アーリーアメリカンの部室

 さて、話題にものぼった直司なおしの父親。

 名をば明星靖重あけほしせいじゅうとなむいいける御仁ごじんです。

 繁華街はんかがいから少しはずれたビルで洋服屋を経営しています。

 さして大きくもない店で、とりあつかっているジャンルはいわゆるアメリカン・カジュアル。

 アメカジとよばれ、かつてかの国の中流以下の若者たちが好んだという、現代の日本においてはまっこと時代おくれはなはだしい代物でありました。

 そんな傍流ぼうりゅうが現代のファッション・シーンに生きのこっていること自体ふしぎですが、これが中々にしぶといムーブメントで、数年ごと勢いをもりかえしてはブームをおこしているのです。

 スタジャンにスカジャン、ベトナムジャケット、ユーズド加工デニムなど国内外に影響をあたえたケースは枚挙にいとまがありません。

 ……といった能書のうがきはさておいて、直司にとってそれらのセンスはやっぱり古くさく、胸にヤング! 背中にフレッシュ! なるちょっとおダサめのプリントがされたトレーナーを心に着こみ、心機一転のきもちを胸にいだいてはじまった高校生活に入りこむような物ではありませんでした。

 なかったはずだったのです。



「じっさいに面識めんしきははないが、君の父君から雑誌やイベントでファッションの文脈をずいぶんと学ばせてもらった。BRIGHT☆STARは県内のアメカジファンにとって、聖地のような場所であり、君の父君は、我々にとってカリスマ的人物なのだ」

 細身のメガネ男子こと、つじリョウジです。

 しゃちほこばった口調は地らしく、スマートな空気をまとったスリム男子です。

 その背後で、学校の備品らしからぬレースのカーテンがゆらめいています。

「俺はたまに行く。お前んちの店は古着の質もいいが、最近力を入れている復刻ふっこくモノも出色しゅっしょくだ。特にアロハやボウリングシャツあたりがリーズナブルなのはありがたい。なんせ服は金食い虫なんでな」

 いかつい茶髪こと沖浦おきうらショーがうなずき、部室の真ん中に置かれた丸テーブルの上にビーカーにいれたホットコーヒーを、パッチワークのテーブルクロスに人数分おきました。

 動作全般が力づよく、一見荒っぽそうですが、その動きはしなやかで、体育の授業ではきっとスターになるタイプでしょう。

「BRIGHT☆STARのオリジナル商品は、去年あたりから全国の店であつかいだしたが、生地や縫製ほうせい、サイジングにも気くばりがゆきとどいていて作りこみも十分、特にアロハはその道の専門家にもすこぶる評判がいい」

和柄わがらが可愛いよねー。アロハって、着るといがいなのが似あったりしてー、おもしろいんだー」

 ほくほくと顔を上気させ、藤野ふじのユキが白ぬりのチェアにこしかけ、夢みる瞳でつぶやきます。

 さっきから直司の目は、しらずしらず彼女にすいよせられてこまっているのです。

「はあ……、アロハですか」

 直司はぼうぜんと彼らを見ます。

 頭のなかでは藤野ユキがぽわぽわとハワイアンをおどっています。

 彼女ののぼるステージでは沖浦ショーが直司をジャイアントスイングし、レフェリー姿の辻リョウジがメガネを光らせ回転数をカウントしていました。

 ここは手芸部しゅげいぶ部室、兼・被服ひふく準備室。

 ふだんは家庭科の授業などに使われる被服室の、まあ物置でしょうか。

 アーリーアメリカンテイストにまとめられた、わが家の洋画洋ドラのコレクションで見させられた、ローラ・インガルス・ワイルダー原作『大草原の小さな家』まんまの空間。

 細工のゆきとどいた年代物のカーテン、パイン材でできた明るい印象いんしょうの家具、壁やテーブルをかざる色とりどりのパッチワーク。

 窓の外が西部開拓せいぶかいたく時代のアメリカじゃないのがふしぎに思えます。

 直司はこっそりと藤野ユキをのぞき見ました。

 とたんに目があい、熱いものに触れたようにそっぽむいてしまいます。

「アロハというとトロピカルなものを想像しがちだが、それは誤解だ。戦前、日本政府が海外への移民を奨励していた時代、多くの日本人がハワイへとわたった。彼らは大量の着物を現地に持ちこんだ」

「その生地がアロハシャツの元になったってわけだ。当時から日本の染め物技術は高い水準にあった。ゲイシャ柄、金魚にタカに虎といった豪奢ごうしゃなもの、花や木といった四季の美あふれる柄など数多くあった」

「着心地もよくって、その上かわいーんだよー、竹とかーあゆとかーコイに乗ったお猿さんとかー、日光東照宮にっこうとうしょうぐうとかー」

 だめだ、もうだめでした。

 直司はたえられなくなり、

「すみません、あなた方がなにを言っているのか、ぼくにはさっぱり理解できません」

 頭をさげてさえぎります。

 なにせハワイアンにはじまり、染め物職人がつづき、それを追う芸者と金魚、鷹と虎、花や竹、鮎、鯉に乗ったサル。

——その上、日光東照宮?

 まるで意味不明です。

「君は、あの明星さんの息子なんだろう?」

「でも、服のことなんてぜんぜん知りません。アロハなんて、ぼくは、まったくわかりません!」

 そもそも直司は父の仕事に興味がなく、興味がないのだから理解もなく、幼少時の極貧ごくひん生活の記憶とあいまって、思いだすこともしなくなっていたのです。

「ですからぼくは、ここに入部する資格がないと思います。だから勧誘は時間のムダです」

 そのままさようなら、と立ちあがるつもりでした。

 だけど、かたわらでじっと直司を見つめているであろう藤野ユキが気になって、それもできません。

 彼女の顔には今、どんな表情が浮かんでいるのだろう。

 落胆らくたん? それとも失望しつぼう? もしかして悲しそうにしているかもしれない。

 そう思うと、直司の胸はちくちくとうずきます。

「すまないな! おくれたおくれた。おやおや、その子がもう一人の新入生かい? 今年は大漁だね。こりゃあ、なんとか廃部はいぶにならずにすみそうだ。よっこいしょ!」

 よどんだ空気を吹きさらうように入室してきたものがいます。

 すらりとした女子、いいえ女性?

 制服のタイは紫色。

 三年生です。

「やあおっすおっす。君んちお店やってるんだって? 話はきいているよ、私は行ったことないけど。いやー連絡れんらくはもらったが、本当にどうでもいい顔しているね! そうそう、私の名はアンバー。苗字みょうじ佐藤さとうの、佐藤アンバー。よろしく」

 その名のとおり、琥珀色の瞳をした女生徒です。

 美術室のデッサン用ギリシャ彫刻ちょうこくのようにととのった顔、モデルもかくやというながい手足の見事なプロポーション、ハスキーな声と柑橘かんきつ系のあまい香り。

「私はクォーターなんだ。フランスの血が入ってる。どうだい? 格好いいだろう?」

「いえーす! アンバー先輩は今日も最っ高にビューティーでーすっ」

 藤野ユキがこたえ、男子二名もふがぶかうなずきます。

 わけも分からず混乱する直司。

 そして部室におちつくなり、佐藤アンバーが言ったのです。

「ところで、君たちはアロハシャツにくわしいかい?」

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