第5話

「聞くところによれば、今年のルーキーはとりわけ将来有望とのことです。

 冒険者に登録して間もないながらも、すでにシルバーランクの実力を持った子も多々いるとか。

 少し覗いていかれてはどうでしょう?」


あれからしばらくしてようやく泣きやんだアントン君にこの街の見どころを聞くと、冒険者ギルドだとのことだった。


なんでも今年の冒険者ルーキーは粒ぞろいらしく、大物冒険者の子供や王国騎士の子供といった期待溢れる二世たちもはるばるこの地で武者修行をしているらしい。


どんなもんなだろうかと興味を引かれたので、さっそくギルドへ向かうことにする。


「街を出るときには必ず声かけてくださいよ!

 絶対ですからね!」


アントン君も付いていきたそうにしてたが、この後約束していた商談が控えているらしく商会に残った。


さすがアントン君。


信用こそビジネスの最も重要であるという俺の教えをきちんと守っているようだ。


時間を守り、連絡を欠かさず、相手のことを思いやりながら動く。


これさえできれば大抵のビジネスは上手くいくといっても過言ではない。


色々とルーズなこの世界ではあまり馴染みのない考え方らしいが、俺はシマダ商会の幹部にはそのことを徹底させている。


そのことがシマダ商会がここまで大きくなった要因のひとつであるかと聞かれたらなんとも言えないが、なんにせよビジネスマンである前にまず人として大事なことではないかと俺は考えているので、このスタンスを変えることはないつもりだ。


この世界のルーズさには俺も苦労したっけか。


時間は守らないどころか約束も反故にされる。


端数の利益はパクられし、持ち込んだアイデアをも勝手にパクられる。


そんな日は夜空の月が滲んで見えるぐらいには辛かったし、悔しかった。


当初はたった一人でのビジネスだったから舐められていたんだろう。


そんな悔しい思いをした俺だからこそ、シマダ商会のみんなには相手が貴族であろうが子供であろうが、どんな商談相手でも真摯に対応してほしいと思っている。


聞けば、アントン君がこの後に会う相手は若干十五歳の医療術師見習いの少年らしい。


いいじゃないか。


しっかり正面からぶつかってやれと伝え、俺たちはアントン君と別れた。



「冒険者ギルドか。

 そういえば久しぶりに入るなあ。

 ギルドカードはまだ有効なんだろうか」


俺たち一行は冒険者ギルドの前にいた。


建物の前にいてさえ草と土と獣の香りが漂ってくる。


日本では馴染みのなかったなんとも野性的な香りだ。


「おや?

 コウタロウ様は冒険者をされた経験がおありで?」


「まだ駆け出しのころに少しだけだけどね。

 冒険者登録はしておくだけでもなにかと便利そうだったから一応。

 とはいってもランクは最低の”コッパー”ですし、薬草採取の簡単なクエストしかしたことないよ」


「へえ、意外ですね。

 薬草摘んでるコウタロウさんですか……なんか変な感じです。

 あれ?

 想像してみればちょっと可愛いかもしれません」


「どこが可愛いのやら。

 そんな風に思ってくれるのはエマさんだけだよ」


しかし、冒険者ギルドか。


なにも考えずにきてしまったが、さすがにこの格好はなにかと浮いてしまうよなあ。


俺はいつものスーツ姿だし、ドラファルさんはパリッとした執事服。


エマさんは魔導士だから場に馴染みそうでこそあれど、ローブの随所にちりばめられた最高ランクのマジックアイテムたちがやはり目を引いてしまうように思う。


ここはいっそ三人ともがっつり冒険者の装備で統一してしまおうか。


認識阻害魔法があるとはいえ、それだけに頼りきりになるのもよくないだろう。


エマさんの負担にもなるし。


長い旅路だ。


冒険者であれば大陸中を移動することもよくあることみたいだし、街の関所や国境を超えるときにも不審がられずに済む。


いざとなればその土地その土地のシマダ商会を頼ればどうとでもなりそうだけど、俺個人のために手間かけさせるのも悪いしな。


うん、考えれば考えるほどいいアイデアな気がするぞ。


「二人とも。

 ここはいっそ冒険者になりきって旅するのもありかなって思うんだけど、どう思う?

 これからの旅路でなにかと便利かなとは思うんだけど」


「ほう、それはいいですな。

 必要なこととはとはいえエマ殿の隠密魔法に頼りっぱなしというのも、少し心苦しく感じておりました」


「その点に関しては私は問題はないですよ。

 認識阻害の魔法はそこまでマナを消費するものではありませんし。

 でも、コウタロウさんの案は魅力的です。

 冒険者の装備というものにも興味がありますし」


「なら、決まりだ。

 それじゃあ、冒険者ギルドに入る前にひとまず装備を整えに行こうか。

 目の前まで来て引き返すのもなんだけどね」


「異議なしです」


「ふぉっふぉっふぉ。

 装備調達などなんともひさびさで胸が高まりますぞ。

 最後に新調したのは確か二百年ほど前だったでしょうか。

 あの鍛冶師は素晴らしい腕前だった。

 またお会いしたものですな」


「へえ。

 ドラファルさんの装備を作った職人か。

 興味あるなあ。

 きっととんでもない腕前をしているんだろうな。

 ウチの商会に引き込めたらいいけど。

 でも二百年前じゃさすがに亡くなっているか」


「おそらくまだ生きているとは思いますぞ。

 彼の種族はエルダードワーフですから。

 でも、引き抜きは難しいでしょうな。

 彼は誰の下にも付かない孤高の職人ですから」


「スゴい。

 エルダードワーフって伝説の種族じゃないですか。

 私もこの杖をより強化してもらいたいものです。

 お会いできたらですが」


「ふぉっふぉっふぉ。

 彼に仕事を依頼するのは実に面倒ですぞ。

 かなりの頑固者ですからな。

 かく言う私もかなり苦労しました。

 その時は覚悟しておいたほうがよろしいでしょうな」


「まあ、今回調達するのは初心者装備なんだけどね。

 本格的に冒険者になるわけじゃないし。

 あんまりいい装備してたら、それはそれで目立ってしまうからさ」


「そうですね。

 でも、初心者装備というのも楽しみです。

 いったいどの程度のものなんでしょう?」


「そこは行ってみてのお楽しみかな。

 そういえば、自ら買い物するのもひさしぶりだな。

 俺もちょっとわくわくしてきたよ」


こうして俺たちはひとまず装備を調達することに決めたのであった。

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