第3話 ジャガーイーモと、いっぴきのカラス

(JuggerPotoooooooo and the lonely raven.)



 ジャガーイーモはキャロップに乗り、相変わらず当てもなく旅をしていました。


 そんなある日、いきなり空からカラスに襲われました。キャロップの背に乗せた荷物を、一瞬の内に盗られてしまったのです。


 ぶちぎれたジャガーイーモは、近くの石を握り砕くと、その沢山の小石を一気に投げ飛ばしました。それは散弾のように飛翔し、空を飛ぶカラスを見事撃ち落としました。


「ち、ころせなかったか」


 血を流していないカラスを見て、ジャガーイーモは残念がりました。散弾になったことで、威力が落ちてしまったのです。ざんねん。


「おい、どこのもんだ。名前はなんという」


 気絶していたカラスを水責めして、無理やり叩き起こしました。


「いぎひぃ、ゆ、ゆるしてくれ、このとおりだ」


「おうなら、名を明かせ」


 胸倉を鷲掴み、きっと睨みつけます。


「俺は、レイドヴンだ。ただの盗っ人だ。金は持ってねぇ」


「おうなら、家へ連れてけ、全財産を寄越せ」


「そ、それも含めてねぇ。ほ、本当だ、嘘じゃねぇ。信じてくれ」


「おうなら、なんでこんなことした。金がないからなんて答えを求めているんじゃない。お前の人生を話してくれ」


 ジャガーイーモは急に優しくなり、毛布を貸したりお茶を渡したりしました。


「うぅぁ、こんなに優しくしてくれたのはあんたが初めてだ」


 レイドヴンは、涙を流して語り始めました。



 彼は、カーラースという小国の兵士でした。いつも通り、彼が空を飛び回って領土を見回っていた時のことです。幾つかの不穏な影が見えました。随分と高く飛んでいましたから、豆粒にしか見えない影でした。


高度を下げて見てみると、数人の民間人が、何やら物を運んでいました。ここは、街から遠く国境に近い森でした。


 こんな所で何をしているのだろう、レイドヴンはそう思いました。

 彼はすぐに降り立ち、その人々に問いかけました。


「おい、お前たち。こんなところで何をしている。まさか、隣の国から来た、難民ではないだろうな」

「いえいえ、軍人さま。我々は単なる木こりでございます」


 確かに彼らの手には斧が握られ、葉っぱのついた木々が沢山置いてあった。


「そうか、疑ってすまない。では、失礼する」


 長く飛行して疲れていた彼は、問い詰めもせずそのまま飛び去りました。


 その数日後、いつものように見回りをしている時、そして、丁度木こりのいた所を飛んでいた時のことです。


 数発のミサイルが、空に撃ち上がりました。


 暫くして、首都が攻撃された無線が、入って来ました。


 そう、レイドヴンが郊外で見た彼らは、巡行ミサイルを隠している所だったのです。


 辺りを見回すと、一個大隊程の榴弾砲を牽引する部隊が見えました。しかもこの榴弾砲は、隣の国で正式採用されているものでした。


 これは、隣の国が攻めて来たに違いない。そして、これから大部隊が攻めて来るに違いない。レイドヴンはそう思い、彼は慌てて応援要請を出しました。


「一個連隊を寄越してくれ」


 彼は暫くそこを偵察していましたが、先程見かけた部隊以外、何も見えませんでした。あれ以上の増援などは、無かったのです。


 レイドヴンは、二度も失敗をしてしまいました。


 連隊が来てその部隊は難なく撃滅できましたが、レイドヴンは連隊長から怒鳴られました。


「何をやっとるんだ馬鹿者。ほんの一個大隊しかいないではないか。小国の我々にとって、大部隊を動かすことの意味を、お前は分かっているのか」


 レイドヴンは縮み上がってしまいました。挙句の果てには、裏切り者ではないかと疑う声まで聞こえてきて、もう彼は精神的に参ってしまいました。


 そうこうしていると、緊急声明が出されました。


 それは、テロ組織が電波塔を占拠して流しているものでした。


 テロ組織はまず、巡行ミサイルで首都と軍事基地を攻撃。それを合図に、内部に潜んでいた部隊が奇襲を開始、あらゆる主要機関を占拠してしまったのです。


 レイドヴンが見かけた一個大隊は、街を攻撃する為に用意されたものでした。主要機関を占拠できる人数は限られている為、軍に総攻撃を仕掛けられればすぐに撃滅されてしまう可能性がありました。その為、郊外に民間人を攻撃できる別動隊を用意し、要求を呑まなければ砲撃をして民間人を虐殺すると脅す為のものだったのです。


 それだけならば、まだレイドヴンの行動は間違っていなかったと言えるでしょう。しかし、この一個大隊が厄介な代物だったのです。


「我が国は、カーラース国から明白な攻撃を受けた。これを侵略行為と見なし、カーラース国への戦争を開始する」


 レイドヴンの想像通り、確かにそれは隣の国の部隊だったのです。


 隣の国はテロ組織と手を組み、資金援助や武装提供をして来ました。初めから一個大隊が攻撃された場合、難癖をつけて戦争を仕掛けるつもりだったのです。部隊が攻撃されなかった場合は、テロ組織の物だという風に言い通し、隣の国は見返りとして贔屓に扱うよう手を組んでいました。


 その放送を聞いてすぐ、榴弾の雨がレイドヴン達の真上に降り注ぎました。隣の国からほど近い場所で戦闘をしていた彼らの居場所は、完全に把握されていたのです。


 レイドヴンは対空砲の砲撃をなんとか掻い潜り、とにかく遠くへ飛び続けました。


 何日も何日も、もう追っ手などいなくなっても、疲れ果て地に墜ちても、何度も飛び上がり逃げ続けました。


 それは、自分の犯した失敗から逃げる為でもあったのかもしれません。




 遠くの国で、彼は雨に濡れながらとぼとぼと歩いていました。軍の装備はどこかに捨てて来ましたが、戦場の臭いを漂わせ、ただならぬ雰囲気を放つ彼を、皆遠巻きに嫌悪感を持って見ていました。


 電気屋の幾つものテレビが、道路に向かってニュースを流しています。彼はふと立ち止まり、それを見ました。


「カーラース国は、隣の国に隷属しました。テロ組織がトップに立ち政治をするそうですが、隣の国から不平等な要求を呑まされ、完全なる平和が取り戻されたわけではないと専門家は見ています」


 レイドヴンは、ただ立ち尽くしていました。涙は既に枯れ果てていたのです。


 それから彼はとりあえずその国に住むことにしましたが、彼を受け入れてくれる場所はありませんでした。元から差別を受けていた小国の民であった彼は、どこに行っても突き返され、路頭に迷うこととなりました。


 レイドヴンは、略奪をして生きていくことにしました。


 但し、奪うのは隣の国の民からだけです。彼は自分を正当化する為に、多くの言い訳を考えました。


 略奪を繰り返すうち、色々な失敗を犯しました。


 初めは人は殺さない、女子供は襲わないなど、幾つもの戒めを立てていましたが、そんな綺麗事は許されないと言わんばかりに、殺さなければ自分が死んでしまう状況になったり、子供を盾にしたりといったことを繰り返してしまいました。


 彼はもはや全てに絶望し、しかし死ぬことを恐れる自分すら嫌になって、悪に堕ちるしかなくなったのです。




 そして今、ジャガーイーモの前でレイドヴンは泣き崩れ、地面に額をつけて謝りました。


「ああ、すまない、すまない、俺が悪いんだ、俺が殺したんだ。ああどうか、許さないでくれ、頼む、俺を殺してくれ」


 ジャガーイーモは、こう言いました。


「僕の体を食え。僕の体を食べると、人は死ぬ」


 ジャガーイーモは、嘘をつきました。


「ありがとう、ありがとう、すまない、ありがとう……」


 レイドヴンは、喜んでそれを食べました。しかし、いくら食べても、身体が朽ちることはありません。いえ寧ろ、元気になっていきます。みるみるうちに、羽根の一枚一枚が、麦の穂になっていきます。


「あれ、おれ、なんで、死なない」

「よし、これでレイドヴンは死んだ。……ん、君は誰だ。どうやら名前が無いようだな。よし、今から君の名前はクロップクロウだ。僕の奴隷として、一生働いてもらうぞ」


 "クロップクロウ"は、またぽろぽろと泣き始めました。


「ああ、そんな、あんた、俺を、俺を……」


 暫くしてクロップクロウは立ちあがり、言いました。


「ああ! これからこきつかってくれ、ジャガーイーモ!」


 ジャガーイーモはふっとわらうと、二人と一匹は歩き始めました。




つづく


―――――――――――


設定飼糧


レイドヴン Raidven

モチーフ:ravenワタリガラス・raid襲撃


各地を渡り飛んでは、略奪の限りをつくす、悪いカラス。

しかし実は、かつては軍で斥候を務める、平和を愛する戦士だった。


クロップクロウCropCrow:crop穀物・crowカラス



カーラースCarwrath

モチーフ:カラス・wrath憤怒

レイドヴンの住む国。多民族国家であり、国民の多くはカラスであったが、近頃難民が増えたこともあり小さないざこざが絶えない。

カラス系には頭が良く優秀な者が多いが、他の民族からは狡猾だという風に思われており、差別されることが多い。

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