(4)

「……なあ。君ら、用件を忘れとりゃせんか?」

 あ。

 間のぬけた声があがって、それぞれが我にかえりました。

 そんな空気を尻目しりめに、直司はこの一月というものぜんぜん家に帰ってこない父親に、とても大切なことを伝えたのです。

「ねえ父さん。母さんから離婚届りこんとどけが送られてきたよ」

「まだ彼女を愛しているんだ!」

 本人もみとめる放蕩者ほうとうもの、明星靖重は、きわめて往生際おうじょうぎわのわるいさけびをあげました。



「で、彼らは何者だい?」

「それを最初にきくべきだったと思わない?」

 わが父親ながら消化すべき優先順位のずれた返事に、直司はつかれをおぼえます。

「ふうむ! お前にしちゃあ興味ぶかい意見だ! で、何者なんだい?」

「彼らは……」

 どう紹介したものでしょう。

——友達、ではないし、知りあい、いや、クラスメイト? いやいや。

 直司はとまどいます。

 ここまでの展開があまりにかけ足で、彼らとのあいだには説明できるほどの関係がきずけていないのです。

「はじめまして、辻リョウジといいます。お名前は雑誌などで拝見しています。お会いできて光栄です」

「ちわ、沖浦っス。たまにこの店、利用してます」

「どおも、藤野ユキですー。明星くんのー、クラスメイトです」

「佐藤アンバーです。県立常盤追分高等学校、手芸部の部長です」

 なんと個性ゆたかな面々でしょう。

 この状況をどう説明すべきか考えて、直司は気が遠くなりました。

「辻君、沖浦君、藤野さん……そして佐藤さん……はてどこかで聞いたような」

 靖重がしばし思案しあんしたのちに、疑問ぎもんはたなあげすることにして、

「ふうむ、それで?」

気をとりなおし、つづきをうながします。

「ああ、うん……」

「アロハシャツ、なんですよー」

 口火を切ったのは藤野ユキ。

 佐藤アンバーが持っていた紙袋をひったくり、中から件のシャツをとりだします。

「ほお、パウライダーか。生地、型、縫製ほうせい、染めの技術から類推るいすいするに、これは1940年代後半のものだな」

 ピュウ、と佐藤アンバーが口笛をならします。

 彼女がやるとそんな動作もかろやかで、さまになっています。

「一目見るだけでわかっちゃうなんて」

 藤野ユキが目をかがやかせます。

エリを見てごらん。つまんで引っぱりおろしたようにたれているだろう。ココナッツボタンも猫目、これらは40年代の特徴なんだ。オープンカラーのボタンループは50年代に多い。なので多分年代の変わり目だろうと推測すいそくした」

「ほう」

「なるほど」

「ボタン周辺かわいいねー」

「このシャツは、私のクラスメイトの高峰たかみねという女子からあずかったものです。所有者は彼女の祖父、なにやら私に相談したい要件ようけんがあると言うので」

「おなじ物が手に入らないか、という話でしたが?」

「そう、おなじシャツが必要だ、とね。理由をきいてみたが、答えてもらえなかった。まあ一見してよいものだと感じたのでひとまずあずかってみた、という訳で。で、部室で君らに相談したらそこにいるパッとしない男子がいて、その伝手ツテでここに来たという流れです」

 佐藤アンバーはたんたんとここまでのゆきさつを説明しつつ、ナチュラルに直司をおとしめ、そして靖重に話をもどしました。

「同じウェアというのは、まず不可能だろうね」

 靖重は彼らの要求を、あっさりとうっちゃります。

「タグを見てほしい。Manoa Sunriseマノアサンライズってあるだろう? これは、1930年代にハワイのオアフ島に発足したリゾートウェア・ブランドで、中堅ちゅうけんながら良質な製品を生産していたが、50年代経済が急速に成長する中、アメリカ本土が経営する大量生産ブランドに吸収され、時代と共に縮小し、70年代に経済のトレードオフが進んだ際に部門ごと消滅した。そして80年代末会社は倒産、現在は跡形あとかたも無くなった。工場も機械も型紙も製造工程も、すべてが失われた」

難解なんかいな単語が頻出ひんしゅつしましたが、つまり、流転るてんのすえに会社ごとなくなっちゃったわけですか?」

「ま、そうだ」

「ですが、アロハならヴィンテージマニアにコレクターも多いですし、そういうところを当たれば」

「念入りに探せば見つかるかもしれないが、彼らが手ばなすと思うかね? 労力をついやして集めた大事なコレクションだ。その思いいれは、君らのような若い人間でも多少は理解できるだろう?」

 うーん。

 みないっせいにだまりこみます。

 衣料になみなみならぬ関心があればこそ、それは心にしみいる一言でした。

「じゃあ、新作として作ってもらえないですか? これだったら、欲しがる人もいると思いますし」

 ユキがくいさがります。

「定番とはいえ今現在主流の柄ではないし、アロハはそもそも夏服というイメージが強い。長袖も作られはじめてはいるが、回転しにくい。工場の手配やらなにやら今からはじめてせっついても、そん色ないものを作るならば2年はかかる」

 うーむむむ。

 高すぎるハードルに、雰囲気はさらに重くなります。

「あの、いいですか?」

 直司が手をあげました。

「そもそも佐藤先輩のお友達は、なぜそのシャツと同じものを必要とされてるんでしょうか?」



 翌日の放課後です。

 しずかな3のG教室。

 彼女はおしだまったままじっとすわっています。

 佐藤アンバーのクラスメイト、三年G組出席番号11番、高峰エミリ。

「なぜそのシャツとおなじ物をさがしているんですか?」

 高峰エミリはふっくらしたくちびるをかみながら、かたくなな顔でうつむいています。

「その理由がなんであるか、それがわからないことには、僕らは協力できないんです。似たものをさがせばいいのか、まったくおなじでなければダメなのか。したくないんじゃなくて、できない。モチベーションではなく、手段の話なんです」

 校舎のなかにまだ人影がまばらにのこる時間帯、手芸部の面々と直司は彼女をとりかこんでいました。

「アンタが持ちかけてきた話だ。理由ぐらいおしえるのがスジだろう」

——なんかいじめてるみたいで、いたたまれないな。

 高峰エミリが小柄なのでよけいにそう感じるのですが、それは直司だけのようで、ほかの者は高峰エミリにぐいぐいつめよっています。

 だけど、押せば押すほど彼女の口はかたく閉ざされてゆくようで、そのかたくなさがよけいに手芸部員たちを前のめりにさせる悪循環あくじゅんかん

「……もう、いいんです」

 やっと聞けた声は、かれた拒絶きょぜつの言葉でした。

 おさない顔だちなのに、どうしてでしょう、とてもくたびれた印象です。

 佐藤アンバーがため息をつきました。

「なあ高峰、私も君の力になりたいと思っているんだ。必要なら、君の事情を吹いてまわったりしないって、ここのみんなに約束させるから」

「自分たちも、アンバー先輩にはふだんからお世話になっています。そのたのみとあらば、全力でのぞみたいと思ってるんですよ」

「そうですよ。いいかげんなきもちでたずねてるんじゃないんです」

「さっさと言ってくれ。俺たちもヒマじゃない」

 直司は内心、頭をかかえていいました。

 理由をきけば問題が解決すると思ったわけではありませんが、なにか前進のとば口になればと思ったのに。

 なんの気なしに出たいきあたりばったりの一言が、罪もない女生徒をこんなにおいつめた。

 四人はまだ高峰エミリを問いつめています。

 高峰エミリは、体格のおおきな彼らにかこまれ、身をちぢめています。

 直司は立ちあがりました。

「みんな、そこまでにしましょう。こんなやり方は、だれのためにもなりません」

 高峰エミリが顔をあげました。

「部室をおかりしていいですか? ぼくが一人できいてみます」

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