第10話

「ブラッディーヴァイパーだと……

 そんなのゴールドランクの冒険者でも苦戦する相手だぞ。

 なんでそんな魔物がこんなところに」


「おそらく突然変異でしょう。

 特殊個体と呼ばれる魔物は総じて突如現れるから対応に困りますなあ。

 昔から冒険者の悩みの種です」


「でも特殊個体を狙って活動する冒険者も一部いますよね。

 特殊個体の魔物は良い素材になるので高値がつきますから。

 特殊個体は珍しいのでなかなか遭遇できないらしいですが」


「へえ。

 なかなかお目にかかれない魔物なんだね。

 じゃあ俺たちは結構レアな体験をしているわけだ」


「おっさんたち、なに呑気に話しているんだよ!

 すぐにここから離れて応援を呼ばねえと。

 こいつが街にまで移動してきたら一大事だぞ!」


「撤退できればいいですが、おそらく難しいでしょうな。

 ブラッディーヴァイパーはこちらに気付いていますぞ。

 奴らは狡猾なので獲物に気付いていないフリをするのです。

 こちらが逃げ出す素振りを見せれば全力で襲い掛かってくることでしょう。

 やめておいたほうがよろしいかと」


「なんだよそれ!

 じゃあ、どうしろっていうんだよ!

 じっとここで動かずあいつに食われるのを待てってのか?」


ジャンの言葉に青ざめる狼の爪のメンバー。


しばらくの沈黙の後、突如リンが矢筒から弓を抜いた。


「おい!

 なにを……」


「……やるわよジャン」


予想外の行動にうろたえるジャンを決意を込めた目で見据えるリン。


「私たちはあれから強くなった。

 個の力はもちろん、連携も遥かに良くなってる。

 勝てないにしろ手傷を負わせることはできるはず。

 上手くいけば退いてくれるかもしれない」


そのリンの言葉に震え立ったのか、盾士のルウも盾を構えて前に出る。


「そうだ、そうだぜジャン。

 俺たちは強くなったんだ。

 前は力不足で足を引っ張っちまったが、今は違う。

 どれだけの傷を負おうが盾士としての役目を果たしてみせる」


「そうです。

 怖いのはみんな一緒です。

 でも、四人で力を合わせればきっと大丈夫。

 私もこれまでのすべてを魔法に込めます。

 みんなで活路を見出しましょう」


サリナも杖を握る手に力を込めて言った。


「お前ら……わかった。

 やろう。

 俺たちならやれる。

 この状況を乗り越えて、冒険者として次のステージに立つんだ」


ジャンのその言葉に四人が力強く頷く。


それからすっかり蚊帳の外になっていた俺たちに振り返って言った。


「俺たちがあいつの注意を引きつけ、なんとか時間を稼ぐ。

 その間に街に戻って応援を呼んでくれ。

 おそらく俺たちもタダじゃすまないだろうから、医療術師も頼む。

 ちょっとした時間の差が生死を分けるからな。

 おっさんたちの身体にゃ堪えるだろうが全速力で頼むぞ」


それだけ言うと、こちらからの返事を待つことなく四人は戦略を練り始めた。


「今回は討伐が目的じゃない。

 粘り強く戦って応援までの時間を稼ぐんだ。

 デカい傷を負わせられればいいが、隙があったとしても攻めるリスクは大きい。

 一人でも倒れれば終わりだと思って動こう。

 リンとサリナは矢と魔力管理を気を付けてくれ。

 手持ちの札は攻撃ではなく陽動で使うんだ。

 ルウは俺よりもリンとサリナを守ることを意識してくれ。

 ポイズンヴァイパーと同じであいつは毒液を飛ばしてくるからな」


「オーケー」


「任せろ」


「わかったわ」


どうやら作戦会議は終わったようだ。


四人とも目の前のポイズンヴァイパーを見据え、武器を持つ手に力を込める。


「リンの弓で先手を取る。

 リンの攻撃の反応を見てから俺とルウは前に出よう。

 ……よし、いくぞ!」


リンが弓を構え、放った。


しかし、弓はブラッディーヴァイパーに届くどころかすぐ目の前で止まってしまう。


ドラファルさんである。


後方から一瞬で彼らの前に移動して、放たれた矢を素手でキャッチしたのだ。


「な、なにを……」


何が起きたのかわからず唖然とするリンにそっと矢を返すドラファルさん。


自慢の髭を撫でつけながら、なんとも嬉しそうにドラファルさんは語りかける。


「ふぉっふぉっふぉ。

 良きかな良きかな、若者たちが全身全霊で困難に立ち向かう姿は。

 このまま見届けたかったものですが、今回は相手が悪いですな。

 無謀な行いはさすがに止めさせていただきますぞ」


「私には相手の力量を測る目がありませんので、あなたたちの実力がどれほどのものか分かりませんが、ドラファル翁が止めたということはそういうことなのでしょう。

 私たちが対応しますので、後ろに下がっていてください」


そう言ってエマさんも前に出た。


あ、そうなんだ。


二人が静観しているものだから、ひょっとしたら可能性があるのかなと思っていたのだけどそうではないのね。


なら、もうちょっと早めに前に出れば良かったのに。


たぶんドラファルさんは困難に対してこの若者たちがどう動くか見たかったんだろうな。


おそらく子供の成長を見守るお父さんの気分だったに違いない。


かく言う俺もちょっと青春映画のワンシーンを見ているかのような気持ちで眺めていたからなあ。


ドラファルさんやエマさんと違って、自分で自分の身を守れないにも関わらずだけども。


二人は前に出ちゃったけど、俺はここで待機させてもらいます。


「あんたら……

 いったい何を言って」


「まあ、見ておきなさい。

 コウタロウ様、しばし御側を離れさせていただきますぞ。

 あのヘビを片付けて参りますゆえ。

 エマ殿もいかがかな?」


「そういえば流れのままに出てきちゃいましたが、私は不要では?

 ドラファル翁だけで事足りますよね?」


「まあまあ、この場には魔導士の少女もおりますから。

 一つお手本を見せてあげるのもいいのではないかと」


「なるほど、そういうことであれば。

 それではコウタロウさん、私も行ってきますね」


なんだか二人とも張り切ってるように見えるなあ。


二人が戦うのを見るのもひさしぶりだ。


となると、あのお決まりの台詞をリクエストされるのかな?


少年少女を前にして、ちょっと恥ずかしいんだけどなあ。

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