episode.4 余計なこと
「――え」
黒い人が固まる。
私が受け容れるような発言をするとは予想だにしていなかったみたい。
「だから私を犠牲にするとして、誰が私をやるのかしら? あなた?」
黒い人を見ながら問う。
これは布石。
そう。
このあとの展開に繋げるための。
「え、あっ、いや――」
「おい! 違ェだろ! 俺様だ! 俺様がやるに決まってんだろうが!」
「な、何も決まっとらんがね! おみゃーにやらせるくりゃーなら、うちがやるわ!」
「何を!? 抜け駆けは許しませぬぞ!? ワシだって助かりたいのですな!」
「ぼ、僕! 僕なんじゃない!? ほら! 生きてなきゃ困る人が多いし、まだ若いし、女の子だし!」
「そ、某にも権利はあるはずであります!」
「ちょ……っ! 落ち着け――」
黒い人が皆を出し抜いて生き残ろうとしていると思った人たちが声を上げ始めた。
誰が生き残るのかという議論が再燃する。
犠牲にする人をほったらかしにして。
……上手くいったわね。
「折角俺様の犠牲が見つかったってのに邪魔すんな、クソどもが! 俺様には死ねねぇ理由があるっつってんだろ! ガキどもを殺してぇのか、ああ!? なんでこんな簡単なことも理解できねぇんだよ、どいつもこいつも! 馬鹿ばっかか!?」
「馬鹿はおみゃーだがや! うちやあの嬢ちゃんが死んだ方が被害が大きなるっちゅうのがまだわからんっちゅうとるでよ! やっぱここは、生きる人を生かすべきだわ! あの嬢ちゃんかうちかの二択だがね!」
「り、理解できませぬな! よい人間を生かした方が世界にとってよいはず……! 年配者を蔑ろにするヌシがよい人間なわけがない! 先人たちにひどい仕打ちをし兼ねないですぞ! ここはワシが生きて帰るべきだと思いますがな!」
「だぁかぁらぁ! 僕でしょ!? 生きるべきなのは! 僕が死んだら『スカイゴッド』は潰れるんだよ!? そんなの大損害じゃん! それに僕は華の女子高生だし、子どもだって産めるし! 生きる意味、僕が一番あるって!」
「そ、某は……、某は……っ! 某が生きれば食糧問題の解決に繋がる可能性があるのであります! そ、そしたら、『方舟』が定めた人数より多く生き残ることが可能になるかも! ね、ね!? 某、ちゃんと生きる意味があるのでありましょう!?」
犠牲者が誰なのか、なんて彼らにとっては些細なこと。
彼らは今、それどころではないもの。
誰が生き残るのか、の方が大事で。
そのお陰で私の犠牲は先延ばしになっている。
「くっ! 時間がないっていうのに……! そ、そうだ! 本当はボクがこいつを始末したかったけれど、背に腹は代えられない! ……キミたち! こいつの『投票』を忘れてないかい!? 二票になった人が生き残る! それでいいじゃないか! 公平だろう!?」
黒い人は私を殺そうと必死に他の人たちを纏めようとしていた。
……そこまで恨まれていたのね、私。
「はあ!? ふざけんな! んなもん、誰が認め――」
「……いや、このままじゃ埒が明かんでよ! アリかもしらん!」
「そ、そうですな! 公平に行きましょうぞ!」
「お、お願い! 僕に入れて!」
「い、いや! 某! 某にお願いするであります!」
皆も生き残りたくて必死ね。
ここまでくると誰を指名したとしても納得なんてできないのではないかしら?
話は平行線を辿る気がするのだけれど、念には念を入れましょう。
「さあ、選んでよ! 自分は指名できない! これで決まるんだ! キミ自身を殺す人が、さぁ!」
……この人も気に障るし。
「……それ、私が選んだ人に私を殺させるってことでしょう? どうしてそんなことをさせなければいけないのかしら? 私にはできないわ」
「――なっ!?」
私は『投票』を放棄した。
すると狙い通り、纏まりかけていたものが決壊する。
「よう考えてみりゃー、自分で自分を殺す人なんて選ぶわけにゃーで! 『投票』はナシだがや!」
「ほらな! ハナっから俺様はこうなるって思ってたんだ! それをテメェらがごちゃごちゃと抜かすから……!」
「そ、それではやはり人間性で選ぶしかありませぬな!」
「ち、違うよ! 人間が滅びないようにすることの方が大事だって!」
「い、いいや! 大事なのは食糧問題を解決することでありますよ!」
……上手く運んだわね。
時間をつくれた。
これでもう少し全員で生きる方法を検討できる。
そう考えていた私に予期せぬ事態が降りかかった。
発端はあの黒い人。
「……くそっ! どうしてこんなことに……! こいつは、こいつだけは始末しなくちゃいけないんだ……! こいつはきっと自分だけが生きることを考えてる……! 悪魔め……っ! この『ゲーム』は上手くやれば……――ん? そういえば他のヤツら、やけに一番に固執してるような……。まさか……っ! ね、ねぇ、キミたち! もしかして、
――生きられるのが一人だと勘違いしているんじゃないかい!?」
……ちっ。
余計なことを……っ。
黒い人が知らせる。
知らせてしまう。
この『ゲーム』で生きて帰れる人数は、複数にもできる、ということを。
「別に一人に絞らなくてもいいんだよ! この『ゲーム』、一勝さえすればいいんだからさぁ! 対戦していない人同士で勝負すれば、四人は一勝することができる! 要するに、最大で四人は生きて帰れるんだ! だからそこまで切羽詰まらなくてもいいんだよ!」
まずいわね。
これで、私が死ぬまでの猶予が明らかに縮まった。
青年や老人たちの心にゆとりが生まれたのだから。
一人しか生きられないって囚われていたのが、四人までは大丈夫ってなったら、気持ちは幾分か楽になるでしょう。
一人や二人なら、とりあえず、で決めることが可能になってしまう。
私は一人目の犠牲者候補にされているのだから、この展開は喜べない。
……本当、中途半端なことをしてくれたわね、黒い人。
どうせやるなら、全員生かす、くらいのことをしなさいよ。
「た、確かにその通りだがや。ど、どうする? とりあえず、この人なら生きとってもええって人、選ぶけや?」
「そ、そうですな。よ、四人まで生きられるのであれば……。時間もありませぬしな……」
……ああ、もう。
黒い人の言葉に流されている。
それ、結局、最後の一人で揉めるのでしょう?
問題の先送りにしかなっていない。
それで犠牲になる身にもなってほしいものだわ。
引け際ね。
もう考えている暇はない。
私はあの兄妹にメッセージを送った。
【残り時間が少なくなったら、手札を捨てるように言ってからあなたにカードを渡すわ。あなたはそれを裏のままおじいさんの方に全て渡して。私が右へ右へ渡していくように仕向け、最後はあなたへ戻ってくるようにするから、それを私に返して。お願い】
これがお兄さんに宛てた内容。
【残り時間が少なくなったらお兄さんに渡した手札を裏のまま全ての人に回したいの。もし非協力的な人や恐怖で動けなくなっている人が出たら、その人から手札を奪って次の人に押しつけてくれないかしら? カードを手放して一分経つことを避けたいから。お願い】
これが妹に宛てた内容。
私は決意した。
――唯一思いついた方法に賭けることを。
とはいえ、そうするにもまずはこの状況、一人目の生存者が決まるのを阻止しなければいけないわね。
私の死を回避するために私は彼らの会話を聞いた。
より確実な手段を選択する必要があるのだもの。
「どうやって決めるがね? やっぱり、生きるべきと思う人を四人挙げるて名前が多く出た順番に生きられるようにするんけや?」
「いや、それだと先ほどみたいに割れて決まらない可能性がありますな。ですからやはり、ここは性格のよい人の順番で上から四人を生きられるように――」
「あ! だったらさ、おじいさんはそれでいいけど、僕は人間を滅ぼさない基準で四人選ぶよ! 君は健康そうな人、だったよね? それで四人選ぶの! で、おじさんは食べ物の観点から四人! 一番名前が挙がった人を生きられるようにするっていうのはどうかな!?」
「お、おじさんって某のことでありますか!? ……で、でも、それは名案でありますね! 名前がいっぱい出るということは、それだけ生きるべき人間だと思われているということに違いないわけでありますし! そ、それなら、ついでにワースト4の方も挙げるというのは!? 犠牲にする人も決められるかもしれないのであります!」
「くひひっ。まあ、どうせ挙げられなかった人たちがワースト4ってことになるんだからわざわざ言う必要もないんだけどね。でも、これでようやく一人助かるってわけだ。そしてようやくあいつが死ぬ……! じゃあボクは、総合的に判断して、っていう方向で四人挙げてみようかなっ」
「はあ!? んなことしなくてもいいだろ!? どうせ、俺様を生かすってなるんだからよォ! ――ああ!? メッセージ!? 【残りの三人がこれで決まるかもしれない】だぁ!? 知るか! あとでやれや! ――うお!? またかよ!? 【キミの生かしたい人が生きられなくなるかも】? ……そうだな。そういうことなら付き合ってやるよ」
……この様子からすると、私をやるまでにまだ少し時間があるようね。
折角だから彼らの考えを聞いておきましょうか。
何かで使えるかもしれないもの。
「……ど、どうしよう! あの子が犠牲になっちゃうなんて……! お、おれ、そんなつもりじゃ……っ!」
「お、お姉さん……っ! けほ、けほっ!」
……ああ、心配をしてくれている二人にフォローを入れておかないといけないわね。
私のために動いてくれるってなったら気持ちとしては嬉しいのだけれど、下手に動かれでもしたら有難迷惑になる恐れがある。
私に加担しているってばれてしまっては彼らまで目の敵にされて、全員で生きられる可能性が潰えてしまうことになり兼ねないもの。
【大丈夫よ。この流れならなんとかできるはずだわ】
二人にこう送って、私は周りの人たちの発言に神経を尖らせた。
自分が提示した生きるべき基準に誰が該当するか、と真剣に悩んでいた少女、中年男性、老人、青年の四人。
最初に切り出したのは青年だった。
「長く生きられそうっちゅうたら、嬢ちゃんとうち、元気な方の子、あとはそこのフードの子なんじゃにゃーかって思うけど、フードの子はナシなんだで、そっちの大男ってことになるんけや?」
青年に一票、少女に一票、お兄さんに一票、大男に一票。
次は老人。
「人格がよさそうなのは、ワシとこっちの子ども二人、あとはそっちの男性……ですかな。あ、あくまでこれまでに話してきた感覚で、ですがな」
老人に一票、お兄さんに二票、妹に一票、中年男性に一票。
三番目に少女。
「人間を滅ぼさなさそうな人……。僕と君、その元気そうな子、あとそっちの黒い服の人、かな? ……おっきい人、怖かったもん」
少女に二票、青年に二票、お兄さんに三票、黒い人に一票。
四番目は中年男性。
「し、食糧の観点から言えば、そ、某とそっちの子ども二人、あとは黒い服の人でありましょうか……。せ、摂取量が少ない感じがするのであります」
中年男性に二票、お兄さんに四票、妹に二票、黒い人に二票。
五番目、黒い人。
「総合的に判断して、そこの少女とホストの彼、そっちの元気な子、あとはボクってところかな。……あ、デカブツのこと忘れてた。ま、いっか……」
黒い人に三票、少女に三票、青年に三票、お兄さんに五票。
大男が最後。
「俺様以外で残すのは女三人だ! いいとこのガキとボロボロの妹の方、フードのガキ、それ以外は認めねぇ!」
大男に二票、少女に四票、妹に三票、私に――え? 私?
これは完全に想定外。
まさか、犠牲にすることを決定した私を生かしたいなんて言う人がいるなんて。
少し戸惑ってしまった。
それに僅かに嬉しさを感じた。
けれどこの感情は、嬉しく思った自分を恥じるのと同時に、途轍もない嫌悪感が押し寄せてきてすぐに消え入る。
発言をしたのが大男であることを思い出したから。
あの男の言葉の節々から嫌というほどに伝わってくるのよ。
生き残らせた人たちをどういうふうに扱おうとしているのか、その考えていることが。
大男が、生かしたい人に私の名前を出したことで辺りは騒然とする。
「は、はあ!? あの幼女を生かしたいって!? そいつは犠牲にするってさっき決めたじゃないか!」
「そ、そうだわ! そいつに入れたら今までの話が全部パーに――」
「うるせぇ! 俺様の生かしたい奴を三人、生かすんだろ!? だったら、こいつらしかいねぇ! 俺様はこいつらに恩を売っておくことにしたんだよ! あとでたっぷり返してもらうってなァ!」
「え、えっと……。まさか僕を生かそうって思ってくれてるなんて思ってなかったけど……。でも、恩を返せって、どういう――」
「な、なら、某にも恩を売ってほしいのであります! ちゃんと返すのでありますよ!?」
「そ、そうですな! ワシだって――」
「はあ!? 男はいらねぇんだよ! そもそも俺様たちがここにいるのは人間を滅ぼさねぇため、だったよなァ!? で、どいつだか言ってただろ!? 人間を滅ぼさねぇためには子どもがいるってよォ! 俺様が引き受けてやるって言ってんだ! やることをやってやるってなァ!」
「――え、えっ?」
「……そのために女性を残すって言ったのかい? キミ、最低だな……」
やることをやる、それは、人類が滅びないためにそういう行為を私たちとする、って言っているのね、あれは。
……本当、黒い人と意見が同じになるなるなんて思ってもみなかったわ。
それに、あれの言っていることの意味が理解できていない少女のことが少し羨ましかった。
わからなければ、虫酸が走るこの感じを覚えずに済んだのだもの。
気分はすこぶる悪くなった。
けれど、全てが悪くなったわけではない。
どんな意図があったとしても、たとえそれがおぞましい欲求のための発言であったとしても、私の名前が出てきたらあの子たちが動き出すでしょうから。
それは当たっていて、まず、お兄さんが生きてほしい人を言った。
「あの子を入れていいって言うなら、おれは妹とおれと――」
【あなたの妹、私、おじいさん、それと大きい彼を生かしたい、って言ってくれると助かるわ】
「――じゃなくて、
――妹とあのフードの子と、おじいさん、それと、お、おっきい人で……!」
妹に四票、私に二票、老人に二票、大男に三票。
次いで妹。
「え!? お兄ちゃん!? ――あ。え、えっと、わ、わたしはおに――」
【お兄さんは入れないで。大丈夫だから。私、おじいさん、スーツの男性、あのオタクっぽい人、って言ってもらえるかしら?】
「――え? えっと、やっぱり、
――フードのお姉さんとおじいさん、スーツのお兄さんとオタク? っぽい人で……っ」
私に三票、老人に三票、青年に四票、中年男性に三票。
私は私の計画のために、二人に密かにメッセージを送ってあの子たちの思いを捻じ曲げた。
……捻じ曲げてしまった。
彼らが彼らの意思をそのまま言えていたなら、お兄さんがあの大男を生かすなんて言うはずがないし、妹がお兄さんを生かさないわけがなかったでしょう。
だから、私はなんとしても状況を好転させなければいけない。
そうしなければ私のわがままを聞いてくれた二人に申し訳が立たないもの。
「お、おいおい! だからそいつを入れるなって! みんなでさっき決めたんじゃないか!」
黒い人が抗議してくる。
決まっていたことが覆ろうとしていることに焦っていた。
その焦りは時間がないから?
それとも、予感めいたものが働いたから、かしら?
どちらにしても引っ繰り返させてもらうことに変わりはないわね。
最初に『投票』で決めるって流れになった時、本当に生きるべきって思っている人ではなく、投票してくれたら投票するという密約みたいなものが交わされていて、納得のいくものではなかったし。
それに、あなただって私と同じ立場なら同じことをするでしょう?
「そうね。寄って集って私を除け者にして決めたものね? 投票してくれたら投票してあげる、みたいなことを言っていた人がいたのは知っているのよ? それがまかり通るなら、次は誰が陥れられるのかしら? 見物ね。まあ、このままいったなら、私が犠牲になった後に決めるのでしょうから、それを知る術はないのだけれど」
「……ぐっ」
私の言葉に黒い人は狼狽えた。
この人が怯んでいるこの機に私は差し込む。
私の意見を。
「今わの際みたいだから私が生きるべきだと考えている人を言っておこうかしら。と言っても、私以外は適当に選んだだけなのだけれど。私が生きるべきだと思っているのは、
――私、大きい彼、オタクっぽい人、おじいさん――
……でいいかしら」
適当、なんて言ったけれど、この投票にはちゃんとした意味がある。
これで私に四票、大男に四票、中年男性に四票、老人に四票となった。
揃ったの。
――少女、大男、中年男性、妹、老人、青年、私の票数が。
これが採用されれば私は犠牲にならない位置に移ることができる。
私の意見が通れば、だけれど。
それでも、あの子たちには本当に感謝しないといけないわね。
……さて、しっかり見極めましょうか。
今後の動きを左右する――誰が私を受け容れて、誰が私の計画に気づくか――を。
「キミの意見なんて聞いてないんだよ! だから、何を言ったって無駄なんだ! 早くこいつを殺す人を決定しようじゃないか! ええっと、そうだな……。一番名前が挙がったのは……」
黒い人はもちろん否定するでしょうね。
そして、私の思惑は見抜けていない。
「そ、それはあの男の子だったと思うのであります。五、六人くらい名前を挙げていたはずでありますから……。し、しかし、本当にやるのでありますか? やったら、本当に死んでしまうかもしれないのでありますよね? そ、それもこんな小さな子に、同じくらいの子を……っ」
中年男性が最も名前が出た人物を黒い人に知らせる。
その様子には若干の抵抗が見て取れた。
「やらなきゃやられるんだよ? 死にたくないならこうする以外にないのさ。腹を括りなよ。ボクだって代われるものなら代わってもらいたいんだから。……あっ、もちろんやる側に限るけど、ね」
黒い人は強気の姿勢を崩さない。
「……仕方のないこと、なのですかな? もっと他に方法が――」
老人が黒い人に異議を唱えるも、
「時間がないって言うのに? このままじゃ、誰も救われないんだよ? タイムオーバーでみんな、お陀仏さ。それよりは、誰かが生き残れた方がいいんじゃないかい? そうだろう?」
「……うぐっ」
軽くあしらわれる。
「あ、あの子の意見はどうするの? あの子も生きるべきって思う人を言ってたけど……」
少女が私の行動に触れる。
「そんなの無視だよ、無視! 誰があいつの言葉なんて聞くものかっ。もうすぐ死ぬヤツの言葉なんてさ」
黒い人はそれもあしらおうとした。
けれど、
「い、いいのかなぁ、あの子のだけ聞かないのって……。なんか、嫌がらせしてるみたい……」
負い目を感じているらしい少女は食い下がった。
「嫌がらせなんかじゃないさ! あいつは犠牲にするってみんなで決めた! そうだろう!? ……もうすぐ死ぬから適当なことを言ってるんだ。聞くだけ無駄。場が掻き回されるだけなんだよ」
「で、でも……っ」
黒い人が少女を説得しようとする。
そこへ、
「な、なあ! 確認なんだがよ、
うちが、嬢ちゃんとうちと元気な方の子とあのおっきいの!
じいさんが、じいさんとあの兄妹の二人とそっちの太いの!
嬢ちゃんが、嬢ちゃんとうちと元気な方の子と黒いの!
そっちの太いのが、太いのとあの兄妹の二人と黒いの!
黒いのが、黒いのと嬢ちゃんとうちと元気な方の子!
おっきいのが、おっきいのと嬢ちゃんと咳しとる子とフードの子!
元気な方の子が、咳しとる子とフードの子とじいさんとおっきいの!
咳しとる子が、フードの子とじいさんとうちと太いの!
そんで、フードの子が、フードの子とおっきいのと太いのとじいさん
……でえかったけや? 生きるべきだと思っとるの」
青年が割り込んだ。
……ああ、これは私が仕込んだ災いの種を見つけたみたいね。
「……はあ? 男の子が一番生きるべきってなったのはもう判明してるのに、何を今更……。信じられなかったからおさらいでもしてるのかい? そんなことをしても結果は変わらないと思うけどねぇ。あの男の子がフードのあいつを殺す! これはもう決定事項だ!」
……そして、この人はまだ何もわかっていない、と。
余裕をかましている黒い人に青年がぶつける。
「ん? いや、フードの子の入れんでも一番多いのは五票でボウズってのはその通りなんだがよ、その子の票を入れたら嬢ちゃんとうち、じいさん、太いの、おっきいの、咳しとる子は四票で同じになるんだがや。そこにフードの子も入ることになるでよ……。一番少ないのは三票でおみゃーってことになるんだわ、黒いの」
「――は、はああああ!?」
黒い人が盛大に驚いている。
また鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
……本当に気づいていなかったのね。
さっきまで私を殺す算段を立てて策略家気取りの顔をしていたのに、今では間の抜けた顔を晒している。
……もうやめたら?
頭がいいように振る舞うの。
見合っていないのよ、あなたには。
「がははっ! こりゃあいい! 傑作だ! さあて、誰が一番票数が少なかったんだろうなァ? ああ、テメェか! がははははっ!」
額の位置に手を持ってきてわざと見渡すようなジェスチャーをする大男。
これは以前、黒い人が私に対してやったことね。
今度はやられる側になっている。
本当、ざまはないわね。
赤っ恥を掻いた黒い人が抵抗する。
「ふ、ふざけるな! そいつのを入れるなって言ってるだろう!? 死にたくなくて悪足掻きするに決まってるんだからさ! 自分自身に入れちゃってるし! だから、あいつのは数えるのに値しないよ!」
私の『投票』を省こうとした。
……まあ、そうくるのも織り込み済みだけれど。
「あの子のはナシでええんか? 本当にえか?」
青年が念を押すように問う。
黒い人は勢いで答えた。
「そう言ってるだろう!? さっきから! なんなんだよ!?」
……あ、それは愚答ね。
青年が歓喜する。
「よっっっっしゃあ! 言質はとったでよ! これで決まったがや! 生きて帰れるのはあの兄妹と嬢ちゃん、そんでうちの四人だがね!」
「っ!? な、なんでそうなるんだい!?」
「そ、そうでありますよ! な、なんでそうなるのでありますか!?」
「はあ!? 俺様と女三人を生かす約束だろうが! 話が違ェじゃねぇか!」
「えっ、え? 僕、生きられるの? どうして――」
どうして青年が嬉しがっているのか理解できていない人が数名。
各々首を傾げていて青年がむちゃくちゃ言っているように見えるけれど、彼の言っていることは的を射ている。
だって私の投票が無効になったら、私、大男、中年男性、黒い人、老人の五人が三票で一番少なくなるのだもの。
この場には九人しかおらず、その中で四人が生きられると仮定するなら、彼の言うように四票以上獲得しているその四人が残るのは理にかなっているでしょう。
それを青年が解説する。
「なんでってそりゃあ、あのフードの子が挙げたのはおっきいのと太いのとじいさんの三人だでよ! あの子のが含まれんかったら、三人とも一番少にゃー三票のままだもんで! そもそもあの子、黒いのには入れとらんで、あの子のを入れようが入れみゃーがおみゃーが犠牲になるのは変わらんのだわ!」
「――っ!?」
ありがとう。
手間を省いてくれて助かったわ。
……そう。
この青年の言う通り、私の意見を排除したとしても結果は変わらない。
『投票』で生きられる人を決めようとする限り、あの人も犠牲になることからは逃れられないようにした。
そして、私が仕組んでいたことはそれだけではない。
「ち、ちょっと待ってほしいのであります! あのフードの子のはカウントしないだなんて某は言っていないのであります! あの子のものだけを無視するなんてそんなの、不公平でありましょう!? ここは公平に決めるべきだと某は思うのでありますよ!」
「そ、そうですな! ワシも、彼女の言葉は尊重されるべきだと考えますな! ある特定の意見は出されても考慮しないなど、許されざる行為ですぞ!」
「俺様は元々、生きられるって決まってんだよ! それをなんだ!? 巻き込むような真似しやがって! あのガキの投票はカウントするぞ! 俺様を殺そうったってそうはいかねぇからな! テメェ一人で逝けや!」
「ち、ちょっと待て! ぼ、ボクにそんなつもりは……っ」
黒い人の道連れにされると受け取った中年男性、老人、大男の三人があの人に反発した。
それまでこの場の中心にいて、会話の指揮をしていた黒い人。
それを、あの人が発したたったの一言でその役目を追われることになった。
問題だったのは、私を恨めしく思うあまりしてしまった「私を省く」発言ね。
考えられなくなっていたのでしょう。
それが中年男性、老人、大男、それぞれの身に危険を感じさせる発言であることを。
だから、彼らは離れていってしまったのよ。
この状況において、なんの目的もなく支持を失うのは自殺行為と言っていい。
死んでもいいと思われるってことなのだもの。
黒い人の顔が悲愴に塗れている。
もう十分追い込めたでしょう。
これでもう余計なことはしないはず。
私はその人からある言葉を引き出すことにした。
「……それで? 結局、私の投票はアリなの? ナシなの? 私のも数えていいって言ってくれているのは三人。あなたが断固として私を省くと言えば、それで生きられるようになる四人があなたの味方になってくれるかもしれないわよ? そうしたら、あなたを支持する人の方が多くなるからあなたの念願は叶うでしょうね。私を犠牲にしたいっていうあなたの念願は。ただ、私の票が入ることに期待していた三人からは大ひんしゅくを買うことになると思うけれど。……まあ、どちらを選んでも助からないあなたにとってみれば、取るに足らないことなのかもしれないわね」
追い打ちをかける。
すると、すぐに反応した。
言う。
私の求めていた言葉を。
「『投票』で犠牲になる人を決める案はナシだ! 生存する人だけ決められればそれでいいんだよ! 大体、さっきこいつを犠牲にするって決めたんじゃないか! だったら、あの子どもにこいつを殺させて、違う決め方で次を選べば――」
「私も『投票』で犠牲者の候補にされたのだけれど?」
「――っ! そ、それは……っ」
私がこの人の口から引き出したかったのは、『投票』で決めるのはナシ、という言葉。
この人には、自分が死ぬことになってでも私を殺したいっていう意思がない。
だから、私も『投票』で犠牲者に選ばれたって言えば私は延命される。
黒い人が『投票』で決める案を取り下げさせてくれるに違いないから。
「や、やっぱり『投票』で決めるのはどうかと思うな! うん! 嵌めようと思えば嵌められるんだからさ! 本当にその人が生きるべき人だと判断して票を投じているのか嵌められた側には確かめようがないじゃないか! 公平性に欠くこのやり方をボクは支持できないね!」
思った通り、自分の命を優先してくれた黒い人。
みんなに『投票』で犠牲者を決めるのはやめようって働きかけてくれている。
他の人たち、大男、中年男性、老人の三人は黒い人を冷ややかな目で見ながらも死にたくはないのでその意見を受け容れ、兄妹の二人は私のために自分たちが生きられる選択を捨ててくれた。
少女と青年の二人は渋っていたけれど、黒い人に賛成する人が多かったため強く出られずに引いたっていう印象ね。
議論は白紙へ。
私は無事、自分の死を回避することに成功した。
けれど、
「やっぱ、生きられる人だがや! うちは最初っからそうゆうとったがね!」
「いいえ! 人間性ですな! よい人間を生かすべきですな!」
「違うよ! 人間を滅ぼさない人だよ! 女の子を生かすべき!」
「な、何よりも食糧問題の解決が大事でありましょう!?」
「ほんッと、わッかんねぇ奴らだなァ! 命の価値だっつってんだろ!」
「なんか周りの連中のボクを見る目がやけに冷たくなってないか? ……くそっ、こんなはずじゃなかったのに! な、何かないのか……!? ボクが生きられてあいつが死ぬ、そんな理想的な決め方は……っ!」
犠牲者を決める話し合いは振り出しに戻ってしまった。
いいえ、話し合いという体はもはやなしていないわね。
自分が有利になる手段を推しているだけ。
このままでは何も決まらない。
誰の得にもならない。
残りは17:18。
もう手筈を整えていなければいけない段階に来ているというのに、未だ私たちは生きるべき基準で揉めている状況だった。
特に青年、老人、中年男性、少女、大男の五人は自分の出した案が最適な答えだと信じている。
彼らに引く様子は見受けられない。
それでは話が纏まるはずがないでしょう。
先の見えない論争に陥っていた。
このままではどうにもならない。
堂々巡りを続けるだけ。
最悪、迫ってくる制限時間の恐怖に追い込まれて誰でもいいから犠牲にしようとする人が現れないとも言い切れない。
だから、この状況は打開する。
「ちょっといいかしら――」
私は割り込もうとする。
けれど、
「人間性ってどう評価するんだがや!?」
「生きられる人という基準の方が不鮮明ですな! いつまで生きられるのかは誰にもわかりませぬぞ!」
「だ、だから食糧問題解決はないって!」
「い、いえいえ! 女の子だから残すということの方があり得ないのであります! それ、差別でありましょう!?」
「だああああ! 俺様を残せっつってんだろ! どいつもこいつも馬鹿みてぇな案出しやがって! 何が一番大事か、って考えりゃあすぐわかることだろうが!」
「そ、そうだ! 逆にこいつは生かしたくないってヤツを上げていけばいいんじゃないか!? そこから犠牲にするヤツを選んでいけば……!」
「……」
彼らは討論に没入しすぎていて私の声が届いていない。
そんなことをしていたら全滅へまっしぐらだというのに。
……本当、やっていられなくなるわね。
私はひどく呆れていた。
「……はぁ。くだらない」
呟く。
先ほどより小さく、全く響かないようなぽつりと発した言葉。
それなのに、何かを感じた。
……見られている。
「――くだらない!? それってどういうこと!? 僕たちがしてるこの話し合いがくだらないって言うの!?」
隣にいた少女。
私のぼやきに突っかかってくる。
ひどく気が立っている様子ね。
私のあの言葉が癇に障ったみたい。
……それなら、それよりも前にした呼びかけに反応してほしかったものだけれど。
少女が私を捉えながら叫んだことで視線は集まってくる。
「く、くだらない!? そ、某たちはただ生きようと必死なだけで……! そ、それのどこがくだらないというのでありますか!?」
「この少女、会話には全く参加していなかったのではないですかな!? そんなヌシにくだらないなどとぬかす権利はありませぬぞ!」
「おみゃー、何ゆうとるのかわかっとるのけや!? 生きるか死ぬかの大事な話し合いを、くだらん!? じゃあ、おみゃー、うちらのために死んでくれるっちゅーんか!?」
「い、いいね、いいね! そうしよう! 生きるか死ぬかがかかってるのに、それをくだらないとか言ってるんだ! だったら、こいつを犠牲にすればいいじゃないか!」
「いいや! こいつは残すんだよ! 俺様の生きて帰ったあとの楽しみを減らすんじゃねぇ!」
次々に私へと向けられた怒りの矛先。
どうして小言だけは通るのよ?
しかも若干一名、気持ちの悪いことを抜かしているし……。
けれど、この流れを利用しない手はない。
「くだらないわ。あなたたちのやり方では先に進まないのだもの。話し合い? ふざけないでちょうだい。あなたたちのやっているそれは一方通行、ただ自分の意見を押しつけようとしているだけじゃない」
彼らは私に気圧される。
私が怯むとでも思っていたのかしら?
私は攻める。
「話し合いっていうのはこうするのよ。まず、ホストのあなた」
「お、おう……?」
「『生きられる人』で決めると言っていたわね? けれど、その決め方は本当に適切なのかしら? 例えば、あのおじいさんはこの場において年長者だけれど、誰よりも長く生きるかもしれないじゃない? あの元気そうな子も、明日事故や事件に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。その基準では測れないと思うのだけれど?」
「あぐ……っ。た、確かにそうかも知らん、けどよ、統計的に見りゃあ――」
「統計的? おじいさんだから長くは生きられないってことかしら? でも、もし、あのおじいさんがそれには当て嵌まらなかったとしたら、あなたはあのおじいさんの未来を奪うことになるのよ? それでいいのね?」
「うっ、あ……。そ、そりゃあ……っ」
まずは一人。
ホストの青年に指摘して項垂れさせる。
次。
「それではおじいさん」
「な、なんですかな?」
「『人間性』を基準にして選ぶと言っていたけれど、嘘をつかれたらどうするのかしら? いい人間を演じられたら、それを見抜く術は私たちにはないと思うのだけれど?」
「そ、それは、これから生い立ちなどを聞けば――」
「あと二十分もないのだけれど? 九人がそれぞれどう生きてきたのかを聞く気? 間に合うかしら? それに、その話も嘘だったらどうするの?」
「そ、そう、ですな……。うぬぬ……」
二人。
おじいさんに頭を抱えさせる。
次。
「次はあなたね」
「ひぇ!? ぼ、僕!?」
「『人類を滅ぼさないため』に女の子を残すって言っていたと思うのだけれど、私たち以外にもこのような場所に集められていて、その人たちも同じ発想に至っていたとしたらどうするのかしら? 人は現段階では男の人もいなければ繁殖できないのだから、女の人だけが残っても、反対に男に人だけが残ったとしても人類は滅びるわよね?」
「で、でも、そんなのわかんないじゃん! 男の人が生き残るとこだってきっとあるよ! それに、産むのは女の人でしょ!? だから、少しは優遇されてもいいはず――」
「……他の場所でも同じ議論がなされていると思うわよ? 子どもを産むのは女性だと言えば、生存率が高くなるのは確かなのだもの。だから、そう主張されているところは多いでしょうね。それで、生きて帰った現実に男性がいた場合、子どもを産むのは女性という意見を無視して自分が生きることを優先した人物である可能性も否定できないのだけれど、あなたは『人類を滅ぼさないため』にそういうことをしているかもしれない相手と子どもをつくれるかしら?」
「っ!? ひう……、うああ……っ」
三人。
少女を泣かせる。
次。
「やっぱり、基準にするのは『命の価値』だな!」
私に他の人たちの案が次々とはじかれているのを見て、大男が謎の自信をつける。
文句をつけられていない自分の案が優秀である、と言わんばかりの表情。
……鬱陶しい。
ただ関わり合いになりたくなかったから後回しにしていただけだというのに。
「それこそないわ。私たちと同じようなことを他の場所でもやらされているのでしょう? それなら、あなたの奥さんやお子さんたちも巻き込まれているはずだわ。そうでないと公平でないもの。その人たちの命はその人たち自身が背負っている。だから、あなたの背負っているものが増えているなんてことはないのよ」
「て、テメェ……! けどなァ、俺様が生きて帰らなきゃ、あいつらが生きて帰ってきたとしてもそのあとが問題になるだろうが!」
「そうね。生きて帰ってきたらいいわね。あなたのお子さんたち、まだ小さいのでしょう? 歩くことも儘ならないほどに。そして、あなたの奥さんは世間知らずらしいじゃない? いいように利用されていなければいいけれど」
「な……っ!? 生きて帰ってこない、なんてことが……!?」
四人。
大男を放心させる。
次。
「まだ言っていないのはあなただったかしら? そこのオタクっぽいあなた」
「そ、某も、でありますか……!?」
「『食糧問題を解消すること』は大事なことだと思うわ。私たちがこんなところに集められることになった根本はそこにあるのだもの。あなたの着眼点は間違ってはいないわね」
「……ホッ。よ、よかったであります……。某、てっきり滅多打ちにされるのかと――」
「でも『方舟』は、これからつくることができる食糧のことも鑑みていたわ。それでも生き残れるのは五億人が限界だと言っていた。それって言い換えれば、このような『ライフゲーム』会場に連れてこられているその誰もが犠牲になったとしても構わない、ってことなのではないかしら? そうすると『方舟』サイドは五億人分の食糧を保管しているということになるわね。少なくても手に入れられる状況にはあるのでしょう。恐らくは機械かそれに付随するものにやらせている。そう考えれば、あなたがこちら側に来てしまったことも腑に落ちるのよ。だってあなた、実家は農家で食べるものをつくれる上に、小食で残りの食糧を多く確保できるって言っていたじゃない。けれど、そんなあなたを『方舟』は除外しなかったのだから」
「ふ、ふぎゃああああ!」
五人。
中年男性の戦意を喪失させる。
……ふぅ。
こんなものかしらね。
「な、なんなんだよ、こいつは……! い、いいさ! みんなもこれでわかっただろう!? こいつを生かしておくのは危険だってさ! だからボクの案に乗れ! こいつをここで仕留めるんだ!」
黒い人……。
突っかかってこなければ捨て置こうと思っていたのだけれど、それを推し進められると少し面倒なことになるのよ。
仕方がないから少し構ってあげるわ。
「『生かしたくない人に投票する』? 最悪な方法ね。自分たちで犠牲になる人を直接選ぶと言っているのだもの。それはもう紛れもない殺人行為よ。それに、逆にしたからどうなるというの? 『生かす人を選ぶ投票』とやることは何も変わらないじゃない。さっきと同様、誰が生きるのか、誰が死ぬのかで揉める展開になるのが見え透いているわ。結局のところ、そういうやり方では決められないのよ」
「……くっ」
黒い人の顔を悔しさで歪めさせる。
これで本当に最後ね。
私に言い負かされて、自分の意見を通そうとして騒いでいた人たちは静かになった。
仕込みは終わり。
ようやく取り掛かれるわね。
まず、やらなければいけないのは生きるべき基準を設定すること。
「……ボクたちの案が駄目だって言うなら、キミはどんな案がいいって言うのさ? ボクたちのを散々蹴散らしてくれたんだ。さぞかしいい案が思い浮かんでいるんだろうね?」
……黒い人、それは当てつけのつもりかしら?
言い方はイラッとするけれど、タイミングはばっちりね。
「んふっ。あるわよ? ちょうどいい決め方が。そのままやればいいのよ。
――『ポーカーフェイク』を。」
「「「「「「――ッ!?」」」」」」
みんなが驚いた様子でこちらを見る。
私は続けた。
「それほど驚くようなことかしら? 『人類の存続』や『食糧問題の解消』を重点においても、『命の価値』や『人間性』、『生命力』で選ぼうとしても、結局は誰がその条件を満たしているのかで揉めるのでしょう? 時間内に決められないというのなら有無を言わさず納得させられる方法を取ればいいじゃない。
――一番『運』のいい人が生き残る――
それが最も明確な答えの出る基準だと思うのだけれど?」
私は『運』という決め方を推奨した。
誰かが死ぬかもしれないというこのような状況において、この決め方は最も残酷な決め方と言っても差し支えないでしょう。
約一時間前に行った手札を選ぶというたったそれだけのことで生きるか死ぬかを決めようと言っているのだもの。
「は、はあ!? 何がちょうどいい方法がある、だ! 『運』!? こんな五枚のカードで運命を決めようって言うのか!? やっぱりこいつはどうかしてる! こいつの考えることには賛成できない!」
「ち、ちょっと待ってほしいのであります! 選んだ手札で生きるか死ぬか決められるってなったら、そ、某はあまりにも不利なのでありますが……!」
「そ、そうだよ! あんまりだよ、そんな決め方! あの時、カードを選んだ時の『運』で決めちゃうなんて! もっといい方法にしようよ!? みんなが納得するような方法に……!」
黒い人の反発に始まり、それに中年男性と少女が続いた。
後ろの二人の手札は弱いと考えられる。
初めに手札を選んだ時、浮かない顔をしていたから。黒い人の手札も弱くなっていることを確認している。
要するに、この三人は私の推すやり方で決められると困るから反対しているのね。
そんなにムキになって否定しな方がいいと思うのだけれど。
手札の状態を晒しているようなものだから。
ちなみに、私もこの方法では絶対に勝てない。
けれど、この決め方を選んだのには理由がある。
私の覚悟を決めるために、私はこの方法を選んだのよ。
だから、曲げるつもりはないし、別の案に変えさせるつもりもない。
「いいじゃねぇか! 『運』も実力のうちってなァ! もう、それにしようぜ! 時間もねぇことだしな!」
「こういう時の『運』は日頃の行いがものを言うそうですな! ならば、いいカードを引いた者は日頃の行いがよかったのだと考えられますな! 『運』で決める、結構ではありませぬか!」
「こ、この手札じゃ厳しいがや……! けど、おっきいののゆう通り、時間がにゃーのも確かだでよ……っ! だああああ! やってやるがや! 『運』なら生きるべきなのがはっきりするんだら!? だったら、日頃の行いに賭けてやるわ! 何もせんで死ぬよりマシだで!」
大男、老人、青年が私の意見に乗ってくる。
この人たちはわりかし強い役を所持していると見ていい。
大男と老人の二人は初めに手札を選んだ時もにやにやするのを隠せていなかったからほぼ確実。
青年の方はその時、少女や老人と同じような表情をしていたはず。
彼だけはギャンブルに出ているのでしょう。
手札を換えている素振りは見せていなかったもの。
こうして生まれた、三人の賛成派と三人の反対派が対立する構図。
「き、キミたち! さっきやられたのを忘れたのかい!? そのあいつが出してきた提案なんだよ!? 碌なものじゃないに決まっているじゃないか!」
「さっきィ!? 何かあったかァ!? 俺様は何もやられてねぇ! あれは……そう! アイツを試しただけだ! そんで、『運』なんか、っつってるがよォ、『運』ほどわかりやすいものはねぇぜ!? 『命の価値』で決めようっつってもどうせ、俺様よりも高い、とかぬかす奴が出てきてぐちゃぐちゃになるんだからよ! その点、『運』なら誰が見ても一発だ! 一発でソイツが生き残るってわかるじゃねぇか!」
「『運』はないよ! 手札を選ぶあの時には、これで決まっちゃうなんて思ってなかったんだもん! もっと違う、みんなが納得する方法にするべきだよ!」
「ちゅうても、あと十五分くりゃーしかにゃーでよ……。この方法じゃなきゃ選べんと違うけや? 生きれるのとか、人間を滅ぼさんのとか、誰がそこに当て嵌まるかっちゅーて揉めとるうちに時間が来ちまったら元も子もにゃーで。『運』ならその心配がまずにゃーでよ……」
「う、『運』で決めるなんて某は嫌であります! 某は生まれてこの方、引かされるのは外れ
「男なら腹を括ったらどうですかな! このままでは基準も決まらぬうちに制限時間を切って皆、犠牲になってしまうことになるのですぞ!? その結末は最悪ですな! それだけはなんとしてでも回避しなければならぬ! でき得る限り多くの人を生還させ、より良い未来を掴み取りましょうぞ!」
優勢だったのは私の提案に賛成する三人の方。
やはり、時間がないというのは大きかった。
残り時間が少なくなって、現実味を帯びてきた「全滅する未来」。
一人も助からない、その言葉の強大すぎる脅威は彼らの精神を蝕んでいっていた。
「うう……。た、確かに他の決め方にしようとしたら揉めるかも……。一人も助からなくなっちゃうのはよくないよね……」
「ええ!? み、みんな賛成するのでありますか!? ……くう! こうなったら自棄であります! 『ポーカーフェイク』、やってやるでありますよ! こ、交換はアリなのでありますよね!? ……やり方、知らないのでありますけど」
「……ちっ、どいつもこいつも……っ! そのやり方でいくなら誰かあいつを見張っていてよ! あいつが言い出したんだからさ! 何か仕掛けてくるに決まってるじゃないか!」
制限時間、11:06。
生きるべき人の選び方が『運』に決まった。
「で? どうすんだ? 持ってる役を言っていくか? ちなみに俺様は――『フルハウス』だっ!」
生きるべき人の選出の仕方が決まると同時に、大男が行動に移す。
切り出した。
盛大に暴露する。
彼の持っている手札で構成できる役を。
私が次にやらなければいけないことは、四人で生還するという考えを捨てさせることだから、大男のこの発言は私にとっては渡りに船かもしれない。
誰がどんな役を持っているのか、その確認ができれば私は有利に事を進められる。
私の計画の遂行を邪魔してきそうなのは誰で、どんな意図でそうするのかが予想しやすくなるから。
「お、おみゃー、そんな強ぇカード持っとっただけや!? ……う、うちは『ダイヤの8』、『ハートの7』、『クラブの7』、『ダイヤの5』、『クラブの3』しかにゃーっちゅーのに……っ! だ、誰か交換しよみゃー――って、どうやって交換するんだがや!?」
願ったり叶ったり。
大男が手札の役を明かしたことで、それに倣う流れが出来上がる。
青年は大男の手札に内容に驚き、自身が持つカードをぼそぼそと読み上げた。
そして、交換の仕方が隠されていることに今気づく。
やはり、『運』で決めることに賛成したのは大博打だったようね……。
「ぼ、僕、『ツーペア』しか持ってない……。こ、交換の仕方もわからないし……っ。い、嫌だよ、死にたくない……っ! だ、誰か、助けて……!」
少女は今にも泣き崩れそうになりながら告げた。
誰かにいいカードを恵んでほしいと乞うていた。
「そ、そそそそ、某は、わわわわ、『ワンペア』しかかかか、なななな、ないのでああああ、あり、ああああ……っ! やややや、やはり、こ、ここここ、今回もはははは、外れ籤じじじだだだだ、だったではああああ、あ、ありま、ありませんかかかかっ! はははは、『方舟』! はははは、早く、ここここ、交換を……! 交換のしししし、仕方を、おおおお、お、教え、て……っ!」
中年男性はもはや呂律さえ怪しくなっている。
恐怖に打ち震えながら『ワンペア』を所持していることを明かし、『方舟』に交換の仕方を問うていた。
……『ワンペア』?
少し、違和感を覚える。
「わ、わたし、『フラッシュ』……、けほ、けほっ」
「おれは『ストレート』だ」
あの兄妹も手札の役を明かした方がいいと判断したのね。
ただ、『フラッシュ』を持っていたのは兄の方だった気がするのだけれど。
私の手元に送られてきたものにその片鱗があったから。
そうだとすると、妹が持っているのが『ストレート』ね。
兄妹で逆の方の役を言ったのは本当の役を伏せた方がいいと判断したから、かしら?
少しでも妹の生きられる確率を上げたいっていうお兄さんの思いが汲み取れる。
「ふぉふぉふぉっ!」
ほとんどの人が手札の役を述べたところで笑い声が響いてくる。
発したのは老人だった。
「やはり! ワシが一番、日頃の行いがよかったと見えますな! 『フォーオブアカインド』! ワシが最強ですな!」
高々に言い放たれた役名は『フォーオブアカインド』。
今までに明かされたそのどれよりも強い役だった。
これで老人は調子づき、途端に仕切り始めた。
「纏めますと、一番がワシ、二番が大男、三番が咳をしている子、四番が元気な方の子、ということになりますな! この四人が生きるということでよろしいですかな!?」
纏めに入る。
まだ明かしていない人がいるというのに。
私が老人を止めようとしたところに、何やらぶつぶつ言っているのが耳に入ってくる。
真正面から。
様子を見る。
「私、まだ――」
(くそっ、くそ……っ! 交換なんてするんじゃなかった……! あれさえしていなければ、ボクが一番だったのに……! このままじゃ生きられないじゃないか……! 何かないのか……!? この状況を覆せる有効な打開策は……!? 何か、何か何か何か何か……――ハッ! そうだ……! 交換の仕方に気づいてるヤツはいなかったよな……!? それなら、ばれないはず……! くひ、くひひひひひひひっ!)
言葉は小さすぎて聞き取れなかったけれど、こう言っているような口の動きをしていた黒い人。
それだけで焦っているのは十分伝わってきた。
表情は最初、苦虫を噛み潰したように歪められていてその視線は忙しなく彷徨わされていたけれど、次の瞬間両目と口を大きく開いた。
わかりやすいわね。
何かを閃いたみたい。
その黒い人が言う。
「待ってよ! 勝手に進めないでもらえるかなぁ!? ボクがまだ言ってないじゃないか! ボクの手札で構成できる役は――『ストレートフラッシュ』だよ! ボクが一番だね!」
……必死に取り繕ってはいるけれど、ぎこちない笑顔。
ばれれば一巻の終わりだものね。
その認識がこの人の演技力に支障をきたしていた。
とはいえ、私以外には違和感を持たれてはいないみたいだった。
……いいえ。
訝しんではいるけれど無闇に指摘ができなかったのね。
この人の言っていることが本当なのか嘘なのか判断がつかないのだもの。
本当だった場合恨まれて、狙われないとも言い切れない。
もし、そんなことにでもなったら堪ったものではないって。
この人が『ストレートフラッシュ』を持っていないことを私は知っている。
正確に言えば、今は持っていない、ね。
交換できる権利をわざわざ使って、自ら手放していた。
この人が元の自分の手札を取り戻すには、手札をこの中で最弱にするか、もしくはあの時、『ダミーカード』が渡ったお兄さんに協力を仰いでいなければいけなかったのだけれど、そのような様子は微塵もなかった。
あの人がテーブルに突っ伏していた時、両手はつき出されていて画面を操作できる体勢ではなかったのだもの。
だから、この人は『ストレートフラッシュ』を持ってなどいないのに自分の手札は『ストレートフラッシュ』だと言っているってことになる。
要は、はったり。
それでも、ツッコまれないのであればやったことに価値は出てくる。
確信をもってそれは違うと言えるのは私くらいなのでしょうけれど、私はそれをしない。
指摘すれば、これからやろうと思っていることに響く恐れがあるから。
「で、では、生きるのは黒い服の人、ワシ、大男、咳をしている子の四人、ですかな? それでよろしいですかな?」
老人が最終確認を取ろうとする。
黒い人と大男は喜び勇んで飛び跳ねたり、雄叫びを上げて決めポーズを取った。
一方で生きられると言われた妹だけれど、お兄さんのことが心配でそれどころではなさそうだった。
そのお兄さんはというと、妹を宥めつつ彼女が生きられると聞いて少し安心しているように見えた。
片方。
犠牲者候補とされた三人――少女、青年、中年男性。
この世の終わりみたいなげっそりとした表情を浮かべ、その落ち込みようは見ていられないほどだった。
「反論はないようですな。で、では、これで――」
さっさと〆ようとする老人。
自分が生きられるからっていい加減なものね。
突きつけるとしたら、ここね。
「んふふふふ。ねえ、
――誰が四人で帰れるって言ったかしら?」
「「「――は、はああああ!?」」」
吃驚の声が響き渡る。
特に生きられると思っていた黒い人、老人、大男のものが。
「て、テメェ……! 何言い出すんだよ、いきなり!」
大男が声を荒げて突っかかってくる。
それまで四人が生きられる前提で話を進めていてそれを私が覆したのだから、そうなっても不思議はない。
「……いきなりではないわよ。それを言ったのは私ではないもの。私は四人で生きて帰ることに賛成なんてした覚えはないわ。こんな『ゲーム』、何回もやらされるなんて嫌なのよ」
「て、テメェ……っ!」
私の言葉に大男は頭に血を上らせた。
……勘違いしているようね。
私が、帰れる人を減らそうとしているって。
勢いよくテーブルを叩いた大男は私を指差す。
けれど言葉が浮かばなかったのか、実力行使に及ぼうとした。
私に迫ってくる。
一歩、二歩。
もう少しで私に触れるかといったところで待ったがかけられた。
「待ちなよ! 暴力はペナルティがあるだろう!?」
「……っ! くっ!」
制したのは黒い人。
大男が舌打ちをして席に戻るのを見届けたあと、その人は私に言った。
「奇遇だね。ボクもこんなところに呼ばれるのはこれっきりにしてほしいとは思ってたんだ。大勢で生きて帰るなんてことになったら『方舟』が掲げる目標数には達しなくなる。そんなの、黙ってないだろうからね。また夢を操作される可能性がある。けれど、それだって一緒じゃないか。生きて帰ってみなきゃ、次がどうなるかなんてわからない! もしかしたら、他で全滅するとこがあって帳尻が合うかもしれない! まだ望みはあるはずなのに勝手にないって決めつけて犠牲者が多くなる方を選ぶなんて、ボクはやっぱりキミが気に入らないなぁ! 人間性、最悪なんじゃないかい!?」
……犠牲者が多くなる方?
そっちを選んでいるのはあなたたちじゃない。
この人もわかっていない。
意見が合うことはもうないって思っていたけれど、本当に奇遇。
私もこの人のことが気に入らないわ。
真意を読み解こうともせず、他の人たちが不利になるようなことを言っていると解釈してここぞとばかりに叩いてくるのだもの。
……まあ、そういうふうに聞き取れるように言い回しを換えているのは私なのだけれど。
「他の会場で全滅することを願っているあなたに言われたくないわね。私は何もおかしなことを言ってはいないと思うのだけれど?」
私は頬杖をつき黒い人との会話を続けながら、モニターの「手札の公開」部分に触れた。
九秒ほど触れ続けてちらっと盗み見る。
枠が伸びて小項目が表示されているのを確認した。
――全部公開する
――一部公開する
「一部公開する」……。
あってよかったわ。
これがなかったら、全員に手札を四枚押しつけては取り返す作業を繰り返さなくてはいけなくなるところだったもの。
奪われる可能性もなくはなかったし、何より手間が省けて助かったわ。
「もうよいですな! あやつが何を言おうと些末なこと! 既に我々が生き残ることが決まっておるのです! なんなら、ワシがあやつに引導を渡してやってもよいですぞ!」
私と黒い人の対立に老人が加わる。
……あら。
あなたもそちら側なのね。
四人を強調したつもりなのだけれど誰にも伝わっていないみたい。
「くひひっ! いいね! あの目障りなのを消しちゃってよ!」
「おう! もういい! やっちまえ!」
老人を焚きつける黒い人と大男。
四人で生きて帰ることに固執して私を排除しにかかる。
……いいわ。
それならそれでやりようはあるもの。
私は「一部公開する」を押し、出てきた九人のイラストで指定できる人は可能な限り指定する。
それから手札を四枚タップした。
指定された四枚は薄い青味かかった色合いに変化する。
恐らく、これで全員からそれらが見れるようになった、ということよね?
私が公開したのは、
――『スペードのA』、『スペードのK』、『スペードのQ』、『スペードのJ』。
「いいのかしら? 私が持っているのはこんな感じなのだけれど? これでも私と勝負する気?」
「「――っ!?」」
老人と大男があんぐりと口を開けたまま停止した。
「っ!」
そして黒い人は、しまったという表情になる。
……そうね。
この人は一度目にしているものね。
それなのに、忘れてしまっていたのね。
こんな印象的な並びを。
これはあの顔からの推測なのだけれど、この人は自分が生きられるってなって嬉しさのあまり他のことがすっぽりと抜けてしまったのではないかしら?
ちなみに少女、青年、中年男性の三人なのだけれど、もう犠牲になるのは避けられないと認識しているからか私のカードを見ても大した反応は示さなかった。
ただただ呆然と虚空を見上げていた。
その様子を見ると少し忍びなく感じる。
他の人たちが固まったため僅かな時間がつくれた。
私はこの間にもう一つ試しておくことにする。
色の変わったカードの上にもう一度手を置く。
一回タップしても数秒押しっぱなしにしても変化は見られなかった。
けれど、二回、連続でタップしたら色が元に戻った。
……これは非公開にできた、ということかしら?
【カード、見えている?】
私は確認を取った。
相手は妹とお兄さん。
【いいえ。裏になってます。どうやったんですか? 一回見せたのに……。】
【見えてないな。わからなくなった。一度公開してもまた伏せられるんだな……。】
二人とも、私のカードが今は公開されていないと返してきた。
……よかった。
これで問題なく進められそうね。
一度公開した場合、そのまま固定されることになったらどうしようかと思ったわ。
もしそうなっていたら詰んでいたもの。
まあ、「全部公開」と「一部公開」に分かれていて、「一部公開」をして手札がそのまま固定されるならそれはその状態で勝負に発展させなければいけないということよね?
それなら「全部公開」するのと変わらない。
分ける必要がないじゃないって思っていたから公開することに踏み切れたわけではあるのだけれど。
さて、確認もできたから仕上げに参りましょう。
全員と勝負をする最終段階へ。
って、決意を固めている最中に、横やりを入れられる。
「――は、はったりですな! そんな強い役を持っているならわざわざ止めずとも何も明かさずに勝負を受ければいい! ヌシはそれをしなかった! それにもうカードを隠している! それが、ヌシが『ロイヤルフラッシュ』などではないという何よりの証拠ですな!」
「ま、待て! あいつが持ってるのは――!」
老人に絡まれる。
黒い人が止めようとしたけれど老人のやる気は揺るがない。
……はぁ。またこの展開になるのね。
「そう思うならやればいいじゃない。ただ、それで犠牲になることになっても文句は言えないわよね? それと、わざわざ止める理由が私にはあるわ。私は四人で生きて帰ることに納得をしていないって言ったでしょう? ここにいる全員で戦いたかったのよ。勝負を受けるのを待っていたらそれができないじゃない。ああ、裏になっているのはもう一回クローズドにできるのかっていう好奇心からやったことだから、見たいならまた見せてあげるけれど?」
「うぬぬぬぬ……っ」
私の煽るような言葉を受けて老人は逡巡した。
不安に駆られて勝負に持ち込める精神状態ではなくなったと見える。
私はすかさず畳みかける。
「……惜しいことをしたかしら? まあ、賢明な判断ね。それができるなら、このあとをどうすればいいのかもわかるわよね?」
目くばせする。
私は合図を送った。
そして、宣言する。
「あなたたちにはこれから、手札を弱体化してもらうから」
「「「「「「――っ!?」」」」」」
わけがわからないといった表情を向けられる。
それまで空虚になっていた少女、青年、中年男性からも。
私は続ける。
「何もおかしなことは言っていないでしょう? 万が一にも私が『ワイルドカード』を持っていたら最悪じゃない。『ワイルドカード』は『ダミーカード』に弱いもの。予防するのは当然のことよ。大丈夫な五枚組を知っているから、あなたたちには自分の手札を捨ててもらって……、そうね、既に亡くなっている彼女の手札に送りつけてもらおうかしら? それから私の思う大丈夫な五枚を全員に回してもらうわ。……拒否すればどうなるか、わかっているわね?」
老人との対決から、全員での対決へ移行させる。
重要なのはみんなの手札を指定すること。
そのために私は最初に犠牲になってしまった女性を利用することにした。
脅しも使った。
私は女性の手元から五枚のカードを回収し、お兄さんに指示を出す。
「……そうね。あの子たちが安全かしら? あの子たちから始めましょう。『手札について』を九秒間押し続ければ『手札の交換』という項目が出てくるから、それを選んで自分の手札をあの女性の元へ移動させない。それを確認したら、私が五枚のカードを押しつけるわ。それをそのまま右隣の人に渡して。タップをしなければ裏のままだから、そのままの状態で、ね。表にしてしまったら勝負に発展してしまうから気をつけることね」
もう既に交換の仕方を知っているお兄さんに対して交換の仕方を説明した。
あくまでもあの子たちと繋がっていないように装うために。
手札を捨てたお兄さんにカードを渡す。
次の人に回そうとしたお兄さんだったけれど、その人が手札を捨てていなかったために困惑していた。
「……何をしているの? 手札が変わって一分が経過すると犠牲にされてしまうのだけれど、あの子がどうなってもいいの?」
手札を捨てることを躊躇っていた老人を急かす。
実際には手札の枚数が変化していない今はまだカウントダウンが始まっていないのだけれど、この計画の
その認識は全員に植えつけておく必要がある。
お兄さんを人質にとるような私の発言を真に受けた老人は慌ててカードを捨てた。
「く……っ。ヌシ、碌な死に方をしませぬぞ……!」
恨み口を叩きながら、老人はお兄さんからカードを受け取った。
カードは次の青年へと渡っていく。
そこで私は念を押した。
「そうそう。手札がなくなってもカードを回収してはいけないわ。それをされると意味がないもの。もしそんなことをしたら、私が容赦しないわよ?」
これで手札を取り戻すことを防ぐ。
けれど、圧をかけてしまったことでスピードが低下した。
残り四十秒ほど。
ようやく少女に渡る。
「……早くした方がいいのではないかしら? 手札がなくなったあの元気な方の子やおじいさん、ホストの彼がタイムオーバーで死んでしまうわよ?」
発破をかける。
考えている暇なんて与えない。
スピードを増させる。
少女から大男へ。
大男から中年男性へ。
中年男性から黒い人へ。
黒い人から妹へ。
妹からお兄さんへ。
狙い通り、私へ。
……私の予想が正しければ、これで第一段階はクリアしたはず。
あとは鬼が出るか蛇が出るか。
運がよければ全員生きて帰れるかもしれないし、そうでなければ全員ここで犠牲になるかもしれない。
最悪なのはどちらでもなく、生き地獄を味わわされること――。
「すー……、はぁ……」
一端、間を置く。
私は気持ちを落ち着かせて勝負に出た。
「……失敗したらごめんなさいね」
一言謝って私は、
――手札を全て公開する。
反応は様々だった。
顔を背ける人。
苛立ってテーブルや椅子に八つ当たりをする人。
神に祈りをささげる人。
実力行使に出ようとする人。
眼を見開いて固まる人。
苦笑いをして嘘だと連呼する人。
誰もがやられたと感じていたことでしょう。
けれど、彼らの身体に変化は生じていなかった。
あの兄妹の身体にも。
私の身体にも。
私のこの行動は敗北と判定されてはいない。
私は確かめた。
もしかしたら、があるかもしれない。
期待して、画面の「条件」を押してしまう。
「――っ!」
時間が止まった。
そこに書かれていたのは、
――『未達成』の文字だった。
……ついていない。
本当についていない……。
よりにもよって最悪を引き当てるなんて……っ。
やはり、そのようなことだけにはならないで、と願うと駄目なのかもしれない。
見事に引き寄せてしまった。
私は全員に同じカードを持たせた。
それで勝負に発展させて引き分けに持ち込んだ。
けれどその結末は、勝利でも敗北でもなく、
――ノーカウントだった。
最悪よ。
みんなの、あの子たちの命を預かったというのに、その結果がただ危険に晒しただけだなんて……。
これで、唯一の希望が潰えてしまった。
もうみんなでは生き残れない。
「――っ! ――っ!」
お兄さんが何かを私に伝えようとしている。
けれど、声が耳に入ってこない。
どうやら私は、私が思っている以上にショックを受けているみたいね。
「――っ! ――っ!」
……責めているのかしら?
……いいえ、あの表情は心配をしてくれているのね。
最後の最後でやらかしたこんな私の心配を。
私はあの子たちを二人とも生きて帰らせると誓っていた。
責められても仕方がない立場にいるというのに。
……守らなければ。あの子たちとの約束を。
妹へ、メッセージとともにカードを送る。
【時間切れになる前にこれをみんなに回るようにして】
彼女は頷いた。
私の支持通りにやってくれたのでしょう。
最初の方に手札を失った老人や青年が無事だったから。
これで手札の制限違反で犠牲者が出る心配はなくなった。
あとは私がやるだけ。
私はやった。
墓荒らしを。
捨てるという目的で女性の元に集められたカード。
その中から探した。
四枚引いては返すを繰り返す。
けれど、
――ない。
目当てのものは見つけられない。
……おかしい。
そんなはずはないのに……っ。
焦る私の耳に言葉が入ってきた。
「がはは! やったぜ! これで生き残れる!」
大男の声。
急いで彼の方を見る。
笑っていた。
それは悪魔か、或いは無邪気な子どもか。
どちらにでも捉えられるような笑みだった。
私は「手札の交換」で彼の手元を確認する。
そこにあったのは、
――五枚のカード。
いつまで経っても回収されない。
ずっとそこにあった。
それはつまり、
――あの女性の元から取ってきたということ。
……あ、ああ。
なんて余計なことを……っ。
「んふ、んふふふふっ。……勝手なことをしないでくれるかしら? 大きな人」
……?
私、笑っている?
こんな時に?
私からの警告に、大男は返す。
怒鳴り散らすように。
「知るか! 折角、他の奴らの手持ちがわかったんだ! それに、勝てる機会も! 利用しない手はねぇ! がははははっ! 生きられる! 生きられるぞォ!」
彼の焦点は私には合っていなかった。
まるで何かに憑りつかれたみたいに何もないところに向かって叫んでいた。
「……それを私に譲る気はないかしら? それならまだどうにかできるのだけれど」
私は交渉する。
けれど、
「ふざけんな! これは俺様のものだ! 生きるのは俺様なんだよ!」
突っ撥ねられる。
いいえ。
まだよ。
まだ巻き返せる。
この人に『ダミーカード』の存在をちらつかせれば、まだ――
「ねえ! お願い! 交換して!」
「やらねぇっつってんだろ!」
「本当に! なんでも、なんでもするから……っ!」
「しつけェ!」
――っ!?
何をしているの、私は!?
どうして食い下がっているの!?
そんなことをしたら、相手は余計に手放したくなくなるじゃない!
は、早く挽回しないと……!
けれどその前に、その時がやってくる。
「見ろ! 『ファイブカード』だ! 俺様に相応しい、最強の役だ! 『ロイヤルフラッシュ』のテメェらじゃ敵わねぇ! がははははっ! 死ねェエエエエエエエエッ!」
木霊する不吉な言葉とともに公開される大男の手札。
それは間違いなく、最強の役だった。
――『スペードの2』、『ハートの2』、『クラブの2』、『ダイヤの2』、『四種のスートが描かれた2』の『ファイブカード』。
混沌とするその場。
「いやぁああああ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」
泣き叫ぶ少女。
「ど、どうなっとるがや、この展開!? おみゃーら! グルだったのけや!?」
私と大男を交互に睨みつける青年。
「あばばばば……。ぐふぅ……」
白目を向いてぐったりする中年男性。
「ヌシがあんなことを仕出かさなければ、こんなことにはならなかったのですな! ヌシが責任を取るべきですな!」
私を指差して罵倒する老人。
「くひひひひっ! もう終わりだ! ボクたちは死ぬんだよ! こいつに嵌められた! 巻き込まれたんだ! 死ぬなら一人で死んでくれればよかったのにさぁ! くひっ、くひひひひひひひひっ!」
諦観して壊れたように笑う黒い人。
今度こそ終わりだという空気が流れていた。
けれど、状況は一変する。
大男に起こった異変によって。
「――ごぶふぁ!? あ、あんれ……っ!?」
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