第6話
「武器工房ジャンダル、武器工房ジャンダル……あっ!
どうやらここみたいですよ」
お目当ての武器工房は冒険者ギルドからそう遠くないところにあった。
外観はいたってシンプルで、工房の名前が書かれただけの立て看板があるだけである。
はじめてこの街を訪れた人ではなかなか見つけることができないだろう。
大抵の武器工房は剣をあしらった巨大な看板を掲げていたり、店の軒先に武具を並べたりして通行人にアピールしているものだ。
逆に言えば、そういったアピールをせずともこの店は問題ぐらいに繁盛しているのだろう。
なんでも名の知れた鍛冶師みたいだし。
「ここがアントン様がおっしゃられていた工房ですか。
なんともらしくない外観ですな。
ですが、中から鉄を叩くいい音が聞こえます。
音からしてもかなりの腕前であることがわかりますぞ」
「へえ。
やっぱりドラファルさんぐらいになると、音だけで鍛冶師の腕前がわかっちゃたりするんだね」
「まあ、なんとなくぐらいのレベルですが。
所詮、私は素人。
本職の人間ほど詳しくはありませんよ。
あまり参考にはなりますまい」
「とにかく入ってみようか。
百聞は一見に如かずと言うしね」
工房に入ると意外にも客はいなかった。
俺はどちらかというと買い物に時間がかかってしまうタイプだから、混雑を気にせずゆっくり店内を見回せるのはむしろありがたい。
こじんまりとした小さな店内だが、四方八方、壁一面に隙間なくびっしりと武器が飾られていて品揃えが悪いなんてことはなさそうだ。
短剣だけに限っても、ダガー、スティレット、ククリ、カッツバルゲル、マンゴーシュとより取り見取りである。
冒険者に憧れる少年であれば一日中いても飽きないのではないのだろうか。
「ほう。
見ればやはりいい腕前ですな。
どれもこれも綻び一つ見られない一本芯が通った武器ばかりですぞ。
評判に違わぬようで」
「ですね。
大抵の武器工房であれば魔導士の杖はおざなりになりがちですけど、ここの杖はしっかりしています。
この杖なんてほら、ウテュムの木が触媒になってますよ。
魔道都市ニューズ以外じゃなかなかお目にかかれない触媒なのに……驚きです」
「そりゃあそうさ。
ここからいずれ歴史に名を遺すような大冒険者が育っていくんだ。
今はまだひよっこでしかないが、だからこそちゃんとした武器に触れてもらわないとな。
飾り紐ひとつ手を抜いちゃいねえよ」
知らぬ声の方に振り向けば、先ほどまで誰もいなかったカウンターの先に不精髭を生やした男が腕を組んで立っていた。
察するにこの工房の主なのだろう。
こちらの勝手なイメージと違って思ったより小柄な男であった。
先ほどまで鉄と向き合っていたせいか額には大粒の汗が滲んでいる。
壁一面の武器に目を奪われていたせいで気付くのが遅れてしまった。
「どうもお邪魔しております。
いやあ、噂に違わぬいい腕前ですな。
私はてっきりドワーフの方かと思っておりましたよ」
「師匠はドワーフさ。
まだ師匠のレベルには届いちゃいないが、まあ人間の小さい手の割にはやれてるだろ?
ドワーフと違って時間はかかっちまうがな。
おっと、挨拶が遅れたな。
俺はこの工房のジャンダルだ」
「ご丁寧にどうも。
コウタロウと申します。
こちらからドラファルとエマ。
冒険者の装備を整えたくお邪魔させていただきました」
ジャンダルさんとそれぞれ握手を交わす。
名の知れた鍛冶師とあってジャンダルの手は小さいながらに岩のようにごつごつしており、数多の火傷や切り傷の痕が見て取れた。
鍛冶師としての経歴の長さを感じられる職人の手だ。
「まあ、それしか用はないわな。
それにしてもずいぶんちぐはぐなトリオだな。
見るからに書類仕事しかしてなさそうなおっさんに、ボインな美女、ダンディ髭の好好爺の組み合わせとは。
長い鍛冶人生の中でもとびきりヘンテコなパーティーだぜ。
でも、ウチでいいのかい?」
「ん?
どういうことです?」
「あんたはともかく、後ろの二人に見合う装備はウチにはないぞ。
ここは一応、”コッパー”から”シルバー”の冒険者をターゲットにしているんでね。
ま、そんな理由を抜きにしてもそこの二人に相応しい装備は俺には作れん。
たぶん師匠でも厳しいんじゃないか?」
「ほうほう。
なぜそう思ったか理由をお聞きしても?」
「俺も長いこと鍛冶師をやっているからな。
前にいた王都じゃ、”プラチナ”の冒険者も見てる。
あんたらはそれに近い空気を感じるんだよなあ。
ま、結局のところただの勘ってやつだ。
なんにせよ詮索する趣味はねえよ」
「ははは、それは助かります」
「あんたのそのセリフからしてやっぱりとんでもねえ二人なんだな。
まあ、いいさ。
ここにある武器はシンプルで素直なやつばかりだ。
上級クエストで対処するような魔物相手じゃなければなんの問題ねえよ。
品質は保証するぜ」
それから俺たちは色々と手に取ったり、試しに振ってみたりと装備選びに勤しんだ。
わかってたことであるが、近接肉体戦闘のドラファルさんは小手、魔導士のエマさんは魔法の杖を選んだ。
二人が言うには手頃な値段ながら素晴らしい質のものばかりらしい。
アントン君の報告によれば、ここの店の主であるジャンダルさんは王都でも評判のいい鍛冶師の一人だったらしい。
王都でも繁盛してたにも関わらずはるばるこの街に移住し、工房を構えてくれたことはベールズの街からしたら幸運中の幸運だったそうだ。
そういった報告を聞いてこともあって訪れてみたが、エマさんやドラファルさんの反応を見るに評判に違わぬ腕前の職人であったようだ。
俺はドラファルさんやジャンダルさんの意見を聞きながら、最終的にバックラーという小さい盾と小ぶりな短剣にすることに決めた。
身軽で動きやすいことが最大の理由だ。
俺が戦ったところで大した役には立たないしな。
情けない話だが、戦闘はドラファルさんとエマさんに任せることにする。
エマさんやドラファルさんと違いスタイルのないオレが一番難航するかと思われたが、意外にもエマさんのローブ選びが大変であった。
「コウタロウさん、このローブなんてどうでしょう?」
「あはは、却下かな」
「なぜですか?」
「胸元空き過ぎだしちょっとボディーライン出過ぎじゃないかな。
てか、さっきからそんなのばっかりじゃないか。
わざとやってるでしょ?」
「あっ、ばれました?」
「なにが不満なんだよ旦那!
これだけのセクシーダイナマイト、なかなかお目にかかれねえぞ!」
「ふぉっふぉっふぉ。
実に素晴らしいですぞエマ殿。
眼福眼福」
まったくジャンダルさんどころかドラファルさんまで楽しんじゃってからに。
「コウタロウさんはこういった格好はお好きじゃないですか?」
「うっ……
嫌いじゃないけど、ほらあれだよ。
人目があるだろう?」
「私のプロポーションが人の目にさらされるのが嫌ですか?」
「そ、そうだね」
「なぜですか?」
「そ、それは……
うーん……」
「ふふふ、冗談です。
このぐらいで勘弁してあげます。
ちゃんとゆったりとしたローブを選びますよ。
私もこう見えて今とっても恥ずかしいのですよ」
頬をちょっと赤らめて小さく笑うエマさん。
まったく俺の独身主義を揺るがしかねない破壊力だ。
結婚するつもりはないが、ほかの男に取られるのも惜しく感じてしまうな。
いや、それはさすがに我が儘過ぎるしエマさんにも失礼だろう。
「ふぉっふぉっふぉ。
今のはいいクリティカルでしたなエマ殿。
コウタロウ様の鉄壁の心にほんの少しの揺らめきを感じましたぞ」
「えっ?
本当ですかドラファル翁?」
「本当ですとも。
仕事漬けの日々から離れたことでコウタロウ様の心にも隙が出てきているのかもしれませぬ。
この旅路がチャンスですぞ」
「頑張ります、ドラファル翁。
コウタロウさんも覚悟してくださいね」
「わかったわかった。
ほら、次こそちゃんとしたの選んでくれよ」
てか、ジャンダルさん。
なんであんなローブ売ってんのよ。
突っ込んだら面倒くさそうだったので、あえてスルーする俺であった。
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