第20話 最長片道切符の旅20日目(館腰~会津若松)

館腰のネットカフェの客は少々マナーがなってないようだ。シャワー室のタオルが撤去されていたり、入り口に入るためにいちいちルームキーを必要とされるのは初めてだった。隣の客のいびきには免疫はあるが、くちゃくちゃと音をたてられたのは堪らなかった。5時前に快活クラブを後にした。しかし、駅についても始発まで30分ほどの猶予があったので駅前のコンビニで立ち読みやらをして時間をつぶした後に149円のホットラテを朝食代わりに買う。体も温まったところで駅に電車が来た。盛岡からは基本的に在来線電車は701系という車両でそれに慣れていたため、常磐線電車で721系というべつの車両が来た時には旅の様相が変わったようでやや感動を覚えた。朝日に照らされる阿武隈川を左手に見ながら常磐線を行く。亘理駅では城のような建物に車内から毎度のごとく目を奪われるが降りたことはない。終点原ノ町でいわき行きに乗り換える。3分の乗り換え時間しかないがしっかりと下車印はもらう。次に乗る車両はE531系。東京でもよく見る青い常磐線車両である。ここまで馴染み深い車両がくると感慨深くなる。さて、原ノ町からいわきまでの区間は鉄路こそ復旧したが未だに東日本大震災の爪痕が色濃く残っている区間でもある。双葉などは最近になって避難指示が解除された地域である。沿線のそこかしこに不自然に新しい空き家が目立つ。しかし双葉駅前などは復興のシンボルとして出来立ての建物が整然と並ぶ。少々眠りに入り、気づけばいわきに到着。ここでも乗り継ぎはスムーズに20分ほどで磐越東線に乗り換える。朝早くは店なども開いているわけではないが、こうも素通りが続くとそれはそれで惜しいような気もする。しかし、磐越東線では三春駅で途中下車。三春では滝桜なるものが目当てである。私は知らなかったが、福島駅の観光案内所で聞いたところによると、三春の滝桜というものは存外有名らしい。早めに磐越東線の気動車に乗る。この区間はローカル線で電気は通っていない。そうはいっても、郡山といわきという福島の大都市を繋ぐ地方交通の要である。それに行楽客でいつもよりも車内は賑わっているような気がした。9時57分、三春に到着。多くの乗客が降りて、また、入れ替わるように新たな客が乗っていく。三春は街自体も小さくはないためそれなりの乗降客がいるようだ。三春駅の混雑用はすさまじかった。駅の改札を抜けるのも一苦労である。さて、三春駅と例の滝桜まではバスが何便も出ている。しかし、往復のバス代700円は私にとってはあまりにも高すぎた。500円でレンタサイクルをするという手もあったのだがそれも惜しい。歩いて30分ほどのところに車で来た観光客用の無料の駐車場との往復バスが出ているらしい。別に駐車場の利用者でなければだめなどとは書いていなかった。往復小一時間で700円が浮くのは大きい。三春滝桜目当ての客は予想をはるかに超えた。平日にもかかわらず入場券を求める行列はさながらディズニーランドであった。40分待ちといわれたが予定に余裕があるため、ほかの客とは違って文句一つ言わずに並ぶ。12時ごろにやっと滝桜と対面できた。確かに丁寧に剪定された大きく広がる枝に咲く枝垂桜は屈指のものだった。今日は天気にも恵まれ、足下の黄色い菜の花もよいコントラストとなっている。青、黄、桃の三色がこうも見事に調和している。これは300円の価値はあったが、そのために40分も並ぶことはお勧めしない。多くの訪問客はその待ち時間に面食らってあきらめていた。待ち時間に予定を組んだりと退屈をしなかった私にとっての40分はさほど長くはないが、普通ならばそれほどの価値を見出せるかは疑問である。さても帰りも駅まで30分ほどの道程を、今度は倉など三春の町のほうを回りながら帰る。やはり駅は混雑していた。郡山には2時前に着く。とはいっても特段目当てのものがあるわけではないため、知った定食屋で奮発して750円の一口カツ定食を平らげて、駅前の展望台から眺望を楽しむ。そうこうしているうちに磐越西線普通列車が入線していたので乗り込む。しかし乗車率は思いのほか高く、立ち客まで出ていた。猪苗代で途中下車。4時を回っているため、猪苗代湖で夕日などを眺めるのがよいだろう。本日乗る最後の列車は、会津若松行き普通列車で時間は17時58分である。湖畔に着いた頃には日も傾きかけていた。優雅に散歩などして時間をつぶす。会津若松に着いた頃には完全に夜になっていた。歩いて50分の所にネットカフェがあるが、道中でライトアップされた鶴ヶ城と夜桜見物をする。滝桜よりもこちらのほうが私は好きだ。ともあれ9時少し前にネットカフェに到着。今日も30キロほど歩いたのでシャワーを浴びようと思ったが、会津若松店にはないらしい。こういうことも起きてしまうのが旅の醍醐味である。などと呑気なことを言うほどの余裕はなかった。

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