第4話
ベールズの街にやってきた。
屋敷のあるアルファスの村からそう遠くない街だが、如何せん書類仕事やらなんやらに追われて二年近く村から出ていなかったからなあ。
昔は世界各地を飛び回って仕事をしていたが、いまではそれこそ世界中に優秀な部下がいるものだから、すっかり屋敷から指示するだけで仕事が片付くだけになってしまった。
そうか、二年近くアルファス村に引きこもっていたのか。
商会のみんなが心配するわけだな。
情けない話、自分のことに鈍感すぎるな俺は。
「なんだかこの街も発展したなあ。
昔はもっとこじんまりしてて活気がなかったように思うけど」
「なにをおっしゃいますか。
コウタロウ様が発展させたのですぞ」
「え?
俺、そんな仕事した覚えないんだけども」
「元々この街は魔物の被害が多く、人が住むにはあまり適さない街でした。
ですが、シマダ商会が自費で多数の冒険者を雇ったことでこれを解決。
さらにはここ周辺の土壌が、回復薬であるグリーンハーブの育成に最適であることを発見し、そこにも惜しみなく出資。
グリーンハーブは街の特産品となり、質のいいハーブを求めて医療術師も多く訪れるようになりましたね」
「それに、初級ダンジョンも近場に多いことから冒険者を志す若者たちも一度この地で武者修行をするべきといった流れもできているようですな。
ダンジョンでへまをして傷を負っても、ここではハーブも安く、優秀な医療術師も滞在している。
冒険者保険という制度もつくり、1000イェンを支払って入会すれば、ここでの医療費はすべてシマダ商会が受け持つという破格の待遇も受けれます。
今では育成の街ベールズと呼ばれているようですぞ」
「あー。
そういえば、そんなこともしたっけか。
でも、俺が携わったのは最初の基盤づくりだけで、その後のことはアントン君に投げっぱなしだったからすっかり忘れてたよ。
俺というよりアントン君のおかげだね」
「そう簡単に言いますが、コウタロウ様のなさった基盤づくりがどれだけ凄まじいもので、画期的であったか……相も変わらず理解されていないようですな」
「まあ、いいんじゃないですか。
コウタロウさんにとってはいつものことですし。
きっと本当に大したことしていないと思っているんですよ。
これで謙遜しているだけだったらさすがに気味が悪いです」
「確かに。
コウタロウ様の思考は我々凡人とは比較になりません。
文明改革の化け物であらせられますからな」
「そうですよ。
この人は化け物です」
「ははは。
化け物って……なんだかひどい言われようだ。
そうだ、ひとまずアントン君に会いに行こうか。
アントン君は屋敷にちょくちょく顔を出してくれているけど、会長を退いてからまだ話していないし」
「アントン様もシマダ商会の最古参の一人。
会長を退くなんて話をすれば、仕事そっちのけで真っ先に屋敷まで飛んできてしまうでしょうからな。
まあ、これはどの幹部にも言える話ですが」
「退任式なんて行ったら、きっととんでもないことになってましたよ。
きっと”三柱”の皆様も足をお運びになったでしょうし」
「あー、それは考えてなかった。
あの三人の接待を任せるのは、さすがに屋敷のみんなが可哀そうだ。
それを聞くと、なおさらパパっとこっそりやってよかったと思うよ」
「ふぉっふぉっふぉ。
”三柱”様とお会いしたなんて、末代まで自慢できる話ではありますがな。
ですが、あの覇気を前にしてまともに立っていられるものなどそうおりますまい」
「なんでだろうね?
三人とも気さくないい人たちなんだけども。
みんなドラゴン便は大丈夫なのになあ」
「コウタロウさん……ドラゴン便とあのお三方を一緒にしないでください。
迫力の桁が違います」
「なんだかなあ。
ま、とりあえずアントンくんのところへ向かおう。
たぶん商会にいるんじゃないかな?」
〇
シマダ商会ベールズ支店。
街の中でもひと際立派な建物である。
シマダ商会はどの支店もお金に糸目を付けず建ててもらっている。
商会のみんなには綺麗ないい環境で働いてもらいたい思いがある。
まあ、こうやって経費をケチケチしなくて良いのも、商会のみんなが汗水たらして働いてくれているおかげであるし。
そうは言っても俺は経理に関与していないから、いまシマダ商会にどれだけの余裕があるかは詳細に把握していなんだけれども。
荷車ひとつで商売をはじめたころが懐かしい。
誰ひとり不満を持たないぐらいには、利益を還元できているといいが。
店に入るとアントン君はやはりいた。
くせっけ茶髪、団子っ鼻で少し小太り、なんとも落ち着かせる笑顔が特徴的な、いかにも人の良さそうな青年だ。
俺たちの突然の訪問にアントン君はかなり驚いた模様。
「コウタロウさん!」
驚きに思わず大きな声が漏れてしまったようで、店の従業員やお客さんたちはなんだなんだとこちらに視線を向けていた。
お客さんはともかく従業員までも奇異の目を向ける理由は俺が商会のトップであることを知らないからだ。
俺がトップであることを知っているのは、商会では側近であるエマさんとドラファルさん、屋敷のみんな、商会の幹部と幹部補佐のみに限られている。
理由は簡単。
商会の代表ともなれば、やりたい仕事以外の面倒なことが多くのしかかるからだ。
貴族との付き合い然り、商会同士の対立然りだ。
なので、俺はある程度商会が大きくなってからはエドワード君や幹部の背中に隠れた。
いやあ、改めて思い返すとエドワード君や幹部のみんなには苦労かけすぎだな。
商会が大きくなるにつれて暗殺未遂やら、政略結婚やらの搦め手も増えたし。
まあ、いまではうちの商会に手を出すような輩はいなくなったらしくて良かったけど。
そそくさと商会の一室に退散し、軽くお茶をしながら雑談。
それからちょっとして俺は会長を退いたことと、これから旅に出ることを伝えた。
「ううっ……コウタロウさん」
「だから、みんなしてなぜ泣く?
エドワード君もそうだったけど」
「うっ……もう色んな感情が渦巻いてしまって。
感謝だったり、寂しさだったり、嬉しさだったり……
ううっ、コウタロウさん」
「だから泣くなっての」
「まあ、そりゃ泣けますわな」
「そうですね。泣くなっていう方が無理があると思いますよコウタロウさん」
えー。
となると、これから会う幹部全員に泣かれるのかな?
旅の後半にはさすがに対応がめんどくさくなってしまいそうだ。
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