第6話 ジャガーイーモと、しょくざいのいえじ

(JuggerPotoooooooo and the atonement of returning home.)



 どかんっ、と大きな爆発。


「ありがとうございます、この度は、なんとお礼を申し上げたら良いか」


「いえ、大したことは。しかし、持ち前の爆弾で間に合ってよかった」


 ジャガーイーモ一行は、流浪のお助け人として各地を転々としていた。ジャガーイーモの怪力、キャロップの駿足、クロップクロウの航空、これらの力を合わせ、幾つもの悩み事を解決してきた。


 今回訪れたのは、最近地震の多い国であった。それに伴う落石で、道が塞がれてしまった所を爆弾で解決したのだった。


「まだ困っている人がいるかもしれませんから、爆弾は多めに持っているといいでしょう」


「ははっ、分かりました」


「よろしければ、うちに泊まって行かれませんか?」


「ええ、それは是非」


 ジャガーイーモたちは、落石で客が来れなくなった宿屋の恩に与ることにした。このよう誰かを助けてはその報いをという形で、彼らはその日その日を生きていた。


 ジャガーイーモたちは旅を続ける中、何度もそれぞれの街に留まり、ずっとそこで暮らそうとも考えた。しかしどうにも、ジャガーイーモは行商人の言っていたことが心の中で反芻していた。思い起こす度に、ここで立ち止まるべきではないと、自分の中の自分が、そう言うのだった。


「気にし過ぎじゃないか。運命というなら、街の人たちを助ける、それで十分じゃないか」


 町の宿屋で、二人は夕食をとっていた。


「それはそうだが、何か、引っ掛かるんだ」


「前の時代では、第六感まで進化してたのかい?」


「そんなことはないが……」


「はっきり言って、限界がある。所詮俺たちが助けられるのは、俺たちの手が届くところまで。流れ流れては、却って救えないものもある。旦那、あんたはメサイアコンプレックスだよ。新しい人たちを助けて、それで満足している」


「手厳しいな、クロップクロウ」


 クロップクロウは水を飲み干し、ふぅと自分を一息つかせる。


「すまない、言い過ぎた。だが、何れにせよいつかは留まるべき時が来る。その事も、考えておいてくれ」


「分かったよ。……そうか、あれからもう30年は経っているのか」


 二人は少しもやもやとした気持ちを抱えながらも、床についた。





 夜中、3時。人々が眠りについている時、それは起きた。


「地震だっ地震だぁっ!?」


「おいっ! みんな起きろっ!――火山が噴火してるっ!?」


 激しい爆音と共に大地が揺れ、空からは火山岩が降り注いだ。皆が眠っている時だった為、逃げ遅れた人が大勢いた。被害は広範に渡り、国や街は大きな打撃を受けた。


「ジャガーイーモ!」


「ああ! 助けるぞ!」


 二人と一匹はいつものように人々を助け、おかげで多くの人が救われた。


 数日経って、ラジオから衝撃的なニュースが流れた。なんと、比較的遠い三つの火山が同時に噴火していたのだ。


「これは……ジャガーイーモ」


「ああ。恐らく、誰かが人為的に起こしたんだ。大きな爆弾でも使ってな」


 二人と一匹は原因究明の為、一番近い火山へ調査に行くことにした。本来なら国の調査隊が行くべきところだが、今は非常時でどこも手が空いていない為、先発隊としてジャガーイーモたちが調査を担うことになった。


「お役人さんたちは支援物資の手配などに関われますが、自分たちはそういうわけにはいきませんから。適材適所ということで、是非僕たちにやらせてください」


「うぅむ、今は人手が足りんからな。分かった。君たちは街の人々から信頼されているし、頼んだよ」


 役人に地図を貰い見てみると、火山からほど近い場所に採掘を生業とする村があることが分かった。ここに支援物資を届けると共に調査の拠点とすることにした。


「いざ、出発」


 いつもはジャガーイーモと二人で彼に乗っていたが、寿命が延びたとはいえキャロップはもう大分お年寄りで、クロップクロウも必要な時の為に飛べる体力を温存しておきたいということで、最近ではクロップクロウがキャロップの背に乗り、ジャガーイーモが荷車を曳くようになっていた。


 しばらくして村につくと、そこには黒く焼け落ちた建物しか、殆ど残っていなかった。


「こりゃひでぇな……」


 村は幸いマグマに飲み込まれはしなかったものの、被害は甚大だった。


「ああ、都市の支援隊の方々ですか? 私、村長を呼んできますね」


 ジャガーイーモたちは村の人々に支援品を届けると、特に子供たちが駆け寄り、皆笑顔で迎えてくれた。


 暫くして、村長が現れた。――しかし。


「……ッ! なぜ、あなたが、ここに……ッ!」


 村長は絶句し、よろよろと慄いた。


「え? すみません、どこかでお会い――」


「このっ化け物がっ!」


「あっ――」


 ジャガーイーモは、はっとした。


(どこか、面影がある。聞いたことがある。ああそうだ、随分と変わってしまっていて、気が付かなかったが。そうか、この村は)


「人殺しの怪物っ、ジャガーイーモ……!」


「君は、村長の孫の……!」


 彼女は長らしく手を広げ、声高々に村人たちに言った。


「皆さん、この方からすぐに離れなさい。このおかしな肉体をした者は、かつて私たちを圧政から救った英雄たちを殺した化け物なのですっ!」


 だんだんと、皆遠ざかっていく。そして口々に聞こえてくる、不安と畏怖の声。


「あっせい? ばけものー?」

「ほら、離れなきゃでしょ!」


「ああっ! 村でずっと語り継がれてた、あのっ!?」


「本当にジャガイモの体をしているのか……」


「……」


 クロップクロウは、彼らからしてみればただの加害者だということが分かっているからこそ、自分がジャガーイーモへの感傷を抱いていることが、却って申し訳なく感じてしまった。


 ジャガーイーモも、何も言わなかった。ただかつての背徳が帰ってきて、ずっと考えていた自分にできるせめてものことを、ただしようと思った。


「……」


 彼は、黙ったまま荷物を置いた。


「……っ!」


 しかしその様子が、彼女には今にも爆発しそうな火山のように見えて、村長はびびった。


「な、なにも言えないみたいですね。そうです、あなたは殺さなくていい人々を殺したのですから。私の祖父を殺し、こうして村の人たちは幸せになったのですから。反論の余地などあるわけ――ひぃっ」


 ジャガーイーモは、静かに村長に近づいた。


「ぴ、ぴぇ……」


 村長は、トラウマを思い起こした。何年経っても忘れられぬ、何度も夢に見る、恐怖の記憶。幼少期に見た、大きな友達が急に暴れ出し、目の前で自分の大切な人たちを残酷に殺し、返り血に塗れて立っていた記憶。


 そんな恐怖が一気に胸の奥底から沸き上がり、えずいて吐瀉物を撒き散らした。膝の力が抜け、股からは尿が漏れ出た。そして、村人たちの前で情けなくも命乞いをした。


「しゅ、しゅみましぇ、ごめにゃしゃい、いのちだけは……」


 涙で顔がぐしゃぐしゃになり、あの時の少女へと顔を変えた彼女に、ジャガーイーモは改めて、自分の罪を思い起こした。


(言い訳にはならないが、僕が一つの街に滞在せず旅を続けてきたのは、これのせいでもあるのだろう。深い関わりを持てば、いずれ僕は誰かを不幸にしてしまう。そんな気がして、無意識に避けてきたんだ。そしてクロップクロウの言うように誰かを助けることで、自分は救われようとしていたんだ。考える暇もない位沢山助けることで、この、本当に償わなければならない罪を忘れようとしていたんだ)


 そうしてジャガーイーモは、他者を助ける自分に酔うことで自分を保とうとしていた事実に気づき、悔いた。


 けれど、尚もジャガーイーモは彼女を本当の意味で救う方法が見つけられないでいた。自分がいては、ただ不安と恐怖で怯えさせてしまうだけ。彼女の視界から消え失せることが自分に出来る事であり、許しを請おうと奉仕することすらできない事、永遠に恨まれ続けることが自分への罰だと思っているからだ。


 だから今回も――、


「……支援物資だけは受け取ってくれ。僕たちは何もしないが、頼まれれば村の復興を手伝う。僕の主な任務は、火山の調査だ。……それと、こんなもので許されると思っていないが……」


 ジャガーイーモは深く礼をして、


「すまない。恨んでくれて、構わない。僕は、すぐに去るから」


 と言い、立ち去ろうとした。しかし。


「……まって、あ、いや、まって、ください……」


 まだ恐怖に支配され、しどろもどろどもりながらも、彼女はほんの少し、勇気を出した。


「わ、わた、私、は……その、ずっと、あの時、の、事が、トラウマ、でっ、その、あなたのことを、恨んで、ます……」


 ジャガーイーモは背を向けたまま、黙って聞いていた。


「で、でも、だ、だから、その、あなたの、罪は、消えない、ですが、その、トラウマっを、消す為に、協力してほしい、かも、です……」


 少し、沈黙。そして。


「……全部が終わったら、この村で、贖罪をしてもいいのか?」


 ジャガーイーモは、僅かに振り向いた。村長は、こくこくと頭を縦に振った。


「……そうか。ありがとう」


 ジャガーイーモは、静かに去った。


「旦那……」


 クロップクロウも追いかけ、村長はひょろひょろと立ち上がった。涙を拭ったかと思うと、いきなり虚勢を張って見せた。


「ふ、ふーんだ! 反省しているようなのであっありがたく物資は貰ってあげます! ほら皆さん、動く!」


「は、はい!」


 村長は手短に指示を出すと、すたすたと部屋に帰って行った。部屋に戻るとすぐに座り込み、怯え切ってガクガクとさせた膝をようやく休ませた。


「はぁはぁ、こわかった……。寧ろよく最初は威勢よくいけたなあんな化け物相手に……」


 部屋の隅で、小さく縮こまると、これまた小さく恨み節を吐いた。


「……罪が消えることなど、ありはしない。彼らは、この村を導ける人たちだったのに。それを、私一人が重責を負うことになって……。村の人たち、誰もやりたがらなかった。結局、過去の権威に縋るだけの奴隷しかいなくなっちゃったんだもの。自分が上に立とうだなんて考えもしない」


 そして、ジャガーイーモの言っていたことを思い出す。


「贖罪をしてもいいか、だなんて……。私は、このトラウマを消す為に何でもするというだけ。その為に御伽話にするとか色々してみたけど、結局だめだった……」


 彼女は、鮮烈な恐怖で忘れていた、彼との楽しい思い出を思い出した。


「……やっぱり、嘘じゃなかったんだ」


 忘れていた涙がまた出てきて、しかし彼女は踏ん張って立ち上がった。


「うにゃぁぁもう! 皆私がいないとだめなんだから! 村の指揮でしょ、私!」





「旦那……」


 クロップクロウは、ただ彼の話を聞いてあげたいと思った。それしか出来ないとも、思ったからだけれど。


「……かつて、僕の恩人が言っていた。『結局罪と善行の関係というのは、怒りが忘れられるか否かに過ぎない』のだと。彼女にとって、それはまだ忘れられぬ恐怖であり、怒りであり、痛みだったんだ。僕はそんなかわいそうな少女に、罪を許してくれなどと傲慢に強要することは出来ないよ」


 クロップクロウは相変わらずの態度に、改めて反省した。


「……はい。そういや前言ったこと……俺も悪かったです。初心忘るべからず、俺たちの行く道は贖罪の旅路、もっと優しくならなけりゃ」


「そうだな」


 ジャガーイーモは話を聞いてくれたことが嬉しく、いつもの暖かな微笑みを取り戻した。


「……俺、この村で旦那と一緒に働きますよ」


「君は付き合わなくてもいいんだぞ?」


「もうここまで付き添ったんですから。離れる方が嫌ってもんですよ。それに、腰を落ち着けたいという願いも叶いそうですしね」


 二人は優しく微笑んだ。


「ははっ、そうか。……うん? これは……おい、見てみろ」


 ジャガーイーモは、小さく光る、明らかに自然のものではない欠片を発見した。


「! これっまさか……」


「ああ。これは爆弾の――」


「『破片』、でしょう?」


「っ!?」


 いつのまにか背後に、人が立っていた。


「誰だてめぇは!」


「ああ失礼、申し遅れました。私の名はエグレファント。元はゾウ系でしたが、カリフリーグ様からその“身”を頂き、ナスの肉体を手に入れました」


 慇懃に腰を低くし、ご丁寧な礼をした。


「カリフリーグ、だと……っ!?」


「はい。ジャガーイーモ様ご一行が何やら動きを見せているとのことで、こちらも調査に参ったのです」


 エグレファントは眼鏡をくいっと直した。


「それで、何か情報は得られたかい?」


 クロップクロウは彼を睨みつけ、ゆっくりと戦闘態勢をとった。

 エグレファントはただ立っているだけなのに隙が見えず、空気が張りつめる。


「ええ、カリフリーグ様が懸念する必要はない、取るに足らない腑抜け共ということがね」


 クロップクロウは怒り、宣戦布告と受け取った。


「ほざけぇーっ!」


「待てっクロップクロウ!」


 クロップクロウが飛びかかり、手に持ったナイフで一心に襲い掛かるが、ゾウの鼻が俊敏に攻撃を受け止めて躱し、一つも当たらない。


「ゾウであのスピードなのか!?」


「ぬぅん!」


「ぐぁ!?」


 鼻ばかりに気を取られて、クロップクロウは拳を躱せなかった。


「手強い……!」


「よせっ、クロップクロウ! エグレファントとやらも、いったん矛を引け!」


「やれやれ、そちらから襲い掛かられたのですから、困りますねぇ」


「それでもし脅威ならそっちから仕掛けるつもりだったんだろっ、ああっ!?」


 クロップクロウは地面にもたれたまま体をなんとか起こした。


「よせと言っている!……それで、仲間なんかを作ってカリフリーグは何をしようとしている?」


 ジャガーイーモは疑惑で頭が一杯になりながらも、何か心の中でピースが当て嵌まっていくような、そんな感触がしていた。


「それは――」


 エグレファントが話そうとした、その時。


「それは私から、直接話そう」


「……っ!」


 本人が、いつの間にか彼らの横に現れた。


「っカリフリーグ様! 何も直接参られなくとも……」


「いや、いい。久しぶりに会いたかったというのもある」


「はっ」


 エグレファントは礼をし、後ろに下がった。

 カリフリーグは徐に、ジャガーイーモの方へ視線を向けた。


「――やぁ、久しぶりだな。いくら不老不死とはいえ、こちらは色々と動いていたから長く時間が経っているように思うよ」


「カリフリーグ……!」


「ああ、そう睨むなよ、ジャガーイーモ」


 カリフリーグは、不敵な笑みを浮かべた。


「今僕の中で、ピースがはまったような気がしているよ。僕が今まで抱いていた、このもやもやとした予感のような不安は、カリフリーグ、かつても君が裏切った記憶だと、そういうことなのだろう!?」


 ジャガーイーモは、きっと彼を睨みつける。


「君が今まで、そして獄中でどう思ったかなど、知ったことではないが……随分と半端に記憶が残っていたものだな」


「やはり、そうなんだな……!」


「今はまだ忙しくてね……心配するな、後で話してやる。全てが終わった後にね」


「カリフリーグッッ!!」


 ジャガーイーモは必死に呼びかけるが、歯牙にもかけない。


「――行くぞ」


「はっ」


 カリフリーグは、背を向け立ち去ろうとする。


「逃がすかぁっ!」


 ジャガーイーモは彼の背を追った、が。


「ぐぁ!?」


 エグレファントが胸の中央を正拳で突くと、一撃で体をバラバラにされてしまう。


「ジャガーイーモ!?……くそぉぉ!」


 クロップクロウは今にも背中から襲いたくてしようがなかったが、無謀だと悟り、ただ見送ることしかできなかった。


 二人は暫く、ただ茫然と無力感に苛まれた。



To be continued...→


―――――――――――


設定飼糧



エグレファント Egglephant

モチーフ:elephantゾウ+eggplantナス


カリフリーグの右腕。奴隷として酷使されていたところを、カリフリーグが雇用主を殺害し自らがその農場、採掘場などありとあらゆる権利を強奪し、自分の身を分け与え救った。

その圧倒的な力で支配する様を見て、彼は忠臣となった。




Digging Doggy Downtown 採掘犬の繁華街


通称3D(さんでい)。またこれから転じてSunday村と呼ばれることもある。


ジャガーイーモを発掘した村。

繫華街と名がついているが、これは鉱石が大量にとれることに準えて都市の人間からつけられた名であり、実際は都市化の進んでいない田舎の村である。

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