第8話 ジャガーイーモと、最終戦争

(JuggerPotoooooooo and Armageddon)



 暫く経って、ジャガーイーモの元に一通の手紙が届いた。


「いったいどうやって、私がここにいるとわかったんだか」


 差出人も宛名も封筒に書かれておらず、いつの間にかそれは自分の部屋に置いてあった。


 ジャガーイーモは武器など様々な準備をして、指定の場所へ向かった。


 車に乗り、着いたのは、郊外にある人気のないパン工場だった。電気も通っており比較的新しいもののようだが、どうやら現在では使われていないようだ。


 ジャガーイーモは武器として持ってきた鉄のパイプを手に、中に入った。

 通路を進むと、大きな扉があった。


 その扉を、開けてはいけないような気がした。だが進むしかないと心に決め、その扉を開けると、


「やぁ、早かったね、ジャガーイーモ」


 階段の上の製粉機の隣にカリフリーグが立ち、そして、


「カリフリーグッ、てめぇっ……!」


 その製粉機の中には、クロップクロウが入れられていた。


「だんなぁ! 俺のことは気にするな! やっちまってください!」


 半透明の容器の中から、クロップクロウのくぐもった声が聞こえてくる。


「そうだな、少し話をしよう。パンでもこねながら」


「悪趣味な野郎だ……!」


「おいおい、これでも丁重に扱ったことには感謝してほしい。この時の為に大事に大事に生かしておいたのだから……。そうだな……まずは昔話から始めよう。そうすれば、私が今からしようとしていることも説明が容易い」


 ジャガーイーモは今にも手が出そうになったが、彼の計画を、真意を聞く為、堪えることにした。


 そしてカリフリーグは、語り始めた。




――かつての世界では、政治は腐敗し、しかし人々は圧政ということにすら気づかなかった。不老不死である為に、苦しみに対して鈍感になっていたのだ。


 苦しみが増えるくらいなら植物のような人生を。そんな考えを嘲笑うかのように、人々からは喜びも、思考能力すらも失われていった。


 人類全体から気力が失われてしまっていると言える状態だった。美術も、音楽も、文化全てが停滞していた。退屈を退屈とすら感じなくなってしまった人も増えた。それが良いか悪いかを捉えるのは自由である。ある意味では、人類全体が聖人になったとも言えるからだ。全てをどうでもよいと考えれば、怒りも悲しみといった衝動も、生まれるはずはないからだ。


 だがそうして生きる意味を、皆失い始めていた。


 そうやって人類全体が思考停止をしていると考えれば、それに反発する者たちが出て来るのは当然とも言えた。


「昔は人々に衝動があり、感動があり、人情があった。新しいものを求め、より良くしていこうという向上心があった。それを人々は、苦しみを捨てるのと同時に失ってしまったのだ」


 太古の芸術作品を賛美し、過去の歴史と人々を讃えた。生き甲斐というものを求めた。


「限られた時間の中で人々は多くの事を成したというのに、この数百年で人類は何も進歩していない。これでは暗黒時代も同然だ」


 不死性を得てそうなったのだから、人々には死や痛みが必要だったのだ。そんな浅薄とも傲慢とも言える考えが、未だ衝動を持つ人々の間で広がっていった。


 そうしてまだ激情を残した知識人たちは、立ち上がったのである。


 ジャガーイーモたちは腐敗した政治家などを裁いていったが、無差別テロなどは行わなかった。ただ人々に目覚めて欲しかっただけだ。人類の持つ、命の輝きを。


 だがカリフリーグは違った。いや正確には、気付き、変わってしまったのだ。


 まず初めにジャガーイーモが捕らえられ、カリフリーグは逃亡を続ける間世界がどう変わっていくかを観察していた。


 人々は啓蒙されただろうか。恐怖を思い出し、醜くも美しい必死な足掻きを見せてくれるだろうか。


 期待の眼差しで、ずっと人類を眺めていた。


――だが、そこにはただ縋るだけの盲人しかいなかった。


 ある者はまだ生きたいと泣き叫び、ある者はもう死んでもいいと諦め、ある者は死の力を利用し、自らの幸福の為人を支配しようと考えた。


 ジャガーイーモたちは自分たちが悪となることで人々の団結や勇気を引き出すことも辞さないと考えていた。なのに自分たちに向けられた憎悪は、小心者の民衆が陰口を叩くような、薄っぺらなものだったのである。


 そこには勇気も創造もなかった。人々は何も、生み出しはしなかったのである。


「私達が求めていたのは、こんな世界ではない」


 カリフリーグは世界に失望した。だから、世界を、いや、人類は滅ぶべき存在だと考えた。

 そして、世界のありとあらゆる国に技術を教え、ばらまいた。


 カリフリーグの期待した失望通り、人類は勝手に自壊に向かった。


 途中で正義を語る集団に捕らえられてしまったが、刑務官が来なくなった時全てを察した。


 ああ、私は成し遂げたんだ。人類は滅びた。世界はこれから綺麗になる。無か、或いは動物たちの楽園になる。


 そう笑いながら、彼は眠りに落ちた。



 そうしてカリフリーグが目覚め、見た世界は。


「だが結局、何も変わらなかったみたいだ」


 カリフリーグは、製粉機のスイッチに手をかけた。


「人間が皆家畜と同じ姿をしているのだから、笑ったよ。まだ野菜の方がマシさ。それになんだか皆獣性が上がっているようにも思えるよ。感情に左右されやすく、怒りっぽくて、いらぬ差別や恐怖を抱いて。そのくせ何も考えず従うのが心地よくすらある。まぁある意味では私の望んだ動物たちの楽園にはなっているかな。人の醜さばかり増した、という点が失敗だけれどね」


「俺の仲間を、俺が救ってきた人たちを、ばかにするな」


 ジャガーイーモは拳を握りしめ、きっと目を細めた。


「おいおい、そう睨むな。言っておくが、君がこの世界で最強であれたのは旧人類だったからで、私とそれほど力の差はない。その怪力でどうにかしようだなどと考えているなら、無駄だ」


「……何故だ! 何故人類を滅ぼそうなどとする! もうお前の望みは叶った。人類は新しくなった。それで十分だろう!」


「駄目だね。この人類も失敗だ。結局人間が人間である限りその愚かさは変わらない。……私は気づいたんだよ。私が今まで生きてきたのは、人類が二度と生まれないように摘果する剪定者になる為だったんだとね。人々を賢くしようなどという考えそのものが間違いだったんだ。この世界など、何も考えられない、悪という概念すら生まれ得ぬケモノだけの世界か、或いは全てが生まれぬ無の世界にするしか、真の平和は訪れないんだ」


「違う! 人々は許し、忘れることで罪を洗い流し分かり合うことができるんだ!」


「それは人々の善性しか見ていない狭窄的な考えだよ、ジャガーイーモ。……一度滅びて人類はケモノの見た目になったんだ。多分次は、ただのケモノしか生まれないんじゃないかな。ククッ、楽しみだね」


「神にでもなったつもりか! カリフリーグ!」


「そう、私は神だ。生きるべき生命を選ぶ権利のある、不死の絶対王だ!」


 カリフリーグは、製粉機のスイッチを入れた。


「ジャガーイーモォッ!」


「よせッ! カリフリーグ! よせぇぇっ!」


 そんな叫びは虚しく、クロップクロウの叫び声が聞こえた。何度も何度も響くように。助けてくれ、死にたくない。そんな声が延々と耳を貫いた。いや本当は、一瞬の出来事だったのだけれど。ジャガーイーモの耳には、その悲痛な叫びが、こびりついて離れないのだった。


「……カリフリーグゥッ!!」


「そうだ、その目だ。ジャガーイーモ。この世に悪というものが存在する限り、その目は人々から失われない。……さぁ、かかってこい。これが人類最後の戦いだ」


「あああッ!」


 ジャガーイーモはカリフリーグに殴りかかった。いつもの一方的な戦いではなかった。互いの体が壊れては再生し、そして壊し続けた。


 カリフリーグは、用意した幾つもの捕獲道具を次々と繰り出し、その度にジャガーイーモはそれを破壊した。


「ほぅ、面白い。怒りでリミッターが解除されているのか。体の限界を超えた力で網を引きちぎっている。やはり素晴らしいな、人の衝動は!」


 逃げては道具を射出していたカリフリーグは、一転してジャガーイーモに蹴りかかった。


「だがッ!」


「くっ!?」


 ジャガーイーモは蹴り飛ばされ壁に激突した。更にカリフリーグはジャガーイーモの持ってきたパイプを拾い上げ、それを投擲した。パイプはジャガーイーモの腹に突き刺さり、壁に杭打ちされて動けなくなった。


「これで身動きがとれないな、ジャガーイーモ」


「ぐぁうっ!」


「おやおや、まるでケモノじゃないか。……ああ、そういえば説明し忘れていることがあったね。私が彼を連れ去り時間を稼いだのは、君を殺す兵器を作る為だったんだ。現代の技術力では作るのが難しかったが、ようやく完成したのさ」


 カリフリーグはポケットから注射器を取り出した。


「これが不死性を失わせる化学兵器、CAREHAZAⅠ(カレハザ・ワン)だ。この注射器を刺せば君は体を再生できなくなり、死に至る」


「ぐぬぁぁ!!」


 パイプを引き抜こうと必死に抵抗するが、かなり深く壁に打たれているようでなかなか抜けない。


「さようなら、我が同士。君のような人間が、人類皆であれば良かったのにな」


 カリフリーグは抵抗できないように彼の腕を破壊してから、ジャガーイーモに注射器を刺した。再生能力が仇となり、薬が瞬時に全身を巡った。


 ジャガーイーモは、動かなくなった。


「ふぅ。……やはり終わりというものは、無くてはならないな」


 ジャガーイーモに背を向け、立ち去ろうとしたその時。


「ああ、特に悪にはな」


「なにっ!?」


 パイプに刺さったものとは別の肉体のジャガーイーモが、いつのまにか彼の後ろに立っていた。


 ジャガーイーモがクロップクロウを挽き殺した製粉機を壊すと、中に大量に入っていたクロップクロウの死体たる粉が撒かれた。


「これはッ!?」


「クロップオーバーだ、ド外道」


 ジャガーイーモが指を鳴らすと火花が起き、それに反応して粉塵爆発が起こった。


 大きな爆発が起こり、ジャガーイーモもカリフリーグも建物も、全て粉々に吹き飛んだ。



――爆発が収まると、カリフリーグの肉体は徐々に、ゆっくりと再生を始めた。しかしその一欠片をジャガーイーモが拾い、拳で強く握りしめた。


「悪いな、力は互角かもしれないが、ジャガイモは痩せた土地でも育つんだぜ。まぁつまり、粉々に砕けた状態からなら、僕の方が再生は早いってことだ」


 カリフリーグは意識こそあるが、握りつぶされ再生が阻害されている。


「何故僕が再生できたのか、疑問に思っているだろう。僕は君の用意した拘束道具を全て壊して、残った道具は僕が持ってきたパイプだけにした。不死で痛みもない以上、決着をつけるには必ず道具で拘束しなくちゃならないからね。それに、君なら確実に死の兵器を使ってくると思った。パイプは丁度手ごろなものだったろう」


 ジャガーイーモはゆっくりと歩き始め、さっきまであれほど怒声をあげていたのに、今は落ち着いて、昔話でもするみたいに優しく語りかけた。


「僕がパイプを持ってきたのは、パイプの中に自分を残して切り離す為だった。僕はパイプで刺された時、わざと奥まで押し込んで貫通させ、本体はそっちに移したんだ。だから僕が動かなくなったのは死んだからじゃなく、刺した体はもぬけの殻だったから、ってわけだな」


 ジャガーイーモは乗ってきた車のトランクから小さな箱を取り出し、カリフリーグをその中に入れた。


「それじゃ、またな、かつての我が同士。太古の土の中で、じっとしていてくれ」


―――――――――――


設定飼糧


CAREHAZA Ⅰ(カレハザ・ワン)

Calendar hazard Ⅰ=有害性日程表。

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