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「ところで、君たちはアロハシャツにくわしいかい?」

——またアロハ?!

 のどのかわきをおぼえて紅茶をなめていた直司がムホっとむせます。

 佐藤アンバーの登場で席を立つタイミングをなくしたまま、まんぜんと午後のティータイムにまきこまれてます。

「1930年代、エラリー・チャンという中国系女性が商標登録しょうひょうとうろくして、言葉が広まったといわれています」

 辻リョウジが答えます。

「呼び名自体はもっと早くからあって、日本からの移民がもちこんだ派手な和柄の着物をシャツに作りなおしたのがはじまりっつう説が有力」

 沖浦ショーが補足します。

 佐藤アンバーはうるさそうに手をひらつかせました。

「そういう男性向けファッション雑誌にはさまってる白黒ページ由来のこしゃくな受けうり知識ではなくて、出まわっている品物とか、作っている会社とか、そういった実用的な話をききたい」

「うーん少し前までは古着中心でしたねー。新しい商品が出まわってますけど、それでも復刻モノが多いんじゃないでしょうか」

 藤野ユキが答えます。

「なぜ?」

「コレクターの存在が大きいのでしょう。一時、状態の良い物なら十万近くまで値段がつきましたから」

 メガネがぬめっと光ります。

「古着でかい? そいつはまた、数奇者すきものもいたもんだ」

「一番メジャーなのはシルクやレーヨン、ポリエステル、綿混めんこん縮緬ちりめんなんてのもありますねー。やっぱり熱帯地方のものじゃないですかー、通気性つうきせいのいい素材が好まれてます」

「色柄がカラフルなのは風土でしょう。太陽が強い地域は、自然もいろどりゆたかですから」

「トロピカルばかりじゃあないが、やっぱ主流はそっち系になっちまうな。街中じゃ着にくいんで復刻されないけど。で、アンバー先輩。それがどうかしたのか?」

 説明もそろそろ打ちどめというところで、沖浦ショーが話をもどしました。

「うむ、実はクラスメイトに相談されたのだが、」

 佐藤アンバーがものうげに紅茶をすすります。

 直司もなんとなくそれにならいます。

 茶葉につけられた林檎りんごのフレーバーがふわりと香ります。

——すごくいい香りだ。

 どこのメーカーの紅茶だろうと缶をちらりと見ましたが、筆記体ひっきたいの文字は細くちいさくて、直司には読みとれませんでした。

「彼女が、これとまったく同じものを探しているというんだ」

 そう言ってカバンから引っぱりだしたのは一枚のシャツ。

 うす黄色の地に、馬にのった女性のデザイン。

「この柄は、なんだっけな……そう——パウライダー、ですね。長袖か。これはめずらしい」

「ちゃんとレーヨンだあー。きれいなレモンイエローの下地ー。ドレープ感あって着心地よさそうー」

経年劣化けいねんれっかが見られるが、目立つシミはないな。ココナッツボタンも模造品もぞうひんじゃない。これ、本物のヴィンテージだ」

 三人は手に手にシャツを取り、それぞれにぎんみします。

「高価な品物かい?」

希少価値きしょうかちがありますし、数ヵ所補修されてますけどじっさいに着用も可能ですし、一時のブームは去りましたが、これなら5万、ショップによっては6・7万の値はつけるんじゃないですか?」

「店にもよるな。知識のないグラム売りの量販店なら三千円って所だ。まあ今どきそんなラッキーは、ほぼほぼねえけど」

「ふむ。まあ値段の話はここまで。で、同じものは手に入りそうかね?」

 佐藤アンバーが割って入ると、三人はだまりこみました。

「これとまったく同じものってのは、少なくとも俺らにゃ無理だな」

「そもそもアロハというのは、出回っている種類が膨大なんですよ。現地じゃ今でも新作を生産していますし、歴史も長いですから」

「生地が生地だから、耐久性ねーし」

「ヴィンテージって、それ自体が希少ですしねー……」

 雲ゆきあやしくなってまいりました。

 会話に参加できない直司には、空気の悪化がいきぐるしい。

 たった一人の闖入者ちんにゅうしゃにとって、ここはあまり風とおしがよくありません。

「ならば似たような物ならあるのかい?」

 佐藤アンバーがたずねると、

「そうですね、ヴィンテージはむずかしいですが、復刻ならなんとか……」

「柄自体は定番だから……」

「こういう物にこだわって作っているブランド、といえば……」

 三人の視線が直司に集中いたします。

「そこのどうでもいい顔した男子が、どうしたんだい?」

 佐藤アンバーは三人の顔をそれぞれたしかめ、それから彼らが凝視ぎょうしする直司をまじまじと見ます。

 四対の視線にさらされて、どうでもいい顔に生まれ育った明星直司15歳の、“いたたまれないゲージ”がゴリゴリ上昇してゆきました。



 セレクトショップBRIGHT☆STARには、衣料販売店以外にもう一つの顔があります。

 アパレルブランドです。

 BRIGHT☆STARブランドが現在げんざい、力を入れているのは、ボタンシャツ。

 そして夏を待つ今のシーズン、活発かっぱつに取引される商品の一つが、アロハシャツです。

 さて、BRIGHT☆STARからは毎年多くのアロハデザインがリリースされています。

 ですがラインナップはほぼ過去の人気作のリメイク。

 それはオーナーである明星靖重のポリシーで、

「定番の反復があればこそ、意味ある新しさが生まれる」

という言葉の体現たいげんでもありました。

 公言こうげんするだけあって、彼のスタンダードに対するこだわりはなみなみならぬものがありました。

「……っていうごたいそうな前置まえおきのわりに、えない店がまえだな」

 店を前にして、佐藤アンバーが正直な感想をもらします。

「……ですよね」

 直司もため息まじりにうなずきます。

「おっとすまん。なに、店のよしあしはあつかう商品の中身だ。外観がいかんで決めるものじゃないさ!」

 直司もつねづねそう思っていたので、佐藤アンバーの心のこもらないフォローはよけいにそらぞらしく感じます。

 言われるまでもなく、せまい通りに面したテナントビル二階にあるBRIGHT☆STAR店舗てんぽは、じっくりと見れば見るほどくすんだ外観でした。

 ですけれどマップをひらけば件数500以上の☆5評価の口コミは、それがまちがいであることも示しております。

「ねえ、本当に父さんにききにいくの?」

 この期におよんでしりごみする直司の背を、

無論むろん

当然トーゼン

「Here we go!」

 三人組の変なテンションにずいずいおされ、木製のたるなどがディスプレイされたアプローチをイヤイヤのぼって手芸部員たちを先導せんどうさせられます。

 実のところ、直司自身も父親には多少の用事があって、この来訪はある意味ねがったりかなったりなはずなのですが——あまり楽しい話ではないのが、気の重い理由です。

 両開きのドアをぬけると、生地と防虫剤のにおいでむせかえっていました。

「いらっしゃいませー」

「あの、お久しぶりです、直司です。父は、中にいますか?」

「やあ……めずらしいね、店に来るなんて。何年ぶりだっけ?」

 店長の高月たかつきが、びみょうな表情で直司をむかえました。

「その、父は……」

 それには答えず、ばつが悪そうに直司が重ねてたずねます。

「ああうん、奥にいるよ? どうしたの? うしろは友達かい?」

 ごまかすようにあいそ笑いをうかべ、直司は手芸部一同を引きつれて店の奥へ。

 数年ぶりに会う高月は、いぜんの精悍せいかんさはにぶり、すこし太って見えました。

——アンタッチャブルの山崎に似てきたな。

 高月が泣いちゃわないように、そんな感想はお口チャック。

 独身34歳フリーター彼女なし。

 人生で一番ナイーブなお年頃なのです。

 オーナー明星靖重は、倉庫の一番奥にいました。

 うすぐらい中、卓上ライトでスソあげの作業中。

「なんだ、配送がもうきたのか?」

 顔をあげ、そこに直司の顔を見つけると、ひょいと眉をあげます。

「わっはっは! ついにその気になったか! いやいいんだ! わかっとーる! お前がこちらの世界にあゆみよりたいと思っていたのは気づいとった!」

 立ちあがりながら大笑い。

 ズカズカとあゆみよって直司の肩をばっしんばっしんたたき、

「わかっとる! お前のサイズはわかっとる! チェスト32・ウエスト28・ヒップ30だ! さあどれがいい? カウボーイか? それとも鉄道員スタイルか?」

言うなりその辺の衣装ラックに手をつっこみ、デニムのカバーオールを引きずりだします。

「いや父さんにお客さんを」

「わかっとる! わかっとるんだ!」

 息子の言葉なんて聞きゃしません。

「さあこいつを着てみろ! 黄金の1930年代にタイムスリップできるぞ! お前もトレイルブレイザーたちの夢を見れるのだ!」

——いや、時間旅行なんてしないしそんなえたいのしれない夢なんか見たくないから、そうじゃなくて、ちょっと話を。

 押しつけられたボロっちいそいつをそっ拒否、直司はなんとか用件をきりだそうとしますが、

「ヘッドライトじゃないですか! しかも本物だ!」

「パンクもねーし色落ちも控えめ、かなり状態がいいな」

「わー、こんなの雑誌でしか見たことないよー」

 同伴どうはんの三名がエキサイト。

 聞けば、二〇万近い値がついてもおかしくない貴重きちょう品とのこと。

 ただのこぎたないハーフコートにしか見えない直司のほうが変なのだろうかと思いきや、佐藤アンバーも当惑ぎみに肩をすくめています。

 やっぱり世間的にはただのボロ布なのです。だってなんかシミついてるし。

「ねえ父さん、そうじゃなくて、」

「仕入れに行ったさいに立ちよったカナダのログハウスで奇跡きせき的に見つけてな! ほとんどの物はカビてくさって売り物にならなかったが、それでもいくらか掘りだし物はあった! このダンガリーシャツなんかもそうだ! まだまだあるぞ! これなぞどうだ!」

「501ですね! 赤タグ……なのに刺繍がついてない。70年代のものかと思いますが」

「デッドストックか。こんな上物じょうものが山づみに。よくこんなの見つけたな」

「これ可愛いねー、まきあげてふくらはぎ見せながら、シルクのドレスシャツとシルバー素材のヒールとかー、ハリウッドセレブっぽい合わせ方してみませんか? アンバー先輩だったら超似あっちゃいますよー。ストレートは今流行りじゃないですけど、ぜったいにハズレなしの定番ですよー」

「……なあ。君ら、用件ようけんを忘れとりゃせんか?」

 あ。

 間のぬけた声があがって、それぞれが我にかえりました。

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