第9話

見晴らしの良い草原にそれぞれ散らばって薬草採集に勤しむ。


目的の薬草はエノク草。


エノク草は主に解毒ポーションの素材として有名だが、そのほかにも料理のスパイスであったり化粧水の原料であったりと幅広く需要がある。


薬草採集クエストといえばエノク草と言われるぐらいに冒険者には馴染み深い薬草である。


もちろんシマダ商会でも取り扱っており、俺も何度も見ている。


真っ白なぜんまいのような特徴的な見た目をしているため、素人目でもすぐに見つけられる。


えっちらおっちらエノク草見つけては採集し、だいたい一時間ほどでノルマの量が集めることができた。


「ふう。

 これで終わりかな。

 二人ともお疲れ」


簡単なクエストであるが、立ちしゃがみを繰り返すものだから腰にくる。


なかなかの疲労感。


昔はここまで疲れなかったように思うけど。


しばらくデスクワークしかしてこなかったもんだから、運動不足が如実に表れてるな。


「コウタロウさんもお疲れ様です。

 採集クエストというのもなかなか大変なものですね。

 ちょっと汗かいちゃいました」


エマさんはそう言いながら顔を手であおぐ。


陶器のような白い肌にきらきらと汗が輝いている。


美女というのはどうして一挙一動に色気が出るのか。


近くにいる人間としては少し困ってしまうな。


「そうだね。

 ひさびさの体力仕事で俺もちょっとくたびれたよ。

 早く街に戻ってシャワーでも浴びたいものだね」


「ふぉっふぉっふぉ。

 どうやらそういうわけにもいかなさそうですぞ。

 ほら、彼らを見てみてくだされ」


ドラファルさんの指さす方向に目を向けると、そこには一所に集まってなにやら話し合う少年たちの姿があった。


「君たちもわざわざお付き合いしてくれてありがとう。

 なんだか険しい顔しているみたいだけど、一体全体どうしたんだい?」


俺たちは真剣に話し合う彼らに声を掛ける。


「いや、ちょっと気になることがあってさ。

 あそこの丘近くの茂みにほら、見えるか?」


ジャンが見つめている方向にはちょっとした丘があった。


丘と草原の境目辺りの茂みに鹿みたいな生き物が群れで動いているのが見える。


「あれはアムスディアーですね」


エマさんの言葉にジャンが頷く。


「そうだ。

 おかしいとは思わないか?」


「確かに。

 こんな人目に付くような丘の麓に現れるのは珍しいですな。

 アムスディアーは非常に憶病な生き物ですから」


ドラファルさんがジャンの考えに同意する。


「だよな。

 しかも奴らは群れだ。

 一匹だけなら道に迷って丘を降りてきてしまったことが考えられるんだが……」


「つまり、どういうことだい?」


「何か理由があって仕方なく丘を降りてきたことが考えられますな。

 例えば……捕食者に追われてといった理由が」


「おそらくそうだろう。

 そして、この地域であいつらの天敵になるような生き物は一匹しかいない」


おっと、これは嫌な予感。


「ポイズンヴァイパーでしょうな」


「ですね」



「こういったことはよくあることなのかい?」


なにかトラブルが起きていると判断した”狼の爪”と”アンバランス”の一行は草原を後にし、木々の生い茂る丘の中を進んでいた。


「いや、滅多にないはずだ。

 ここら辺の地域はちょっと前に多数の冒険者によって”整地”が行われたからな。

 危険な魔物は討伐しつくされているはずだ。

 俺の親父も参加していたし倒し漏れはないはず」


きっとウチの商会でやったやつだろうな。


それにしてもジャン君の親父さんも参加していたのか。


詳しくは知らないけど、確か複数の高位の冒険者パーティーに依頼をしたはずだ。


その中の誰かであろうか?


「倒し漏れの線は薄いでしょうな。

 私も確認しておりますし」


「えっ?

 じいさんも参加していたのか?」


ジャンが驚いたように聞く。


「まさか。

 じじいは後ろから見物していただけですよ。

 野次馬みたいなものです」


「そういえばドラファルさんに顧問を頼んでたもんね」


「顧問?

 いったい何の話をしてるんだ?」


「ふぉっふぉっふぉ。

 お気になさらず」


「待て!

 みんな静かに」


先頭で斥候を務める弓士のリンが立ち止まり身をかがめる。


後ろを歩く俺たちもそれに合わせて自然と姿勢を低くした。


「やはりポイズンヴァイパーか」


盾士のルウが小さく呟くと、狼の爪の四人にぴりっとした緊張感が漂う。


見据える視線の先にはシュルシュルと音を立てて地面を這うデカいヘビがいた。


こりゃあデカいな。


人間どころか牛すらも簡単に丸呑みできてしまえるようなデカさだ。


ちろちろと舌を出したり引っ込めたりしながら、悠然と獲物を探しているようだ。


ジャンが腰の剣をゆっくりと抜いた。


「あんたらはまだ戦闘に慣れてない。

 俺たちがやる。

 バックアップ……といっても何していいかわからないか。

 とりあえず退路だけ確保して、なるべく俺たちの動きの邪魔にならないように注意していてくれ。

 おまえら準備はいいか?」


「いつでもいける」


「大丈夫」


「同じく」


後ろから見ていても四人の集中力が高まっていくのを感じる。


これからあの化け物ヘビに突っ込んでいくのか。


すごいガッツだなあ。


とてもおじさんにそんな勇気はないよ。


おじさんは力になれないけど、いざとなったらドラファルさんとエマさんが助けてくれるはずだから、あんまり無茶しないように。


今にも飛び出していきそうな四人の背中を見ながらそんなことを考えていると、ドラファルさんが待ったをかけた。


「ふぉっふぉっふぉ。

 いやはや素晴らしい気概ですが少し待ちなされ。

 よーく相手をご覧なさい。

 ポイズンヴァイパーとはちょっと鱗の色が違いませんかな?」


「た、確かに。

 よく見れば鱗がちょっと赤みがかっているような……

 まさか!」


「あっ、本当だ。

 大きさからまだ成体ではなさそうですが、あれは特殊個体のブラッディーヴァイパーですね。

 どうりでアムスディアーが群れで逃げ出すわけです。

 合点がいきました」


戦慄する少年少女をよそに、エマさんはどこかのほほんとした口調でそう言った。

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