第3話

さて、兎にも角にも旅立ちの日である。


俺は馬車に揺られてゆっくりと過ぎ行く外の景色に視線を向けていた。


なにもない田舎村のアルファスからベールズの街へ。


なぜ田舎の村に商会の本部を構えたかというと、この世界にきた俺が最初に世話になった場所だからである。


金も知識もない俺を嫌な顔一つせず助けてくれたこの村には計り知れない恩がある。


ほんの少しでも恩返しがしたかったのだ。


とはいっても、住人との話し合いの結果大したことは返せていない。


のどかで平和な村の姿を残すため、道を舗装したり壊れた街灯を整備したりといったぐらいだ。


本当に頭の上がらない優しい人たちである。


ベールズまではだいたい一時間ほど。


杖を抱えたエマさんが隣に。


ドラファルさんは御者を務めてくれている。


送迎は派手すぎるほど華やかだった。


エドワード君を筆頭に屋敷中の人間勢ぞろいで見送ってくれた。


シマダ商会本部の従業員たちだ。


商会の中でも特に付き合いも長いし、信頼も厚い仲間たちである。


どういうわけかこぞってみんな大号泣なもんだから、感動の旅立ちだというのに俺は若干引いてしまった。


まったくみんな大げさである。


それとも俺が長く席を空けることに歓喜しているのか?


平均水準よりかなり高めの給料を支払ってつもりではいるし、完全週休二日制を採用しているのでブラックな職場ではないと思ってはいるが、ちょっと働かせすぎた気もしなくはない。


俺がいなくなったことで歓喜していたとしたら、あの涙も嘘ではないのかもしれない。


そうであるならかなり傷付くなあ。


そうではないと思いたいが……思い返せば仲間たちからの評判とかこれまで意識したことなかったなあ。


どうも仕事に熱中しちゃうところがあるものだから。


現世でも周囲に言われてたっけ。


まあ、その当時はみんな好意的に受け止めてくれていたけども。


「ちょっとお二人に聞きたいんだけど、俺って商会のみんなに嫌われてたりするかな?」


俺がそう聞くと、二人はさも意味がわからないといった風に首を傾げた。


頭上に浮かぶ疑問符がありありと目に浮かぶほどだ。


「どういうことです? 

 そんなことあろうはずがないじゃないですか」


「そうですとも。

 この世界でシマダ商会の人間ほど恵まれた人間はおりませんぞ」


「あ、そう。

 ならいいんだけれども」


「こちらとしてはコウタロウ様がどうしてそのような思いに至ったか知りたいですな」


「いやあ、ちょっと旅に出るだけなのにみんな大げさすぎるからさ」


「全然大げさじゃないと思いますよ。

 みんな嬉しいんです。

 コウタロウさんが仕事以外のことに目を向けてくれたことが」


「ん? 

 どういうことだい?」


「コウタロウ様は私やエマ殿を含め、商会の者に与えすぎるほど与えてくれています。

 なのに当人は無欲且つ昼夜問わず働き詰め。

 みんなずっと心配しておったのですぞ」


「コウタロウさんに仕事以外のことに興味を向けてもらおうと、従業員で秘密裏に工作してたこともありましたね。

 まあ、すべて失敗で終わりましたが」


「うーむ。

 でも、俺は働くことが好きだからなあ」


「コウタロウ様が労働を苦に感じていないことは我々もようやく理解しましたが、それでも働いて寝るだけの生活をしている姿は心配になるというものです。

 今回、ようやくその不安が払拭された形になりますな」


「そうだったのか。

 なんか知らないところで苦労かけてたみたいだね」


「そうですよ。

 こんなにアピールしているのに、毎日仕事ばっかりで全然私に目をかけてくれないんですから。

 これを機にそろそろ観念したらどうです?」


「えっと……それはまた別の要因なんだけどね」


もうっといった風に拗ねてみせるエマさん。


まったく可愛らしい女性である。


才色兼備の彼女がどうしてこんな仕事人間且つおっさんの俺に好意を向けてくれるんだか。


彼女には助けられてばっかりで、俺からなにかしてあげられたことはないのだけれども。


そんなこんなで他愛のない雑談をしながら旅路を行く。


気付けばなにもなかった田舎道の景色に、行き交う人々と人の暮らす気配は感じさせる建物などがちらほら目に付くようになってきた。


ベールズの街が近づいてきている。


「お二方、もうそろそろベールズに着きますぞ。

 エマ殿、そろそろ魔法の準備を」


「わかりました」


「ん?

 魔法の準備って?」


「認識阻害の魔法ですよ。

 私とドラファル翁はなにかと人目を引きますから」


「あ、そっか。

 二人ともかなりの有名人だもんね。

 アルファス村ならともかく、ベールズぐらいの街になれば対応が必要か。

 助かるよ」


「コウタロウさんももう少し目立ってもいいのではないですか?

 エドワード君こそ世界一の商人として世界中に名を馳せていますが、シマダ商会の”本当”のトップが世間に知られていないのは、私たち商会のものとしてはなんとももやもやするものがあります」


「目立つのはあまり好きじゃないんだ。

 それだけで色々と動きづらくなるし、面倒事も増えるからね。

 矢面になってもらっているエドワード君には申し訳なく思っているよ」


「ふぉっふぉっふぉ。

 でも、本人は満更でもなさそうですぞ。

 男に産まれたのであれば名声を求めてなんぼです。

 私も若いころは名声を求めてかなり無茶をしておりました。

 ああ、懐かしい」


「へえ、そうなんだ。

 いったいどんな無茶してたの?」


「そこまでです、コウタロウさん。

 ドラファル翁に武勇伝を語らせたら、本当に長いんですから。

 はじめてお会いした時はそれこそ一日中語り続けるものだから、それはもう大変だったんですからね。

 生ける伝説相手に無礼も働けないものですから、自らに眠気覚ましの魔法を何度使ったことか」


「はは……それはなんとも大変だったみたいだね。

 なら、ちょっと俺も遠慮しておこうかな」


「賢明な判断です」


「むう。

 吟遊詩人は金を払ってでも聞きたがる話だというのに。

 残念ですなあ」

 

「旅は長いんだ。

 また機会があれば聞かせてもらうよ」


「その時は私は眠らせてもらいますからね」


そんなこんなでいよいよベールズの街の入り口が見えてきた。


魔物や盗賊に襲われるトラブルもなく、旅のスタートは順調といえよう。


さて、まずは街のどこから回ろうか。

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