさが見る影もありません。

「大人の男の人は、アンバー先輩に見つめられると、大体あんな感じになるの」

 ユキにそっと耳うちされ、そんなものかと直司は思います。

「それで、今日はどういったご用件で?」

 店長が身をのりだします。佐藤アンバーを彼らの保護者と思っているのでしょう。

「実は、40周年イベントの予算内に収まる、いいアイデアが明星からあがりまして」

 リョウジが、メガネをついとすりあげます。

「ユニフォームの復刻、というのはどうですか?」

「ユニフォーム? フッコク……ってなんだっけ? ああ復刻ね復刻、うん……どういうこと?」

「ここレイクロック・チェーンの日本上陸当時、従業員はアメリカ本国で使用されていたものと同じデザインの制服を着用していました」

 リョウジがとうとうと説明します。

「半袖のボタンシャツで、男は黒のスラックスで今みたいな腰エプロンなし、女はヒザ丈スカートとフリル・エプロン。男女とも頭にゃスリムな海兵帽」

 ショーがリョウジのモバイルPCで検索し、画面をくるりとかえしてそれを店長にみせました。

 当時のポップな絵柄の、すてきなホールスタッフのよそおいをしたイメージキャラクターのイラストが表示されています。

「80年代風のボウリングシャツです。店長のお年では、たぶん見たことはないかと思いますが」

 リョウジはその半分以下の年齢なのですが、あんたナニモノな発言です。

「うす青地に、スカイブルーのストライプ。胸ポケットの上に当時のロゴとー、背中にマスコットキャラクターのレイクロック・キャットがプリントされてるんです! ダンサブルなロゴに、ちょっとノーズアート風のイラストで、すっごいかわいいの! もうあれ、いちど着てみたかったんですよ! うわあー夢がかなうーどうしようー!」

 夢見ごこちのユキ。

 店長は困りはてたように、頭をかきました。

「ううーん、着想ちゃくそうはいいと思うよ? でも当時のユニフォームはもう本社にものこってないんじゃないかな。切り替えのときにだいたい破棄はきしちゃうし。新規に作るとなると、やっぱり予算超えちゃうなあ」

「ところが、新規に作っても、予算内ですむとしたら?」

 リョウジが、アゴの下で手をくみます。

 店長の顔色が変わりました。

「……どうやって?」

「最初にアンバー先輩がおっしゃられたように、ぼくらは手芸部員なんです。ユニフォームが男女一枚ずつあれば、後は生地代だけで全部そろいます」

「しかし、君たちそりゃ、高校の部活動になっちゃうだろう? 部活でお金もうけはまずいんじゃないかい?」

 こたえを引きうけたのはアンバーです。

「むしろ好都合こうつごうです。原材料費さえ受け持ってもらえればなんとでもいいわけは立ちますし、バイトの申請しんせいもしてあります。部活動としてもみとめてもらいやすい内容ですから。問題があるなら、彼らが自宅で製作したことにすればいい。その場合は外注費がいちゅうひとして、いくばか彼らに労働の対価を請求せいきゅうさせますが」

「そっかあ、うーん、まあ、なるほどなあ……」

 店長はまよったそぶりを見せていますが、すでに気持ちがかたむいているのは明白。

 あとひと押しあれば、首をタテにふるでしょう。

 そしてリョウジはそのひろい背中を、ひと押ししました。

「これはいい宣伝になりますよ。地元のテレビや新聞に連絡すればとりあげてもらえる可能性だってあるし、往時のお客さんも、リピーターとして復活が見こめます。店長一人で決められないというのなら、勤務中のクルーの方々にも意見をきいてみればよろしいかと」

 店長はそうしました。

「へえ、いいじゃないですか!」

「なつかしいなあ。あれ一度着てみたかったんですよ」

 と、反応は上々だったそう。

 そして、この話は本決まりになったのです。

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