告白した姉と告白された弟

僕は呪理の小説を読んだ。


生涯二度目のチャレンジだ。


前回は三分の一読んだあたりで、リタイアしてしまった。

棍棒やナイフで襲い来るゾンビを薙ぎ倒す話だが、首が飛び血が噴き出すシーンが生々し過ぎて、気持ち悪くなったのだ。

正直、もう二度と読みたく無かった。


しかし……


──


姉のその言葉に後押しされ、再び小説サイトを開いた。

何としても、変化の理由を知らねばならない。


はたして何頁まで持つか……


覚悟して読み始めたが、あれよあれよと言う間に結局読破してしまった。

確かに、気持ちの悪いシーンは多い。

だがそれ以上に、主人公たちが魅力的だった。

特に、極限状況で交わす二人の会話と、繊細な感情表現は見事というほかない。


自らの命で、パートナーを救おうとする男性の覚悟──

身を裂く思いで、それを受け入れる女性の決意──


単なる恋愛感情を超えた心の交流が、そこにはあった。

そして予想だにしなかった切ない読後感に、僕は不覚にも涙したのだった。


姉がなぜ、自らの作品を読まそうとしたのか。

その意図が、何となく分かった気がした。


どの様な駄作でも、いかに肌に合わない話でも、視点を変えると、場面の情景や登場人物の姿が違って見えてくる。

先入観という名のフィルターを通すから、正しく読めないのだ。


自分は、こんな単純な事も分かっていなかったのか……


姉が伝えたかったのは、この事なのかもしれない。


僕はサイトを閉じると、部屋から出て階下に向かった。


姉に会うためである。



( ̄▽ ̄;)



「呪理ネェ……読んだよ」


僕は、リビングでくつろいでいた姉に声をかけた。


「……それで?」


ゆっくり顔を上げ、澄ました声で尋ねる呪理。

感想を聞いているのだと、すぐに分かった。

一瞬戸惑った後、僕はぎこちなく喋り始める。


「呪理ネェの小説は過激だし、残酷だし、血やら首やらがよく飛ぶし、とにかくこう……メチャクチャだけど……でも……」


ここで、僕は意を決したように顔を上げた。


「懸命に生きようとする登場人物の姿に……感動した!」


自分を見つめる弟の顔を、姉はまっすぐ受け止めた。


「……そっか。まあ……それなら、アタシも骨を折った甲斐があったってもんだ」


そう言って、呪理はニヤリと笑った。

ウィッグを剥ぎ取ると、見慣れた金髪ヘアが現れる。

その顔は、紛れもなくだった。


「骨を折ったって……まさか、そのためにそんなカッコを!?」


僕は目を見開き驚いた。

これは、忘れていたものを思い出させるための手段だったのか?


「そんな……なら、そんな事せずに、普通に言ってくれたら……」


「バカやろ!あの状況で言っても、アタシの言う事なんざ聞かなかったろう?にとって、アタシはウザイ姉ちゃんで、しかもライバルだからね」


その言葉に、僕は言葉を詰まらせる。

確かに姉の言う通りだ。

スランプの最中に、日頃振り回されている姉の助言を素直に聞くとは思えない。


「だ、だからって、何も容姿や言葉遣いまで変えなくても……」


「アタシがこのカッコになった理由は、それだけじゃないんだよ。桃……アンタ、自分のスランプの原因は何だと思う?」


「えっ?……原因て……」


試すような姉の視線に、僕は戸惑った。


「そ、それが分かれば苦労しないよ……呪理ネェは、分かるって言うの?」


「ああ、分かるさ。簡単なもんさね。それは……」


そう言って、呪理は大仰おおぎょうに両手を広げてみせた。


「アンタに、事さ!」


したり顔で言い切る姉の顔を、僕はポカンと見つめた。


「だいたい自分がキュンキュンしてない作者が、読者をキュンキュンさせられる訳が無いんだ」


コホンと一つ咳払いし続ける呪理。


「アンタ、イメチェンしたアタシを見てどう思った?」


「そ、それは……」


僕はハッと我に返ると、あたふたと手を振る。


「少しは、胸が苦しくなったかい?」


その言葉に、僕は咄嗟に胸に手を当てた。

変装した呪理が触れた手のぬくもりが、脳裏に蘇る。


「アタシは、アンタがどんな女性が好みか知ってる。どんな容姿で、どんな喋り方に弱いか知ってるよ。だてに、アンタにチョッカイ出してる訳じゃないからね。それでちょっと、アンタ好みのタイプに変身してみたんだ。アタシにとっては、かなりの重労働だったけどね……まあ、でも予想通りの反応だった」


そう言って、呪理は面白そうに目を細めた。


「いいかい、桃。書籍やメディアで得た知識だけでものを書こうとするから、詰まるんだ。想像力ってヤツにも、限界があるからね……でも、これにがプラスされると話は違ってくる。作中の登場人物に感情移入し易くなるし、ストーリーの幅が広がる。そしてお伽話とぎばなしの中にも、ほんの少しリアリティが加味される。そこに、読者は惹きつけられるのさ」


淡々と語る呪理の声が、室内に木霊する。

僕は、黙ってじっと聴き入った。


「アンタはもう大丈夫だよ、桃。例え偽物でも、理想の女性にときめいたんだ。その経験が、アンタを必ずスランプから引っ張り上げてくれるよ」


そう言って、呪理は片目をつぶってみせた。

ふざけたり、茶化している口調では無い。

心底、弟の事を想っている顔だ。

僕には、それが手に取るように分かった。


「よく分かったよ、呪理ネェ。僕に足りないものが何か。どうすれば書けるようになるか……ありがとう」


そう言って、僕は素直に頭を下げた。


「でも、すごいな呪理ネェは……よくそんな事が分かるね」


「そりゃそうさ。アタシなんか、四六時中キュンキュンしてるからね」


「え……そ、それって、誰に!?」


僕は思わず声を上げた。


呪理ネェが……胸キュンしてる……


それはとりもなおさず、彼女がということに他ならない。


い、一体どこの誰だ!?


胸の鼓動が、サイレンのように鳴り響く。

これまで感じた事の無い感覚が、胸を突き上げた。

それは寂しさでも、不安でも無い……もっと別の


そう


一般的に、と呼ばれるものだった。


その様子を見た呪理は、小さくため息をついた。


「しゃーねーなあ……白状するかあ」


そう呟くと、呪理は照れ臭げに頭を掻いた。

そして静かに手を上げると、驚く弟の顔を指差した。


いつものニンマ〜〜では無く、恥ずかしそうにニッコリしながら……


えっ!?


ぼ、ぼ、ぼ、ぼく……!


僕?の顔が、窓から差し込む夕陽よりも赤く染まった。



(๑>◡<๑)


その後、僕はスランプを脱した。


書き溜めていた構想が、ようやく文字となって日の目を見る。

短編だが、何とか公開まで完遂する事ができた。


「やったな、わが弟よ!」


そう言って、僕の頭をヘッドロックする呪理。

例によってメロンを顔に押し付けられ、息が詰まりそうになる。


「だ、だから、あた……あたってるから……!」


「お祝いに、思う存分揉んでいいぞ!」


「な、な、なんば言うとデスか!?」


動揺のあまり、僕は九州弁でわめいた。

告白されたはいいが、結局何も変わらない。

相も変わらずの日常だ。


でも……


どこかホッとする光景だった。



(⌒▽⌒)



こんにちは。芥川桃介です。


実は今、姉との共作コラボを企画しています。

お互いのフォロワーを合わせた、二万人の読者へのサプライズ作品にする予定です。

ストーリーは勿論、二人の得意分野を活かします。


生物兵器の暴発により人間を襲い出した植物──

このゾンビ植物に立ち向かう二人の姉弟──

武闘派の姉と策略家の弟の見事な連携──


そして


血飛沫舞う中で芽生える究極の愛――


完全無欠のラブロマンス・アクションホラーです!


えっ?


タイトルはどうするのかって?


呪理ネェと三日三晩、罵倒し合ってちゃんと決めましたよ。


じゃあ皆さんにだけ、こっそりお教えしますね。


その名もズバリ!


『ゾンビの園に愛が咲く』

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ゾンビの園に愛が咲く♡ マサユキ・K @gfqyp999

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