エルフと狩人
海坂キイカ
邂逅
人里離れた魔獣が住むジャングルに一人の女性が走っていた。
彼女の名前はセリア・フィリス。
肩まで伸びた黄金のような髪に海のような青い瞳の身軽な服装を着た少女。
見た目はとても可憐だが同時に端正な顔立ちでもあり、そんじょそこらにはいないだろう。しかしそれよりも目立つ特徴があった。
それは彼女の耳だ。
人間の丸みの帯びた耳とは違い、彼女のものは鋭く尖っている。彼女はいわゆるエルフであった。
そんな彼女は顔に疲労を浮かべつつ、ひたすらに森の中を走っていく。普段住み慣れた森は平野と同じように走れるが、今は疲れていた。それ以上に焦っていた。
何故彼女は焦っているのか。
それは後ろから聞こえてくる声が原因だった。
「あのエルフはそっちに行ったぞ、逃すなっ!」
「あれを奴隷にすればいい儲けになる」
後ろから聞こえる無数の声。それは人間のもの。森に入った密猟者たちだ。彼女はそんな連中に襲われているのである。
「全くめんどくさい奴らね」
彼女は焦ったようにそう吐き捨てて、考えた。奴らの狙いは大体分かっている。恐らく自分を捕まえて人間の奴隷市場で売り捌くつもりなのだろう。エルフは高値で売れると聞いたことがあり、一人につき家と同等の値段がするとかしないとか。だから奴らは血眼になって追いかけてくるのだ。そうでもなければこんなジャングルのど真ん中で躍起になって追いかけて来ないだろう。
聞いてはいた。
しかし人間という種族はここまで卑しく、醜い生物なのだろうか。吐き気すら催してくる。こんな連中などに自分は絶対捕まらない。
だから早く里に帰ってエルフの族長にいち早く伝え、人間が森に入ってこないように対策を行う必要がある。
そう思った彼女に変化が起こった。
足元が青く光ったのである。すると彼女のスピードがどんどん加速していき、奴らとの距離が一層開いていく。
彼女は魔法を使ったのだ。
その魔法は自身の身体能力を上げる呪文。
エルフという種族は魔法を扱うのが得意であり、セリアはその中でも将来有望なエルフの魔法使い。
魔法を使わなくてもこんな連中になど捕まらない自信があるが、魔法を使えば奴らを置いてけぼりにすることなど非常に容易い。
それにアイツらは失念しているみたいだが、元来森林はエルフの住処。どんな茂みであろうとエルフである自分は自由自在に移動することが可能。しかし人間はそうではない。
初めから勝負は決まっていたのだ。
ますます連中との距離は遠ざかっていき……そこで異変が起こった。
「なにっあいつ?」
振り返ると恐るべきスピードで茂みを走る者が一体。全身を黒い鎧で身に包み、顔の部分だけ何かのお面をしている。
無数の木が生えた複雑な地形には不都合な装備だが、そんなことはお構いなしに男はこちらとの距離を縮めてきている。
なんなのよあいつ!?
それに何あのお面???
あまりにもすばしっこいためによくは見えないが、まるでお祭りや儀式に使うようなおめでたい仮面に見える。普段ならあまりのギャップに笑ってしまうだろう。
しかし今のセリアは逆の感想を抱いた。
とてもつもなく不気味で恐ろしいと。
全身の血の気が引いていく。
気持ち悪いわねっ……!
まるでそれは世界の闇を人型に凝縮したような恐ろしい何かにすら見えた。
心が訴えている。
絶対にあの者に捕まってはいけない、早く逃げなくてはと。
それに反してますます男は近づいてくる。
と同時に付けている面の特徴がよく分かった。白い面は鼻の部分だけ真っ赤で、口は吊り上がるように笑っている。目元の空いた部分から持ち主の瞳が見えて……。
真っ赤だった。
まるで鮮血のような瞳をしている。
恐ろしい恐ろしい面の中の正体、本当に人間なのかそれすら怪しくなってくるほどだ。
「ソレハ、ムダナテイコウダ。
オンナ、オマエハオレノエサニナル」
セリアの身体が無意識にブルリと震えた。
そして気になった、男が何と言ったのかを。
それは無駄な……抵抗?
女、お前は俺の餌になる……?
……そう言ったの?
意味を理解した瞬間ゾッとした。
連中は自分を売っぱらおうとしているのではなく、食べようとしているのか。
いやいや、いくらでなんでもそれはおかしい。
その考えを頭で振り払った。
人間はカニバリズムを好まない種族のはずだ。だから今のは聞き間違い、聞き間違いであってほしい。
しかしまた、
「オマエ、オイシソウ。
ゴチソウ、ゴチソウっ!!」
何度聞いてもやはりこちらを食べようとしている。この男はなんだ、鬼やアンデッドの類なのだろうか。
本当におぞましい化け物。
それでも今は悔しさが優っていた。
自分はエルフ、相手は化け物。魔物でもない限りエルフが駆けっこで負けるわけもない、それなのに劣勢に立たされているの自分の方だ。実に悔しい。が、今はそれどころではない。
「気持ち悪いのよっ!!」
セリアは身体の向きを反転させてお面の者と向き合うと、右手を向けた。
「これを喰らいなさいっ!!」
そこから石の弾丸が放たれる。
物凄いで勢いで飛んでいった石の弾丸はお面の者へと見事直撃した。
「グギャァァ!!」
お面の男は地面にのたうち回る。
それは非常に滑稽な姿だった。なぜなら鎧を着た者が甲高い声を上げてジタバタしているのだ。これが笑えずにいてどうする。そして憐れむほどに無様でもあった。
エルフに喧嘩を売ったばかりにこうなるとはなんとも情けない。緊張の糸が切れてしまったセリアは思わず笑みをこぼしてしまう。
「あんなに気味悪かったのに笑える最後だわ。エルフをみくびったことをあの世で後悔なさい」
後続が遅い影響でそんな捨て台詞すらかませる余裕があった。しかしすぐに真顔に戻る。
おかしい、コイツは何故即死しないのか。
今の一撃は完全に頭部を射抜いた。
それなのに何故のたうち回る程度で済んでいるのか。
もしかして頭部を外した?
いやそんな事はない。お面から血が流れ出ているのがその証拠だ。
すると予想外の事が起こる。あろう事か面の者は立ち上がってきたのだ。それも余裕を携えて。
「な、なんで!?
どういうことよっ!!」
「フッフッフッフ。
オマエノソノユダンハ、ミモノダッタゾ」
たどだとしい言葉が森の奥深くまで響いていく。セリアは蜘蛛の巣に絡め取られた蝶にすら錯覚してきた。
こんな事はあり得ないわ。
ここは私の生まれ育った森林、偉大な恵みの森。そのはずなのに……今はどうやっても抜け出せないような樹海に感じるのはなんで?
「オマエイタダクゾ?」
「ひっ!?」
先程とは桁違いの速度で突進して来る。
セリアは反応出来なかった。だからせめてもと顔面を両手で守る。
そして。
男が持っていた鎌で腹を突かれた。
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