ワーゲンバスのハイウェイスター

 場所はかわって被服準備室・兼手芸部部室。

 そこでも高峰エミリはだんまりをきめこんだままでした。

「お茶をどうぞ。上手く入れられたか、自信ないですけど」

 直司が紅茶を二人分いれました。

 リンゴのあまずっぱい香りがひろがります。

「ぼくもきのう初めてここに来たんで、実はちょっと落ちつかないんですけど、でもこの紅茶は美味しかったですよ。お茶っ葉かってにもらっちゃったけど、いいですよね」

 高峰エミリが直司をちらりと見あげます。

「なにも、きかないんですか?」

「言いにくいことなんでしょう? なら、言わなくていいと思います」

 高峰エミリはためらい、

「でも、それであの人たちが、納得なっとくするとは思えない」

 言葉には、するどいけんがありました。

 大人数で押しかけたことで、気持ちをきずつけられたようでした。

「すみません、みんなを悪者にしちゃいましたけど、理由を聞いてみようって言ったの、実はぼくなんです」

 直司があやまります。

 それから、きのうあった出来事、ここでの会話や父の店でのやりとり、そこで行きづまってしまい、物事を根本から見なおしてみようと高峰エミリに話をきくことを提案ていあんしたところまで、かいつまんで話しました。

「しばらくここにいて、やっぱりダメだったって伝えます。ぼくの聞きかたが悪かったから、ひどく気分を害しちゃったみたいだって言えば、みんなもそんなに強引にきけなくなるって思います」

 まあ、あのまま3のG教室にいるよりはましかなあって、人目もあったし。

 口の中でつぶやいて、直司は紅茶を一口なめます。

「美味しいけど、お茶だけじゃさびしいですね。クッキーでもあればよかったんですけど。あ、そうだ、ぷっちょだったらありますけど、食べます? コーラとグレープソーダ、どっちがいいですか?」

 そういってカバンをさぐる直司のぎこちなさに、高峰エミリがふきだてしまいました。

 テレ笑いする直司をほほえましく見つめながらカップに口をつけ、それから、ついに口をひらいたのです。

「——……おじいちゃんのため、なんです」



「まだか、あの野郎ヤローは」

「まったく、あのまま問いつめればとっくに聞きだせていただろうに」

「うーんどうかなあ、思いかえすと、私たちかなり印象わるかったよ」

「うん、拙速せっそくにすぎたな。依頼人いらいにんならば話すのが当然とばかりに、余裕をなくしてかさにかかってしまっていた」

 手芸部員四名は、被服室で床にすえつけの卓を、おもいおもいの姿勢でかこんでいました。

 準備室のドアが開きます。

「じゃあ、お願いします」

 高峰エミリは直司にふかぶかと頭をさげ、それから佐藤アンバーたちに会釈して教室を出てゆきました。

「それで、理由は聞けたのだろうな」

「てめえ、これでムダだったなんつったら、ひでえぞ」

「リョウちゃんショーちゃん、だまってて。明星君、話、聞けたんだよね?」

 つめよる三人を押しとどめ、佐藤アンバーが直司にむきました。

「高峰のようすを見ればわかる。首尾は上々と見ていいのかい?」

「その前に一つ。彼女の学業の成績をお聞きしてもいいですか?」

「とうとつだなあ……。悪くはない、と思う。私もよくは知らないが、理系科目で高い点数を取っていたのを目にしたおぼえがある。女子で、しかも文系クラスで理系に秀でていて、のこりの科目がわるい理由は思いつかない」

「それは最近の話ですか?」

「2学年一学期の中間試験だから、一年ほど前かな?」

「どうしてそんなことが気になるの?」

「ええっと、ですね。それを説明するのは——」

 直司が思案していると、ズボンのバックポケットでスマホが着信します。

 相手は父親、靖重。

「はい、ぼくだけど? うん、まだ学校だけど……来てる? どこに? 校門前?!」



「さあみんな乗りたまえ! 乗りごこちは保障ほしょうしないが、貴重な経験はできると約束するよ!」

 校門前には、サビだらけのバンがまっていました。

「おっとっと、ワーゲンバスじゃないか。しかも左ハンドルの」

「わ、かわいい。これ一度乗ってみたかったんだー」

 明星家のマイカーに、女子二名がはしゃぎます。

「アイドリングなのにエンジンの回転が安定している。よく整備されてるな」

「ホイールのメッキも剥離はくりしていない。一見無造作にみえるが、十分に計算されてドレスアップされている」

 他男子二名も、熱っぽい視線で全体をためつすがめつしています。

 マリンブルーの塗りムラだらけ車体、サイドドアに手書きの英文が書きなぐられています。

 持ちぬしが美大出だけあって、カリグラフィーとしてはなかなかのもの。

 それがDEEP PURPLEという古ーいロックのバンドの曲の歌詞と知っている直司ですが、靖重が調子にのってどうでもいいウンチクを披露されるとめんどうなのでだまっておきました。

 でも靖重にせかされて車にのりこむときに、

「おお、HIGHWAY STARハイウェイスターか」

 ショーがみつけてしまって、直司はがっくりしました。

 彼らはどうも、直司よりは靖重と気があいそうです。

「佐藤さん、藤野さん、沖浦くん、辻くん」

 いつのまに名前をおぼえたのでしょう、靖重が一人一人を呼びました。

「君たちのこと、思いだしたよ。ショップ街の近辺じゃ、有名人だったってことをね。ずいぶんとあらし回ったらしいじゃないか」

「おっと、なんのことかな?」

 にこやかな靖重といたずらがばれたような彼ら、そこにただようふしぎな空気。

 佐藤アンバーの返しも、作りもののようなわざとらしさ。

「まあいいさ。みな席についたかね? シートベルトは? ——OK、出発だ!」

 発進すると、とたんに車内はやかましくなります。

 回転数をあげるごとにうるさいノイズがふくらむエンジン音、ヘタッたサスが地面の凹凸をこまめにひろっては底を打ち、老朽化したシャシーはメキメキこわい音をたててきしむのです。

「たしかに、これは、貴重な、経験です!」

 リョウジがゆれと騒音にまけじとさけびます。

 人しれず赤面したかんばせを、直司は乙女のように両のたなごころでかくしました。

「きのう君らが帰った後、知り合いの蒐集家しゅうしゅうかに当たってみたんだ!」

 靖重が運後部座席へ声をはりあげます。

 助手席の直司はなれたようすで、背もたれにひじをつきながら運転席側の耳だけふさぎます。

「そうしたら幸運にも何人かが似たようなのが手元にあると言ってくれてね! そのうち一人が、どうやら同じものをもっていると!」

 おお!

 歓声があがりました。

「そこに今から案内しよう! 説得できるかどうかは君らしだいだ! おっと、礼儀はきちんと守ってくれたまえ! なにせその人は、うちのお得意さまだからな!」

「ありがとうございます! 了解しました!」

 リョウジが返事をし、それきりみんなだまります。

 おおきな声をだすのは大変だし、聞いている側もゆかいではありません。

 尻にかたいスプリングのうごきを感じながら、直司はサイドミラーにうつるユキを見つめていました。

 ふいにショーがなにか耳うちし、ユキはくすぐったそうに笑います。

 胸の奥が、ちくちくしました。



 バンが止まったのは、アロハのイメージとはおよそ似つかわしくない高級住宅街です。

 道はひろく、8〜20時の路上駐車が60分までみとめられている標識ひょうしきが立っています。

 そのうちの一軒、中村ナカムラジェームズという表札の家に靖重がはいります。

「日本人……じゃないの?」

「日本人だ! きちんと帰化しとる! ま、生まれはアメリカだがね」

「言葉はつうじる、んだよね?」

「もちろんだ! さあ来なさい! 彼女に会わせよう!」

 モノトーンの閑静かんせいなたたずまいの一軒家。

 外観はレンガとコンクリートが複雑につみ重なったようなつくりになっています。

「これは、モダニズム建築ですね。ロイド・ライト風の」

「ほう、ご明察めいさつ! 旧帝国ホテルからイメージを拝借はいしゃくしたそうだ!」

 靖重の説明に佐藤アンバーがしきりにうなずく。

 インタフォンで来訪らいほうをつげると、中から初老しょろうの女性がむかえでてくれます。

 足首までかくすロングの巻きスカートと、ゆったりと着た、ふかいグリーンに白く染めぬいた花柄のアロハシャツ。

「お話は聞いています。さあお入りになって」

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