(2)

「明星、いつからバイトをはじめるつもりだ?」

 一年生4人で最寄り駅にむかう道すがら、ショーがたずねます。

 入部当初はきなくさい空気もただよいましたが、三人は直司に直接の行動をおこすこともなく、とりあえず今日にいたっております。


「おいおい明星にキスしたのは私の意思だぜ? 君たちもこのステージにあがってきたいのなら、自分を磨きなよ」


 とよくわからないアンバーのとりなしで、その場はおさまったのですが。

「うん。そうだね、今週にでも見つけようかなとは。あ、ここのお店が募集だしてる」

 そこは大通りに面したハンバーガーショップでした。

 “Raykrocレイクロック”という名の有名チェーン店で、それなりに大きな店だったので、バイト先の候補のひとつでした。

 はり出されたポスターには、レジ/キッチン要員募集ぼしゅう

 時給、時間帯ともに直司の求める条件にあっています。

「ちょっと申しこんでくる」

「いきなりか!」

 リョウジがすかさずつっこみます。

「ごめんください」

「いらっしゃいませー!」

 場ちがいなあいさつをする直司に、通常どおりの接客で対応する女性店員。シュールです。

「バイトの募集の貼り紙を見てきたんですけど」

「あ、はあーい。店長ー! アルバイトしたいんですってー!」

 女性がキッチンに声をかけると、奥からのっそりと大男がでてきました。

「やあ、働きたいって? うんじゃあそっちの席にいこう……ところで、四人全員がバイト志望なの?」

「四人?」

 直司がふりかえると、メガネを光らせたリョウジ、ニコニコ笑顔のユキ、ぶあいそうなショーが、直司によりそうように立っていたのでした。



「ごめんよ、実は募集、二人だけなんだ」

 店長がすまなそうに言います。

 リョウジのメガネがギラリと剣呑けんのうに光りました。

「ならばちょうどいい。募集には、月から金曜日まで、なるべく日曜日も入れる人、とありますね。実はぼくらも、週に三日程度を考えていたんです」

「ほお、つまり?」

「四人でローテーションを組みます。たとえば四時入りと六時入りが毎日一人ずつ必要だとしましょう。そのとき都合のいい二人が、指定の時間にここへ来る。今日はつるんで行動していますが、我々はとりたてて仲よしグループというわけではない」

「そんなことないよー。ショーちゃんとリョウちゃんと私、幼なじみなのにー」

 ユキの言葉に、直司がドキッとします。

 リョウジは無視してつづけます。

「むろん月・水・金と火・木という風にはっきりと決めてしまってもかまいません。ぼくらをやとうメリットは、シフトの穴が空いたとき、迅速じんそくにその穴を埋めることができるというフレキシビリティです。なにせおなじ学校だから、連携れんけい緊密きんみつに取れます」

「しかしねえ、高校生の子をグループで採用すると、仕事中に私語やらなにやらで、困ること、多いんだよね」

「自分にかんして言えば」

 リョウジが、メガネをついともちあげ光らせました。

勤務きんむ時間中は、私語ゼロをお約束しましょう」

「俺も、ムダぐちなしですむのならそれにこしたことはないです」

 ショーもすぐさま追随ついずいします。

「私は、私は自信ないなあー。でも授業中に私語はしないほうです」

「よろしく、お願いします」

 ユキにならい、直司も頭をさげました。



 けっきょく四人ともぶじ採用。

「しばらくは仮採用。時給は100円安いけど我慢して。二十時間分がまんすれば、ちゃんと本採用になるから」

 店長はほがらかに言いました。

 最初はしぶっていましたが、採用を決めてしまえばにこやかな人で、こちらが本来の性格のようです。

「それでは、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 この日からさっそく、二人がトレーニングに入ることになりました。

 顔ぶれは直司とリョウジ。

 選抜方法はじゃんけん。

 ちなみに明日はユキとショー。

 その翌日はまたじゃんけんでシャッフル。

 大ざっぱです。

「じゃあ早速はじめようか。こういうチェーンをたびたび利用すればわかると思うけど、挨拶あいさつややり取りがある程度決まっているよね。"用語"っていうんだけど、それらを覚えてもらって、恥ずかしがらずに使ってもらうために、ちょっとここで大きな声を出してみよう」

 直司とリョウジは規定きていのユニフォームに着がえ、ならんで立たされます。

 場所は一階客席。

「じゃあ最初は簡単なものからいこう。ぼくがやるとおり復唱して。いらっしゃいませ!」

「「いらっしゃいませ!」」

「こちらでお召しあがりですか?」

「「こちらでお召しあがりですか?」」

「「ご注文をどうぞ!」」

「「ご一緒にサイドメニューはいかがでしょうか!」」

「「お代金500円になります!」」

「「お釣りは20円になります!」」

「「ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」」

 店内にはまばらながらも、テーブルに根をはやしている客がちらほら。

 こういう所で声をはりあげるのは思春期の直司にはかなり恥ずかしい。

 ちなみにものめずらしそうに視線を送ってくる客のなかにはユキとショーもいます。

 一応ドリンクをたのんで、しんみょうにしています。

「うん。いいみたいだね。それじゃ次に言ってみようか」

 三十分ほどそれをつづけて、店長はレジ作業の説明にうつります。

「お客様とやりとりをしながらレジ打ちって、なれないうちはむずかしいんだよね。最初はぼくがやるから、よく見といて。ボタンの配置をおぼえてね」

 目の前の文字列の暗記に集中していると、しばらくして来店がありました。

 店長の手本を何回か見せてもらった後、お客さん相手にレジで対応。

 耳元で用語から打つボタンまで全部指示してもらってやっとそれをきりぬけるありさま。

「最初のうちはそんなものさ。ほらまたお客さんが来たよ」

 夕どきの店はこみあいはじめ、ついに店長も新人二人に手がまわらなくなります。

 直司とリョウジは悪戦苦闘あくせんくとうしつつも、目の前の作業に没頭ぼっとうしていました。

「お疲れさまー。じゃあまた、明後日以降に」

 午後九時、ようやく開放されました。

 二人ともぐったりとテーブルにつき、頭をかかえています。

「これが労働する、ということか。はた目にはカンタンに見えたんだが、自分がとんでもないポンコツに思えてきた……」

「うん……ぼく、今日一日でどれだけ損害だしたんだろう……」

 肉体よりも、対面販売での精神的なつかれがおおきいようです。

 オーダーミスに提供遅れ、用語のまちがい、あの短時間で自分たちは店にどれだけのミスを重ねたのでしょう、考えるとかなしくなります。

「しかたないよ。まだ最初の一日だもん。次がんばろう。おうっ」

 『PRIVATE(従業員入り口)』としるされたドアから出ると、ユキが応援してくれました。

 ショーは帰ってしまったようす。

「私も明日、がんばらなきゃ。ねえ、私たちが明日仕事するときも、応援に来てくれるよね」

 は?

 直司がユキを見ました。

「行かないに決まってるだろう。なんだその応援とかいうのは」

「ええー、来てよう。応援は応援じゃん、私すごい応援してあげてたのに。フレーフレーってしてたのにー」

 むじゃきななユキに、直司が猛烈もうれつな勢いでなごみます。

「変な電波をあびせるな。とにかく僕は来ない」

「ええー! けちんぼー。でも明星くんは来てくれるよね? ねー?」

「え? あ、うん」

 直司はまたもなにも考えずにへんじします。

 ばかめ。

 リョウジがぼそりとつぶやきました。

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