狩人
「グッハッ……!」
セリアは吐血して力無く倒れる。
そして動けなくなった。今の一撃はセリアの生命力を奪い去るには十分だった。
心臓近くに出来た穴から大量の血が吹き出し、セリアの衣服を瞬く間に赤く染めていく。あと数分で死に至るだろう。
今の彼女に出来ることは浅く酸素を吸う過呼吸と、かろうじて瞳から景色を映すことだけ。その視界にお面の男が映った。
「貴様、エルフの秘術について何か知っているか?それがあれば我々は偉大なる神器を手に入れられるのだが……」
先程のたどたどしい口調が霧散し、今は驚くほど冷静な雰囲気が漂っている。そういう性格なのか、はたまた多重人格者なのか。
ただセリアはそんな事に構える余裕はない。
今の彼女に出来ることは動けずにただもがき苦しむことだけ。
「ほう、もう言葉を喋ることすらできないか。ならば死ぬといい」
白く光る短刀が見えた。
先程の鎌で殺せばいいのになぜわざわざ武器を持ち替えるのか。
そんなことを考えながら目を閉じる。
私の人生はこれで終わり?
思えば短い人生だった。自分まだ19歳、やり残した事も数えきれないほどある。料理をもっと勉強したかったし、魔法の勉強もしたかった。
何よりまだ見ぬ広大な世界を旅したかった。
エルフの森の外界を抜けた、美しい世界をこの瞳に焼き付けたかったのだ。そこには何もない荒野があって、広い砂漠もあって、爽やかな平原もあり、綺麗な海もあるのだろう。
そんな広大な世界を一人で冒険してみたかった。それなのに自分はここで死ぬ。自分達の利益しか頭にない人間に利用されて殺される。それがどうしようもなく悔しい。
短剣が彼女の首元に突き刺さる。
その前に、
「グギィィイ!?」
突如、お面の男が吹っ飛んだ。
いや吹き飛ばされた。頭部に矢のようなものが刺さってどこかへ転がっていったのである。
矢のようなものと言ったのは彼女の動体視力では捉えきれなかったから。
そして、
「大丈夫か?」
一人の青年が現れた。
弓矢を持った、右が金で左が銀のツートンカラーヘアーの青い瞳をした青年。耳は丸いのでエルフはない、しかし森に特化したような服装をしていた。
それこそレンジャーのような服装だ。
彼はすぐさまこちらへ近寄ってくる。
「どこを怪我している?」
「む、胸の辺りを刺されたの……」
セリアは必死に言葉を紡ぐ。
すると青年は表情を少し硬くさせて懐の中を探る。そして緑色の液体が入ったガラス瓶を取り出した。
セリアはその正体を知っている。
それは回復薬、ポーションだ。色によってポーションは効能や成分が異なるがこれは純粋な回復系だろう。
彼の動きが止まった。
何をしているのか。早く振りかけてくれなければ今にでも気を失ってしまいそうだ。
セリアは必死に訴えかけようと口を開く、がその前に青年が喋り出した。
「すまんその……服を脱ぎ去ってもいいか?」
「……え、ええっ」
表情を固くしたのはそれが原因だったのか。
苦し紛れにセリアはそんなことを思う。
そして彼は上着をずらす。少し固まり、意を決したように傷口まで服を上げる。すると途端にセリアの胸が解放された。
あまり大きくはないものの誰にも見せたことがなかった真っ白な胸。こんな状況でも少しだけ恥ずかしかった。
彼はというと確かに恥ずかしそうにしているが、少し慣れているような節があった。果たしてそれは気のせいだろうか。
「じゃ、じゃあかけるぞ」
そして液体が傷口へと注がれていく。
たちまち心臓に大きな痛みが走った。
「うっ……!」
「大丈夫か!?」
「ええっ、大丈夫っ」
そんなことは言うが嘘である。本当は苦しくて痛い。それでもセリアは我慢する。ここでポーションを使わなければ傷は完治しない。それどころか、ここで生き絶えるところだ。
目に見える速度で傷が塞がっていく。
それと同時にセリアを襲っていた激しい痛みも急速に穏やかになった。
自由に身動きできるようになったセリアは傷を確認するも、完全に塞がっていた。
早すぎる完治だ。
す、すごい。これほどの回復ポーションは滅多にお目に掛かれないわ。こんな希少なものを使ってくれたの?
彼を見る。しかしポーションを惜しがっている素振りは少しも感じられない。
そして目があった。
彼の視線は自分の傷を見ていたようだ。
いや違う。
それにしては彼は気まずそうな顔をしていた。
だからセリアはもう一度胸部を見る。
そして意味が理解できた。
彼が気まずそうな顔をしていたのはどうやら傷のせいではなくて自分のさらけ出された胸だった。
「きゃあ!」
急に恥ずかしくなったセリアの顔が真っ赤になる。彼も少し距離を取って困ったように頭を掻いていた。
「その、すまんな……」
「いや、私こそごめんなさい。
取り乱しちゃって」
「それほど叫べるということは傷もよくなったか。安心したよ」
「あの、その、えっと……ありがとう」
恥ずかしそうに乳房を隠したセリアは服を下ろして感謝の印に頭を下げる。そして彼を見つめた。彼もセリアを見つめていた。
そしてを手を差し伸べてくる。
だからセリアは彼の手を取って服を払うと、バレないようにその横顔を観察する。
こんな人間は初めてだ。
というか今までの人生で人間とは全く会話をしてこなかった。人間と触れ合ったのはせいぜい森に侵入して来た密猟者たちを追い払う程度だったのでマイナスのイメージしかセリアにはない。だから彼のような自分を好意的に見てくれて、なおかつ助けてくれる人なんて初めてだった。
セリアは考えるように顎を手で支える。
悪い人間もいれば良い人間もいるってことかしら?でもまだ分からないわね、この男も私を騙している可能性もあるし。
助けてもらって疑うのは非常に無礼だが、それでも今まで積み重なってきた人間のマイナスイメージがどうしても払拭できない。
「俺の顔に何か付いているか?」
「いや、なんでもないわ」
「そうかそれならよかった。
それよりも早くここを離れよう」
すると、
「ハッハッハ!!」
背筋が凍る感覚を再び味わう。
今のはお面の男の声だ。
やはりまだ死んでいなかったらしい。
というか、自分の魔法と彼の弓矢を脳天に食らって生きているなどあり得ない。もしかしてあいつは死なない存在なのか。
「気を付けてあいつは恐らく死んでないわよ」
「あぁそれは知っている」
「そうなの?」
「俺はあいつと顔見知りなんだ。
あいつはいくら攻撃を受けても時間が経てば平気な顔して出てくる、言ってみれば不死身に近い」
「そんな…」
「……それは正確には違うぞ?」
茂みから男が出てくる。
真っ黒の鎧に相変わらず気味悪い祭りのような面。
先ほどの強烈な一矢も、様子を見るにどこ吹く風のようだった。
「ふっふっふ。ハイル……久しぶりだな。
もしかして貴様もエルフの秘術を探しに来たのか?」
「いや違う、俺は山を見張り来た」
「相変わらず貴様は森が好きなのだな。
そんなに好きなのならば良いだろう、森に帰してやる。そして我々青の暁月が神器を頂こう。ヒヒッ!!」
「せいやぁ!!」
その瞬間青年とお面の男がぶつかり合う。
お面の男は短刀、青年は弓で拮抗し合ってはお互いの力比べをしていく。
「そこまで神器を手に入れて何がしたい!?」
「………」
「お前らに神器の素材など渡さんっ!」
「クックック……」
「へいやぁっ!」
本来弓は相手を殴るために作られていないのだが、青年は最も重みがある真ん中の部分でお面の男の頭部をぶっ叩く。
「ゴベッ!?」
またもやお面の男は吹き飛んだ。
しかし今度はあっという間に立ち上がる。
全く効いていないというような素振りだった。
「無駄だ、貴様とて私を殺せん。
もしあの魔女がいれば話は別だったのだがな。あの女は今どうしている?」
「さぁな俺も知らん。
知っててもお前には話さんが」
「ふふっそうか。
とはいえお前を倒すのも骨が折れそうだ。
……だが」
この女は別だ。
えっ……?
気付けばお面の男の姿が掻き消えていた。
ただこの場からいなくなった訳ではない。男は転移も瞬間移動もしていないのだから。
単純な身体能力だけで弓矢以上の速度で移動していたのだ。次に現れたときにはセリアの背後を取っていた。
「マズ、オマエダ!」
この場で男の動きを読めていないのはセリアだけだった。では動きを読めていた青年はというと、懐に隠し持っていた短刀で男のお面ごと脳へ突き刺す。
「グギャァァ!!」
大量の出血と共に男は転がり回る。
自分が襲われるとは把握できなかったセリアは青年を見た。
「ありがとう助かったわっ!」
「気にするな」
男は痛みに悶え苦しむ。何度見た光景だろうか。しかし今度もやはり立ち上がった。
先ほどよりも早いスピードで。
「オマエノ短刀、オレノコレクションコレクション」
頭に短刀が突き刺さったまま平然と歩いてくる。確実に効いているはずだ。頭から大量の血が流れ出て叫び声も上げているのだから。それでも男は死なないどころか、冗談すら言っている。
……あ、あいつは一体なんなのよ!?
なんでこれほどの攻撃を受けて倒れないの!?
セリアはもうかける言葉が見つからない。
ただただ唖然とするだけだ。
突き刺さった短刀を引き抜く。
ポッ、という音ともに滝のように血が噴き出すが、男は何の痛痒も感じていないようだった。
エルフと狩人 海坂キイカ @unasaka54
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