第7話

装備の値段は三人で合計して21万イェンであった。


そこそこ大きな買い物だ。


本当は21万3000イェンだったのだが、素晴らしいものを見せてくれたお礼ということで端数を負けてくれた形である。


素晴らしいものって……確かにあのエマさんの姿はなかなか破壊力があったけども。


この世界の貨幣システムは非常に日本のそれと似ている。


あまりに似通っているものだから俺も当初は驚いたものだ。


単位はイェンと発音まで似ている。


10イェン硬貨、100イェン硬貨、500イェン硬貨と続き、1000イェンから紙幣に変わる。


銅色の1000イェン紙幣、銀色の5000イェン紙幣、金色の1万イェン紙幣。


それからかなり桁が飛んで白金色の100万イェン紙幣があるといった感じだ。


王都の民の平均月収が40万イェンとのことだから、感覚的には日本とそう変わらないのではなかろうか。


まあ、現代日本と違い娯楽の少ない世界ではあるし、冒険者なんてそれこそ命を張った仕事であるから同じように比べられるものではないのかもしれないが。


今回の装備は俺のポケットマネーで支給しようと思っていたが、ドラファルさんもエマさんも自分の装備ぐらい自分で支払いますと言って聞かなかった。


別に遠慮しなくてもいいのに。


なんせ俺には充分すぎるほどのお金がある。


貯金の意識があったわけではないが、仕事ばかりに熱中しているうちにずいぶんと貯めこんでしまった。


なんせ2億イェンもの大金が俺のマジックバッグに入っているのだ。


旅の資金いくらあるかなと思いひさびさに確認してみたら予想以上にあってびっくらこいた。


俺の給料に関しては経理部代表のナターシャさんが毎月封筒に包んで持ってきてくれていたのだが、まさかこれほどまでに貯まっていたとは。


俺はその封筒をぽんぽんマジックバッグに放り込むだけで碌に確認していなかった。


なんせお金使わないからなあ。


屋敷に籠っていればなおさらである。


物欲もなければ無趣味でもある俺がこんな大金どうすればいいというのか。


なるべく使っていかなければと思っているが今のところ使い道がない。


ちなみにマジックバッグとはハンカチ程度の小さなものでありながら桁違いの容量を収納できる便利なアイテムだ。


要するにド〇えもんの四次元ポケットみたいなものだな。


ハンカチ、ティッシュといった小物はもちろんのこと、そのマジックバッグのキャパシティー次第では一軒家まるごと取り込んでしまうこともできる。


マジックバッグ自体は低級のダンジョンでも手に入るみたいらしく、小さな容量のものであればそこら辺の子供でも持っていたりする。


ちなみに俺のマジックバッグは”三柱”の一体である紅龍さんがくれたもので、取り込んだものの時すらも止めてくれるレア中のレアな代物だ。


容量も未だ底なしで気味が悪いぐらいだが、もうこれのない生活なんて考えられない。


もしかするとこのアイテムに出会ったときこそ、この世界にやってきて一番興奮した瞬間かもしれない。


それこそ魔法の行使を見たときやドラゴンと対面したときと比べてもだ。


ビジネスバックに大量の書類やらノートパソコンやらを詰め込んで電車に揺られていた日々が懐かしいなあ。


息の詰まる満員電車、真冬の電車の椅子の温もり、二日酔いであろうサラリーマンの白い顔、リズムゲームに夢中のオフィスレディーにその隣で参考書とにらめっこしていた女子高生……


「あっ、屋台が出ていますね。

 そろそろお昼時でしょうか。

 皆さんお腹は空いていませんか?」


もはやおぼろげになりつつある現世の通勤の記憶を辿っていた俺はエマさんの呼びかけで異世界に引き戻される。


「おや、もうそんな時間ですか。

 少し小腹が空いてきた気がしなくもないですな」


「そうだね。

 ならちょっと屋台に立ち寄ってみようか。

 そういえば買い食いもこれまたひさしぶりだ」


「屋敷にはシナトラさんがいますもんね」


「シナトラ殿の料理の腕前は一流も一流ですからな。

 この旅での難点をあえて上げるとすれば、彼の料理がしばらく食べれないというところでしょうか」


「ははは、それはあるかもしれないね。

 でも、きっと彼にはない良さの料理にも出会えるかもしれないよ。

 シナトラさんには悪いけどグルメ旅ってのも悪くないね」


「ふふっ。

 きっと拗ねてしまうでしょうから、このことは私たちだけの秘密にしておきましょう」


「ふぉっふぉっふぉ。

 そうですな」


屋台では豚バラ串のようなものを売っていて、一本300イェンだった。


シナトラさんの料理とはやはり天と地ほどの差があったが、思ったほど悪くなかった。


シナトラさんが絶対にやらないであろう濃すぎるほどの味付けは、なんだかシマダ商会を立ち上げた当時の懐かしさを感じさせてくれた。


あの当時は金も時間もなかったからこんなものばかり食ってたっけか。



濃い味の豚串で小腹を満たしつつ、俺たちは再び冒険者ギルドへと戻ってきた。


冒険者ギルドに着いてすぐになんだが、すでに疲れた感じがする。


屋敷に引きこもっているときはこんなに歩いたりしないからなあ。


人ごみの中を歩いたのもひさしぶりだ。


なんだかひさしぶりなことばかりである。


冒険者ギルドにはすでに四つのパーティーらしき集団がいた。


さすがは育成の街ベールズの冒険者ギルド。


どのパーティーも年齢層が若い。


冒険者には確か十四歳から登録できるんだったな。


見たところあのパーティーが最年少だろうか。


日本でいう中学三年生か、高校一年生ぐらいのグループに見える。


剣士の少年、弓士の少女、盾持ちの少年、魔導士の少女の組み合わせってところだろう。


平和な日本育ちの俺からしたら文化祭前の演劇部に見えなくもなく、なんとも微笑ましい。


危ないところに行って欲しくないなあ。


でも、そんな俺の心配をよそに彼らの目は真剣だ。


きっと目指すべき冒険者の姿になるために少しずつ自ら危ない橋を選んでいくのだろう。


若者の未来に幸あれだ。


俺みたいなおじさんは危ない橋なんて御免です。


「ふぉっふぉっふぉ。

 これまた可愛らしい冒険者のヒナばかりですなあ。

 見ているだけでこの枯れた身体にも活力が漲ってきますぞ」


「育成の街とは聞いていましたが、本当に若い子ばかりですね」


「だね。

 思った以上に年齢層が若くてびっくりだ。

 俺たちはすっかり浮いちゃってるね。

 ただでさえヘンテコなパーティーなんだし」


「ふふふ。

 そうですね」


「なんでちゃっちゃと登録を済ませて退散するとしようか」


受付の窓口で二人の新規冒険者登録を済ませ、これで冒険者スタイルの形は整った。


みんな仲良く最低ランクであるコッパーランクのギルドカードである。


ギルドカードは現世でいう身分証兼パスポートみたいなものだ。


さすがにプラチナランクともなれば色々と優遇される場面があるのだろうが、目立つことのデメリットを考慮すれば大した旨味もないだろう。


依頼書の貼られたクエストボードには目もくれず冒険者ギルド後にしようとすると、ふと後ろから声を掛けられた。


「なあ、あんたら。

 俺たちが一緒にクエスト受けてやるよ」

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